55 / 75
【3】セルフ・コンパッション
54 文哉の過去の話
しおりを挟む
*
「まず、俺が精神科医を目指そうとしたきっかけを話そうか」
心も体もようやく落ち着いたころ、フカフカのベッドに寝そべった僕の隣で、肘枕をした文哉さんは自身の過去についてポツポツと語っていった。
文哉さんは小さいころ、極普通のしあわせな家庭のもとに生まれたと感じていた。
なにかで不自由をしたこともない。
やりたい習い事は一通り習わせてもらえたし、両親は優しくて、だが叱るべきところは叱り、良い人間のお手本のような存在だった。
転機が訪れたのは、父親と、父親の不倫相手の死だった。
文哉さんが高校に上がった頃、交通事故で亡くなった。
「父親が運転する車の助手席には、母親ではない女の人が乗っていて、その人も一緒に亡くなってしまった。不倫は、とても長い間続いていたんだ。それが分かってから、いろいろと変わった。あんなに優しくて笑顔を絶やさなかった母親だったのに、人が変わったように常に目を尖らせて、何かが気に障ると声を荒らげて泣き続けた」
文哉さんの母親はその後、新しい恋人を作っては別れてを何度か繰り返したみたいだ。
人は何かのきっかけで、良くも悪くも簡単に変わるものなのだと知り、助けたいと思ったのだそう。
結局、その母親も病気で数年後に亡くなってしまったけれど、文哉さんの『人を救う仕事がしたい』気持ちは、変わらなかった。
「患者として俺のところに訪れたすずねは、少し、母親と笑い方が似ていた。それだけじゃなくて、急に泣き出したり、訳もなく怒り出すのも一緒だった。俺がどうにかしてあげたいと思ったんだ。だから辛いことがあっても、別れようとは思わなかった」
母親を、助けられなかったからな。
文哉さんはそう言って、少しだけ笑う。
「だけどある時から、知らない男を家に連れてくるようになった。俺が家に帰ると、ソファーで寄り添って座っていた。すずねには仕事の話をしていただけだと言われたが、数日後も同じことが起こった。今度は、別の男だった」
僕だったら、耐えられるだろうか。
文哉さんの帰りを待ち構えるように、知らない男性とすずねさんが笑い合っているところを想像すると、ゾッとした。
「アタッチメント障害って、聞いたことあるか」
僕は首を横に振った。
文哉さんは、どこかに思いを馳せているような目をする。
「幼少期に、親と安定した絆を築けなかった人などがなりやすいのだけど、他人に依存して、知らない人に対しても必要以上に親密な態度をとることがあるんだ。
彼女は、幼い頃に辛い思いをしていたようだった。だから俺は、それなら仕方ないと分かっていたのに、いつのまにか自分の心がついていかなくなってた。理解をしてやりたいのに、精神科医のくせに、それが出来ずに足掻いていた」
あんなに穏やかで優しい父親だったのに、実はずっと別の女性と不倫をしていたという、裏の顔があったこと。
声を荒らげたことなど1度も無かった母親だったのに、裏切られたことによるショックで、人が変わってしまったこと。
そして、すずねさんのこと。
自分には理解の追いつかないことが、文哉さんの身に立て続けに起こってしまったのだろう。
「まず、俺が精神科医を目指そうとしたきっかけを話そうか」
心も体もようやく落ち着いたころ、フカフカのベッドに寝そべった僕の隣で、肘枕をした文哉さんは自身の過去についてポツポツと語っていった。
文哉さんは小さいころ、極普通のしあわせな家庭のもとに生まれたと感じていた。
なにかで不自由をしたこともない。
やりたい習い事は一通り習わせてもらえたし、両親は優しくて、だが叱るべきところは叱り、良い人間のお手本のような存在だった。
転機が訪れたのは、父親と、父親の不倫相手の死だった。
文哉さんが高校に上がった頃、交通事故で亡くなった。
「父親が運転する車の助手席には、母親ではない女の人が乗っていて、その人も一緒に亡くなってしまった。不倫は、とても長い間続いていたんだ。それが分かってから、いろいろと変わった。あんなに優しくて笑顔を絶やさなかった母親だったのに、人が変わったように常に目を尖らせて、何かが気に障ると声を荒らげて泣き続けた」
文哉さんの母親はその後、新しい恋人を作っては別れてを何度か繰り返したみたいだ。
人は何かのきっかけで、良くも悪くも簡単に変わるものなのだと知り、助けたいと思ったのだそう。
結局、その母親も病気で数年後に亡くなってしまったけれど、文哉さんの『人を救う仕事がしたい』気持ちは、変わらなかった。
「患者として俺のところに訪れたすずねは、少し、母親と笑い方が似ていた。それだけじゃなくて、急に泣き出したり、訳もなく怒り出すのも一緒だった。俺がどうにかしてあげたいと思ったんだ。だから辛いことがあっても、別れようとは思わなかった」
母親を、助けられなかったからな。
文哉さんはそう言って、少しだけ笑う。
「だけどある時から、知らない男を家に連れてくるようになった。俺が家に帰ると、ソファーで寄り添って座っていた。すずねには仕事の話をしていただけだと言われたが、数日後も同じことが起こった。今度は、別の男だった」
僕だったら、耐えられるだろうか。
文哉さんの帰りを待ち構えるように、知らない男性とすずねさんが笑い合っているところを想像すると、ゾッとした。
「アタッチメント障害って、聞いたことあるか」
僕は首を横に振った。
文哉さんは、どこかに思いを馳せているような目をする。
「幼少期に、親と安定した絆を築けなかった人などがなりやすいのだけど、他人に依存して、知らない人に対しても必要以上に親密な態度をとることがあるんだ。
彼女は、幼い頃に辛い思いをしていたようだった。だから俺は、それなら仕方ないと分かっていたのに、いつのまにか自分の心がついていかなくなってた。理解をしてやりたいのに、精神科医のくせに、それが出来ずに足掻いていた」
あんなに穏やかで優しい父親だったのに、実はずっと別の女性と不倫をしていたという、裏の顔があったこと。
声を荒らげたことなど1度も無かった母親だったのに、裏切られたことによるショックで、人が変わってしまったこと。
そして、すずねさんのこと。
自分には理解の追いつかないことが、文哉さんの身に立て続けに起こってしまったのだろう。
10
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる