勇者と魔王、選ぶならどっち?

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第三章 勇者の遺跡巡り

砂塵の塔~その1~

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「なんだお前らはっ!」
「いや、なんだと言われても、ちょっと道に迷っちゃってぇ。ここはどこ?」
「……ここから南にまっすぐ行けばタハールの……街が……。」
 ミュウの質問に答えていた兵士が、力が抜けたように崩れ落ちる。
「結構鍛えてるみたいね。意外と効きが遅くて焦っちゃったよ。」
「それはいいけど、私達御顔見られてるけど大丈夫か?」
「大丈夫でしょ。私達は道を聞いただけだしね。」
 私はミュウの質問にそう答えると、眠っている兵士に触らない様によけながら砂塵の塔の入口まで進む。
 その後を、後ろを気にしながらついてくるミュウ達。
「ミカ姉って、時々大胆になるよね。」
 クーちゃんがボソッと何かを呟いていたけど、私の所まで声が届かなかった。

「じゃぁ、開けるよ?さっさと20階まで行って速攻クリアを目指すわよ。」
「ハイハイ、でも無理は禁物だからね。」
 ミュウの言葉を背に、私はドアに手を掛ける。
 ドアが開くと、その先は通路が奥へと伸びているのが見える。
「私が先頭に行くからミカゲは殿をお願いね。」
 そう言って、ミュウが先頭に立ち通路を奥へ奥へと進み始める。
 
 感覚が鋭く、何かあっても躱す事が出来るぐらいの機動力を持ったミュウを先頭にして、その後ろにはクーちゃんとマリアちゃん、背後を警戒しながら、その後を追いかけるように私が進む。
 これが私達の普段のフォーメーションなの。
 そして、いざ先頭になれば、クーちゃんが前に出て敵と斬り合い、ミュウが側面や背後から攻撃して攪乱。
 マリアちゃんはそんな二人の援護と回復を、そして私は援護しつつ、適宜魔法を打ち込むと言った感じ。
 場合によっては、私やマリアちゃんも前に出る事もあるけど、基本的には後方支援よ。
 そりゃぁね、クーちゃんを前に出して、私が後方にいるって言うのに抵抗はあったんだけど、今のクーちゃんは、剣技に関しては私より強いからね、ヘタに前に出るより、後ろから援護した方が、却って守れると判断したのよ。

「皆、注意して!この先に迷宮蝙蝠の群がいるわ。」
「OK!面倒だから焼き払うね。」
 ミュウの警告を聞いて私が少し前に出る。
 迷宮蝙蝠は、その名の通り、ダンジョンに生息する吸血蝙蝠なのよ。
 翼を広げると、丁度大人の両手を広げたぐらいの大きさになるの。
 それほど強くない……というより雑魚なんだけど、とにかく数が多いから、剣や拳を振り回す戦士だと、少し相性が悪いのよね。

「みんな少し下がってね……いっくよぉ!『ファイアーボール乱れ撃ちっ!』」
 無数の火の玉が放たれ、前方にいた迷宮蝙蝠の群を燃やす。
「からのぉ~……『ファイアーランス!』」
 更に炎が鋭い槍となって飛んでいき、火の玉から逃れた個体を次々と貫き、燃やしていく。
「おまけよっ!『フレアアロー!』」
 炎の玉から、炎の槍から、逃れ逃げ惑う迷宮蝙蝠たちに炎の矢が降り注ぎ、辺り一面を火の海へと変える。
 程なくして、炎の勢いが弱まったころには、動いている迷宮蝙蝠は1匹もいなかった。

「やり過ぎじゃない?明らかにオーバーキルよ?」
「ん-、まぁ最初だからお祝儀、みたいな?」
「まぁいいけど、最初から飛ばし過ぎると後でバテても知らないからね。」
「大丈夫よ。集めた情報によれば1~4階層に出てくるのはさっきの迷宮蝙蝠とか、迷宮巨大アリみたいな群れを成すのが多いんでしょ?私が焼き払っていくから、ミュウ達はボス戦まで力を貯めておいてね。」
「ミカ姉、ミュウお姉ちゃん、手伝ってよぉ。」
 私とミュウが話していると、奥からクーちゃんの声が聞こえてくる。
 私とミュウは顔を見合わせると、互いに苦笑してからクーちゃん達の方へ駆け寄った。

