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時満ちれば事象は変転す
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ココノカは空を見上げ、溜息を吐く。
腹の虫が大きな音を立てた。
前を歩くリーフが振り向いて小馬鹿にした笑みを浮かべる。
リーフの方が背が高いので見下ろされた感じがあり、余計に腹が立った。
「リーフさん、そんな風に笑うのやめてください」
「あんたの身体は正直だ。頭の方は頑固だけどさ」
もう三日まともな物を食べていなかった。
狩りをしてなんとか飢えをしのいでいるありさまだ。
次の町で是が非でも仕事を見つけなければならない。
リーフの方はといえばココノカと同じ境遇であるにも関わらず、普段と全く変わらない。
旅慣れているのか、小食なのか。
ココノカは空腹に苦しむ自分の姿が馬鹿らしく思えた。
二人は緑原の街道と呼ばれる田舎道を歩いている。
緑原の街道は緑原諸王国と呼ばれる国々を横断していた。
今は街道西端、ベゼッホ王国とリベールラ公国の国境辺りだった。
季節は秋。
朝の風は心地よく吹き、一面の草原を右へ左へと駆け回る。
朝露を含んだ草の匂いがなんとなく郷愁を誘う。
このまま西へ向かえば、目的地であるヴカオンの町である。
リベールラ公国の東端の町で、規模が大きく人口も多い。
何事もなければもうすぐ到着するはずだ。
久々の大きな町である。
きっと良い男もたくさんいるに違いない。
ココノカは雑嚢の中から手鏡を取り出し、身だしなみを確認した。
短く切揃えられた自慢の黒髪は埃まみれで油分が無くパサパサだった。
だが仕方ない。
絹のような白い肌には所々泥がこびり付いている。
これも仕方がないだろう。
黒真珠のような美しい瞳の下は寝不足のため黒ずんでいる。
今は妥協するしかない。
桃色のふっくらとした唇の周りには昨日食べた野鳥の肉汁が光っている。
さすがに心がささくれ立った。
たいした物を食べていないのに下腹が摘める。
身体がマントで隠されていることに安心している始末だ。
まだ十五だと言うのに、乙女の花盛りだというのにこのていたらく。
もう限界だった。
「ああ、なんて、なんて、この世は不公平なのかしらぁぁぁぁ!」
天に向かって咆吼した。
「そもそも公平なんてものがこの世界にあるのかい。私は見たことがないけどねぇ」
リーフが振り向きもせず言った。
つばの広い黒の中折れ帽の下に光沢のある淡緑色の髪。
髪と同じ色の瞳。
引き締まった形の良い唇。
少し青みがかった白色の肌。
薄汚れたマントの下のしなやかな肢体。
旅やつれた姿をさらしていてもリーフの美貌と均整のとれた姿態は損なわれていない。
ココノカは新たな不公平を発見し、リーフの背中に向けて歯を剥き出した。
年齢も家名も出身地もわからぬまま、このリーフという少女と旅を始めて半年が経とうとしていた。
年は少しリーフの方が上だろう。
しかし少し上という言葉が信じられないほど人間の厚みを感じる時があった。
気品ある身のこなしから貴族の出のようにも思えるが、時折吐き捨てられる下ネタや罵詈雑言を聞くと疑わしくもなる。
更に出身地となれば全くわからない。
普通、髪や目の色、しゃべり方からおおよその出身地が推測できるのだがリーフには通用しない。
言葉に訛りはないし、艶やかな淡緑色の髪など初めて見るものだった。
「リーフさんは良いですよ。スマートだし、顔は綺麗だし。だからそんな飄々とできるんです。でも私は、鼻も低いし、太ってるし。簡単に割り切れません!」
リーフは鼻で笑う。
「若いねぇ、若い。羨ましいよ、そのいじけ感」
「私とそう変わらない年でしょ、リーフさん。婆臭いです」
「婆臭いんじゃなくて婆なんだよ、私は」
「本当はいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞くなんて失礼だね」
「ねぇ、いくつなんですかぁ」
後ろからリーフのマントを引っ張った。
「ああ、街が見えたよ。やっと一息つける」
「ごまかさないで下さい」
リーフは逃げるように駆けだした。
「もう! 待ってください。私お腹減って走れませんからぁ!」
ココノカは涙目になりながら叫んだ。
灰色の高い防壁に周囲を守られたれたヴカオンの街。
訪問者は壁を見上げ、一時その厳めしさ気圧される。
ただ、中に入るための門は開放されており、非常の時以外は大した検問も行われてはいない。
ココノカ達は数人の衛士が見守る東門から町へ入った。
門をくぐると厳めしい外観とは異なるヴカオンの豊かな姿が現れる。
街並みは灰色の石壁と褐色の屋根で一様に構成され整然としている。
隙間無く石の敷かれた道は広く、馬車がすれ違っても左右にまだ余裕があった。
どの街の道にも付きものの馬糞や生ゴミは殆ど見あたらず、清潔感が漂っている。
街の中心辺りに一際高い尖塔が見える。
屋根の上には目立つように×印が掲げられていた。
教会の印だ。
東門から暫く歩くと一際広い通りが現れた。
おそらくヴカオンの目抜き通りなのだろう。
そこでは朝市が開かれていた。
行き交う人々の顔には活気があふれ、呼び込みの声が威勢良く飛び交っている。
並べられた野菜や魚介類はどれも新鮮で、売り子が自慢げに試食を勧める。
珍しい異国の調度品や装飾品の店では、肌の黒い男が水タバコを美味そうに吸っていた。
リーフはココノカと別れ、メジャッサオの場所を探しにいった。
人々に職業を斡旋するメジャッサオ。
ヴカオンの町に限らず近隣の町の求人も扱っている。
一般的には知人の紹介などで職を得るのだが、そのような信用を持たない者達はメジャッサオに手数料を支払い紹介を受けるのだ。
しかし普通ではない以上、紹介される仕事の種類は荒仕事か汚れ仕事がほとんどである。
ココノカはリーフを待つ間、朝市をぶらついていた。
串焼きの店から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
ココノカは今にも飛びつきそうな目つきで、店先に並べられた串焼きを凝視した。
「さぁ姉さん、見てないで食べてみなよ。美味いぜ。うちの牛肉は軟らかいのが売りなんだ。口の中で溶けるぜ」
売り子の男が愛想良く声を掛けてくる。
「お、おいくらですか?」
ココノカは、よだれを手の甲で拭った。
「一本五十コンシャだが、姉さん可愛いから四十でいいぜ」
ふところをさぐり、硬貨を取り出す。
銅貨が二十枚しかなかった。
しかし全財産である。
「二十コンシャじゃ駄目ですか」
売り子の表情が、急に冷たくなる。
「ちっ、そんなんじゃ売れねぇな。邪魔だからどっかいってくれ」
「そこをなんとかぁ」
「消えろ、ブス」
ココノカの理性の糸が音を立てて切れた。
「てめぇ、今なんつった、ああん? この店ごと吹き飛ばしたろか!」
下あごを突きだして売り子を下からにらみ付けた。
「いい加減にしときな」
リーフが後ろから襟首をつかんで引っ張った。
「だ、だってブスって……」
「本当だからしょうがないだろ」
「――ほ、本当なんだ」
ココノカはうな垂れ、その場にしゃがみ込んだ。
「ほらほら落ち込んでないで行くよ。メジャッサオの場所わかったから」
「どうせ、どうせ、ブスだし、お金無いし」
ココノカは人差し指で地面をなで回す。
「冗談だよ、ココ。あんたはかなり可愛いって」
「いいんです。リーフさんに比べたら私なんて……」
「と、とにかく仕事しよ。金さえ入れば串焼きだって食べ放題だよ」
リーフの顔を見上げたココノカの顔には陰気な縦線がいくつも垂れ下がっていた。
「そうですね。まずはお金ですね。お金さえあれば高い化粧品だって買えますもんね」
ココノカはすっくと立ち上がり、顔の前で拳を握りしめた。
「塗りたくって、塗りたくって、綺麗になってやりますよ。ぐふふふ」
「その意気や良し。さ、行こう」
メジャッサオは町役場の隣にあった。
豪奢なつくりの町役場と比べ、外見は立ち並ぶ民家と相違がない。
剣とツルハシの描かれた看板が掲げられていなければ気付かれることはないだろう。
建物の中はこざっぱりとしていて、受付カウンターと書類に記入するための机と椅子があるばかりだった。
壁際には剣呑な表情をしたごつい男達が数人所在なさげに佇んでいる。
恐らくは仕事にあぶれたのだろう。
全員覇気がなく濁った目をしていた。
だがココノカ達を見ると男達の目の色が変わり、下品な笑い声立てたり、短く口笛を吹く者もいた。
正面のカウンターには三つの窓口があったが、二つには人がいなかった。
唯一開いていた窓口の前に立つ。
受付に座っている男は顔が傷だらけのスキンヘッドで、どこから見ても堅気とは思えなかった。
ココノカは恐る恐る声を掛けた。
「あのぉ、仕事の紹介を御願いしたいんですが」
受付の男は胡散臭そうにココノカとリーフを見つめた。
「女二人じゃ紹介できる仕事は少ないなぁ」
受付の男はそう言いながら嫌らしい笑みを浮かべ、リーフにウインクした。
リーフの鼻に皺が寄る。
災厄の兆候だ。
「まぁ二人とも別嬪だから遊郭ならいくらでも引きがあるぜ。ヴカオンで一番繁盛してる遊郭を紹介しようか? 他にもたくさんあるぜ」
男はカウンターの上に書類を並べた。
全てが遊郭の求人だった。
ココノカは両掌で思い切りカウンター叩く。
「私たちそんなんじゃありません! 別嬪ではありますけど……。他の仕事御願いします」
男はあからさまに蔑んだ目でココノカを見た。
「そう言われてもなぁ。生っちょろい女にできる仕事なんてそうそうないぜ」
「生っちょろいって、酷いなぁ」
「女は仕事なんかしねぇで、家で飯でも作ってた方が身のためだぜ。戦いになれば、どうせ使い物にはならねぇんだ。早々に男でも捕まえて子供でも産むんだな」
男はココノカ達に背を向けた。
拒絶の意志がありありと見える。
「おい」
リーフの声にドスが効いている。
かなりやばい空気が辺りに漂い始める。
受付の男は振り返るが、表情に不快感が溢れていた。
「女を馬鹿にするなよ。このチ○ポ○頭」
受付の男は目を丸くした。
リーフの口から出た言葉だと信じられないのだ。
ココノカは頭を抱える。
佳麗な美女が下品な悪態を吐く。
一部の特異な愛好者にしか喜んでもらえないだろう。
「チ○ポ○頭が傷だらけなのは、雌犬にでも舐めさせたからかかい。その顔じゃ人間の女には舐めてもらえなかろうから仕方がないか」
リーフは無表情のまま悪態を吐くので、言われた方は大抵縮み上がる。
だが事態を理解し始めた男の顔はどんどん赤くなり、目は吊り上がっていく。
ココノカは何事も無いことを心で祈った。
「このアマ、ちょっと面が良いからって調子に乗るんじゃねぇよ!」
受付の男は立ち上がろうとした。
しかし中腰になった瞬間、リーフの銃が男の下あごに突きつけられていた。
相手が反応のできない素早さでリーフは銃を抜けるのだ。
「別に調子になど乗ってない。これが普通だ。調子に乗っていたら、お前の頭にションベンの出る穴を開けてるさ」
受付の男は中腰のまま両手を挙げた。
リーフが男につきつけているのは右手の銃、銘をアフマルという。
本体が赤褐色に仕上げられている銃身の長い五連装のリボルバー銃である。
「ま、待ってくれ。悪かった。な、銃を下ろしてくれ」
銃声がメジャッサオに響き渡る。
受付の男は短い悲鳴を上げて、どさりと腰を落とした。
「首をつっこむんじゃないよ。黙って見てるだけにしときな」
リーフは受付の男に顔を向けたまま言った。
壁の近くに立っていた口ひげ男が、顔を引きつらせている。
男は右手を腰に提げた銃のグリップに乗せたまま固まっていた。
男の頭のすぐ横には、今空いたばかりの弾痕があった。
静まりかえった室内に口ひげ男のつばを呑みこむ音が響く。
突然の出来事にその場にいた全ての男達が凍り付いていた。
リーフのマントの中からもう一丁の銃が顔を覗かせている。
口ひげ男を撃ったのは左手の銃、銘をウルジュワーンという。
やはり銃身の長い五連装リボルバーで本体は黒に近い紫色である。
リーフは正面を向いたまま動いていない。
