リプレイ!

こすもす

文字の大きさ
上 下
451 / 454

第450話*

しおりを挟む
1884年5月19日、イギリスのサザンプトンを一隻のヨットが出航した。
船の名はミニョネット号、オーストラリアの実業家J・H・ウォトンが故郷イギリス往復のために購入したもので、完熟のための試験航海を含めた処女航海であった。
乗組員は4人、船長のダトリー、船員のスティーブンとブルックス、そして給仕のリチャードである。
航海は当初順調であったものの、喜望峰を超えたあたりから天候があやしくなりやがて激しい嵐に遭遇する。
排水量の小さなヨットは木の葉のように揺られ操船は全く不可能であり、船内への浸水が深刻になるにつれて船長は救命ボートでの脱出を決断した。
しかし急な脱出のこと、準備が出来ておらず持ち出すことのできた食糧はカブの缶詰が2個だけであったという。
あっという間に缶詰を食いつくした4人は飢えと渇きの地獄を体験する羽目となった。
幸い漂流5日目に海亀を捕まえ急場をしのいだものの、大きなはずの海亀の肉も18日目には底をついてしまう。
何よりも飲料水がないことが致命的であった。
進退きわまった4人は残る人間を助けるためにくじ引きで一人の生命を犠牲にしようと相談するが、意見はまとまらなかったという。
漂流から20日目(16日目とする説もある)、ついにリチャードが渇きに耐えられず海水をがぶ飲みし、痙攣状態に陥った。
人間の体は塩分を必要とするが、必要以上の塩分は尿として体外に排出されるのだが、海水は尿よりも塩分濃度が高いため、飲めば飲むほど体内に塩分が蓄積され、それを排出しようとしてその人間は地獄の苦しみを味わうことになる。
どんなにのどが渇いても海水を飲んではいけない、というのは船乗りの鉄則なのである。
(ただしそれでも飲んだほうが延命できるという異論あり)
瀕死の状態のリチャードを見た船長は言った。

「彼はもう助からないだろう。我々が助かるために彼を食べるべきだ」

これに船員のブルックスは猛反対する。

「そんな人の道に外れることができるわけがない!」

「船長の責任において船員を全滅させるわけにはいかない。それに君たちにも家族がいるだろう。家族のためにも我々は生き残らなければならない」

スティーブンはしぶしぶ同意。ブルックスはなお頑強に抵抗したが、船長がリチャードの喉をナイフで斬り裂き鮮血があふれ出すとブルックスも本能に逆らうことはできなかった。
生存本能の命ずるままに、彼もまたリチャードの血をすすったのである。
そして後はなし崩しにリチャードの肉を食らい血をすすることで3人は幸運にも通りがかったドイツの貨物船モンテスマ号に救助される。
漂流から24日目の出来事だった。

船長は犯罪を隠ぺいすることもできたはずであったがさすがは一人前の船乗りであったのだろう。
本国に戻ると真相を告白し、彼は殺人罪で告発されることになる。

ここで問題となったのが緊急避難の用件である。
ギリシャの哲学者カルネアデスの寓話で、カルネアデスの船板という話がある。
難破したから投げ出された船員を支える一枚の船板がある。これは一人なら支えていられるが二人以上を支えることはできない。
そうしたときに相手を突きのけて溺死させてしまうのは犯罪だろうか?
近代法学において助かるためにやむを得ない行為は罰しないというのが緊急避難の原則である。
しかし当時緊急避難を扱った裁判事例は皆無に等しくまた倫理的な側面を考慮され船長とスティーブンは死刑を宣告された。
とはいえさすがに無理な判決であることは自覚していたのだろう。
二人はヴィクトリア女王の特赦によりわずか6ケ月の禁錮に減刑され社会に復帰することができたのである。



法学部で刑法を専攻する人間には割と知られている事件だが、この事件はまた別の問題でも非常に興味深い事件とされている。
なぜならこの事件は約50年近くも前に予言されていたというのである。

推理小説というジャンルの生みの親とも言われるエドガー・アラン・ポーの作品で唯一の長編と言われる作品がある。
「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ビムの物語」である。
その内容が恐るべきことにミニョネット号事件に酷似しているのだ。

広大な海の真ん中で漂流した4人の男たちが絶望的な状況でくじを引き、くじにあたった給仕のリチャード・パーカーを殺害して食するという物語である。

漂流する4人の男
飢えを渇きを満たすため一人を犠牲にする
そして犠牲になった男は給仕であり、その名もリチャード・パーカーと同姓同名ではないか!

タイタニック号もシンクロニシティの例にあげられるが、このミニョネット号事件の一致度合いはそれどころの話ではない。
遭難する船員の数から犠牲者の名前まで一致する確率は天文学的なものである。
しかもこの事件を偶然の一致コンテストに応募し賞金100ポンドを獲得したのは殺されたリチャード・パーカーのひ孫にあたるナイジェル・パーカーであったという………。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...