初恋が生まれた日

こすもす

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8 喧嘩して仲直り

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 これ以上の痴態は晒したくなくて、俺は踵を返して本屋から出た。
 佐久間さんに構っていられなかった。
 千歳からもう逃げたい。
 だがすぐに追いつかれて、ため息混じりの声を出された。

「悪い。分かったよ。もうそういうのは訊かないから」

 そうではない。違うのに。
 根本にあるのは千歳への恋心だ。
 その息の根を止められない自分も情けないし、気持ちをだまして付き合っている彼女にも申し訳ない。
 カツカツと靴底を鳴らしながら、苦しい想いを呟いた。

「あの時、千歳に見つからなければ良かった」

 具合の悪かった自分に声を掛けてきてくれた時。
 あの日あの時、あの場に千歳が来なければ、俺はきっと千歳を好きにならなかった。
 
「あの時って何? 隠れんぼでもしたっけ?」
「バカ!」

 本気か冗談か分からないことを言う男に罵声を浴びせてまた逃げる。
 待て、と言われても待たずに歩いた。

「なんだよ……意味わかんね」

 諦めにも似たその声音は今まで聞いたことがなくて、思わず振り返ってしまう。
 機嫌を悪くした千歳が、鋭い目付きで俺を真っ直ぐに見つめていた。
 ここでようやく、身勝手すぎたと気づく。

「謝ってんのに許してくれないし、しまいにはバカって……俺、創にそこまで酷いことしたの?」

 サッと血の気が引いた。
 どうしよう。間違えた。
 失敗した。また、一人になってしまう。
 胸がズキズキと痛くて痛くて、仕方なかった。
 千歳と気持ちが同じにならなくてもいい。だから嫌いにはならないで。
 儚い願いは、千歳には届かなかった。

「先帰るわ。じゃあな」

 立ち尽くす俺を置いて、千歳は帰ってしまった。
 どうにか涙を止め、佐久間さんの元へ戻る。
 千歳は先に帰ったことを伝えると、「なにかあった?」と心配そうに問われた。

「ううん、何も」
「でも創くん、もしかして泣いた? 目赤いよ」
「ううん、泣いてないよ」

 頑固を貫くと、佐久間さんももう何も言えなくなって、変な空気は変えられぬまま駅で別れて帰宅した。
 勇気が出なくて、千歳に電話ができなかった。
 たった一言、ごめんねと言えばいいだけなのに。
 何も口にできない。頭がこんがらがって、胸も苦しい。クリスマスにもらったマフラーを胸に抱いて、また涙を流した。

 翌日、腫れぼったい目で登校すれば友達に不審に思われた。
 とうとう彼女に振られたのかと思われたらしい。
 実際に振られたら、どうなんだろう。
 正直、ここまで泣けないような気がする。
 時間差で、千歳が教室に入ってくるのが目の端で確認できた。
 顔向けできなくて、俺は自分の席に座って俯いたままだ。
 たぶんもう、めんどい俺とは友達をやめたんだろう。
 しゅんとなっていると、千歳は一旦自分の机に荷物を置いてから、俺の目の前にやってきた。

「あのさぁ。俺こういうの嫌だから」

 真っ直ぐな視線をこちらに向ける千歳。
 周りの人も何事かと俺たちを振り返り、教室がシンと静まった。

「気まずくなるのとか、嫌だから。お前もそう思うだろ?」
「あ……うん」
「だから、仲直りしよう」

 鷹揚なその顔を見て、心臓が鷲掴みされたように痛くなる。なんて馬鹿なことをしたのだと、改めて自分を責めた。
 ごめん、俺が悪かったからと心から謝れば、千歳も「俺も悪かった」と笑って謝った。
 それからすぐに、という訳ではないが、二人のギクシャクはなくなった。
 千歳との喧嘩は、後にも先にもこの時だけ。
 友達と喧嘩なんて、人生で初めてしたかもしれない。

 バレンタインの日、手作りマフィンをくれた佐久間さんに別れて欲しいと告げた。
 こんな勝手な俺を罵って恨めばいいのに、それどころか佐久間さんは妙に落ち着きを払っていた。
 全然、心を開いていなかったよねと呆れたように言われ、なんとなく振られそうな気がしていたんだと笑われた。

 結局彼女とは、まともに手を繋ぐこともしないまま別れてしまった。
 ──何をしてるんだ、俺。
 彼女だけじゃなく、千歳のことも傷付けた。
 もうそんな思いはさせたくない。
 誰かを利用しようとせずに、自分だけの力でできるだけ早く、千歳への恋心へ消せるように努力しよう。そう決意した。

 三年に上がったころに別れたことを千歳に伝えたが、根掘り葉掘りは訊かなかった。喧嘩のこともあったから気を遣ったのだと思う。
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