口ひげ男を一瞥すらすることなく銃を撃ったのだった。
「あ、あんた、もしかして、ア、 アンボス(両撃) かい」
受付の男の顔色は蒼白となり唇が震えている。
この半年、どの国のどの街へ行っても、その噂はついて回った。
――アンボス。
両の手に握る二丁の銃だけで一国の軍の中に突っ込み、その半数を葬り去った。
死者は数千人に上ったと言われる。
そのため人々は今もアンボスを神のごとく畏れ、賞賛していた。
また、アンボスは女性であり緑色の髪をしていると噂は伝えていた。
まさにリーフは、その人のように思える。
しかしココノカは信じてはいない。
噂の出所を図書館などで詳しく調べると、事実ではあるが、五十年も前に起きた出来事だった。
リーフはどう見ても二十歳前の少女で六十歳以上のお婆さんには見えない。
アンボスの噂はそういう時間の流れを超えたお伽噺なのだ。
「つまらない仇名で呼ぶんじゃないよ」
アンボスと呼ばれることは決して悪口ではない、むしろ賞賛と言っていい。
だが、リーフはアンボスと呼ばれることを嫌っている。
彼女がアンボスではない一つの証明だろう。
それでも、彼女の外見と銃の腕が人々の恐怖と好奇の目を呼び寄せる。
面倒くさいらしく、リーフは噂を一々否定しない。
そう思いたい者には思わせておく、それで良いのだそうだ。
受付の男は素早く立ち上がると深々と頭を下げた。
「お、お見それしました、姉御! 知らぬ事とはいえとんだ御無礼を」
「わかってるなら直せよ」
二丁の拳銃はマントの中に戻って行った。
ココノカは胸を撫で下ろした。
死体の一つや二つは覚悟していたが、今日は機嫌が良いらしい。
「それで?」
リーフの唐突な問いかけに受付の男はきょとんとした。
「いつになったら仕事を紹介してくれるんだい」
メジャッサオで紹介された仕事は、町一番の商人で大富豪のカドルニス・サルディーニャの商隊を、隣国であるエスキーナまで護衛するというものだった。
しかも戦闘経験のある女性を求めていて、報酬はかなり高額である。
「ぐふふふ、やりましたね、リーフさん。今回かなり儲けられそうですよ」
サルディーニャの屋敷への道すがらココノカは、ほくそ笑んだ。
並んで歩くリーフは右手の人差し指と中指で帽子のツバを上げ、呆れた顔を見せた。
中指には白銀の煌めきを放つ美しい指輪がはめられている。
「金が良いってことは、それだけ危険だってことだよ」
「ま、そこは私とリーフさんですから何とかなりますって」
「今までの奴らは弱かったからね。次も勝てるとは限らない。ココ、あんたは気をつけな。若い命、簡単に散らすんじゃないよ」
「またそんなこと言う。リーフさんだって同じですよ」
「私はのことはいいんだよ。私のことは……」
そう言ったリーフは、顔を曇らせると黙り込んだ。
ココノカは怪訝に思いながらも、言葉の真意を尋ねることはしなかった。
彼女が自分のことをおざなりにするのは、いつものことだからだ。
道は徐々に上り坂になり、街の西側にある丘へと続いていく。
丘の上には豪奢な屋敷が建ち並んでいて、下にある街並みと違い、壮麗な景観を作り出していた。
ココノカ達はその中でも一番高所にある屋敷へと向かう。
サルディーニャの屋敷は街一番の富豪の所有だけあって、他の屋敷とは一線を画すほどの大きさと優美さを誇っていた。
二人は屋敷の門の前に立ち、白亜の宮城とも言える屋敷を見上げる。
門の両脇に門番が二人立っていた。
門番の一人がココノカ達を見とがめて近づいて来る。
「何の用だ」
商人の屋敷とは思えない尊大な態度である。
ココノカはリーフの鼻に皺が寄るのを見逃さなかった。
リーフの苛立ちを押さえようとできるだけソフトに用件を告げた。
門番は絡むような視線でココノカ達を吟味するとメジャッサオの書類と紹介状を受け取り、屋敷へと入っていった。
「リーフさん、押さえてください。なにせ、お金がかかってるんですから」
ココノカは小声で釘を刺した。
残った門番が二人をにらんでいる。
「わかってるって、そこまで短気じゃないさ」
リーフは口角を上げて笑って見せた。
だが目は笑っていない。
ココノカは溜息を吐く。
こんな遣り取りを何度したことだろう。
リーフの逆鱗に触れる事態が起きなければ良いが。
戻ってきた門番は横柄な態度を崩すことなく、自分に付いてくるように指示した。
ココノカ達は門番に従い、屋敷へと続く長い小道を歩いた。
たどり着いた屋敷の入口には頑丈そうな鉄製の大きな扉があった。
メイドと思わしき年配の女性が、その前で待っていた。
きしんだ音とともに扉が、ゆっくりと開かれる。
屋敷の中には目もくらむほど絢爛な世界が広がっていた。
壁を飾る艶やかな絵画。
そこかしこに立つ白い神々の像。
優美に活けられた色とりどりの生花。
黄金や宝石で装飾された調度。
天井には趣向を凝らしたシャンデリア。
メイドの後に続くココノカは、高価な装飾に心を奪われた。
「あるところにはあるんですよねぇ。一つぐらい宝石もらっても……」
美しい花台に象嵌された宝石に血走った視線を送る。
「よしなって」
リーフが襟首を引っ張る。
「ああ、天よ、神よ、お金を降らせ給え! 山ほどのお金を!」
ココノカは天に向かって祈る。
「そんなに金が欲しいなら、貴族か国のお抱えになればいいじゃない」
「それは嫌です。戦争の道具になるなんて、私には無理です」
「じゃあ、我慢するしかないね」
「でもやっぱりお金は欲しい。ああ、この板挟み……」
ココノカはマントの端を口に咥えて引っ張った。
「確かに金があるにこしたことはないけど、あり過ぎるのもどうかと思うねぇ」
「そうですかぁ、あればあるほど良いじゃないですか」
「金は力だよ。それも強い力だ。強い力はたくさんのものを引き寄せる。良いものも、悪いものも、同じ様に。そこが問題さ」
時折聞くリーフの枯れた物言い。
横目でリーフの顔を盗み見する。
あどけない少女の顔の奥に年老いた老婆の姿が重なる。
こんなとき、ココノカはリーフが本当は何者なのかを考えさせられる。
長い廊下の突き当たりでメイドは立ち止まる。
そこにあるドアに入るようメイドは促した。
ココノカ達は促されるままに部屋に入る。
通された部屋は広く、大人数でダンスの練習ができそうだった。
調度はほとんどなく、三方は漆喰の壁であり、残りの一面には窓と裏庭への扉がある。
部屋には十人ほどの男女がいて、入って来たココノカ達へ一斉に視線を向けた。
壁際に置かれたテーブルに、贅沢な身なりの恰幅の良い中年男と金髪の美しい娘が座っている。
「ようこそおいでくださいました」
恰幅の良い男が立ち上がり声を掛けてきた。
男はでっぷりとした身体を揺らしながらココノカ達の方に近づいてくる。
髪の毛が綺麗に無い禿頭で、瞳の色が確認できない程に目が細く、口元はいつも微笑んでいるように固定されている。
「私が当主のカドルニスです。こちらは娘のグラナダです」
テーブルについたままのグラナダは、ココノカ達を見下したように一瞥し、すぐに目を逸らした。
窓から差し込む日の光がグラナダの金髪を輝かせる。
それに反して表情は暗い。
一人の人間の中に光と闇の両方を見るようだった。
テーブルの横に五人の男と二人の女が立っていて、ココノカ達を胡散臭そうに眺めていた。
彼等は皆眼光鋭く、胸当てや手甲などを身につけ、腰に剣や銃等を携帯している。
どうやら傭兵のようである。
「書類を拝見しました。まさか伝説のアンボス殿に巡り会えるとは思いもよりませんでしたよ」
カドルニスは、じっとリーフを見つめる。
ココノカにはそれが懐かしい人に再会したような表情に思えた。
カドルニスは我に返ると、再び張り付けたような笑みを浮かべる
そしてココノカに握手を求めた。
「ども、ココノカ・ムツキです」
カドルニスの掌は、ぷっくりとしていて握り心地が良かった。
「ココノカさんは ブルシャ(神智学者)でいらっしゃるんですね」
「はい、まだまだ未熟者ですが」
「ご専攻は何を?」
「基本専攻は アーエール(大気)です」
「上級専攻も習得されておられますね」
「はい、二年前に」
「その若さで上級専攻者とは素晴らしい」
ブルシャとは人の内なる力、つまりブルシャリア(神智)を使う者の名称である。
ピュール(火)、ヒュードル(水)、 ゲー(土)、アーエールの四つを基本元素と呼び、基本専攻者はその一つをあやつり、様々な用途に利用することができた。
勿論、武器としても使える。
しかし誰もがブルシャになれる訳ではない。
先天的な才能の無い者はブルシャになることができない。
また才能があったとしても、それを修練しなければ有効な力を発揮することはできない。
修練を始める前、ブルシャを目指す者は自分と元素との相性を確かめることが必要とされる。
相性が悪ければどれだけ修練しても効果が得られないからだ。
自分に最も適した元素が基本専攻ということになる。
ブルシャの修練を行う機関は、インスチトゥトである。
世界各地にいる生徒達は、自分の国にあるインスチトゥトの支部で修練することになる。
インスチトゥトを卒業したものはブルシャを名乗ることを許され、国や貴族に高額で雇用された。
原則として基本専攻を習得すればインスチトゥトを卒業できる。
しかし才能を見込まれた者は上級専攻に進むことが可能である。
上級専攻では基本専攻の応用を修練する。
ココノカの場合でいえばアーエールの応用、ブロンテー(雷)である。
つまり上級専攻を習得していると言えば、ブロンテーを使うことができるということを意味する。
カドルニスは笑みを崩さずリーフにも手を差し出した。
ただその声は少し震えている。
「そしてアンボス殿」
リーフはイラついた感じで片方の眉を上げた。
「私はリーフ、ただのリーフだ。アンボスと呼ぶのはやめてくれ」
リーフは、おざなりに手を差し出す。
カドルニスは戸惑い気味に言い訳した。
「それは失礼しました。しかし、貴女の身なりはどうみてもアンボスにしか見えないのですが……」
リーフは肩をすくめる。
「とにかくアンボスと呼ばないでくれ」
「承知しました」
カドルニスは思慮深く頷く。
そして傭兵達の方に振り返ると詫びを入れた。
「とういう訳ですから、すみませんが、そちらのサフィラさんとカメリアさんを雇う話は無かったことにして頂きたい。必要なのは女性二人なので」
傭兵達が顔を見合わせる。
サフィラとカメリアという女傭兵は、敵意のこもった目でリーフとココノカをにらみ付けた。
二人とも二十代後半といえる容姿で、垣間見える筋肉は隆々としている。
男の傭兵の一人が腕を左右に広げながら前に進み出た。
「待ってくださいよ、親方。メジャッサオの書類以外、こいつらがアンボスとブルシャだって証拠はどこにも無い。もしかしたら金が欲しいだけの偽物かもしれませんぜ」
赤みがかった金髪。
右目に革製の眼帯。
一目で強者とわかる面構え。
自信に溢れた声音。
歳は三十代くらいか。
右腰には鞭、左腰には拳銃を提げている。
恐らく傭兵の長だろう。
「雇う前に、こいつらの実力を見ておいた方がよくありませんかね」
「なるほど、確かに仰るとおりですな」
カドルニスは再び愛想笑いを浮かべるとココノカ達に告げた。
「こちらの男性方は先日契約した傭兵部隊、氷炎の狼の皆さんで、今助言してくださったのは隊長のジェラードさんです。もしリーフさん達を雇えば彼等と一緒に仕事をして頂くことになります。しかし傭兵の皆さんはリーフさんの身元に疑問を抱いているご様子。お二人との契約には傭兵の皆さんを納得させることを条件とさせて頂いても宜しいでしょうか」
「もっともな話だ。全然構わないよ」
リーフが即決する。
「素晴らしい。話が速くて助かります。ではジェラードさん、実力を見るとは具体的にはどのようにするのです?」
「この二人がサフィラとカメリアと戦って勝てば認めましょう」
サフィラとカメリアが不敵な笑顔を見せた。
自分たちの勝利を確信しているのだ。
ココノカは二人のことを哀れに思った。
普通の相手なら彼女達の勝利は確実かもしれない。
でも相手が悪すぎる。
今回は負けてもらうしかない。
「なるほど、至極合理的ですな。いかがでしょうか、リーフさん、ココノカさん」
「駄目だ」
リーフの駄目出しに全員の目が点になる。
「てめぇ、承諾しておいての拒否とはどういう了見だ」
ジェラードがリーフに食って掛かった。
カドルニスも困惑した表情を浮かべている。
ココノカは肘でリーフを小突いた。
リーフはそんな周囲の冷視にも、どこ吹く風で言葉を継ぐ。
「その小娘どもじゃ弱すぎる。実力を見たいなら、もっと強い奴とやらせな」
全員の目が更に小さな点になった。
自分より明らかに年下の少女から小娘と言われた女傭兵は、激昂して武器に手を掛けた。
ジェラードは右手を上げて女傭兵を制し、呆れ顔で首を振った。
「こんな馬鹿初めてだぜ。サフィラとカメリアは、この道十年の猛者だ。並みの男じゃ相手にならねぇ程なんだぞ。それを弱いだと。じゃあてめぇは誰とやりたいっていうんだ」
リーフはジェラードを指さす。
「あんたと」
ジェラードは息を呑んだ。
「それから一番奥の坊や」
リーフは他の傭兵に隠れるように立っていた青年を指さした。
「あんたらが強いんだろ。特にそこの坊や、この中じゃ一番だ」
ジェラードはあっけに取られていたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
指さされた青年は大きく舌打ちし、リーフに怒りのこもった視線を向けた。
プラチナブロンドの髪と切れ長の目、瞳の色は青く、肌は日に焼けて浅黒い。
撚銀糸にも似た美しいプラチナブロンドの髪は肩までの長さがあった。
人を刺すような目つきに反して容貌には少年のあどけなさを残している。
体躯は細く、他の傭兵と比べると華奢だったが、服の上からでも引き締まった筋肉がうかがえた。
歳はリーフとさほど変わらないように見える。
しかめ面さえしていなければかなりの美形である。
ココノカは密かに手鏡を取り出し身だしなみと整えた。
ジェラードはようやく笑いを収め、からかうように言った。
「さすがアンボスってとこか。一目見ただけでよくわかるもんだよな」
「なんで俺がこんなガキと戦わなきゃならなねぇんだよ」
青年は冷たく言い放つ。
ジェラードはにやにやしながら青年前に立ち、その肩に手を掛けた。
「そう邪険にしなさんなって、ヴュルフェル。別嬪さんからの直々のご氏名だ。有難くお受けしろや」
「でも、ジェラード、ガキ相手に本気出せやしねぇし、かと言って俺不器用だから手加減も出来ねぇぜ。どうすりゃいいんだよ」
「本気を出していいんだよ、坊や」
リーフが口を挟む。
「うるせぇぞ糞女! 黙って聞いてりゃ、坊や、坊やって。てめぇの方がどう見たってガキじゃねぇか!」
ヴュルフェルはリーフを怒鳴りつけた。
今にも殴りかかってきそうな勢いである。
「まあまあ、ヴュルフェル、落ち着けって」
ジェラードはヴュルフェルをなだめにかかった。
ココノカは恐る恐るリーフの顔色をうかがう。
しかしリーフの鼻に皺はなく、驚いたことに口元がほころんでいた。
この事態を面白がっているようだ。
「珍しいですねリーフさん、怒鳴られたのに口元が笑ってますよ」
「ココ、私だって人間だよ。面白いものを見れば笑いもするさ」
「一体何がそんなに面白いんです」
「あんたも気付いてるんだろ。あのジェラードって奴はブルシャだ。多分あの鞭とブルシャリアを連携させた技で攻撃するんだろ」
「なるほど。でも鞭に頼るってことは、あまり上手くブルシャリアを使うことはできないようですね」
「まぁ、あんたに勝るブルシャはそうそういないからね」
「リーフさんにそう言ってもらえると心強いです」
「でも、それより興味を引かれるのはヴュルフェルってやつの腰に提げられた剣だね。あれはエルガレイオンだ」
ココノカは驚いて、ヴュルフェルの腰の剣を盗み見た。
銀で美しく装飾された鞘と柄。
普段見かける剣よりも細身で刀身は幾分長く反りがある。
両刃でなく片刃の片手剣である。
「本当ですか、リーフさん」
「十中八九間違いないだろうね。あの剣からは独特の雰囲気を感じるよ」
エルガレイオンとは太古の存在アフダラが残した遺産である。
アフダラは神の命により人間を作り出したと言われる者達であり、様々な能力を持っていたと伝えられる。
その能力の一つにキーミヤと呼ばれる器具錬成の技があった。
キーミヤにより作られた器具はブルシャの才能の無いものにも異能の力を与えることができた。
それらをエルガレイオンと呼ぶ。
エルガレイオンは非常に希少で滅多にお目にかかれるものではない。
そのため一部の好事家は千金をなげうってでも手に入れようとする。
さらに盗賊の類も宝石や金と同様にエルガレイオンを狙っていた。
つまり持ち主は常に命の危険にさらされているのだ。
「私の恋人達と同じような雰囲気だ。この戦いは面白くなりそうだよ」
リーフが恋人と呼ぶのは人間ではなく、腰に提げた二丁の拳銃のことである。
アフマルとウルジュワーン。
この二挺もエルガレイオンである。
おそらく何万回もの戦いをリーフとともに潜り抜けてきた拳銃。
彼らは今、主人の腰に静かに眠っている。
ココノカの見るところ、リーフは心底では戦いを好んではいないという気がする。
喧嘩早くて、すぐに銃をぶっぱなすが、その後で自分を悔やんでいる節があるからだ。
ただ自分が認めた相手と戦う時だけは、心から楽しんでいるように見受けられた。
不承不承頷いたヴュルフェルの肩をジェラードが勢いよく叩いた。
そしてココノカ達に声を掛けた。
「話はついたぜ、そんじゃご要望通りに俺とヴュルフェルが相手をしてやるよ。銃は模擬弾、剣は模擬刀を使う。打撃系はそのままだ。一対一で戦い、二勝したらお前らを認めてやるよ。勝利条件は相手が負けを認めたとき、戦闘不能になったときだ。但し相手を殺すのは無しだぜ」
ココノカは条件を聞いて真っ青になった。
「伝説のアンボスと上級専攻のブルシャ様なら、そう難しいことでもなかろう。どうですか、親方」
「リーフさんとココノカさんが宜しければ私は構いませんよ」
カドルニスが承諾すると、ジェラードは手を打ち合わせた。
「さて、どうすんだ。この条件でやるか、やらないか」
「相手を指名した我ままを聞いてくれたんだから、こちらとしても条件を受け入れさせてもらうさ」
リーフは一顧だにせず承諾した。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ココノカは二人の間に割ってはいる。
「一対一じゃなくて二対二にしませんか」
「二対二じゃ、個人の能力を確かめられねぇだろ。一対一でやってこその力試しだぜ」
「で、でも、やっぱり人間は一人では生きられない動物と言われているじゃないですか。協力しあってこそ人間社会は成り立っているんですよ。仲間との連携した戦闘形態は人間的協力関係のもっとも端的な見本ではないかと私は考えますが」
「おい、この嬢ちゃん何言ってんだ。さっぱりわからねぇぞ」
ジェラードが顔をしかめてリーフに尋ねる。
リーフはココノカの頬に掌で、そっと触れた。
ココノカは突然のことに一瞬身を固くする。
しかしすぐにリーフの手の優しさに気付いた。
彼女の手のぬくもりが心を安らぎで満たしていく。
「ココ、大丈夫だ。あんたなら一対一でも負けることはないさ」
ココノカは紅潮してリーフを見つめ返す。
「でも、そもそもブルシャの技は白兵戦向きではありません。後方支援でこそ本領を発揮できるんです。一対一の真っ向勝負なんて、私やったことありませんよ……」
「大丈夫、勝てるよ。私が保証する。自信を持ちなって」
「ホントに私もリーフさんみたいにできますか」
「ああ……。これから先、旅を続けるのなら生死の関頭に一人で立たなきゃならない時が必ず来る。だからあんたはもっと強くならきゃならない」
「リーフさん……」
リーフはいつも美しいが、こういう時の彼女は壮絶に綺麗で透き通ったように儚く見える。
神々しさを感じるほど麗しさと虚無的な悲しみが同居する矛盾した表情だった。
「わかりました。やってみます」
リーフは静かに微笑んだ。
「話はついたかい。お二人さん」
ジェラードは気まずい顔で頭を掻いている。
ココノカは強く頷いた。
「で、組み合わせはどうすんだ」
「ココノカとあんた、私とあの坊やだ」
リーフは有無を言わせず決定した。
「よっしゃ、決まりだ。じゃ早速やるか。いいですね、親方」
「ええ、では裏庭で行いましょうか」
カドルニスは裏庭への扉を指し示す。
「その前にカドルニス殿。私に銃を貸してくれないか」
リーフの意外な依頼にカドルニスは首を傾げる。
「ご自分の銃をお持ちではないのですか?」
「私の銃は模擬弾を撃つことができないんだ」
「そうでしたか。特別製なんですね。わかりました。二丁あれば宜しいですか」
「いいや、一丁で結構」
ヴュルフェルが聞きとがめる。
「大した自信だな。俺には二丁も必要ないってことか、アンボスさんよ」
小馬鹿にした物言いだった。
リーフは無感情な視線をヴュルフェルに向ける。
あまりの無機質さにヴュルフェルの顔に恐れの色が浮かんだ。
「な、なんだよ」
「本気でやりなよ、坊や。さもないとあんたのキ○タ○撃ち抜いて模擬弾と差し替えちまうからね」
端麗な顔に似合わない言葉。
ココノカ以外の全員が目を白黒させている。
ココノカは諦めたように首を振り、裏庭へ通じる扉を開いた。
青々と茂る芝草。
右手には神話の一幕を模した彫刻で飾られた噴水。
左手には様々な秋の花が咲き乱れる花壇。
そこで小鳥は軽やかに歌う。
太陽はあくまでも明るく、遠くには青く煙る山々が美しく身を横たえる。
サルディーニャ家の裏庭は佳麗である。
そしてココノカの腹は悲鳴の如く音を立てる。
音があまりに大きくて、ココノカは赤面した。
カルドニスとの面接で緊張していたときには感じなかったのに、ここにきて再び空腹がぶり返したのだ。
空気を一杯吸って腹を膨らませてみるものの効果はなく、立ちくらみまでする始末だ。
人の食欲とは時に無礼である
ココノカの前には屈強な傭兵隊長が腕組みしている。
ジェラードの左目は値踏みするようにココノカに据えられていた。
リーフとカドルニス達は屋敷の前に立ち、こちらを見守っている。
「準備はいいのか、お嬢ちゃん」
「はぁ、はい、いつでも……どうぞ」
あまりに空腹感が強すぎて戦いに対する恐怖感が薄れていた。
ジェラードは右腰の鞭を手に取り、丸めてあった鞭先を地面に落とした。
「じゃあ、旦那。開始の合図を御願いします」
カドルニスは鷹揚に頷いた。
「では始めて下さい」
カドルニスの合図とともにココノカは ストカズモス(攻究)に入った。
ストカズモスとは自分の持つブルシャリアと元素を交流させ、その力を引き出すための行為である。
ブルシャはストカズモスを行っている間、行動が制限され、激しい動きができなくなるのだ。
ココノカは精神を集中し、アーエール(大気)へ働きかけるブルシャリアを内心から導き出す。
彼女の真上には黄金に輝く光の円 、キクロス(学理陣)が現れる。
キクロスとは人の心と元素を繋ぐ窓口のようなものであり、金色はアーエール固有の色だった。
円の直径は大人が両腕を広げた程である。
キクロスは元素との交流を続ける限りブルシャの頭上に存在し続け、ブルシャが動けばキクロスもそれに従って位置を変える。
一方、ジェラードは懐から巻きタバコを取り出し口に咥えるとマッチで火を点けた。
吸込んだ煙を大きく吐き出し、タバコを咥えたままストカズモスに入る。
ジェラードの頭上にも赤い光のキクロスが現れた。
キクロスの輝きが赤ということは ジェラードの基本専攻はピュール(火)である。
タバコはピュールを引き出す為の種火だろう。
ピュールはブルシャリアの中でも最も修得しやすい元素であり、ブルシャの人数も最多である。
ピュールの上級専攻はフォーシュ(光)である。
ピュールは修得が容易なのにくらべて、フォーシュは最難関の元素である。
修得しているブルシャは世界中でも百人に満たないだろう。
ジェラードのキクロスに変化が生じる。
キクロスの円周に内接する赤い光の正方形が現れたのだ。
そして正方形の四つの頂点の上に白色光を発するダーロス(令源)が灯る。
ダーロスとはブルシャリアが結晶したものである。
これを消費することで元素に命令を伝え、元素の力を使うことができた。
「クアドラード……」
ココノカはジェラードが意外に修練を積んだブルシャであることを知り、思わず口に出した。
ブルシャの力はオプシス(相)によって序列がつけられている。
オプシスの位が高いほど強力で複雑なブルシャリアを使うことができる。
オプシスとはキクロスの中に現れる正多角形のことを示している。
キクロスの中に正三角形が現れればトリアングロ。
正方形ならクアドラード。
正五角形ならペンターゴノと呼ばれる。
トリアングロは第二位のオプシス、クアドラードは第三位のオプシス、ペンターゴノは第四位のオプシス、という風な具合である。
初学者には第一位のオプシスであるスルクロという円だけのオプシスしか現れない。
初学者は、そこから自分の持つブルシャリアを高める修練を積んでいく。
するとキクロスは修練に応じて変化していくのだ。
クアドラードは一般のブルシャが到達できる最高のオプシス、ペンターゴノの一つ下であり序列的には第三位だった。
「鞭を使うからってブルシャリアをこなせてないわけじゃないんだぜ」
心を読まれたことでココノカは動揺した。
そのためブルシャリアへの集中がおろそかになり、ストカズモスの時間が更に長引いてしまう。
「子供を虐めるのは趣味じゃないが、こっちからいかせてもらうぞ」
ジェラードはココノカを指さしてピュールに命じた。
「火よ、彼の者を囲め」
ジェラードが命じると正方形の頂点にあったダーロスが一つ消える。
タバコから火が分離し空中に浮かぶ。
朱色の火は玉のように丸まり、激しく回転していた。
回転する火球はすぐさまココノカの側に飛び、芝草を燃え上がらせる。
燃え上がった火はココノカの周りを円形に取り囲み、炎の壁となった。
「逃げ場はないぜ。これで俺の鞭を避けることはできねぇだろうよ。痛い目を見ないうちに負けを認めちまいな」
ジェラードはタバコを美味そうに吸った。
マントを着ているので身体は大丈夫だが、露出している顔の皮膚が炎の熱でちりちりとあぶられる。
しかしココノカにはストカズモスを続ける以外方法はなかった。
「そうかい。どうでも痛い目を見たいってことか。仕方ねぇな。まぁ命までは取らねぇように手加減してやるよ」
ジェラードは右手の鞭を軽く振った。
炎の壁をくぐり、鞭先がココノカの左腕をしたたかに叩く。
激痛がココノカを襲った。
更に右足の太腿、続けて左腰に痛みが走った。
その後も身体の左右から何度も鞭で打たれた。
痛みで身体が震え始める。
着ていたマントは裂け、ボロ雑巾のような姿になった。
脳髄が痺れ、吐き気が襲う。
意識が途切れそうになったとき、炎の隙間からリーフの顔が見えた。
彼女の期待を裏切りたくなかった。
「痛ぇだろ、嬢ちゃん。でもまだまだ軽い方さ。もっと強く振ったらどうなるかな。こいつで叩かれるとどんなに鍛え上げた兵士だって悲鳴を上げるんだぜ」
ジェラードは再びタバコを吸った。
タバコの先に残った白い灰が、はらはらと地面に落ちる。
「どうだ、もうやめにしようぜ。見るに忍びねぇんだよ」
鞭の痛みを精神力で押さえつけて集中し続ける。
するとキクロスの中にようやく変化が訪れる。
キクロスに内接する金色の正三角形が現れたのだ。
「トリアングロかい。上級専攻のブルシャさんが第二位のオプシスじゃあ話にならねぇな。これで終りにさせてもらおうか」
ジェラードが鞭を振り上げた時、再びココノカのキクロスが動き始める。
正三角形が回り始めたのだ。
ジェラードは鞭を振り下ろすことを忘れ、ココノカのキクロスに見入っている。
「おい嘘だろ、お前みたいなガキが……」
傭兵隊長の顔には明らかに怯えた表情が浮かんでいた。
見守るカドルニスや傭兵達からも驚きの声が上がる。
回り始めた正三角形の下にはもう一つの正三角形があり、二つの三角形はある時点で一つの姿を形作る。
それはエキサーゴノと呼ばれる正三角形を二つ重ねた六芒星だった。
金色に輝くエキサーゴノの六つの頂点にダーロスが灯る。
ココノカのストカズモスは今、完了した。
「第五位のエキサーゴノだと、なんでそんな奴が傭兵の真似事してやがる。どこの国だって頭を下げてでも、お前に来てもらいたいだろうに」
「大気よ、炎を吹き消せ」
ココノカが命じると強烈な風が吹き始め、渦を巻く。
次第に渦は勢いを増し炎の壁を捻り潰した。
ブルシャが命じれば元素はそれに答える。
一番単純な命令でも目的語と動詞が組み合わされてできている。
つまり元素にはブルシャの言葉を理解する知恵のようなものがあると言える。
先天的にブルシャの力を持つものでも、エキサーゴノ以上のオプシスに辿り着ける者はまれだった。
そこにはブルシャの才能だけでなく、もう一つの才能が必要されていた。
それは元素に祝福されることである。
元素は受動的にブルシャの命令を聞くだけでなく、能動的にブルシャに力を与えることができた。
元素に祝福されて力を得たものだけが、エキサーゴノ以上のオプシスに至ることができるである。
エキサーゴノとペンターゴノは第五位と第四位で序列的には一つの差しかない。
だが、実力的には数十倍の差がある。
ましてや第三位のクアドラードとなれば、その差は言うまでもない。
エキサーゴノ以上に至ったブルシャは世界で十数人しか知られておらず、各国が喉から手が出るほど欲しい人材だった。
焦ったジェラードはココノカの命を奪うような命令をした。
「火よ、彼の者の焼け」
「大気よ、火を遮れ」
飛んできた火は空気の壁に衝突して消滅する。
ジェラードのダーロスは残り二つとなった。
全てのダーロスを使い果せば、もう一度ストカズモスを行わなければならない。
ストカズモスの間は行動が制限されるため、相手の攻撃をもろに受けてしまう可能性が高い。
「ジェラードさん、さっきの言葉そっくりお返しします。負けを認めてください。私も弱い者虐めは好きじゃありません」
ココノカの左腕は激痛で動かせなくなっていた。
脈打つ度に身体中から痛みが這い上がる。
昔のココノカならとっくに倒れてしまっていただろう。
しかし今は違う。
リーフがココノカに向かって、ゆっくりと頷いた。
自分を信じてくれた人のために、倒れるわけにはいかなかった。
激昂したジェラードは、歯を剥き出して鞭を振り上げた。
間髪を入れずココノカは命じる。
「雷よ、彼の鞭を撃て」
ジェラードが鞭を振り下ろそうとした瞬間、天空から飛来した青い閃光が鞭に落ちた。
弾けるような音ともに鞭はバラバラに飛び散る。
その後しばらくの間、静寂が世界を支配した。
「ブロンテーかよ、こいつは参った……。俺の負けだ」
ジェラードは左右に大きく腕を広げた。
既に赤いキクロスは消失している。
戦う意志がないことの証明だ。
ココノカは勝利した。
安堵感に満たされる中、なんとか保っていた意識が徐々に薄れていく。
目の前が真っ暗になり、その場に倒れ込んだ。
ココノカが目を覚ますとリーフが上から覗き込んでいた。
屋敷の側の木陰。
ボロボロになったマントが下に敷かれている。
中に着ていたインスチトゥトの制服、丈の長い臙脂色の詰め襟の上着とスキニーの黒いパンツ、は所々裂けて皮膚が露出していた。
左腕の傷は特に酷いようで、片袖が脱がされて包帯が巻いてある。
他の傷は血が滲んでいたが、塗り薬で手当がしてあった。
リーフは横で胡座をかき、ココノカの様子を見ている。
「大丈夫か、ココ」
「リーフさん……」
起き上がろうとすると身体中が悲鳴を上げた。
「まだ寝てな」
「リーフさんが手当してくれたんですか」
「ああ、あんたの雑嚢にあった傷薬を塗っといたよ。傷に凄く効くって言ってただろ」
「ありがとうございます」
「気にしなさんな。あんたには解毒してもらった恩があるからね」
リーフは半年前のことを引き合いに出した。
リーフが蠍の猛毒に苦しんでいるのをココノカが解毒したことから、二人は一緒に旅をすることになったのだ。
「私、勝ちましたよね」
「ああ、勝った。あんたの根性見せてもらったよ」
「リーフさんが私を信じてくれたからです」
「これなら私がいなくなっても一人で戦えるな」
思ってもいなかった言葉に全身が硬くなる。
「――な、なんで急にそんなことを」
「人間はいつか一人になる。ただそれだけだ」
母親に見捨てられたような切なさが胸を締め付ける。
我知らず涙が溢れてきた。
「なんで、なんで、今、言うんです? 褒めて欲しかったのに。よくやったって、言って欲しかったのに……」
リーフの姿がまた透き通ったように見えた。
淡緑色の瞳が寂しげに瞬く。
悲しみそのものが人の姿をしている、そんな気がした。
「そうか……。悪かった。あんたは良くやったよ」
リーフはココノカの髪を優しく撫でた。
戦いの恐怖と傷の痛み、そしてリーフの冷たさと温かさが一緒くたになって心を乱した。
リーフの膝にすがりついて泣いた。
心の中のわだかまりを洗い流すように泣き続けた。
遠くで教会の鐘が鳴る。
正午になっていた。
「リーフさん、ココノカさんの具合はいかがです」
カドルニスがリーフの背後に現れた。
「大丈夫だ。さっき意識が戻った」
「ご迷惑をおかけしました」
ココノカは上体を起こし、カドルニスに謝った。
ひとしきり泣いたせいか気持ちがすっきりしている。
「何も謝ることはありませんよ。むしろ貴重なものを見せて頂き、御礼を言いたいくらいです」
カドルニスはリーフの横にぎこちなく腰を下ろす。
彼はココノカに愛想良く微笑むと目を閉じた。
そして何かを思い出すかのようにゆっくりと語り出した。
「私が初めてエキサーゴノのブルシャを見たのは五十年前の南北大戦の時でした。七歳の時です。その方はピュールを専攻されフォーシュも修得されていました。エキサーゴノでフォーシュのブルシャという非常にまれな方です」
「フラース(閃光)のネブリーナのことか」
リーフの指摘にカドルニスは頷く。
フラースのネブリーナは伝説的なブルシャである。
強力なブルシャリアで、数多の敵兵を一瞬で殲滅したと史書に述べられている。
五十年前の南北大戦は北のテルサフィラと南のザータルダッハという二大帝国が周辺諸国を巻き込んで起こした覇権戦争だった。
戦争は五年以上続いた。
ネブリーナはザータルダッハのブルシャであり、彼女の力でテルサフィラは常に苦戦を強いられていた。
しかし最終的にはテルサフィラが勝利することになる。
「彼女のフォーシュの一撃で多くの兵達が蒸発して消えていきました。私はそれを丘の上から見ていましてね、思ったのです。美しいと」
カドルニスはそこで沈黙し、空にある太陽を見上げる。
「不遜なこととは思います。たくさんの命を奪う行為を美しいなどと。でも私はそれを美しいと感じてしまった。あの光の煌めき。青みがかった銀色の閃光。宝石の輝きなど足下にも及ばないものでした。ココノカさんの戦いはそんな記憶を呼び覚ましてくれました」
カドルニスは太陽からココノカに視線を移す。
「立ち入ったことをお聞きしますが、ココノカさんのお生まれはどちらで」
「私の生国ですか? 私はここからずっと東にある小さな島国の出です。多分名前さえ聞いたことがないと思います」
「そこの王様はあなたを登用しようとは思わなかったのでしょうか」
ココノカは気まずい感じで笑った。
「実は私逃げて来たんです。確かに登用してやるなんて偉そうに言ってきましたよ。でも王様に仕えるなんて金輪際嫌なんです。あの人達は人を人と思っていない。ゲームの駒かなんかだと思ってるんです。そんな人達のために働くなんてお断りです」
ココノカは憎らしげに、まくし立てた。
カドルニスは小さく溜息を吐くと何度か頷いた。
「私はリベールラ王と親交がありましてね。できればあなたにリベールラのブルシャ尞長官になっていただければと思ったのですが……。難しいようですね」
「有難いお話ですが、お断りします」
「わかりました。無理強いはできませんからな」
カドルニスは重い身体を無理矢理地面から引き離す。
「では話はこれまでということで。リーフさん、仕合の方よろしいですか」
「ああ、ココノカの意識さえ戻れば、もう待つ必要はない」
