初恋が生まれた日

こすもす

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 クリスマスまであと一ヶ月という頃に、紺野くんの家に泊まることになった。
 金曜の夕方。雨が降り出していたし、家までの道のりを考えただけで億劫になった俺を見かねて、紺野くんの方から切り出してくれた。
 紺野家の晩御飯をご馳走になりながら、失礼なことをしていないか心配になったけど、紺野くんの家族はずっと和やかで、すごく居心地が良かった。
 
「創は、クリスマスに何すんの?」

 いつものように、紺野くんは部屋の絨毯に寝そべりながらパズルゲームをしながら尋ねてくる。コツコツやっているゲームはかなりレベルがアップしたようだ。

「特に何も。紺野くんは?」
「俺もたぶん、何も予定ない」
「そっか」

 紺野くんは今のところ、彼女を作る気はないらしい。
 気になって訊いてみたことがあったけど、めんどいから、の一言で終わった。

「じゃあ、二人でクリスマス会でもする? プレゼント交換して」
「え……いいの?」

 ぱあっと、閉じていたカーテンを開け放ったかのように心が明るくなった。
 クリスマス。プレゼント。
 毎年、家に一人で過ごしていたから、そのワクワクワードに胸が高鳴る。

「お前さ」
「……あ」

 少々照れている紺野くん。
 なぜかと理由を探すと、俺が寝転がっている紺野くんの服を両手で掴んで引っ張っていたせいだと分かった。
 すぐに体を剥がすと、紺野くんはちょっと呆れたように……けど全然嫌そうじゃない顔をして起き上がった。

「いい加減、千歳って呼べば?」

 ちとせ。紺野くんの名前。
 さっきカーテンを開け放った心の中の窓に、眩しい白い光が差し込んできた。

「いいの?」
「いいよ。呼びにくくなければ」
「……ありがとう」

 紺野くん……千歳は、目を細めた自分を見てすぐ、視線を外した。
 秋のはじめからまた増えた耳のピアス穴を見つめながら、今日はどうしたのだろうか、と思う。
 最近、千歳はたまにこうして視線を外す時が増えた。格好よくて、つい見蕩れてしまう自分の視線が痛いからなのかもしれないけど、今日はいつも以上に顔を赤くしている気がする。
 あんまり困らせないようにしようと、少しだけ離れたところに座り直した。
 千歳へのプレゼントはピアスか、それともマフラーか……などと思案していると、千歳は思いついたように立ち上がった。

「じゃあ、風呂でも入るか。創、先に入れば」
「えっ、いいよ俺は後で。家に連絡入れなきゃだし」
「そっか。じゃあパパッと入ってくる」
「うん……」

 直後、俺は目を疑った。
 千歳はその場でストリップを始めたのだ。
 パーカーを脱ぎ捨て、その下に着ていたTシャツも脱ぎ捨て、半裸の状態になったところで俺は大声をあげた。

「なんで脱いでるの?!」
「え? だから、風呂入るから」
「こ、ここで脱ぐの?!」
「うん。いつもそうしてるけど」

 狼狽える俺の目の前で、千歳はベルトの金具にも手をかけ、ズボンを足首から抜いてしまった。紺色のボクサーパンツ姿の彼をしげしげと見つめてしまう。
 ついに最後の一枚に手がかかったところで、俺はまるで女子のように両手で目を覆いながらくるりと背を向けた。

「お、お母さんもいるのに全裸でお風呂場まで行くのっ?! 向こうで脱いで入ればいいじゃん!」
「俺のマッパなんて誰も気にしないし、ここで脱いでった方がいいんだよ。脱衣所寒いじゃん?」
「分かったから、早く行って!」
「なに照れてんのー? 男同士なんだから、そんな嫌がんなくてもいいだろー」

 千歳は脱いだ衣類を拾い上げて部屋を出ていった……らしい。振り返ると裸が見えてしまいそうだったから、頑なにそちらを向かなかった。
 風呂場まで行くまでに体が冷えそうなものだけど、ダダダッと廊下を掛ける足音が聞こえた。
 どうやら全裸でダッシュしたらしい。
 自分はもう、小学校入りたての頃から一人で入っている。脱衣所で脱ぐのは当たり前だし、親や兄弟にでさえ、全裸なんてもう見られたくない。
 何事も、自分の価値観で決めつけちゃいけないんだなと勉強した瞬間だった。

 (ところでどうして、こんなにドキドキしているんだろう)

 千歳のおおきな腕に抱きしめられて、頭を撫でられる妄想をした。
 分からない。どうしてそんなことを思うのか。
 胸の奥が、ズキンと重く痛くなった。けれどそれは、むかしのトラウマからくる嫌な痛みじゃないってことぐらい、このとしになれば分かる。

 千歳への特別な感情に気付いた瞬間でもあった。
 友達になると宣言された日から、自分はどうしようもなく、千歳に惹かれている。
 これからどうしたらいいのか、分からなかった。
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