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笑顔を取り戻した赤ん坊を抱っこしてやってきた女性に和菓子の袋を差し出すと、申し訳なさそうに受け取っていた。
その後森下くんは、向こうの子供部屋で赤ん坊の相手役を買って出た。
何をして遊んでいるのかは定かではないが、時折赤ん坊がきゃっきゃと高い声で笑っている声が聞こえてくる。
始めこそは人見知りした赤ん坊も、すっかり気を許したようだ。
通された部屋も予想通りすっきりとしていた。小さな子がいる家庭とは思えないくらい掃除が隅々まで行き届いていて、花瓶に花まで飾られている。
芽衣さんというその女性はお茶を出してくれたので、僕はリビングの椅子に座りながら頭を下げた。
芽衣さんが着席したタイミングを見計らって、靴箱の中身を出した。
「こちらの不手際により、このような事態になってしまい本当に申し訳ございませんでした。こちらが本来のサイズになりますので」
そこまで言うと、芽衣さんは被せるように言った。
「嘘なんです。明日レインブーツを使うって言った事」
「えっ?」
「決まってないんですよ。使う日なんて」
何て答えたら正解なのか分からなかったので、僕は籠もった声で「そうでしたか」と言うので精一杯だった。
次の言葉をじっと待っていると、芽衣さんは僕の胸あたりに視線を落としながら唇を噛んでいた。
電話で話した印象とは少し違うな、と感じた。
全く攻撃性を感じない。
芽衣さんはゆっくりと語り出した。
「実は今日、朝から私の調子が悪かったんです。体調がっていう意味ではなくて、やる事なす事全部空回りというか……夜中になんどもあの子に起こされたり、離乳食を時間かけて作っても一口も食べてもらえずにお椀ごと床に落とされてしまったり。旦那も最近夜が遅くて朝早くに出かけるので相談も出来なくてイライラしていて。ふと思い出して、そちらで買ったものを開けてみたら、サイズが違っていて。気付いた時にはもう、そちらに電話を掛けていたんです」
僕は子供がいた事がないので、子育てがどれだけ大変なのかは分からない。
それでも芽衣さんの気持ちを汲むと、胸が痛くなってしまう。
「電話に出た方の声を聞いて、私にレインブーツを試着させてくれた方だとすぐに分かりました。その途端、その子を困らせてやりたい衝動に駆られてしまって。明日使うのにと言ったらますます謝られて。あの、本当にすみません、子供みたいな事をして」
「いえ、芽衣さんは何も悪くありません。確認を怠ったこちらに全て責任があります。不快な思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません」
ますます自責の念に駆られた。
購入した商品を家に持ち帰り、ショップ袋から取り出してタグを切る、その瞬間のワクワク感は何事にも変えがたい。もしこんなミスが無かったら、鬱屈した気分も上向きになったかもしれないのに。
商品を交換し、芽衣さんに手渡した。
「店長さんにも電話で、八つ当たりのように言ってしまって」
「いえいえ、そんな、大丈夫ですよ」
「けど、本当に来られるとは思いませんでした。仕事の邪魔をしてしまって……」
先ほどからずっと謝られてしまっているので、僕は話題を変えようと切り出した。
「先ほど、森下に世話になったと仰っていましたが」
隣の部屋に視線を送ると、芽衣さんの顔に少しだけ光が差し込んだ。
「はい。あの方には助けてもらって」
「助けたとは?」
「子供と二人でお店に入ってランチを食べようと思った途端に、泣き始めてしまって。泣き声が大きくて、周りにいた人もチラチラこっちを見始めたので、食べるのは諦めてお店を出ようとしたら、あの方があの子の相手をしてくれたんです。ベビーカー揺らしたり、変な顔して笑わせようとしたり」
芽衣さんは握った手を揺らして再現してくれている。
まさかそんなことが。
だから赤ん坊は今、森下くんと仲良く遊べているし、芽衣さんも躊躇なく預ける事が出来たのか。
「私が食べ終えるまで待っていてくれて。申し訳ないのでなるべく急いで食べたんですが、こんな風にされたのは初めてだったので。いつも子供と出かけると、邪険に思われることも多かったもので」
森下くんの気遣っている姿が目に浮かぶ。
彼はきっと、枠に囚われすぎていないのだ。
人を見かけや行動で判断せずに、どうしたらうまくいくのかを考える。そんな広い心の持ち主だからこそ、僕は彼に惹かれたのかもしれない。
