7 / 10
7 明日夏 4
しおりを挟む
目を覚ましたとき、僕の全身は寝汗をぐっしょりとかいていた。
上半身を起き上がらせ、額にかいた汗を拭った。
「おはよー」
ビクッと肩をすくませ見下ろすと、真央がパンツ一丁の姿でソファーの上に座っていた。肩にかけたタオルで、濡れた頭を拭いている。
「また風呂借りちゃった。タオルも勝手に使っちゃったんだけど、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
ドクンドクンと心臓が鳴る。
真央はいつもと変わらぬ人懐っこい笑顔を僕に向けている。
夢だということにして現実逃避したかったけど、できなかった。
僕の足元には、くしゃくしゃに丸まったティッシュが何個か転がっている。
真央じゃない……のか?
あまりにもいつも通りすぎる。
しかし確信は持てぬまま、僕は足を踏み外さないよう、とくに上から三段目に足を置く時は慎重になりながら梯子を下りた。
べランダでタバコを吸う櫂が見える。背中を向けているから、どんな表情かは分からない。
僕は真央に訊いた。
「……拓海は?」
「あぁ、朝飯買いに行ってる。ジャンケンでさ、あいつが負けて」
「そう」
時計を見ると、朝の九時三十分だ。
真央はテレビのバラエティ番組の再放送を観ながら屈託なく笑っている。
僕は窓を開けてベランダに出た。
万が一を見越して、真央には聞こえないように窓をしっかり閉める。
頬杖をつきながら紫煙を吐き出した櫂が、こちらを向いた。
「おそようー」
櫂も口の端を上げ、にこーっと笑った。
……櫂でもない。
じゃあ、拓海?
でも、演技してるってこともある。
僕は櫂の横に並んで遠くの方に視線をやった。
「櫂は、何時くらいに起きた?」
「何時だっけなぁ……二度寝したんだよね。はじめは六時くらいに起きて、も一回寝て八時くらいに起きたかな」
「ごめん、部屋、暑かった?」
「ちょっとな。でも真央が悪いんだぜ? あんなに言っといたのに、ソファーから出した足を俺の体の上に乗っけてくんだもん」
「へぇ」
やっぱり櫂も、普通だ。
残すは拓海だけ。
押し黙っている僕の顔を、櫂は不思議そうに覗き込んでくる。
「何、そんな怖い顔してんの」
「ううん、そんなことないよ」
「えぇ、そう? なんかむすーっとしてない?」
「……櫂さ、昨日、僕たちのこの関係はずっと続いていけばいいって言ってたよね」
櫂は携帯灰皿にタバコを押し込み、僕をじっと見つめた。
「うん、言ったよ」
「それ、本心だよね?」
「あん? どしたの、明日夏」
「ごめん、なんでもない」
試すようなことを言ってしまい、ちょっと申し訳なくなった僕は先に部屋に入った。
しばらくすると、拓海が買い物から帰ってきたので、僕は真っ先に玄関に向かった。
「おかえり」
「ただいま。あ、明日夏起きたんだ。ごめん、明日夏ってブラック飲めたっけ? アイスコーヒー買ったんだけど、無糖ブラック選んじゃって」
拓海はコンビニ袋からプラスチック容器のコーヒーを取り出し、僕に見せてきた。
──分からない。僕に触れたのが、この中の誰だったのか。
でも分かった事は一つだけ。
あのことは、まるでなかったことにされている。
この中の誰かがしたことには違いないのに。
「おー、サンキュ。俺、焼きそばパンね」と真央。
「え、俺もそれが良かったなぁ……明日夏はどれがいい?」と拓海。
「俺はあんま腹減ってないから、とりあえずコーヒーもらう」と櫂。
僕は親友三人に向かって、柔らかく笑んでみせた。
上半身を起き上がらせ、額にかいた汗を拭った。
「おはよー」
ビクッと肩をすくませ見下ろすと、真央がパンツ一丁の姿でソファーの上に座っていた。肩にかけたタオルで、濡れた頭を拭いている。
「また風呂借りちゃった。タオルも勝手に使っちゃったんだけど、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
ドクンドクンと心臓が鳴る。
真央はいつもと変わらぬ人懐っこい笑顔を僕に向けている。
夢だということにして現実逃避したかったけど、できなかった。
僕の足元には、くしゃくしゃに丸まったティッシュが何個か転がっている。
真央じゃない……のか?
あまりにもいつも通りすぎる。
しかし確信は持てぬまま、僕は足を踏み外さないよう、とくに上から三段目に足を置く時は慎重になりながら梯子を下りた。
べランダでタバコを吸う櫂が見える。背中を向けているから、どんな表情かは分からない。
僕は真央に訊いた。
「……拓海は?」
「あぁ、朝飯買いに行ってる。ジャンケンでさ、あいつが負けて」
「そう」
時計を見ると、朝の九時三十分だ。
真央はテレビのバラエティ番組の再放送を観ながら屈託なく笑っている。
僕は窓を開けてベランダに出た。
万が一を見越して、真央には聞こえないように窓をしっかり閉める。
頬杖をつきながら紫煙を吐き出した櫂が、こちらを向いた。
「おそようー」
櫂も口の端を上げ、にこーっと笑った。
……櫂でもない。
じゃあ、拓海?
でも、演技してるってこともある。
僕は櫂の横に並んで遠くの方に視線をやった。
「櫂は、何時くらいに起きた?」
「何時だっけなぁ……二度寝したんだよね。はじめは六時くらいに起きて、も一回寝て八時くらいに起きたかな」
「ごめん、部屋、暑かった?」
「ちょっとな。でも真央が悪いんだぜ? あんなに言っといたのに、ソファーから出した足を俺の体の上に乗っけてくんだもん」
「へぇ」
やっぱり櫂も、普通だ。
残すは拓海だけ。
押し黙っている僕の顔を、櫂は不思議そうに覗き込んでくる。
「何、そんな怖い顔してんの」
「ううん、そんなことないよ」
「えぇ、そう? なんかむすーっとしてない?」
「……櫂さ、昨日、僕たちのこの関係はずっと続いていけばいいって言ってたよね」
櫂は携帯灰皿にタバコを押し込み、僕をじっと見つめた。
「うん、言ったよ」
「それ、本心だよね?」
「あん? どしたの、明日夏」
「ごめん、なんでもない」
試すようなことを言ってしまい、ちょっと申し訳なくなった僕は先に部屋に入った。
しばらくすると、拓海が買い物から帰ってきたので、僕は真っ先に玄関に向かった。
「おかえり」
「ただいま。あ、明日夏起きたんだ。ごめん、明日夏ってブラック飲めたっけ? アイスコーヒー買ったんだけど、無糖ブラック選んじゃって」
拓海はコンビニ袋からプラスチック容器のコーヒーを取り出し、僕に見せてきた。
──分からない。僕に触れたのが、この中の誰だったのか。
でも分かった事は一つだけ。
あのことは、まるでなかったことにされている。
この中の誰かがしたことには違いないのに。
「おー、サンキュ。俺、焼きそばパンね」と真央。
「え、俺もそれが良かったなぁ……明日夏はどれがいい?」と拓海。
「俺はあんま腹減ってないから、とりあえずコーヒーもらう」と櫂。
僕は親友三人に向かって、柔らかく笑んでみせた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる