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第二章 勇者のスローライフ??
受付嬢の憂鬱
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「はぁ……上手くいけばいいんですけど、大丈夫かしらね。」
私は処理の終わった書類をまとめた後、大きく息をつく。
脳裏に浮かぶのは、最近の騒動の中心にいる一風変わった冒険者のパーティ。
リーダーのミカゲは、一見どこにでもいるような女の子だけど、過去に何かあったらしくて重度の男性恐怖症。
そして、実際はかなりの資質を秘めた魔法使いなので、不用意に男性が触れると魔法で吹き飛ばすという事がしばしば起きる、トラブルメーカーだったりもする。
それくらいなら「よくあること」として処理できるのだけれど、彼女には表ざたに出来ない秘密があった。
それは彼女の持つ「称号」。
隣国のアルーシャ王国から申し渡された情報では、彼女は『勇者』だという。
魔王が復活するとき、対抗手段として現れる『勇者』は大抵の場合『勇者の導き手』であるアルーシャ王国内に現れる事が多い。
そして今代の勇者がミカゲだというのだ。
ミカゲが勇者だという事は置いておいて、勇者が現れたという事は『魔王が復活した』という事他にならない。
ギルドとしては、魔王復活により繁殖し活気づく魔物達と、それらが及ぼす影響の方が重大事なので、勇者が誰か?という事はそれ程問題じゃなかったりする。
ただ、それとは別にミカゲが勇者という事で起きた問題が一つあった。
正確にはミカゲが問題なのではなく、ミカゲが持つ『称号』が問題なのですが。
彼女の持つ『勇者』の称号に隠れて存在していた二つの隠し称号『女神に愛されしもの』と『総てを統べる者』。
一見何の問題もなく思えるため、アルーシャ王国も特に気にしていなかったと思うけど、実はイスガニア王国には『総てを統べる勇者には細心の注意を払うべし、決して粗末に扱ってはならない。』という言い伝えがあった。
勇者様は災厄の根源たる魔王を倒し、人族を幸福に導く存在とされているので「粗末に扱わない」というのは当たり前のように思えるけど、何故改めてそんな言い伝えが残っているのか?
これは王族と各地の領主一族だけに伝えられている伝承だが、数代前にイスガニアから勇者が現れるという事があったらしい。
ただ、勇者と言えども人の子であり、最初から強いわけではない。
しかし、勇者というだけで自分たちの庇護を求めた民衆は、勇者の弱さに絶望し、全ての責任を勇者に押し付けたという。
悩み傷付きながらも人々の為と頑張ってきた勇者は、そんな民衆の態度から「この様な目にあってまで守るべきなのか?」と自分の信念に揺らぎが生じたという。
結局、その勇者は魔王を討ち滅ぼしたものの、自分の事しか考えていない人族に嫌気がさし、次代の魔王へと変化を遂げたという。
普通ではありえない事だが、それを成しえたのはその勇者が持っていた『総てを統べる者』という称号で、この称号の効力があって初めて勇者は魔王にもなれたと言われている。
その魔王が統べる暗黒時代は、次代の勇者が現れ育ち、封印するまでの数百年間続いたと言われている。
つまり、ミカゲが人間に嫌気を差すようなことがあれば魔王になる可能性があるという事。
そのような危険人物は早めに処分してしまえ、という意見もあるが、ミカゲを処分すれば魔王に滅ぼされる未来しか残されていない為、それも出来ない。
だから私達に出来るのは、友好的に縁を結び、私達はミカゲの仲間だよ、大事に思っているよ、って事を分かってもらう事だけなんですけどね……。
「なのに、若い女の子ってだけでちょっかい掛けるバカが多くて困るのよねぇ。」
私達ギルド職員が目を光らせているから、最近では減ってきたけど、行っても聞かないバカたちを内密に『処分』したせいで、彼女たちに『消滅者』などという不名誉な二つ名がついた事は想定外でしたけどね。
私は初めてその噂を耳にしたらしい先日のミカゲさんの落ち込んだ姿を思い出す。
あの時はクミンさんが身体を張って宥めていたみたいだけど、側にいたミュウさんが私を睨んでいた。
かなりのショックを受けていたみたいだけど、別にギルドの所為だけじゃなく、彼女たちの普段の行動にも問題があるんだから、そんな目で見られても困るのですけどね。