その後森下くんは、向こうの子供部屋で赤ん坊の相手役を買って出た。
何をして遊んでいるのかは定かではないが、時折赤ん坊がきゃっきゃと高い声で笑っている声が聞こえてくる。
始めこそは人見知りした赤ん坊も、すっかり気を許したようだ。
通された部屋も予想通りすっきりとしていた。小さな子がいる家庭とは思えないくらい掃除が隅々まで行き届いていて、花瓶に花まで飾られている。
芽衣さんというその女性はお茶を出してくれたので、僕はリビングの椅子に座りながら頭を下げた。
芽衣さんが着席したタイミングを見計らって、靴箱の中身を出した。
「こちらの不手際により、このような事態になってしまい本当に申し訳ございませんでした。こちらが本来のサイズになりますので」
そこまで言うと、芽衣さんは被せるように言った。
「嘘なんです。明日レインブーツを使うって言った事」
「えっ?」
「決まってないんですよ。使う日なんて」
何て答えたら正解なのか分からなかったので、僕は籠もった声で「そうでしたか」と言うので精一杯だった。
次の言葉をじっと待っていると、芽衣さんは僕の胸あたりに視線を落としながら唇を噛んでいた。
電話で話した印象とは少し違うな、と感じた。
全く攻撃性を感じない。
芽衣さんはゆっくりと語り出した。
「実は今日、朝から私の調子が悪かったんです。体調がっていう意味ではなくて、やる事なす事全部空回りというか……夜中になんどもあの子に起こされたり、離乳食を時間かけて作っても一口も食べてもらえずにお椀ごと床に落とされてしまったり。旦那も最近夜が遅くて朝早くに出かけるので相談も出来なくてイライラしていて。ふと思い出して、そちらで買ったものを開けてみたら、サイズが違っていて。気付いた時にはもう、そちらに電話を掛けていたんです」
僕は子供がいた事がないので、子育てがどれだけ大変なのかは分からない。
それでも芽衣さんの気持ちを汲むと、胸が痛くなってしまう。
「電話に出た方の声を聞いて、私にレインブーツを試着させてくれた方だとすぐに分かりました。その途端、その子を困らせてやりたい衝動に駆られてしまって。明日使うのにと言ったらますます謝られて。あの、本当にすみません、子供みたいな事をして」
「いえ、芽衣さんは何も悪くありません。確認を怠ったこちらに全て責任があります。不快な思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません」
ますます自責の念に駆られた。
購入した商品を家に持ち帰り、ショップ袋から取り出してタグを切る、その瞬間のワクワク感は何事にも変えがたい。もしこんなミスが無かったら、鬱屈した気分も上向きになったかもしれないのに。
商品を交換し、芽衣さんに手渡した。
「店長さんにも電話で、八つ当たりのように言ってしまって」
「いえいえ、そんな、大丈夫ですよ」
「けど、本当に来られるとは思いませんでした。仕事の邪魔をしてしまって……」
先ほどからずっと謝られてしまっているので、僕は話題を変えようと切り出した。
「先ほど、森下に世話になったと仰っていましたが」
隣の部屋に視線を送ると、芽衣さんの顔に少しだけ光が差し込んだ。
「はい。あの方には助けてもらって」
「助けたとは?」
「子供と二人でお店に入ってランチを食べようと思った途端に、泣き始めてしまって。泣き声が大きくて、周りにいた人もチラチラこっちを見始めたので、食べるのは諦めてお店を出ようとしたら、あの方があの子の相手をしてくれたんです。ベビーカー揺らしたり、変な顔して笑わせようとしたり」
芽衣さんは握った手を揺らして再現してくれている。
まさかそんなことが。
だから赤ん坊は今、森下くんと仲良く遊べているし、芽衣さんも躊躇なく預ける事が出来たのか。
「私が食べ終えるまで待っていてくれて。申し訳ないのでなるべく急いで食べたんですが、こんな風にされたのは初めてだったので。いつも子供と出かけると、邪険に思われることも多かったもので」
森下くんの気遣っている姿が目に浮かぶ。
彼はきっと、枠に囚われすぎていないのだ。
人を見かけや行動で判断せずに、どうしたらうまくいくのかを考える。そんな広い心の持ち主だからこそ、僕は彼に惹かれたのかもしれない。
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