27 / 65
26
しおりを挟む
それにしても赤ん坊というのは未知すぎる生き物で、そして誰よりも一番素直だ。
泣きたい時に泣き、眠りたい時に眠る。
母親は一人だと楽にこなせることでも、この子と一緒だと何倍もの労力が必要になる。
芽衣さんはきっと、真面目で努力家なんだろう。
部屋を綺麗に保つ。料理をきちんと作る。するのは当たり前だと言われた事は、手を抜かずに当たり前にやる。
それが念頭にあるから、毎日頑張りすぎているのかもしれない。
「花、綺麗ですね」
芽衣さんの背後にある花瓶の花を指差すと、芽衣さんも首を捻った。
花瓶には赤とオレンジ色のガーベラと白いかすみ草、隣にはカトレアの鉢が置いてある。
「あぁ、殺風景な部屋なので、少しでも色をと思って」
「そうでしたか。僕は一人暮らしですが、一度も花を飾ったことが無いんです。けれどあるのとないのでは随分と空間が違って見えますね。癒し効果というか」
「そうですね。家にあの子と二人きりだと、息が詰まることが多いですから。花や植物を見て癒されることもあります」
「うちの店でも、観葉植物を扱っているのですが」
「あぁはい、知ってます」
「毎週水曜日が一番入荷が多いんです。その為スタッフも多く出勤していて。良かったら見に来てください。それで、話だけでもしに来てもらえたら嬉しいです。もちろん購入して頂いてもいいですが」
芽衣さんは目を丸くさせてから、少しだけ笑ってくれた。
僕なりのジョークのつもりだったのだが伝わったようだ。
「そんなにハッキリ言われるとは思いませんでした」
「そんな気持ちも実は多少はありますけど。けれど僕は、ただお店を覗いてもらえるだけでもいいっていうのも本音です。息が詰まった時とか、散歩のついでに寄って見てもらえると本当に嬉しいです」
僕の気持ちが届いたかは分からないが、芽衣さんは嬉しそうに笑って、はい、と頷いてくれた。
その時、廊下をバタバタと歩く足音が聞こえてきた。何事かと顔を上げれば、赤ん坊を抱いた森下くんが慌てた様子で中に入ってきた。
「すみませんっ、笑いすぎて、白いのが少し出ちゃって」
赤ん坊を見ると、口元が確かに汚れているが本人はけろっとしている。
オロオロとしながら芽衣さんに赤ん坊を渡しているのを見ると、なんだか可笑しくなってしまった。
「あぁ、これくらい大丈夫です。さっき飲んだミルクが出ちゃったみたい。良かったねー、たくさん笑わせてもらって」
芽衣さんは前半は森下くんに、後半は赤ん坊に向かって言いながらキッチンに入って、湿らせたガーゼでその汚れた口元を拭いていた。
あー、とかうー、とか唸りながら、赤ん坊は嬉しそうに芽衣さんを見ている。
「あぁ良かった。急にゲホッって出しちゃったから、焦っちゃいました」
森下くんは心底ホッとした様子で一息吐く。
芽衣さんは赤ん坊の背中をトントンとしながら礼を言った。
「今日は本当にありがとうございます。わざわざ来て頂けるなんて思いませんでした。また、サテーンカーリにも行きますし、ランチも食べに行きます」
僕と森下くんは一緒のタイミングで頭を下げた。
帰る前にお願いをして、赤ん坊の頬にそっと触れさせてもらった。弾力があってモチモチしていて、つきたてのお餅のような感触だった。
店に戻る道中、こちらが礼を言う前に森下くんから言われてしまった。
「俺がついてきて、良かったでしょ?」
「……えぇ、本当に」
あまりにも誇らし気に言う森下くんに、なかなか素直になれない。
もし自分ひとりで行っていたら、どうなっていたのか。
森下くんがいたから芽衣さんも許してくれたのではないか。
いろんな憶測をしてしまって、なんとも複雑な気分になった。
しかし助かったことには変わりはないので、ここはちゃんと礼を言おう。
「ありがとうございました。森下くんがいなかったら、どうなっていたことか」
「惚れた?」
「は……はい?」
一瞬自然な流れで頷こうとしてしまって焦った。
惚れたって、僕が森下くんに?