ミュウさん……ネコ科の獣人らしくしなやかな体つきでパーティでの役割は双剣で敵を翻弄するアタッカーらしい。
調べたところによると、彼女はアレイ族出身とのことなので、それならあの態度は仕方がないね、と納得できることが多かった。
アレイ族はとにかく情に厚い種族で、主、仲間、身内等々、自分が認めた者に対しては自らを犠牲にしても守り抜く。
そこに善悪は関係なく、自らが認めるかどうかだけが判断基準という、ちょっと困った種族だ。
だから、ミュウさんもミカゲの為にならないと思えば、その牙をこちらに向ける事にためらいを持たないに違いない。
つまり、無用な敵を作らない為にもミカゲさんには最大の援助をしてるつもりなんですけどね。
最大の援助……例えばクミンさんの扱い。
彼女はとっても素直で可愛らしいのですが、本院は子供扱いをされるのを嫌がります。
ただ、その様子がまた愛らしいので、ミカゲさんもミュウさんも、事ある毎にクミンさんを揶揄ってはあまりにもの可愛らしさに見悶えています。
その様子を見ていると私もあんな妹が欲しいと思ってしまいました。
クミンさんは二人にとって大のお気に入りみたいなので、彼女を取り込むことはミカゲさん達との縁を結ぶのに必要不可欠だと感じています。
だから、クミンさんがミカゲさん達についていきたいという希望を聞き入れ、他の冒険者より依頼に融通を聞かせて優先的に回し、クミンさんが最速でランクを上げれる様に協力してきました。
多少の問題はありましたが、お陰でクミンさんの信頼は勝ち得たので、結果としては問題ないという事になります。
よく分からないのがマリアさんです。
彼女は女神信教聖母教会のクレリックとのことですが、使える神聖魔法からするとビショップクラスと言われても納得できるほどの実力者です。
聞いた話では、僻地に飛ばされたところでミカゲさん達と出会いそれから一緒に行動しているとの事なんですが、彼女ほどの実力があれば、多少の派閥争いなど押しのけて中央で活躍することもできるはずなのに、こう言っては何ですが名も知れない一介の冒険者として行動しているというのが不思議でならないです。
マリアさんにお話を伺う機会があったので聞いてみましたが、「女神様のお導きです」と言って笑うだけで、結局よく分かりませんでした。
ミカゲさんを慕っているのは誰が見ても間違いないので私としてもミカゲさん達の大事な仲間として扱っています。
ただ、時々マリアさんが狂信者の様にミカゲさんを崇め讃える姿は少し引くものがあります……以前、ミカゲさんにちょっかいを掛けようとした他所から来た冒険者をマリアさんがハンマーでボコボコにしている姿を見かけたときは、本当に大丈夫なのかしらと、本気で心配してしまいました。
後で聞いたところによれば、普段温厚なマリアさんですが、ミカゲさんの事になると人が変わるらしく、特にミカゲさんを傷つけた者に対しては「聖女」というより「悪魔」という方がふさわしい状態になるそうです。
その話を聞いて私の脳裏に思い至るのは、ギルドが処理するまでもなく姿を消した冒険者たちの事。
まさかとは思いつつ背筋がヒヤッとしました。
◇
目の前の光景に頭が付いていけず、茫然としている私がいます。
大抵の事はそつなくこなせる自負があったのですが、目の前の出来事は私のそんなささやかな自信を粉々に撃ち砕いてくれました。
ギルドが延焼して半壊……それを行ったのがDランクの少女……しかもその少女は「私悪くないよ?悪いのはこいつだよ?」とボロボロになったBランクの冒険者を指しています。
Dランクの少女……ミカゲさんが放った魔法は初級魔法のファイアーボールとエアブロー……Dランクの魔法使いが使うものとしては不思議でも何でもありませんが……何故こんなことになるのでしょう。
ギルドには様々な人々が出入りします。
その中にはちょっとやんちゃな人たちもいて……まぁ、よく騒ぎが起こるのですが、そのような事が起きても問題がないようにギルドの建物には護りの魔法がかけられています。
それこそAランクの冒険者パーティが全力を出さない限り、燃えたり壊れたりすることなどありえないのですが……何故、ファイアーボールでその建物が延焼するのでしょうか?
色々大変だったけど、この数か月でミカゲ達とはそれなりにうまく付き合ってこれたと思っています。
それなのに、なぜこのような……女神様、私は何か悪いことしたのでしょうか?
(ミカゲだからしょうがないよ、諦めなさい。)
私が思わず女神様に祈ると、そんな声が聞こえた気がした……諦めなさいって、そんな……。
◇
「ふぅ、平和ですねぇ。」
ミカゲ達がシランの村に出かけてから数日が経ちました。
特にミカゲ達が騒動を起こしていたってわけじゃないですけど、彼女たちがいないってだけで、なんとなく肩の荷が下りた気がするのは何でしょうかね。
心なしか、酒場の皆様も普段以上に活気づいているように感じます。
「お前もか?」
「まぁ、俺の場合はあまりにも哀れで見逃してやったって感じだけどな。」
「最近税率が上がったせいじゃないかとは思うんだけど、それでもなぁ……。」
「あぁ、そろそろシーフギルドの奴等も動き出すんじゃないか?」
「ガキとは言え、この街中でスリを見逃すと奴等のメンツにも関わるからな。」
「しかし、孤児院のガキがスリや乞食の真似事するなんてなぁ、領主様は何やってんだか。」
酒場の冒険者たちの話題は孤児院の子供たちの事みたいだったけど、ちょっと気になります。
「あの、あなた達、そのお話もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
私がお酒をもう一杯奢ると、冒険者の皆様は口々に知っている事を話してくれました。
彼らの話から分かった事は、最近孤児院の子供によるスリの被害が多発している事。
その様子に慣れたところは無く、素人同然の為すぐに捕まって酷い目にあっているにもかかわらず、被害が絶えない事に何か理由があるのではないかという事。
孤児院の子という事で同情している者も多いので、シーフギルドが動き出す前に何とかしたいと思っている者が多い事等、被害にあっていると言いながらどちらかというと同情している感じがよく分かったのです。
でも、孤児院に関しては領主様が多大な援助金を出しているのを私は知っています。
贅沢できるほどではないですが、それでも不自由なく暮らして行けるだけの金額が毎月支給されているはずですが、管理者が不正をしているのでしょうか?
私はさり気無くギルドの諜報部員に指示を出してこの件について調べさせることにすると同時にシーフギルドに使いを出し、この件について冒険者ギルドが預かる旨を伝える事にしました。
「うぅ……何なんですか、これはぁ!」
私は誰も聞いていないのをいいことに大声で叫んでしまいます。
原因は目の前に積み上げられた報告書。
最近起きている孤児院の子供たちによるスリの案件、街中での不正疑惑などを調べさせた結果なのですが……。
「異常なしってどういう事よっ!どう見ても異常だらけじゃないのよっ!」
孤児院への支援金は減少どころか、1年ほど前に増額しているし、噂されている税率アップについては、そのような事実は無いという。
「どう見てもおかしいでしょう?」
しかし、調査結果におかしい所は無いし、私にこれ以上できる事は無いし……。
と、途方にくれている私のもとに、ミカゲさん達が帰還したという報告が入ったのでした。
◇
「はぁ、魔族……ですか?」
報告を聞いた私は、思考がどこかに飛んでいきそうなのを必死に抑えていた。
ミカゲさん達への依頼はゴブリンの調査だったはずなんですが、それが何故、魔族と関わる事になるのでしょうか?
怪訝そうな顔をミュウさんに向けると、彼女は「私が知りたいよ」と疲れた顔で言っていました。
その時ふと閃いたのです。
ただのゴブリンの調査で、魔族と遭遇、村を半壊させる彼女達ならきっと何かを起こしてくれます。
私はこの考えを女神様のお導きだとその時は思ったのです。
◇
「相変わらず、こっちは進展有りませんね。」
私は今だに「問題なし」とだけ告げている報告書を摘まみ上げる。
「ホントに何なんでしょうね。」
「間違ってるって事でしょ?」
「誰っ?」
私しかいないこの部屋で私の呟きに応える声がする。
「この部屋には護りの魔法がかかっていて侵入出来ないのに、どうやって?」
「普通に入ってきただけよ。あなたが出入りする時まで護りの魔法がかかっているわけじゃないでしょ。」
「ミュウさん……。」
そこにいたのはミュウさんでした。
彼女が何故ここにいるか分かりませんが、今私を悩ませている問題が動き出したんだという事だけはわかりました。
出来れば大きな被害が出る前に事を納める事が出来れば、と女神様に祈っておきます。
私は処理の終わった書類をまとめた後、大きく息をつく。
脳裏に浮かぶのは、最近の騒動の中心にいる一風変わった冒険者のパーティ。
リーダーのミカゲは、一見どこにでもいるような女の子だけど、過去に何かあったらしくて重度の男性恐怖症。
そして、実際はかなりの資質を秘めた魔法使いなので、不用意に男性が触れると魔法で吹き飛ばすという事がしばしば起きる、トラブルメーカーだったりもする。
それくらいなら「よくあること」として処理できるのだけれど、彼女には表ざたに出来ない秘密があった。
それは彼女の持つ「称号」。
隣国のアルーシャ王国から申し渡された情報では、彼女は『勇者』だという。
魔王が復活するとき、対抗手段として現れる『勇者』は大抵の場合『勇者の導き手』であるアルーシャ王国内に現れる事が多い。
そして今代の勇者がミカゲだというのだ。
ミカゲが勇者だという事は置いておいて、勇者が現れたという事は『魔王が復活した』という事他にならない。
ギルドとしては、魔王復活により繁殖し活気づく魔物達と、それらが及ぼす影響の方が重大事なので、勇者が誰か?という事はそれ程問題じゃなかったりする。
ただ、それとは別にミカゲが勇者という事で起きた問題が一つあった。
正確にはミカゲが問題なのではなく、ミカゲが持つ『称号』が問題なのですが。
彼女の持つ『勇者』の称号に隠れて存在していた二つの隠し称号『女神に愛されしもの』と『総てを統べる者』。
一見何の問題もなく思えるため、アルーシャ王国も特に気にしていなかったと思うけど、実はイスガニア王国には『総てを統べる勇者には細心の注意を払うべし、決して粗末に扱ってはならない。』という言い伝えがあった。
勇者様は災厄の根源たる魔王を倒し、人族を幸福に導く存在とされているので「粗末に扱わない」というのは当たり前のように思えるけど、何故改めてそんな言い伝えが残っているのか?
これは王族と各地の領主一族だけに伝えられている伝承だが、数代前にイスガニアから勇者が現れるという事があったらしい。
ただ、勇者と言えども人の子であり、最初から強いわけではない。
しかし、勇者というだけで自分たちの庇護を求めた民衆は、勇者の弱さに絶望し、全ての責任を勇者に押し付けたという。
悩み傷付きながらも人々の為と頑張ってきた勇者は、そんな民衆の態度から「この様な目にあってまで守るべきなのか?」と自分の信念に揺らぎが生じたという。
結局、その勇者は魔王を討ち滅ぼしたものの、自分の事しか考えていない人族に嫌気がさし、次代の魔王へと変化を遂げたという。
普通ではありえない事だが、それを成しえたのはその勇者が持っていた『総てを統べる者』という称号で、この称号の効力があって初めて勇者は魔王にもなれたと言われている。
その魔王が統べる暗黒時代は、次代の勇者が現れ育ち、封印するまでの数百年間続いたと言われている。
つまり、ミカゲが人間に嫌気を差すようなことがあれば魔王になる可能性があるという事。
そのような危険人物は早めに処分してしまえ、という意見もあるが、ミカゲを処分すれば魔王に滅ぼされる未来しか残されていない為、それも出来ない。
だから私達に出来るのは、友好的に縁を結び、私達はミカゲの仲間だよ、大事に思っているよ、って事を分かってもらう事だけなんですけどね……。
「なのに、若い女の子ってだけでちょっかい掛けるバカが多くて困るのよねぇ。」
私達ギルド職員が目を光らせているから、最近では減ってきたけど、行っても聞かないバカたちを内密に『処分』したせいで、彼女たちに『消滅者』などという不名誉な二つ名がついた事は想定外でしたけどね。
私は初めてその噂を耳にしたらしい先日のミカゲさんの落ち込んだ姿を思い出す。
あの時はクミンさんが身体を張って宥めていたみたいだけど、側にいたミュウさんが私を睨んでいた。
かなりのショックを受けていたみたいだけど、別にギルドの所為だけじゃなく、彼女たちの普段の行動にも問題があるんだから、そんな目で見られても困るのですけどね。
ミュウさん……ネコ科の獣人らしくしなやかな体つきでパーティでの役割は双剣で敵を翻弄するアタッカーらしい。
調べたところによると、彼女はアレイ族出身とのことなので、それならあの態度は仕方がないね、と納得できることが多かった。
アレイ族はとにかく情に厚い種族で、主、仲間、身内等々、自分が認めた者に対しては自らを犠牲にしても守り抜く。
そこに善悪は関係なく、自らが認めるかどうかだけが判断基準という、ちょっと困った種族だ。
だから、ミュウさんもミカゲの為にならないと思えば、その牙をこちらに向ける事にためらいを持たないに違いない。
つまり、無用な敵を作らない為にもミカゲさんには最大の援助をしてるつもりなんですけどね。
最大の援助……例えばクミンさんの扱い。
彼女はとっても素直で可愛らしいのですが、本院は子供扱いをされるのを嫌がります。
ただ、その様子がまた愛らしいので、ミカゲさんもミュウさんも、事ある毎にクミンさんを揶揄ってはあまりにもの可愛らしさに見悶えています。
その様子を見ていると私もあんな妹が欲しいと思ってしまいました。
クミンさんは二人にとって大のお気に入りみたいなので、彼女を取り込むことはミカゲさん達との縁を結ぶのに必要不可欠だと感じています。
だから、クミンさんがミカゲさん達についていきたいという希望を聞き入れ、他の冒険者より依頼に融通を聞かせて優先的に回し、クミンさんが最速でランクを上げれる様に協力してきました。
多少の問題はありましたが、お陰でクミンさんの信頼は勝ち得たので、結果としては問題ないという事になります。
よく分からないのがマリアさんです。
彼女は女神信教聖母教会のクレリックとのことですが、使える神聖魔法からするとビショップクラスと言われても納得できるほどの実力者です。
聞いた話では、僻地に飛ばされたところでミカゲさん達と出会いそれから一緒に行動しているとの事なんですが、彼女ほどの実力があれば、多少の派閥争いなど押しのけて中央で活躍することもできるはずなのに、こう言っては何ですが名も知れない一介の冒険者として行動しているというのが不思議でならないです。
マリアさんにお話を伺う機会があったので聞いてみましたが、「女神様のお導きです」と言って笑うだけで、結局よく分かりませんでした。
ミカゲさんを慕っているのは誰が見ても間違いないので私としてもミカゲさん達の大事な仲間として扱っています。
ただ、時々マリアさんが狂信者の様にミカゲさんを崇め讃える姿は少し引くものがあります……以前、ミカゲさんにちょっかいを掛けようとした他所から来た冒険者をマリアさんがハンマーでボコボコにしている姿を見かけたときは、本当に大丈夫なのかしらと、本気で心配してしまいました。
後で聞いたところによれば、普段温厚なマリアさんですが、ミカゲさんの事になると人が変わるらしく、特にミカゲさんを傷つけた者に対しては「聖女」というより「悪魔」という方がふさわしい状態になるそうです。
その話を聞いて私の脳裏に思い至るのは、ギルドが処理するまでもなく姿を消した冒険者たちの事。
まさかとは思いつつ背筋がヒヤッとしました。
◇
目の前の光景に頭が付いていけず、茫然としている私がいます。
大抵の事はそつなくこなせる自負があったのですが、目の前の出来事は私のそんなささやかな自信を粉々に撃ち砕いてくれました。
ギルドが延焼して半壊……それを行ったのがDランクの少女……しかもその少女は「私悪くないよ?悪いのはこいつだよ?」とボロボロになったBランクの冒険者を指しています。
Dランクの少女……ミカゲさんが放った魔法は初級魔法のファイアーボールとエアブロー……Dランクの魔法使いが使うものとしては不思議でも何でもありませんが……何故こんなことになるのでしょう。
ギルドには様々な人々が出入りします。
その中にはちょっとやんちゃな人たちもいて……まぁ、よく騒ぎが起こるのですが、そのような事が起きても問題がないようにギルドの建物には護りの魔法がかけられています。
それこそAランクの冒険者パーティが全力を出さない限り、燃えたり壊れたりすることなどありえないのですが……何故、ファイアーボールでその建物が延焼するのでしょうか?
色々大変だったけど、この数か月でミカゲ達とはそれなりにうまく付き合ってこれたと思っています。
それなのに、なぜこのような……女神様、私は何か悪いことしたのでしょうか?