「そうですか、では始めましょうか」
カドルニスは傭兵達の方へ歩き出したが、何かを思い出したように振り返った。
「先ほどの話には、もう一人伝説の方が登場していましたね。ネブリーナの肩を撃ち抜いて重傷を負わせ、戦争を勝利に導いた方が」
カドルニスはリーフでなくココノカへ問いかけた。
それは一種の陽動だったのだろう。
「肩じゃない、腹だ」
リーフは鼻に皺を寄せ、吐き捨てるように訂正した。
「これは失礼。しかしなぜリーフさんはネブリーナの撃たれた部位が腹だと知っておられるのです。史書には単に撃たれたとしか書いてありませんのに」
カドルニスはそう言い残すと立ち去った。
「あのインポ親父、とんだ食わせ物だ」
リーフがカドルニスの背中に向かって毒づいた。
「リーフさん、今のどういう意味ですか?」
「あの親父の一物が勃起しないってことだよ」
「ち、違いますっ! そこじゃなくて、ネブリーナが撃たれた箇所を知ってるってことです」
「さあね、よく覚えてないよ。どっかで偶然聞いたんじゃないかね……」
リーフはココノカから視線を外し、呟いた
「カドルニスさんが言った、もう一人の伝説の方ってアンボスのことでしょ」
「さてと、私の出番だ。あんたはここから見てな」
リーフは、そそくさと立ち上がり、早足に逃げていく。
「ちょっと、リーフさん。話の途中です」
リーフのアンボス嫌いはいつものことではあるが、今回は少し話が違う。
カドルニスが指摘した事実を躊躇なく否定したリーフの態度。
まるで自分が撃ったかのような口調だった。
「まさか、ね……」
リーフの姿を目で追いながら、ココノカの疑問は大きく膨れあがっていった。
張詰めた空気が裏庭を覆っていた。
立ち会う者の全てが咳ひとつしない静寂の中、庭の中程に二つの人影が対峙していた。
一人はヴュルフェル、もう一人はリーフである。
リーフは銃身の短い五連装のリボルバー銃を手にしている。
カドルニスから借りたもので、どこにでもあるような量産品だ。
ヴュルフェルの方は腰の剣ではなく粗末な木剣を持っていた。
両刃の剣に似せて作られているが、ツバはない。
リーフはマントをその場に脱ぎ捨てる。
黒の中折れ帽に合わせた黒のジャケットとパンツ。
褐色のガンベルトとブーツ。
ココノカには見慣れた姿が現れた。
ガンベルトはへそ下あたりで×字を描き、左右のホルスターには彼女の恋人達が納まっている。
ジャケットとパンツの縫い代には銀の鋲が所々打たれていて、良いアクセントになっていた。
リーフはスタイルが良いので何を着せても似合いそうだ。
ブリブリのフリルがついたドレスを着たリーフを思い浮かべ、ココノカは吹き出した。
ヴュルフェルは、上下藍色の粗末な服にブーツ、服の上に革の胸当てと手甲を付けただけの簡素な姿だった。
しかし地味な服装が、美しいプラチナブロンドの髪を一層際立たせている。
「お二方、準備はよろしいですか」
カドルニスは二人の様子を確認する。
そして両者が軽く頷いたのを見計らい宣言した。
「では始めてください」
開始宣言後も二人は全く動かない。
ただじっと相手の様子を見ていた。
リーフは銃を向けることなく、ヴュルフェルも剣を構えない。
ただ間合いが遠いため圧倒的にヴュルフェルが不利である。
「どうした、撃たねぇのか」
ヴュルフェルが沈黙を破った。
リーフは黙ったままである。
「それじゃ、こっちから行くぜ」
ヴュルフェルはリーフに向けて俄然走り出した。
走りながら剣を右肩に担ぐ。
速度が異様に速い。
間合いが一気に縮まる。
間合いを詰めたことでヴュルフェルの不利は解消された。
それでもリーフは動かない。
ヴュルフェルはリーフの正面から攻撃すると見せかけ、急激に方向を変え、彼女の左側に回り込むと右肩の剣を一気に振り下ろした。
リーフは一歩ヴュルフェルの間合いに踏み込み、剣の柄を右手で押さえ斬撃を止め、左手に持った銃で右手の下からヴュルフェルの下腹部に向けて発砲した。
裏庭に銃声が響く。
ヴュルフェルは引き金が引かれる瞬間に、柄を押さえているリーフの手に自分の左手を置くとそれを軸にして前方宙返りをし、彼女の斜め後ろに着地する。
そしてすぐさまリーフの背中に斬りかかった。
リーフは振り返りもせずに剣を躱し、ヴュルフェルが次の斬撃のための動作に移る一瞬の隙に回転し、彼の側面に踏み込む。
動きは水が流れるように軽やかだ。
リーフは踏み込みざまにヴュルフェルのこめかみに銃を突きつけ、引き金を引いた。
二発目の銃声がこだまする。
ヴュルフェルは身体を仰け反らせて弾を避けたが、バランスを崩したところをリーフに蹴り飛ばされる。
彼は地面を転がったが、すぐに跳ね起きた。
しかし起きたところには既にリーフがいた。
ヴュルフェルが反撃の体勢を取る前に、リーフは彼の額の真ん中に向けて銃を撃った。
三発目の銃声が響く。
ヴュルフェルは銃弾をもろに受け、背中から地面に倒れ込んだ。
ココノカは二人の戦いの凄まじさに息を呑む。
カドルニスと傭兵達も呆然と戦いを眺めている。
起き上がろうとするヴュルフェルの額にリーフが銃を突きつける。
既に先程の銃撃でヴュルフェルの額は流血していた。
銃をつきつけられたヴュルフェルは起き上がるのを諦め、手足を投げ出して横になった。
「俺の負けだ」
ヴュルフェルは宣言した。
「まだだ、坊や」
リーフはそう言うとカドルニスに声を掛けた。
「カドルニス殿、この坊やに模擬刀でなく自分の剣を使わせてやってくれないか」
「しかし、それは危険ではありませんか」
「構わない。私の方は模擬弾のままで良い」
ヴュルフェルは顔だけ起こして怒鳴った。
「てめぇ、なめてんのか。俺が本身を使うんならお前も実弾でこいや!」
「そこまでの意地があるなら今度こそ本気を見せてみな」
「俺がこの剣を使えば、お前、死ぬぞ」
「その剣がエルガレイオンだってことは知ってる。私はそれとやりたいんだよ」
ヴュルフェルは剣の正体を見抜かれて、ぎょっとした顔をしたが、すぐに忌々しそうに舌打ちした。
「――エルガレイオンだとっ!」
ジェラードと傭兵達は騒然としている。
カドルニスは傭兵達の騒ぎを気にすることなく答えた。
「わかりました、リーフさん。あなたがそう望まれるのであれば。しかしこの仕合であなたの身になんらかの危険が生じても私は責任を持てませんが宜しいですか」
「わかっている。私が死んでもあんたには何の責もない」
リーフはヴュルフェルに起き上がるように、あごの先で促した。
「一度勝ったくらいで偉そうにすんじゃねぇよ」
額の血を掌で拭い、ヴュルフェルは立ち上がった。
二人はゆっくり歩いて左右に分かれ、再び対峙する。
リーフはリボルバーを開いて空の薬莢を捨て、新たに三発の模擬弾を入れ直した。
ヴュルフェルは腰のエルガレイオンに手を掛けると一気に引き抜いた。
エルガレイオンの白銀の刃は稲妻が宿ったかのような青い電光を帯びていた。
ヴュルフェルは右肩に剣を担いだ。
「では始めて下さい」
カドルニスが宣言した。
カドルニスの言葉が終わるや否やヴュルフェルの姿はココノカの視界から消えた。
見守っていた全員が息を呑む。
ヴュルフェルの姿が消えた代りに、高く鋭い風鳴りがリーフの周囲から聞こえ始める。
そして、あちこちの芝草が何かが通ったかのように倒れ込んでいく。
ヴュルフェルの気配は風鳴りとともに移動していた。
しかしリーフは立ち尽くしたまま、気配を追うこともなく空を見つめていた。
風鳴りの音が一段大きく聞えた瞬間、リーフはほんの少し左へ動いた。
彼女の動きは素早く、しかも微妙だったので注意していないとわからない。
リーフが一瞬前までいた場所にヴュルフェルが剣を振り下ろす姿が陽炎のように見えたが、またすぐに消えてしまった。
恐らくヴュルフェルのエルガレイオンは持つ人間の速度を上げる力があるのだろう。
その後連続でヴュルフェルが、リーフに斬りつけては消える姿が見られた。
しかしリーフは彼が現れる瞬間に微妙に位置を変え、全てかわしてしまった。
そんなことが数十回続いた後、リーフの左横にヴュルフェルの姿が忽然と現れる。
彼は剣を構えてはいるものの息が荒く、肩が激しく上下していた。
ただ憔悴してはいたが、リーフに対する敵がい心から目はぎらぎらしている。
剣を使うことで速度が速くなっても、使う人間の体力は向上しないに違いない。
つまり、普段の動きの何倍も疲労してしまうということだ。
「――てめぇは一体何もんだっ! こんな馬鹿なことが……」
「それで終りかい、坊や」
「うるせぇ!」
再びヴュルフェルの姿が消える。
彼の姿が見えなくなると今度はリーフも走り出した。
走るリーフの前後左右にヴュルフェルが現れては消える。
その度に彼は斬りつけるが、リーフは紙一重で切っ先を外した。
そして次にヴュルフェルが背後に現れた瞬間、リーフは振り返ることなく右手に持った銃を左脇から回して後ろに撃った。
間をおかずに姿を現わしたヴュルフェルは剣を地面に突き刺し、腹を押さえながら膝を付いていた。
模擬弾はヴュルフェルの腹部に当たったようだ。
激しく呼吸を繰り返し、息を吸う度に顔をしかめている。
リーフは静かにヴュルフェルに近づき、額に銃を突きつけた。
「なかなか面白かった。半年分の勘を取り戻すたしになったよ」
「お、お前……、本物の、アンボス……、なのか」
「さあね。ところで負けを認めるかい?」
「嫌だね……」
さっきはあっさり負けたのに、今回ヴュルフェルは負けを認めなかった。
必ず勝てるという自信を覆されたせいだろうか。
鼻っ柱をへし折られるとはこのことだ。
「そうかい」
銃声が鳴り響く。
額に銃弾を受けたヴュルフェルは前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
「勝負あり」
カドルニスは宣言すると、傭兵達を見回して言った。
「ではリーフさんとココノカさんを雇うということで宜しいですね、ジェラードさん」
「わかってますよ、旦那。文句は無ぇです。しかし、あんな戦いをされちゃあ、傭兵の立つ瀬がないですわ」
ジェラードは両腕を広げ仕方がないという顔をした。
他の傭兵達は倒れているヴュルフェルに駆け寄った。
ココノカの前にリーフが戻って来る。
息を荒げる風でもなく、ついさっきまで激しい戦いをしていたとは思えないほど落ち着き払っている。
「さすがですね、リーフさん」
「坊やがもう少しやるかと思ったけどねぇ。まぁエルガレイオンの力を完全に引き出せる奴は滅多にいないから仕方がないさ。エルガレイオンは持つ者を選ぶからね」
「でも、なんでそんなに強いんです。普通の人じゃ、あの速さについていけませんよ」
「鍛錬と集中力のなせる技とでも言っとこうかね。でも誰もが持ってる力の延長線上にあるんだよ」
「じゃあ、私にもできますか」
「ああ、できるとも。百年くらい鍛錬すれば大丈夫だ」
「それのどこが大丈夫なんです」
ココノカの腹が復活を果し、不満の声を上げた。
リーフは呆れた顔をする。
ココノカは照れ笑いを浮かべた。
「動けるかい?」
「多分。左腕はまだ無理そうですが」
「じゃあカドルニスに前金もらって何か食べにいくか。仕事は私らのもんだから」
「行きましょ、行きましょ。あの串焼き屋にお金を叩き付けて、思う存分肉を食ってやりますよ。ぐふふふ」
「以外と執念深いねぇ、あんた」
ココノカは身体の痛みを確かめながらゆっくりと立ち上がる。
左腕はまだ痛いが、全身の痛みは大分楽になってきていた。
しかし歩こうとすると、足に力が入らずにふらついた。
「ほら、掴まんな」
リーフが肩を貸してくれた。
二人とも三日以上風呂に入っていないのに、リーフの髪からは爽やかな新緑の香りがする。
それに比べてココノカは、くちゃくちゃの状態だ。
「ホント、リーフさんてずるいですよね」
「何がさ」
「何でもです。全部です」
「まぁ確かに私はずるいかもしれないね」
「ほら、そういうところも。自分だけ世界から外れてるみたいです」
「世界から外れてるか……。あんた上手いこと言うね」
前からカドルニスが近づいてきた。
お決まりの張り付いた笑みに心なしか親しさが増した感じがした。