 ◇

「ふぅ……意外と時間がかかったわね。」
 ミュウが疲れたようにそう言う。
 私達の目の前には2階層へ続く階段がある。
 事前に、10階層まではフロアの探索より階段を見つけて上へ進む事、を優先する取り決めをしていたのだけれど、結局、フロアの殆どを回った最後に見つかったため、フロア丸ごと探索したのと変わらないぐらいの時間がかかった。

「取りあえず、休憩にしませんか?幸いここにモンスターは入ってこれないようですし、皆様もお疲れでしょう?」
 マリアちゃんの提案に揃って頷く私達。
 砂塵の塔に入ってから、すでに5時間近くたっているから、休憩しておかないと、この先が持たない。

「でも、まぁ、この砂塵の塔がクリアされてない訳が分かった気がするね。第一階層でこんなに時間がかかるんじゃぁ20階層に辿り着くまでにどれくらいかかる事か……普通は糧食が持たずにギブアップしてもおかしくはないな。」
 マリアちゃんがよそったスープを受け取りながらミュウが言う。
「うーん、でも、10階層までは、沢山の人達が何度も言って帰って来てるんでしょ?地図とか、効率のいい進み方なんかの情報は出回ってないのかなぁ?」
 ミュウの言葉に、スープにシリアルバーを溶かしていたクーちゃんが、疑問に感じた事を言う。
「それなんだけど、ギルドや他の冒険権者から集めた情報でははっきりしないんだよなぁ。」
 ミュウが、スープを飲みながらそんな事を言う。
「はっきりしないって?」
 私が聞くと、ミュウはスープを飲むのをやめて、困った顔をしながら教えてくれる。
「なんていうかね、一組一組の話を聞いてるとおかしなところはないんだけど、その情報をまとめると矛盾が出てくるのよね。」
「矛盾?」
「ねえミカゲ、あなた最初の通路から、最初に出た広間まで、どういう道を通ってきたか覚えてる?」
「う~ん……何度か角を曲がったけど、ずっと一本道だったよね?」
「そうね。ちなみに角はどっちに曲がったか覚えてる?」
「確か……最初が右で、その後左で、その後も左、さらに左に曲がるのが2回続いたよね?」
「その通り。ミカゲにしてはよく覚えてるわね。」
「ぶぅ―、やっぱりミュウって私の事おバカだと思ってるでしょ?」
 私の言葉に視線を逸らすミュウ。
「まぁまぁミカゲさん落ち着いて。……それでミュウさん、それが何お関係があるのですか?」
 憤る私を宥めながらマリアちゃんがミュウに続きを促す。
「じゃぁ、クーに聞くけど、この場所に来る直前の地形は覚えているか?」
「えっと、えっと、確か、幾つ目かの小部屋に入った時に、壁がこんな風に無機質に変わって、それからすぐだよね?ここに辿り着いたの。」
「その通り、偉いぞ、クー。よく観察してる。」
 ミュウはクーちゃんの頭をワシワシと撫でる。
「うぅ、髪型が崩れるよぉ。」
 文句を言いながらもされるがままになっているクーちゃん。
 意外と甘えたがりのクーちゃんはこういうスキンシップが好きだって事は分かってるのよ……本人は否定してるけどね。

「えっと、つまりどういう事?」
 私はミュウに訊ねる。
「つまりね、この1階層を例にとると、多数の冒険者からの情報で共通するのは『入り口から通路を進んでいくと広間に出る』という事と、『壁面が石造りの部屋の奥に次の階層への階段がある』って事だけなの。それ以外は冒険者によって証言がまちまちなのよね。」
「あのぉ、申し訳ないのですが、よく分かりません。」
 マリアちゃんが凄く申し訳なさそうにミュウに言う。
「えっと、どう説明すればいいかなぁ。つまりね、私達は入ってすぐ一本道を通ってきたけど何度か角を曲がってるよね?でも、冒険者によっては角なんかなかったという人もいれば、曲がったとしても、方向がバラバラなのよ。ましてや最初の広間を越えた後は、収拾がつかない位よ。」