(ミカゲだからしょうがないよ、諦めなさい。)
私が思わず女神様に祈ると、そんな声が聞こえた気がした……諦めなさいって、そんな……。
◇
「ふぅ、平和ですねぇ。」
ミカゲ達がシランの村に出かけてから数日が経ちました。
特にミカゲ達が騒動を起こしていたってわけじゃないですけど、彼女たちがいないってだけで、なんとなく肩の荷が下りた気がするのは何でしょうかね。
心なしか、酒場の皆様も普段以上に活気づいているように感じます。
「お前もか?」
「まぁ、俺の場合はあまりにも哀れで見逃してやったって感じだけどな。」
「最近税率が上がったせいじゃないかとは思うんだけど、それでもなぁ……。」
「あぁ、そろそろシーフギルドの奴等も動き出すんじゃないか?」
「ガキとは言え、この街中でスリを見逃すと奴等のメンツにも関わるからな。」
「しかし、孤児院のガキがスリや乞食の真似事するなんてなぁ、領主様は何やってんだか。」
酒場の冒険者たちの話題は孤児院の子供たちの事みたいだったけど、ちょっと気になります。
「あの、あなた達、そのお話もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
私がお酒をもう一杯奢ると、冒険者の皆様は口々に知っている事を話してくれました。
彼らの話から分かった事は、最近孤児院の子供によるスリの被害が多発している事。
その様子に慣れたところは無く、素人同然の為すぐに捕まって酷い目にあっているにもかかわらず、被害が絶えない事に何か理由があるのではないかという事。
孤児院の子という事で同情している者も多いので、シーフギルドが動き出す前に何とかしたいと思っている者が多い事等、被害にあっていると言いながらどちらかというと同情している感じがよく分かったのです。
でも、孤児院に関しては領主様が多大な援助金を出しているのを私は知っています。
贅沢できるほどではないですが、それでも不自由なく暮らして行けるだけの金額が毎月支給されているはずですが、管理者が不正をしているのでしょうか?
私はさり気無くギルドの諜報部員に指示を出してこの件について調べさせることにすると同時にシーフギルドに使いを出し、この件について冒険者ギルドが預かる旨を伝える事にしました。
「うぅ……何なんですか、これはぁ!」
私は誰も聞いていないのをいいことに大声で叫んでしまいます。
原因は目の前に積み上げられた報告書。
最近起きている孤児院の子供たちによるスリの案件、街中での不正疑惑などを調べさせた結果なのですが……。
「異常なしってどういう事よっ!どう見ても異常だらけじゃないのよっ!」
孤児院への支援金は減少どころか、1年ほど前に増額しているし、噂されている税率アップについては、そのような事実は無いという。
「どう見てもおかしいでしょう?」
しかし、調査結果におかしい所は無いし、私にこれ以上できる事は無いし……。
と、途方にくれている私のもとに、ミカゲさん達が帰還したという報告が入ったのでした。
◇
「はぁ、魔族……ですか?」
報告を聞いた私は、思考がどこかに飛んでいきそうなのを必死に抑えていた。
ミカゲさん達への依頼はゴブリンの調査だったはずなんですが、それが何故、魔族と関わる事になるのでしょうか?
怪訝そうな顔をミュウさんに向けると、彼女は「私が知りたいよ」と疲れた顔で言っていました。
その時ふと閃いたのです。
ただのゴブリンの調査で、魔族と遭遇、村を半壊させる彼女達ならきっと何かを起こしてくれます。
私はこの考えを女神様のお導きだとその時は思ったのです。
◇
「相変わらず、こっちは進展有りませんね。」
私は今だに「問題なし」とだけ告げている報告書を摘まみ上げる。
「ホントに何なんでしょうね。」
「間違ってるって事でしょ?」
「誰っ?」
私しかいないこの部屋で私の呟きに応える声がする。
「この部屋には護りの魔法がかかっていて侵入出来ないのに、どうやって?」
「普通に入ってきただけよ。あなたが出入りする時まで護りの魔法がかかっているわけじゃないでしょ。」
「ミュウさん……。」
そこにいたのはミュウさんでした。
彼女が何故ここにいるか分かりませんが、今私を悩ませている問題が動き出したんだという事だけはわかりました。
出来れば大きな被害が出る前に事を納める事が出来れば、と女神様に祈っておきます。
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