「おめでとうございます。今回の仕事はお二方に決定しました」
リーフとココノカは顔を見合わせた。
「つきましては仕事に関してお話しておくことがございます。昼食の用意ができておりますので食事をしながら聞いて頂けないでしょうか」
「そいつはありがたい。ココノカの腹が悲鳴を上げてるんでね」
「そういうこと人前で言わないでください」
ココノカが、にらんでもリーフは涼しい顔だ。
「それは大変だ、早くお腹を助けてあげてください」
カドルニスは茶目っ気たっぷりに言うと二人を屋敷の中へ促した。
サルディーニャ家の食堂には縦に長い大きなテーブルが二つ、横に短いテーブルが一つあり、U字型に並べられていた。
一番奥の横に置かれたテーブルにはカドルニスとグラナダが、縦のテーブルの右側には傭兵達が、左側にはココノカとリーフ、そして恐らくカドルニスの配下と思われる者達ちが着席した。
食堂の右側は一面に窓があり、先程仕合を行っていた裏庭が見えた。
カドルニス達の後ろの壁には大きな肖像画が掛かっていた。
そこにはカドルニスと幼いグラナダ、他に妻らしき美しい女性とその胸抱かれた赤ん坊の四人が描かれている。
家族は幸せそうに微笑んでいた。
男女の給仕が三人、甲斐甲斐しく動き回り、食事を運んでくる。
左腕が動かせないココノカには、右手だけで食べられるように予め一口サイズに切った料理が出されたので、食事に支障は無かった。
料理は皆絶品とも言える味付けで、ココノカは久しぶりに心の底から至福の時を過ごした。
リーフはどの料理も一口、二口食べるだけで後は手をつけなかった。
あまり気にしてはいなかったが、この半年リーフが食事をがつがつ食べる姿を見たことがない。
こんな風に面と向かって食事をすると、彼女の異常なくらいの小食が目に付いた。
気を失っていたヴュルフェルもここぞとばかりの勢いで料理をかき込んでいた。
悪ガキのような食べっぷりが可愛らしく見える。
頭に包帯を巻いた姿は痛々しいが、食欲旺盛なところを見る限り大した痛手ではなさそうだ。
メインの料理が終り、デザートのケーキと紅茶が運ばれて来るとカドルニスが徐に立ち上がった。
「皆様、仕合お疲れ様でした。ここで皆様にご依頼する仕事の内容について説明したいと思います」
カドルニスが手を二度打つとリーフの横に座っていた男が立ち上がり、前に出て行った。
やせぎすでネズミのような顔をした男はカドルニスの横で深々と御辞儀をする。
「これはうちの番頭をしておりますパルゴ・ヂェッタと申す者です。私は別の所用がございまして今回の商隊を率いることはできません。このパルゴが私の代理として皆様にご同道いたします」
「よろしくお願いします」
パルゴが甲高い声で言う。
カドルニスは頷くと説明を続けた。
「今回私が特別に傭兵の皆様に護衛を御願いした訳は、一月前に百体を超える大量のカーズ(鬼人)達が北の山岳地帯へ侵入したという情報を得たからです。ヴカオンからエスキーナに向かうには北の山岳地帯を抜ける青杉の街道を通らねばなりません。つまり皆様にはカーズ達から商隊を守って頂きたいのです」
伝説によるとカーズとは人間と同様にアフダラが作り出した存在である。
古代においては人間と争うことなく人里離れた場所で暮らしていた。
しかしニ千年余り前に突如として人間を襲い始めたという。
カーズは人間を見ると異常な興奮状態となり、否応なく襲いかかり殺してしまう。
人を食べたり、人の持つ食料や金銭を奪うわけでもない。
ただ単に人を殺したいという欲求に突き動かされているようにようだと伝説は述べている。
カーズは吊り上がった大きな黒い目を持ち、鼻梁は無く二つの穴が顔の中心にあいている。
唇のない口は大きく耳元まで裂けているが、耳は存在しない。
全身の皮膚は光沢のある灰色をしていて毛髪の類は一切ない。
衣類はつけず丸裸であり、性器は無く、手足の指は四本である。
ただ知能は高く、高度な社会を形成しており、その頂点に君臨するのはハイーニャ(女王)と呼ばれる存在である。
最も問題とされるのは彼等の大きさと力である。
一般のカーズの身長はおおよそ人の二倍あり、熊を叩き殺すほどの凶猛な力を持っている。
しかも動きは俊敏であり、多数で攻撃されればかなりの苦戦を強いられる。
ココノカも旅をしている間、幾たびか彼等と遭遇し、逃げたことがある。
逃げ切ることができたのは、カーズがいつも少数だったからだろう。
「厄介なことに山岳地帯に入ったカーズ達を束ねているのはコンデ(伯爵)らしいのです」
傭兵達が騒然とする。
カーズは大きさによって呼び名がつけられている。
おおよそ人の三倍の大きさのものをバラオン(男爵)、四倍のものをコンデと呼ぶ。
身体が大きくなると力も比例して強くなる。
「コンデ級かい。なかなか面白そうじゃねぇか。普通の奴らじゃ殺しがいがねぇからな」
ジェラードは楽しそうに言うと、大きなケーキの固まりを頬張った。
彼の言葉に勇気づけられたのか傭兵達は笑い声を上げた。
「コンデだからって別に恐れる必要はねぇよ。銃を撃ちゃ傷つくし、剣で切りゃ血が流れる。血の色は緑だが、急所は人間と同じよ」
「頼もしい限りです、ジェラードさん」
カドルニスは満足そうに頷いた。
そしてココノカ達の方に向き直る。
「ここからはリーフさん達に向けたお話なのですが、今回の商隊には商品だけでなく私の娘と息子も同行いたします。お二人には娘達専属の護衛をして頂きたいのです」
「なるほど、それで腕の立つ女性二人が欲しかったのか」
リーフは腑に落ちたように言った。
カドルニスは自分の右に座って黙々とケーキを食べているグラナダの肩に手をかける。
「さあ、グラナダ。リーフさん達にご挨拶しなさい」
グラナダは父親が促したにも関わらずケーキを食べ続けている。
彼女は肖像画に描かれた赤ん坊を抱く母親らしき女性とそっくりだった。
「グラナダ、さあ、挨拶するんだ。命をお預けする方達だぞ」
「私、傭兵なんかに頭を下げる気はありません。命の遣り取りをしてお金を稼ぐなんて、神様の意志に反する下劣な行為ですわ」
感情の無い冷たい声だった。
「グラナダっ、考えてものを言いなさい! 無分別にも程があるぞ」
穏和なカドルニスが声を荒げた。
しかしグラナダは父親を下からにらみ返す。
ココノカは彼女の目に憎悪の光を見て取った。
「今回の商隊、なぜお父様が率いられませんの? カナリオがお父様と一緒に旅するのをどれだけ楽しみにしていたかご存じでしょうにっ!」
「――お、王宮から急なお召しがあったからと言っただろ。私だってカナリオのことは案じている。しかし王からのお召しを断る訳にはいかんのだ」
カドルニスは娘の剣幕に怯んだ。
グラナダはナプキンをテーブルに叩き付けて立ち上がる。
「お父様はいつもそう。お仕事、お仕事。私やカナリオがどれだけ悲しい思いをしても構わないのでしょう」
「グラナダ、皆さんの前でこんな騒ぎはやめようじゃないか」
「私は誰に護衛されようと構いません。全てお父様の良いようになさいませ!」
グラナダは早足で食堂を出て行った。
カドルニスは大きく溜息を吐く。
「なかなか気の強い嬢ちゃんだぜ、なぁ」
ジェラードは、にやにやして傭兵達の顔を見回した。
カドルニスが、頭を下げる。
「無礼な物言い申し訳ありません。私の教育不足です。あとでよく言って聞かせますのでご容赦下さい」
「カドルニス殿、息子さんには会えないのか」
リーフが尋ねるとカドルニスは普段通りの微笑みを浮かべた。
「息子のカナリオは二階の自室におります。もし宜しければこれからお引き合わせいたします」
サルディーニャの屋敷は玄関を中心に東翼と西翼に別れている。
ココノカ達が最初に入った部屋と食堂は一階の東翼にあった。
玄関の正面にある豪奢な作りの階段を二階へ上がる。
二階も踊り場を中心に東翼と西翼に別れており、カナリオの部屋は東翼にあった。
カドルニスが部屋のドアをノックすると甲高い少年の声で応答があった。
ドアを開けると白を基調にした明るい内装の部屋が現れる。
午後の日差しが白いレースのカーテンを通して幻想的な陰影を室内落としている。
壁の側に大きなベッドが据えられていて、白に近い金髪をした少年が横たわっていた。
ココノカ達はクリーム色の毛足の立った絨毯を踏みしめながら、ベッドの傍らに向かった。
「お父様、この方達は?」
カナリオは少女のように可憐な表情でココノカ達を見上げた。
碧色の瞳はグラナダと同じだが、ブランケットから出された腕は枯れ枝のように細い。
表情は明るいが頬は痩け、真っ白な皮膚には静脈が透けて見えた。
濃い印象の姉と比べると無色透明の雰囲気を漂わせている。
「エスキーナへの旅中にお前の護衛をしてくださる方達だよ。ココノカさんとリーフさんだ」
カナリオは無邪気に微笑む。
「こんな綺麗なお姉さん達が一緒に来てくれるんだ」
ココノカは余りの愛らしさに頬ずりしたい衝動にかられた。
「この子は長く患っておりまして、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしております。半月前、エスキーナに世界的なメディコ(快癒学者)であるヒルールク殿が来られました。カナリオを診察して頂くに絶好の機会と思いましてね。今回の取引のついでと言ってはなんですが、カナリオを連れて行ってやりたいのです」
メディコとは手術による外科的治療や薬草による内科的治療を施すことで人々を癒す者のことを言う。
「あんたの財力なら、ヒルールクにこの屋敷へ来させることもできるだろうに」
リーフが指摘するとカドルニスは軽く頷いた。
「確かにヒルールク殿だけを護衛して、ここに来てもらうということは可能です。しかし、どちらにしろカーズと戦うことになるでしょう。それならばいっそ見合わせていた商隊の派遣と一緒にカナリオを連れていった方が良いと考えましてね」
「この子の命が危険にさらされても構わないのかい」
リーフの鼻に皺が寄っている。
「だからこそカーズ退治に定評のあるジェラードさん達、氷炎の狼に護衛を御願いしたのです。悪い噂もありますがジェラードさん達の腕は確かです」
「なるほど、グラナダが言ってたことはあながち間違ってないようだね。とんだ馬鹿親父だ」
「――わ、私のどこが悪いと言うのです! これは合理的な結論だと思いますが!」
カドルニスは気色ばみ、リーフに食ってかかった。
ココノカは彼の本性を垣間見た気がした。
「お父様、怒らないで」
カナリオの悲しげな顔を見たカドルニスは我に返った。
「おお、済まなかったね、大声を出して」
リーフはそんなカドルニスに冷ややかな視線を送ると部屋を出て行った。
「――ちょ、ちょっとリーフさん」
ココノカは後を追いかける。
廊下に出るとリーフは壁に寄りかかっていた。
「リーフさん、この仕事断りますか?」
「いいや、むしろあの子を守ってやるさ」
リーフの言い方が向きになった子供のようだったのでココノカは、くすくすと笑った。
「何が可笑しいんだい」
リーフが怪訝な顔をしている。
「リーフさんて良い人ですよね」
「――何を言ってんだい、あんたは」
ココノカはリーフがうろたえた姿を初めて目にした。
商隊の出発は五日後。
それまでの間ココノカ達はカドルニスの屋敷で過ごすことになった。
夜遅く、身体中の傷が激しく痛み、ココノカは高熱を発した。
それから三日間、与えられた自室のベッドから起きられない状態が続く。
四日目の朝、嘘のように痛みが引き熱も下がった。
ムツキ家秘伝の傷薬がここでも役に立った。
リーフは三日間付きっきりでココノカの世話をしてくれた。
普段の彼女の言動からは考えられないほどの甲斐甲斐しさだった。
一度だけジェラードが顔を見せたらしいが、ココノカが熱に浮かされているときだったので、はっきりとは覚えていない。
リーフによればココノカに向かって謝っていたそうだ。
但し軽い調子で。
それでも人の上に立つ者としての一応の誠意はあるらしい。
リーフとカドルニスはあれ以来気まずい雰囲気になっているらしい。
カドルニスはリーフと顔を合わせるの極力避けていて、彼女が側によると逃げていくそうだ。
