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10 おじいちゃん
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「千歳。ちょっと一休みしない?」
俺からの提案は珍しい。
千歳はいいよと言いながらも、頭を掻きながら辺りをぐるっと見渡す。こんな田舎町では、一休みできそうな場所が無い。落ち着いて話せるところなんて、さっきの役所の待合所くらいだ。
しばらくして、千歳は閃いた。
「あ、八百屋いくか」
「八百屋?」
聞けばここからほど近い場所に、仲良しの同級生のお父さんが働いている八百屋があるのだという。店の前にベンチがあるから、そこがいいんじゃないかと。
八百屋か……人が来る気がする。
一瞬怯んだが、もう一度自分を奮い立たせる。
今日言えなかったら、自責の念にかられながら新生活をスタートすることになる。何がなんでも言うんだ。
店につくと、千歳に気付いた店主が挨拶をし、俺たちに暖かいほうじ茶をくれた。
仲良さそうに話をしている千歳の隣で、自分は硬い表情で心臓をバクバクと言わせていた。
急に無言になった俺を見た千歳は、何度か「どうしたんだ?」と訝しんできたけど、苦笑いするしかできなかった。
あんなにイメトレしてきたのに。
喉が張り付いて、体が縮こまる。
何度か帰ろうとした千歳のコートを引っ張って留まるようにはしたけれど、肝心の言葉は言えなくて、時間だけが無情にも過ぎていく。
「茶、おかわりするかー?」
何度目かの店主の声掛けに、千歳が立ち上がる。
俺の湯のみも持って店の奥に向かおうとする千歳に、「おーい」と、店の商品を見ていたお爺さんが声をかけた。
「オレの分も頼む」
「はいよ」
見た感じ80代くらいの白髪のお爺さんとは知り合いなのか、千歳は頷いて店に入っていく。
ベンチに座る俺の右隣に、よっこらしょ、とお爺さんが腰をおろした。
(えぇ、どうしよう……隣に座っちゃった)
訛りの酷いお爺さんは、くぁぁと大きなあくびをして、何をする訳でもなく遠くをボーッと見つめている。田んぼのあぜ道でも見ているのだろうか。
きっと近くに住んでいて、ここに散歩に来るのが日課なのだろうと予想する。
となると厄介だ。ここに長居する気だ。
お爺さんが帰るまで、言うのは待とうか……。
だが千歳もさすがに限界だろう。俺ももう、黙り込んだままではいられない。
思い立った俺は、こぶしを作って右隣に体を向けた。
「あの、お爺さん」
「あぁ?」
怒っているのかとヒヤッとしたが、普段からこういう喋りなのだろう。
「俺、今から友達に変なことを言うと思うんですけど、気にしないでくださいね」
「変なこどって……オレなんが常に変なこど言っでらぁ。気にするかよぉ」
あっはっは、と高らかに笑われる。
俺は少しだけ笑って付け加えた。
「もし、俺がなかなか言い出しそうに無かったら、俺の尻を叩いてもらえますか」
「はぁ~? なーんでオレがよく知らねぇお前さんのケツなんが叩かなきゃなんねぇんだぁ」
お爺さんの言う通りだけれど、誰かに背中を押してもらいたかったのだ。頑張れと言われたら頑張れそうな気がする。
例えそれが、初対面のお爺さんだとしても……。
「ほら、爺ちゃんの分。落とすなよ」
戻ってきた千歳が、慎重にお爺さんに湯呑みを渡す。シワシワの細い手で受け取ったお爺さんは、はいはいと軽く頭を下げてほうじ茶をズッとすすった。
左に千歳、右にお爺さん。場所は田舎町の八百屋。まさか告白がこんな状況になるとは。
「ち……千歳。俺……」
名前を出しただけで泣きそうになって言葉が続かなかったが、ふと腰の辺りを手でバシッと叩かれた。
ちょっと痛いけど、お爺さんありがとう。心の中で呟く。
「千歳のことが好き……って言ったら、どうする?」
震える声に反応した千歳は、しげしげと俺の顔を覗き込む。
「好きって、そういう意味で?」
「そういう、意味で」
瞬きをぱちぱちと繰り返す千歳は、え、は? と小さく繰り返している。
「……ていうかそれ、今言う?!」
そうだ。その通りなのは百も承知である。
本当は部屋を決める前に言うべきだったのに。
申し訳無さすぎて俯いていると、右隣から快活な声が聞こえた。
「告白ってのはいいもんだな。久々に婆ちゃんとの熱烈な恋を思い出しちったよ。おめ、ちゃんと返事してやれよ、こいづは勇気出して告白したんだがら」
「爺ちゃんは黙っとけっ」
全力で突っ込む千歳に笑ったつもりだったのに、実際は表情筋は引きつったまま固まって、顔や耳だけではなく、ジワジワと目の奥までもが熱くなっている。
気持ちを隠したまま同居するのは千歳に申し訳なくて、告白をしようと思ったこと。そして、友達になって間もない頃から好きだったのだと伝えると、千歳は目をますます丸くした。