「つまり、冒険者によって、塔内の構造が変わる……って事?」
 私の言葉にミュウは黙って頷く。
「そんな……でも、この石造りの構造が変わるなんてありえないよ?部屋が動いたら、上や下の階はどうなっちゃうの?」
 クーちゃんがそんな事を言うけど……。
「中を仕切っている壁だけが動くなら、他に影響を与えずに迷宮の構造を変えるのは可能だわ。後は認識疎外の結界が使われているとか……。」
 私の言葉に、皆考えこみ黙ってしまう。

「……まぁ、どちらにしても、そう言う事で、地形に関しての情報は全くアテにならないって事よ。」
 しばらくしてから、ミュウがその場を明るくするように、軽い感じでそう言ってその場を収める。 
「そっかぁ、上の階に行くのに時間がかかるから、誰も攻略できてないって事なんだね。」
「そういう事。それに一般的なパーティが持ち込める食料は大体1週間分位だし、普通に攻略していくと、10階層のボスのもとに辿り着くのに大体5日ぐらいかかるからね、それ以上上を攻略するには余程綿密な準備が必要になるってわけ。」
 クーちゃんの言葉に、ミュウが解説を加えながら答える。
「それにね、10階層のボスはCランクの冒険者だと何とか倒せるってレベルだし、11階層を超えると、出てくるモンスターもかなり凶悪になるらしいからね、結局のところ、6~9階層のモンスターを倒して素材を回収してくるのが、一般的だそうよ。それだけでも十分な稼ぎになるからね。」
「そうなんだね。……って、ちょっと待って、ミュウお姉ちゃん。」
「なぁに?」
「20階層まで攻略するのに、綿密な準備が必要って……私達、そんな準備してないよね?」
 クーちゃんの言葉に、視線を逸らすミュウと私。
「大丈夫なのかなぁ?」
「クー、よく考えるのよ。ミカゲに『綿密な準備』って言ったって出来ると思う?」
「無理だよね……なんか不安になって来た。」
「ぶーぶーぶー、二人とも酷いよぉ。」
「だって……。」
「ねぇ……?」
 二人ともかなり失礼なこと言ってるね。
 私だってちゃんと考えているんだからね。

「いーい?ここの攻略が厳しいのは、一度入ったらそのまま最後まで行かないと、最初からやり直しになるって事だからよ。20階層まで行きつくのにネックになるのは、モンスターの強さもあるけど、それ以上に食料の備蓄や装備、アイテムなどの消耗品に限りがあるからなの。これは分かる?」
 私の言葉に頷く三人。
「つまり、問題点がクリアできれば、たかが20階層のダンジョンなんて大したことないって事なのよっ!」
「いや、だから、その問題点がクリアできないから問題なんだと……ゴメン、続けて……。」
「まずかかる時間ね。私達が1階層にかかった時間が約5時間。上の階も同じぐらいだと考えて、休憩を十分にとって万全な体制でボスに挑もうとすると、5階層をクリアするのに、大体2日~3日ってところね。同じぐらいのペースでいけば20階層に辿り着くには10日前後ってところかな?上に行くほどフロアの広さは狭くなるから探索時間は短縮できると思うけど、モンスターも強くなるって話だしね、余裕を見て2週間ってところかしら。」
「だから、その2週間分の食料を持ち込むことが難しいって話なんだよ。」
「持ち込んだ食料がなくなったら、モンスターを食べればいいじゃない?」
 私が言うと、みんな一斉にイヤそうな顔になる。
 この1階層で見たモンスターは蝙蝠を除くと、全て虫系だったからだ。

「いや、そうなんだろうけど……食えるのか?……というかできれば食いたくない。」
「ミュウも贅沢になったのねぇ。食べるものが無ければ、あんなのでも御馳走よ?」
「まぁ、そうなんだけどさ。」
「うん……確かに芋虫とかは重要な蛋白……、ミカ姉の言うことわかるけど……また芋虫を食べる生活に戻るのかなぁ?」
 クーちゃんが瞳に涙を浮かべながらそんな事を呟く。
 うっ、ちょっとした罪悪感……。
「大丈夫ですよ。私達の食べる分を減らしても、あなたにひもじい思いはさせませんわ。」
 横からギュっと抱きしめるマリアちゃん。
「そんなのダメっ!私もみんなと同じなの。同じがいいのっ!」
 とうとう泣き出してしまうクーちゃん。
 それを見たミュウが、視線で私を責める。
「えっと、あー、クーちゃんゴメンね。今言ったのは最悪の場合であって、まずそんな事にならないから安心してね。」
「ホント?」
「ホントホント。それに虫系のモンスターは上層に行くと殆どいないって話だから、万が一魔物を食べるとしても、動物系の魔物だったら大丈夫でしょ。」
 この世界では、ビックボアやワイバーン、オーク、トロール肉など、魔物系の食材は普通に流通しているし、食されている。
 地球の家畜より、ちょっとやんちゃな野生動物と言った感じだったりするので、魔物を食べないという選択肢はそもそも存在しないのだ。
 だから、先程皆が忌避したのは『魔物を食べる』事ではなく『虫を食べる』事だったりする。
 まぁ、ビッククロウラーや、ジャイアントスパイダーなんかの肉は、それなりに流通しているんだけど、流石に姿を見た後で食べたいとは思えないのは、私も同じだからね。
 
「それにね、クーちゃんは忘れてるかもしれないけど、私達の非常食ってこれでしょ?」
 私は食べかけのシリアルバーを見せる。
「あっ……。」
 このシリアルバーは、以前開発した物から更に改良されていて、この小さな塊一つでお腹がいっぱいに膨れるというスグレモノだったりする。
 スープなどに溶かして、オートミールみたいにして食べるんだけど、時間がない時や火が起こせないような場合、そのまま齧っても大丈夫なように工夫してある。
 一つ一つが小さいブロックなので、1ヶ月分を用意しても、一緒に持ち歩く調理器具の中にすっぽりと納まるので、食料に関してはまず問題が無かったりする。
 それに、食料以上に重要なのが水だけど、私が居れば水系の魔法でどれだけでも作り出せるので、心配はまずない。
 それに、各自のマグカップは、例の水が湧き出てくるエンチャントを施してあるし、あの時売りつけた劣化品ではなく、ちゃんと周りのマナを利用して水を作り出す仕様になっているので、私が居なくても水が全くない、という事にはならない。

「つまり私達は、一番の問題である時間に対しては既に対処済って事よ。」
 更に言えば、私の勇者バックの中には、今までに溜め込んだ生活物資が山ほど入っているから、私達4人だけなら1年近くは籠城できるだけの貯えがある……流石に1年もこんなところにいたくないけどね。
「だから、後は無理しない程度に攻略を進めて行けば問題ないのよ。……何も考えてないわけじゃなくて、考える必要がないだけなのよっ!分かった?」
「あ、あはは……ミカ姉ゴメンねぇ。流石ミカ姉だね。」
 クーちゃんが申し訳なさそうに擦り寄ってくる。
 うんうん、クーちゃんは可愛いよぉ。

「あー、なんていうか、その……すっかり忘れていたというか……。」
「考えてみれば、今までも準備らしい準備ってして無かったですわね。」
 ミュウとマリアちゃんが、しみじみと呟いている。
 私だって、この状況が普通じゃないってことくらいわかっているのよ。
 でも、便利だからいいじゃないの、使える物は何でも使うのが、私なのよ。

 奇しくも、自分たちの置かれている状況を、改めて考える事になった休憩時間だった。
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