昼食の粥を食べ終わり、ココノカはベッドの上に正座した。
粥の皿を載せたトレイを片付けながらリーフは怪訝な顔になる。
「私、お風呂入ります! 断固、お風呂入ります!」
ココノカはリーフの顔の前に拳を突きだして決意を表明した。
借りている絹のパジャマが汗に濡れて冷たく感じる。
「左腕の痛みは?」
「大丈夫です、ほら」
まだ軽い痛みはあるが、左腕をぐるぐると回してみせた。
他の傷はほとんど完治している。
「私としては、まだお勧めはできないけど、明日は出発だしなぁ」
リーフは仕方がないという顔した。
「もう一週間ですよ、一週間。十五の乙女が汗と垢にまみれて……。ああ、天よ、神よ、なんという試練なのでしょう!」
「わかった、わかった。但し左腕は濡らさないようにね」
「わーい、やっとこの垢だらけから脱皮できますぅ!」
「じゃあ、風呂の準備をメイド長に頼んでくるよ」
カドルニス家の大浴場は一階西翼にあった。
綺麗に木目の浮き出た木製の扉を開く。
暖かい湿気が肌に触れる。
微かに硫黄の匂いがした。
扉の先は脱衣所だった。
入口でスリッパを脱ぎ裸足になると床に貼られたタイルの滑らかな触感の板が足裏に心地良かった。
衣類を置く棚の前でココノカは気恥ずかしくなる。
リーフが隣で服を脱ぎ始めていたからだ。
「リーフさんも入るんですか?」
「ああ、身体を洗うの手伝ってやるよ」
「でもぉ」
「何だい、あんた。恥ずかしいのかい」
「だって、他人に裸見られるのって子供のとき以来なんですよ」
「ほらほら、つまんないこと言ってないで脱いだ、脱いだ。なんなら脱がせてやろうか」
「いいです! 自分で脱ぎますから!」
「そうかい」
リーフは既に一糸まとわぬ姿になっていた。
抜けるような白い肌、割れた腹筋、小振りだが形の良い乳房、すらりと伸びた手足。
そして輝くような緑の髪。
ココノカは服を脱ぐのを忘れリーフの美しさに見惚れた。
「人間離れしてますよね、その綺麗な身体。うらやましい……」
ココノカは人差し指をくわえる。
「なに言ってんだい。あんたは、ぴちぴちの乙女だろ。さっさと脱ぎな」
リーフは無理矢理ココノカのパジャマをはぎ取った。
「やめて下さいぃぃ!」
全裸にされたココノカは顔を赤らめ、胸と下腹部を手で隠した。
「ほら、良い身体してるじゃないか。肌もすべすべで、胸も私より大きいし」
確かに胸は大きいが他の場所も大きかった。
特にお尻とお腹回り。
しかも手足は短い。
自分の不格好さを思い浮かべ、恥ずかしさが爆発した。
「見ないでくださいぃぃ!」
「隠すことないだろ。堂々としてな。男共が見たら股間を膨らまして飛びついてくるぞ」
リーフは親指を立ててウインクした。
「そのほめ方、嬉しくないですっ!」
ココノカは衣類をたたんで目の前の棚に収めた。
リーフはそれを取り上げ自分の衣類と一緒に棚の一番上に置く。
「なんでそんな所に?」
「ここだと目立たないだろ」
「誰かが盗っていくとか」
「いいや、ちょっとした仕掛けをしておいたんでね。楽しみにしてな」
「仕掛けってなんですか、変なことじゃないですよね」
「大丈夫だって、ほら行くよ」
ココノカはリーフに背を押され浴場に入った。
湯気が立ち込める石造りの大浴場。
広い湯船にはたっぷりの湯が張られている。
まだお昼を過ぎたばかりなので日が高い。
天井近くにある明かり取りの小窓から入る日の光が、湯の表面に落ち、ゆらゆらと揺れている。
ヴカオンの金持ち連中が丘の上に屋敷を建てたのは眺望が良いだけでなく、丘の中腹から温泉が出たことにもあった。
この湯もそこから汲み上げられているらしい。
湯船の手前にある洗い場には湯を汲む木桶と石けんが複数用意されていた。
ココノカは木桶の一つを手に取り、湯を汲んで、左腕にかからないように身体にかけた。
全身の傷からぴりぴりとした痛みが上ってくる。
しかし不快というより心地良かった。
「ほら、ココ、こっち来て座んな。背中洗ってやるよ」
湯気の向こうでリーフが手招きする。
浴場全体に敷き詰められた石の表面はざらついていて足が滑るのを気にせずに済んだ。
渋々近寄るとリーフは大きく股を開いて胡座をかいていた。
何もかも丸見えである。
ココノカは目を反らしながら彼女の前に腰を下ろした。
「リーフさん、全部見えてますけど……」
「そうかい。別に減るもんじゃないからさ。見たけりゃ、いくらでも見ていいんだよ」
「いや、そういことじゃないんですけど」
「ほら、良い石けん使ってるよ。匂いかいでみな」
リーフの手にある軟らかくない石けんから、ほのかに花の香りがした。
「本当だ。こんな上等な石けん初めてです」
リーフは石けんを泡立てた。
「よし、じゃいくよ」
「お、お手柔らかに御願いします」
リーフは泡を手に取り、背中を洗い始めた。
肌が赤くなるほど擦られるかと思っていたが、ふんわりとした優しい感触だった。
「背中にまで傷があるね」
「はい、でも勝利の証ですよ」
「ココ……」
リーフの声が真剣味を帯びる。
ココノカは身を固くする。
彼女の声の調子はこれから話す内容があまり心地良いものでないことを意味していた。
「なんでしょうか……」
「あんたは仕合で確かに根性みせた。良くやった。だけどあんたの勝ちは、あの隊長が手加減したからだってわかってるね」
ココノカの気持ちは急速に萎んでいく。
「はい……」
「今のままじゃ、駄目だ。たとえあんたがエキサーゴノだとしても、ストカズモスに時間が掛かりすぎる。敵は待ってくれやしないからね」
「敵ですか……」
「ああ、そうだよ」
「でも……、ブルシャリアは戦いにだけ生かされるものじゃないですよね。私の力は乾燥した大地に雨を降らすこともできますし、寒冷な地域に暖かい空気を運ぶこともできます。そんな風にやっていくことはできないでしょうか」
「もちろんそれで良いさ。いや、ブルシャリアの本来の姿はそういうもんだと思う。でもね、あんたがこれから何をやるにせよ、死んじまったらお終いなんだよ」
真剣なリーフの声に別の感情が交じった気がした。
時折彼女から感じる、あの悲しみだった。
「夢も未来も生きてればこそなんだよ。死んじまったら何にもならない。この世界は残念だけど常に死と隣り合わせだ。あんたには長生きして欲しいんだよ……」
しばらくの沈黙。
背中を洗う手が止まる。
リーフの人生に何があったのかは知らないが、きっとたくさんの死を目にしてきたに違いない。
ココノカは後ろを振り向いた。
リーフは眉間に皺をよせ、目を閉じている。
「リーフさん……」
リーフは目を開き、自嘲ぎみに笑った。
「嫌なことを思いだしちまったよ」
「誰か大切な人を亡くされたんですか?」
「大切な人か……。そうだねぇ。今思えば確かに大切な奴だったと思えるよ。亡くして初めて、それに気付いたっていう締まらない話さ。ほら前向きな、終わらせちゃうから」
ココノカは前を向き、リーフの手に背中を預けた。
「リーフさん、私思うんです。いつかきっと人と人とが争わなくていい世界が来るって。今は駄目でも、ずっとずっと未来に。だから……」
「しっ、黙って」
リーフが囁いた。
脱衣所に誰かが入ってきた。
「どうやら仕掛けは上手くいったみたいだ」
「一体誰なんです」
浴場に人影が現れる。
彼女はココノカ達の姿を見つけ、ぎょっとした。
「グラナダさん!」
ココノカも驚いて声を上げた。
「あ、あなた方が入浴しているなど聞いておりませんわ」
グラナダは先程のココノカのように胸と下腹部を素早く隠した。
ほんのりと桃色に染まった肌に金髪がアクセサリーのように輝く。
締まったウエストと長い手足。
大きな乳房。
ココノカはグラナダのくびれを見て、自分の腹の肉を摘んだ。
痩せなければならんと心に誓った。
「私がメイド長に頼んで、黙っててもらったんだよ」
リーフは悪戯っぽく微笑んだ。
「わ、私、失礼しますわ」
グラナダは身を翻し、脱衣所に戻ろうとした。
「待ちな、あんたに大事な話があるんだよ」
リーフが呼び止める。
「――大事な話? 何のことですの」
グラナダはゆっくりと振り返る。
いぶかっているのがありありととわかった。
「その前に、せっかくの風呂なんだから入ろうじゃないか」
天井から水滴が落ち、時折わびしい音を立てる。
湯船の中央には全裸の女神像が立っていて、彼女の担ぐ水瓶から熱い湯が静かに落ち続けている。
ココノカは広い湯船にゆっくりと身を浸した。
熱めのお湯が傷にしみる。
リーフは湯船の縁に両腕を広げて置き、背をもたれている。
グラナダはココノカ達から離れた場所に入り、背中を向けている。
「大事なお話って何ですの。さっさと済ませてください。私、カナリオの荷造りをしなければなりませんの」
「あんたの心積もりを聞いておきたいんだよ」
リーフは天井を眺めている。
「私の心積もり……」
「あんたが傭兵を嫌いなのはわかった。だけど私達はあんたを守るのが仕事だ。どれほどあんたが傭兵を嫌いでも旅の間は私達に従ってもらわなきゃ困るんだ」
「そんなことわかってますわ。ご命令には従いましてよ」
リーフはお湯を手にすくうとグラナダの頭に浴びせかけた。
「――な、なにを」
グラナダが怒って振り返る。
しかしリーフは人の心を切るような瞳でにらみ返した。
グラナダの表情が怒りから怯えに変わった。
「護衛ってやつはね、守る者と守られる者との連携が大事なんだよ。両者の意識にズレがあるときは、最悪の事態になることもあるんだ。あんたにはその覚悟が見えないんだよ」
「最悪の事態……」
「あんたの弟は素直だから大丈夫だろ。いざとなったら私が担いででも助けてやる。でもあんたは違う。傭兵に対するわだかまりから私の予想を外れた行動を取りかねない。もしあんたのせいでココノカに何かあったら、私はあんたのことを絶対許さないよ。それを肝に銘じておきな」
グラナダはリーフの鬼気に打たれて縮こまった。
「まぁまぁ、リーフさん、そんなに追い詰めなくても。グラナダさんだってちゃんとわかってますって、ねぇ」
ココノカはグラナダに優しく笑いかけた。
グラナダは一瞬にココノカに見惚れた後、顔を背けた。
彼女の頬がほんのり赤くなっている。
グラナダは心底を吐露するように言葉を継いだ。
「わ、私は、お金で命の遣り取りをするそんな感覚が理解できないんです。殺される人にだって親兄弟がいるはずですわ。その人達の悲しみを思うと、どうしても許せない気持ちが湧いてくるんです」
「あんたの言うことは正しいけどね。今のあんたの贅沢な生活はそういう人間達の命の上に成り立ってるんだよ。もしそれが嫌なら、ここを出て一人で生きてみることだ。あんたみたいなお嬢様は三日と生きられないだろうさ」
グラナダの顔が真っ赤になった。
「私は、私は、教会で、司祭様に……言われて……」
「こんな世間知らずの石頭に神を説くのは大変だろうよ。司祭も可哀想に」
グラナダは、堰を切ったように泣き始めた。
「ふん、ガキが」
リーフはあくまでも冷たい。
ココノカはグラナダの背中をさすって慰めた。
「グラナダさん、リーフさんはあなたを心配して厳しいことを言ってるんです。旅の間だけでも私達の言うことを素直に聞いてくれませんか。そうすればリーフさんも、ちゃんと助けてくれますから」
グラナダはココノカの胸にすがりつく。
彼女は泣き止むことなく、しゃくり上げ続けた。
リーフを見ると、してやったりという顔でにやけている。
どうやら全て計算ずくだったようだ。
ココノカはリーフに、へこまされたグラナダが可哀想になり、やんわりと抱きしめた。
夕食は四日ぶりにカドルニス家のフルコース料理を堪能した。
寝込んでいる間、お粥に甘んじたうっ積がココノカの食欲を増進させる。
痩せる誓いは明日からと自分に言い聞かせた。
しかし食べ過ぎて腹が膨れると再び後悔の念が湧き上がる。
腹ごなしに裏庭に出て軽く身体を動かした。
月の蒼い輝きが庭全体をぼんやりと照らしている。
くびれがココノカの下を訪れるのは、いつの日だろうか。
精進あるのみ。
でも美味しいものは外せない。
唇を噛みしめ夜空を見上げた。
満天に散らばる星々に祈りを捧げる。
「どれだけ食べても太らないようにするブルシャリアをください……」