「マジで?! 全然気付かなかったんだけど!」
やっぱり、千歳の鈍感力は俺には未知すぎた……。
俺からの提案は珍しい。
千歳はいいよと言いながらも、頭を掻きながら辺りをぐるっと見渡す。こんな田舎町では、一休みできそうな場所が無い。落ち着いて話せるところなんて、さっきの役所の待合所くらいだ。
しばらくして、千歳は閃いた。
「あ、八百屋いくか」
「八百屋?」
聞けばここからほど近い場所に、仲良しの同級生のお父さんが働いている八百屋があるのだという。店の前にベンチがあるから、そこがいいんじゃないかと。
八百屋か……人が来る気がする。
一瞬怯んだが、もう一度自分を奮い立たせる。
今日言えなかったら、自責の念にかられながら新生活をスタートすることになる。何がなんでも言うんだ。
店につくと、千歳に気付いた店主が挨拶をし、俺たちに暖かいほうじ茶をくれた。
仲良さそうに話をしている千歳の隣で、自分は硬い表情で心臓をバクバクと言わせていた。
急に無言になった俺を見た千歳は、何度か「どうしたんだ?」と訝しんできたけど、苦笑いするしかできなかった。
あんなにイメトレしてきたのに。
喉が張り付いて、体が縮こまる。
何度か帰ろうとした千歳のコートを引っ張って留まるようにはしたけれど、肝心の言葉は言えなくて、時間だけが無情にも過ぎていく。
「茶、おかわりするかー?」
何度目かの店主の声掛けに、千歳が立ち上がる。
俺の湯のみも持って店の奥に向かおうとする千歳に、「おーい」と、店の商品を見ていたお爺さんが声をかけた。
「オレの分も頼む」
「はいよ」
見た感じ80代くらいの白髪のお爺さんとは知り合いなのか、千歳は頷いて店に入っていく。
ベンチに座る俺の右隣に、よっこらしょ、とお爺さんが腰をおろした。
(えぇ、どうしよう……隣に座っちゃった)
訛りの酷いお爺さんは、くぁぁと大きなあくびをして、何をする訳でもなく遠くをボーッと見つめている。田んぼのあぜ道でも見ているのだろうか。
きっと近くに住んでいて、ここに散歩に来るのが日課なのだろうと予想する。
となると厄介だ。ここに長居する気だ。
お爺さんが帰るまで、言うのは待とうか……。
だが千歳もさすがに限界だろう。俺ももう、黙り込んだままではいられない。
思い立った俺は、こぶしを作って右隣に体を向けた。
「あの、お爺さん」
「あぁ?」
怒っているのかとヒヤッとしたが、普段からこういう喋りなのだろう。
「俺、今から友達に変なことを言うと思うんですけど、気にしないでくださいね」
「変なこどって……オレなんが常に変なこど言っでらぁ。気にするかよぉ」
あっはっは、と高らかに笑われる。
俺は少しだけ笑って付け加えた。
「もし、俺がなかなか言い出しそうに無かったら、俺の尻を叩いてもらえますか」
「はぁ~? なーんでオレがよく知らねぇお前さんのケツなんが叩かなきゃなんねぇんだぁ」
お爺さんの言う通りだけれど、誰かに背中を押してもらいたかったのだ。頑張れと言われたら頑張れそうな気がする。
例えそれが、初対面のお爺さんだとしても……。
「ほら、爺ちゃんの分。落とすなよ」
戻ってきた千歳が、慎重にお爺さんに湯呑みを渡す。シワシワの細い手で受け取ったお爺さんは、はいはいと軽く頭を下げてほうじ茶をズッとすすった。
左に千歳、右にお爺さん。場所は田舎町の八百屋。まさか告白がこんな状況になるとは。
「ち……千歳。俺……」
名前を出しただけで泣きそうになって言葉が続かなかったが、ふと腰の辺りを手でバシッと叩かれた。
ちょっと痛いけど、お爺さんありがとう。心の中で呟く。
「千歳のことが好き……って言ったら、どうする?」
震える声に反応した千歳は、しげしげと俺の顔を覗き込む。
「好きって、そういう意味で?」
「そういう、意味で」
瞬きをぱちぱちと繰り返す千歳は、え、は? と小さく繰り返している。
「……ていうかそれ、今言う?!」
そうだ。その通りなのは百も承知である。
本当は部屋を決める前に言うべきだったのに。
申し訳無さすぎて俯いていると、右隣から快活な声が聞こえた。
「告白ってのはいいもんだな。久々に婆ちゃんとの熱烈な恋を思い出しちったよ。おめ、ちゃんと返事してやれよ、こいづは勇気出して告白したんだがら」
「爺ちゃんは黙っとけっ」
全力で突っ込む千歳に笑ったつもりだったのに、実際は表情筋は引きつったまま固まって、顔や耳だけではなく、ジワジワと目の奥までもが熱くなっている。
気持ちを隠したまま同居するのは千歳に申し訳なくて、告白をしようと思ったこと。そして、友達になって間もない頃から好きだったのだと伝えると、千歳は目をますます丸くした。
「マジで?! 全然気付かなかったんだけど!」
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