やっぱりどこか自信満々な森下くんに、僕は目をぱちくりとさせる他なかった。
泣きたい時に泣き、眠りたい時に眠る。
母親は一人だと楽にこなせることでも、この子と一緒だと何倍もの労力が必要になる。
芽衣さんはきっと、真面目で努力家なんだろう。
部屋を綺麗に保つ。料理をきちんと作る。するのは当たり前だと言われた事は、手を抜かずに当たり前にやる。
それが念頭にあるから、毎日頑張りすぎているのかもしれない。
「花、綺麗ですね」
芽衣さんの背後にある花瓶の花を指差すと、芽衣さんも首を捻った。
花瓶には赤とオレンジ色のガーベラと白いかすみ草、隣にはカトレアの鉢が置いてある。
「あぁ、殺風景な部屋なので、少しでも色をと思って」
「そうでしたか。僕は一人暮らしですが、一度も花を飾ったことが無いんです。けれどあるのとないのでは随分と空間が違って見えますね。癒し効果というか」
「そうですね。家にあの子と二人きりだと、息が詰まることが多いですから。花や植物を見て癒されることもあります」
「うちの店でも、観葉植物を扱っているのですが」
「あぁはい、知ってます」
「毎週水曜日が一番入荷が多いんです。その為スタッフも多く出勤していて。良かったら見に来てください。それで、話だけでもしに来てもらえたら嬉しいです。もちろん購入して頂いてもいいですが」
芽衣さんは目を丸くさせてから、少しだけ笑ってくれた。
僕なりのジョークのつもりだったのだが伝わったようだ。
「そんなにハッキリ言われるとは思いませんでした」
「そんな気持ちも実は多少はありますけど。けれど僕は、ただお店を覗いてもらえるだけでもいいっていうのも本音です。息が詰まった時とか、散歩のついでに寄って見てもらえると本当に嬉しいです」
僕の気持ちが届いたかは分からないが、芽衣さんは嬉しそうに笑って、はい、と頷いてくれた。
その時、廊下をバタバタと歩く足音が聞こえてきた。何事かと顔を上げれば、赤ん坊を抱いた森下くんが慌てた様子で中に入ってきた。
「すみませんっ、笑いすぎて、白いのが少し出ちゃって」
赤ん坊を見ると、口元が確かに汚れているが本人はけろっとしている。
オロオロとしながら芽衣さんに赤ん坊を渡しているのを見ると、なんだか可笑しくなってしまった。
「あぁ、これくらい大丈夫です。さっき飲んだミルクが出ちゃったみたい。良かったねー、たくさん笑わせてもらって」
芽衣さんは前半は森下くんに、後半は赤ん坊に向かって言いながらキッチンに入って、湿らせたガーゼでその汚れた口元を拭いていた。
あー、とかうー、とか唸りながら、赤ん坊は嬉しそうに芽衣さんを見ている。
「あぁ良かった。急にゲホッって出しちゃったから、焦っちゃいました」
森下くんは心底ホッとした様子で一息吐く。
芽衣さんは赤ん坊の背中をトントンとしながら礼を言った。
「今日は本当にありがとうございます。わざわざ来て頂けるなんて思いませんでした。また、サテーンカーリにも行きますし、ランチも食べに行きます」
僕と森下くんは一緒のタイミングで頭を下げた。
帰る前にお願いをして、赤ん坊の頬にそっと触れさせてもらった。弾力があってモチモチしていて、つきたてのお餅のような感触だった。
店に戻る道中、こちらが礼を言う前に森下くんから言われてしまった。
「俺がついてきて、良かったでしょ?」
「……えぇ、本当に」
あまりにも誇らし気に言う森下くんに、なかなか素直になれない。
もし自分ひとりで行っていたら、どうなっていたのか。
森下くんがいたから芽衣さんも許してくれたのではないか。
いろんな憶測をしてしまって、なんとも複雑な気分になった。
しかし助かったことには変わりはないので、ここはちゃんと礼を言おう。
「ありがとうございました。森下くんがいなかったら、どうなっていたことか」
「惚れた?」
「は……はい?」
一瞬自然な流れで頷こうとしてしまって焦った。
惚れたって、僕が森下くんに?
やっぱりどこか自信満々な森下くんに、僕は目をぱちくりとさせる他なかった。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる