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43 大沢店長
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ソワソワと落ち着かない日々を過ごしていれば約束の日はあっという間にやってきた。
こうして従業員用通路のベンチで彼を待つ時間というのは、プレゼントを開ける前みたいな気分だ。
彼は前も遅れてやってきたので、今日もきっとそうだろう。待たれる方は申し訳なくなるので、こうしてのんびりと待っている方が好きだ。
手持ち無沙汰なので、適当に明日の天気や気温を調べる。
「お疲れ様です」
スマホから視線を上げると、目の前には大沢店長が立っていた。
「お疲れ様です」
「どうしたんですか、こんな所で」
「人を待っていまして」
「へぇ」
そのまま大沢店長は僕の隣に腰を下ろしたので少し驚く。
もしや、僕の話し相手になってくれるんだろうか。
ロープレ大会の時は肩くらいの茶色い髪を後ろで一つにまとめていたけれど、髪を切って毛先もアッシュグリーンに染まっていて、雰囲気がますます大人びた印象だ。
「彼女を?」
「……」
口だけでふっと笑われたので、ニヤニヤが顔に出ていたのかと慌てたい気持ちを霧散させる。
「いえ、友人です。これから飲みに」
「あぁそうでしたか。いや、なんだか機嫌良さそうな顔をなさってたので、てっきり」
やはり花畑オーラが出ていたみたいだ。恥ずかしい。
「そうですか? 僕はいつだって機嫌が良いですよ」
「それはそうですね。青山店長の怒っている姿なんて想像付きませんよ」
「それは大沢店長もですよ。いつも温和な印象です」
「えぇ、俺? イメージ崩すようで悪いですけど、気に入らないことをされれば、ネチネチと小言を言って相手を追い詰めますよ。顔には出さずに、内側で静かに怒るタイプです」
「えぇ、それは怖いな」
しばらくそんな取り留めのない会話をした後、「お土産、ありがとうございました」と切り出された。大沢店長の店にも饅頭のお土産を上げたので、そのお礼を言いたかったみたいだ。渡しに行った時に会えなくて、2番手の子に渡したのだ。
「旅行は、彼女と行ったんですか」
「いえいえ、彼女はいませんよ。旅行も、この後飲みに行く友人と。パスタ屋で働く森下くんっていう……」
「あ、ロープレで、賞取ってた子?」
「そうそう。分かるんですね」
「うん。喫煙所でも、たまに一緒になりますよ。格好いい好青年だなと思って見てたんで」
ドキッとしたのと同時に、ちょっとだけ背中に汗をかいた。
まるで彼を取られたかのような錯覚に陥る。いや、取られたって、まるで彼は今は僕の所有物であるかのような考え方をしたが。
その言葉はなんでもないこと。森下くんは格好いいって、彼を見た100人中100人が言うはずなのだけど。
他人にそう言って欲しくない気持ちになった自分が浅ましくて、大沢店長に申し訳なくなった。
僕は本能で、森下くんを独り占めしたいと思っている。
「どうやって知り合ったんですか? 一見、接点がないようにも見えますよね」
「僕が彼の店で昼休憩を取ることが多くて、ある時店長会で隣に座って」
大沢店長が席を譲ってくれたんですよ、と前にも感謝したが、本人はその時のことはやっぱり覚えていないらしい。
何分くらい喋っていた時だっただろう。
声を掛けられるまで、彼が到着していたことに気付かなかった。
「お待たせー!!」
いつも通りの明るい声に振り向けば、そこに森下くんは立っていたのだけれど……
ちょっとだけ、愛想笑いに見えるのは気のせいだろうか。
森下くんは大沢店長に視線を移し、頭を下げた。
「あ、どうもお疲れ様です」
「お疲れ様です。では、俺はこれで」
大沢店長は立ち上がり、あっさりと行ってしまった。
自分も一緒に飲みに行っていいかと言われたらどうしようかと思ったが、杞憂だったようでホッとする。
……あ、また、僕はまるで、大沢店長を邪魔者みたいに扱って。
また申し訳なくなりながら立ち上がり、森下くんに体を向ける。彼はジトッと湿っぽい目で僕を見てきた。
「なんですか」
「何話してたのー?」
子供みたいな尋ね方で笑ってしまうのと同時に、愛しく思う。
嫉妬。嫉妬だ。
僕が大沢店長と仲良く話していたのが気に入らないんだ。
「……いえ、大したことでは」
「えっ! なんだよ、言ってよ!」
これくらいの意地悪をして、こっそり喜びに浸るのは許してほしい。
こうして従業員用通路のベンチで彼を待つ時間というのは、プレゼントを開ける前みたいな気分だ。
彼は前も遅れてやってきたので、今日もきっとそうだろう。待たれる方は申し訳なくなるので、こうしてのんびりと待っている方が好きだ。
手持ち無沙汰なので、適当に明日の天気や気温を調べる。
「お疲れ様です」
スマホから視線を上げると、目の前には大沢店長が立っていた。
「お疲れ様です」
「どうしたんですか、こんな所で」
「人を待っていまして」
「へぇ」
そのまま大沢店長は僕の隣に腰を下ろしたので少し驚く。
もしや、僕の話し相手になってくれるんだろうか。
ロープレ大会の時は肩くらいの茶色い髪を後ろで一つにまとめていたけれど、髪を切って毛先もアッシュグリーンに染まっていて、雰囲気がますます大人びた印象だ。
「彼女を?」
「……」
口だけでふっと笑われたので、ニヤニヤが顔に出ていたのかと慌てたい気持ちを霧散させる。
「いえ、友人です。これから飲みに」
「あぁそうでしたか。いや、なんだか機嫌良さそうな顔をなさってたので、てっきり」
やはり花畑オーラが出ていたみたいだ。恥ずかしい。
「そうですか? 僕はいつだって機嫌が良いですよ」
「それはそうですね。青山店長の怒っている姿なんて想像付きませんよ」
「それは大沢店長もですよ。いつも温和な印象です」
「えぇ、俺? イメージ崩すようで悪いですけど、気に入らないことをされれば、ネチネチと小言を言って相手を追い詰めますよ。顔には出さずに、内側で静かに怒るタイプです」
「えぇ、それは怖いな」
しばらくそんな取り留めのない会話をした後、「お土産、ありがとうございました」と切り出された。大沢店長の店にも饅頭のお土産を上げたので、そのお礼を言いたかったみたいだ。渡しに行った時に会えなくて、2番手の子に渡したのだ。
「旅行は、彼女と行ったんですか」
「いえいえ、彼女はいませんよ。旅行も、この後飲みに行く友人と。パスタ屋で働く森下くんっていう……」
「あ、ロープレで、賞取ってた子?」
「そうそう。分かるんですね」
「うん。喫煙所でも、たまに一緒になりますよ。格好いい好青年だなと思って見てたんで」
ドキッとしたのと同時に、ちょっとだけ背中に汗をかいた。
まるで彼を取られたかのような錯覚に陥る。いや、取られたって、まるで彼は今は僕の所有物であるかのような考え方をしたが。
その言葉はなんでもないこと。森下くんは格好いいって、彼を見た100人中100人が言うはずなのだけど。
他人にそう言って欲しくない気持ちになった自分が浅ましくて、大沢店長に申し訳なくなった。
僕は本能で、森下くんを独り占めしたいと思っている。
「どうやって知り合ったんですか? 一見、接点がないようにも見えますよね」
「僕が彼の店で昼休憩を取ることが多くて、ある時店長会で隣に座って」
大沢店長が席を譲ってくれたんですよ、と前にも感謝したが、本人はその時のことはやっぱり覚えていないらしい。
何分くらい喋っていた時だっただろう。
声を掛けられるまで、彼が到着していたことに気付かなかった。
「お待たせー!!」
いつも通りの明るい声に振り向けば、そこに森下くんは立っていたのだけれど……
ちょっとだけ、愛想笑いに見えるのは気のせいだろうか。
森下くんは大沢店長に視線を移し、頭を下げた。
「あ、どうもお疲れ様です」
「お疲れ様です。では、俺はこれで」
大沢店長は立ち上がり、あっさりと行ってしまった。
自分も一緒に飲みに行っていいかと言われたらどうしようかと思ったが、杞憂だったようでホッとする。
……あ、また、僕はまるで、大沢店長を邪魔者みたいに扱って。
また申し訳なくなりながら立ち上がり、森下くんに体を向ける。彼はジトッと湿っぽい目で僕を見てきた。
「なんですか」
「何話してたのー?」
子供みたいな尋ね方で笑ってしまうのと同時に、愛しく思う。
嫉妬。嫉妬だ。
僕が大沢店長と仲良く話していたのが気に入らないんだ。
「……いえ、大したことでは」
「えっ! なんだよ、言ってよ!」
これくらいの意地悪をして、こっそり喜びに浸るのは許してほしい。
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