もちろん、そんな力は存在しない。
裏庭の奥にある木立の方から物音が聞えた。
何かが風を切る音。
恐る恐る近づくと剣の素振りをする人影があった。
「――誰だっ!」
人影が剣先をココノカに向けた。
プラチナブロンドの髪が月光に照らされる。
「ヴュルフェルさんでしたか」
ヴュルフェルはエルガレイオンの切っ先を下ろした。
「あんたか……。身体の方はもう良いのか」
「はい、お陰様で」
「そうか」
「ヴュルフェルさんこそ額の傷は大丈夫なんですか」
「あんなもの傷のうちに入らねぇさ」
ヴュルフェルはそう言うと素振りを再開した。
踊るように身体を動かしながらエルガレイオンを縦横無尽に振るヴュルフェル。
剣の刃が木の影に出たり入ったりを繰り返し、影から出るたび青銀色の光が煌めいた。
「熱心ですね」
ココノカは漫ろに話しかけた。
ヴュルフェルは無視して剣を振う。
ココノカはリーフと戦ったヴュルフェルを同志のように感じていた。
二人ともリーフという壁を前に、もがく未熟者である。
「ヴュルフェルさんは強くなりたいんですか?」
ヴュルフェルは答えない。
しかしココノカは独り言のように続ける。
「剣を使うことは相手を傷つけることですよね。それがわかっていても、やっぱり剣の練習をするんですか」
ヴュルフェルは素振りの手を止め、鋭い眼光をココノカに向ける。
「何が言いたい」
「私、強くなるためにブルシャリアをもっと鍛錬しろってリーフさんに言われました。でもそれって相手を傷つけることが目的ですよね。だからちょっと躊躇があるんです。ブルシャリアには人の生活を豊かにする力もある。本当はそっちの方に力を入れるべきじゃないかって」
天空に輝く月に黒い雲の帯がかかっていく。
しかし上空の風が強いらしく、すぐに霧散していった。
「でも、旅をしてると簡単に人が死んでいくのを目にします。そんなのを見るとやっぱり死にたくないって思います。だから言われた通り強くなるべきなのかなとも考えちゃいます。ヴュルフェルさんは剣を使う意味について疑問を持ったりはしないんですか」
ここぞとばかりに内心の疑問をヴュルフェルにぶつけた。
ヴュルフェルが何と答えるのか、どうしても知りたかった。
「ふん、余裕だな。まぁエキサーゴノの力さえあれば食いっぱぐれはしねぇからな。だが俺みたいな貧乏人が家族を食わせていくには余裕などありゃしねぇ。自分にできることを精一杯やるしかねぇんだ」
ヴュルフェルは左腕にエルガレイオンの刃をあてがう。
刃には美しい波模様が浮き出ていた。
彼は顔を剣に近づけ、目を細める。
「たまたま俺の家には先祖が残したエルガレイオンがあった。こいつを売れば一時しのぎの金は手に入ったんだが、先祖の借金返済と小さな妹達を嫁に出すまでの生活費には足りなかった。だからこいつを使って金を稼ぐ道を選んだんだ」
「他の仕事は無かったんですか」
「村にあるのは痩せた土地だけだ。耕しても耕しても土は固く、大した作物は作れやしねぇ。増えるのは借金ばかりさ。俺には商人の才能も、ブルシャの才能も無かった。残っていたのは、このフレッシャだけだ」
ヴュルフェルは手にしたフレッシャの切っ先を月に向けた。
月の光を受けた刃は妖しく輝く。
「結果的に相手を殺してしまっても平気なんですか」
「そうだ……。だがちゃんと覚悟もしている。人を殺とうとするなら、自分が殺されるのも認めるってことだ。それは掟でもある。剣てやつはそういう掟に則った武器なのさ。自分は安全なところにいて相手の命だけ奪うようなブルシャとは根本的に違うんだ」
「それって私のことですか」
ココノカは気色ばんだ。
「誰もあんただとは言ってねぇさ。ブルシャ全般に言えることだろ。前線には立たず後方から絶大な力を振って敵を殺す。それが国に登用されたブルシャの戦術なのは誰でも知ってる」
「だから私は嫌なんです。国に登用されることは戦争の為の武器になるってことですから」
「あんたは変わり者だな。誰だって権力と金を手に入れるため、国のお抱えになるもんだが」
「私は人を殺すより、人を助けるブルシャに成りたいんです」
「だが結局は同じことにならねぇか? もし誰かがあんたの親しい人を傷つけようとしたとき、あんたはどうする。黙って見ているのか? 違うだろ。そいつを排除しようとするだろ。その時そいつを殺してしまったら」
「――そ、それは話が違うと思います」
「いいや、違わねぇな。人を殺すことに違いねぇ。正義のためだとか、人助けのためだとか言ったって人殺しなんだ」
「私は……、そんなこと……」
「いいか、この世界はそういう場所なんだ。俺達は共食いをする蜘蛛と同じさ。誰かを犠牲にしなきゃ生きていけねぇんだよ。だが俺は簡単に犠牲にはならねぇ。家族の為に、自分の為に、他の誰かを犠牲にしてやるさ。だから強くなる。強くなるだけ俺の傭兵としての値段も上がるし、犠牲になる可能性も低くなるからな」
ヴュルフェルの青い瞳は冷酷だけれど悲愴な決意を宿していた。
生き残る為の覚悟。
彼は身をもってそれを体現している。
殺すも殺されるも良しとして受け入れて、その中で精一杯の努力をして金を稼いでいるのだ。
間違っていることはわかっている、しかしココノカは彼の覚悟を否定できるほどの自信を持っていなかった。
「ヴュルフェルさんは立派です。私なんかよりずっと……」
ココノカは自分の足下を見る。
今、自分が立っているこの世界。
カドルニスのように商売のついでに家族と接するものもいれば、ヴュルフェルのように家族のために命を掛けるものいる。
様々な価値観が交錯し何が正しいのかわからなくなる。
自分は何をもって世界と向き合うべきなのか。
ココノカにはまだ答えが出せなかった。
黙り込んだココノカをからかうようにヴュルフェルは言う。
「そういやぁジェラードとの戦い、面白かったよ。ストカズモスの間、あんな馬鹿正直に敵の攻撃を受けるブルシャを初めて見た。ブルシャはストカズモスの間、自分の身を守る工夫をしていると思ってたからな」
「どうせ私は弱いですから」
ココノカは、ふて腐れた顔で言い返す。
「だが、その馬鹿正直なところが、あんたなんだろ。俺は嫌いじゃねぇぜ」
ヴュルフェルは小さく笑った。
同じ年頃の男子の綺麗な笑顔だった。
憎まれ口を叩かれたのにココノカの頬は赤くなった。
「あんたといると口が軽くなるな。人とこんなに喋ったのは久しぶりだ」
ココノカは悟られぬようにヴュルフェルの横顔を見つめた。
先程とは別人のように無邪気な少年がそこにいる。
なんだか可愛らしくて、憎めない気がした。
ヴュルフェルは視線に気付いてココノカの方に顔を向ける。
目と目があった途端、ココノカの鼓動が速くなった。
内心の動揺を悟られぬように、また月を見上げた。
「ま、まあ、とにかくですね。ストカズモスの間、自分の身を守れるくらいにはならなきゃいけないですよね。リーフさんの足手まといになりたくありませんし。とりあえず今はそういう方向で強くなる努力をしてみます」
「ところで、あんたに聞きたいことがあるんだが……」
ヴュルフェルが口調を改めた。
「リーフって一体何者なんだ。もしかして本物のアンボスなのか?」
ココノカは、さもありなんという顔をした。
「ですよねぇ。私も最近本物かもしれないと思い始めました。リーフさん、アンボスって言われるのは嫌いですけど、私の知る限り自分はアンボスじゃないって否定したことはないんです」
「でも南北大戦のとき十代だとしても、今なら六十過ぎの婆さんのはずだろ。リーフは見た目俺達と変わらねぇじゃねぇか」
「ええ、だけど口調とか話す内容とかが婆臭いときが多々ありましてね」
「見た目を若返らせるブルシャリアでもあるのか?」
「そんなの聞いたこともありませんよ」
「だから言ったろ、私は婆なんだって」
暗闇から突然リーフが現われた。
ココノカとヴュルフェルは肝を潰し、同時に飛び退さった。
「――お、お前、気配さえなかったぞ! 幽霊かよっ!」
「――リーフさん、もっとこう現れ方とか考えてくださいっ! 心臓が止まっちゃいます!」
ヴュルフェルとココノカはそろってリーフを指さし、非難した。
「おい、おい。婆さんの次は幽霊かい。まぁどっちも遠からずではあるけど……」
黒い中折れ帽からのぞく淡緑色の髪が月光の下、ほのかな光を放つ。
リーフの美しさは見慣れた日常を幻想的なものに変えてしまう。
でもそれは彼女が口を閉じている間だけ。
ひとたび口を開けば美しい幻想は、おばちゃんの井戸端会議へと変わっていく。
「ところで何だい。こんなとこで二人きりで。逢引きかい」
「――なわけねぇだろっ!」
「――そ、そうですよ!」
リーフはにやにやしながらココノカとヴュルフェルを矯めつ眇めつ眺め回した。
「怪しいね、なんだか妙に意気が合ってないか」
「気のせいですよ。私はただヴュルフェルさんに聞いてみたいことがあっただけで」
「まぁ二人とも若いからねぇ、性の暴走があっても不思議じゃないか」
「へ、変なこと言わないでくださいっ!」
突然、ヴュルフェルがリーフの真正面に立った。
ヴュルフェルの方が頭一つ背が高いので、リーフを見下ろすような格好になる。
ヴュルフェルの表情は真剣そのものだった。
「リーフ、俺は今より強くなる。必ずお前に追いついてみせる。その時、もう一度戦ってくれるか?」
淡緑色の瞳が嬉しそう瞬いた。
「あんたは他の奴らとは違うようだね。傭兵なんて奴らは金にならないことは一切やらないか、小狡い手を使って解決しちまうもんだけど」
肩をすくめ、リーフはふっと笑う。
「まさか正面切って愛の告白をされるとは思わなかったよ」
「戦ってくれるか?」
「その前に一つ聞きたい。あんたにとっての強さとは本当に他者を犠牲にするためのものなのか」
「聞いてたのか……」
「もしそうなら、あんたとは二度と戦わない。今すぐここで撃ち殺す」
リーフは右の銃、アフマルを抜くとヴュルフェルに額に突きつけた。
嬉しそうだったリーフの瞳は今や氷のように冷たい光を放っていた。
「――リーフさん! やめて下さい!」
ヴュルフェルはリーフの瞳を真っ向から受け止め、語気強く言い放った。
「でも強さって本来そういうもんだろ。獣を見ればわかる。強いものが弱いものを犠牲にして生きている。人間も所詮は獣。弱肉強食に変わりはねぇはずだ」
それに答えるリーフの声は冷たく重く、聞く者の心をえぐった。
「自分のことを獣と同じだというなら荒野に行き、泥水をすすり、生肉を喰らい、野糞を垂れてろ。言葉を喋らずに鳴き声を上げろ」
「人が求める強さは獣の強さとは違うって言うのか?」
「人間は獣よりも一歩進んだ場所に立っているんだよ」
ヴュルフェルの顔に苦悩の色が浮かんだ。
「お、俺は……、わからねぇ……。考えたことも無かった。俺は間違ってたのか……」
リーフは無言で銃を突きつけたまま動かない。
「仕事だとはいえ、自分の強さを確かめるために俺はもう何人も殺してきた。もし間違ってたなら、その分の報いは受けねぇとな」
ヴュルフェルは目を閉じた。
「撃ち殺したいと思うならやってくれ。逃げやしねぇよ」
静寂が支配し、永遠とも思えるような時間が流れて行った。
ココノカの緊張が最大限に達しようとするときリーフは破顔一笑した。
そしてアフマルをホルスターに戻す。
「自分が間違っていたと思うなら別の強さを探してみることだ」
ココノカは胸を撫で下ろす。
「撃たねぇのか……」
目を開いたヴュルフェルは精気を失い、幽霊のように立ちすくんでいた。
「今あんたは獣から人間になった。人間として強くなったなら、もう一度戦ってやるさ」
そう言うとリーフはココノカの肩を抱いた。
彼女の目には暖かみが戻っている。
「リーフさん……」
「さあココ、明日は出発だ。もう寝るよ」
ココノカはリーフに促されて屋敷へと歩を進めた。
ヴュルフェルが心配になり振り返ると彼は手にしたフレッシャをじっと見つめていた。
月光はどこまでも蒼く世界を照らしている。
ヴュルフェルの姿も月光の中で蒼色に染まっていた。
今日、ヴュルフェルが失ったものはなんだったのか。
その代わりに得たものはなんだったのか。
ココノカには、わからなかった。
リーフの言葉はココノカにとっても重いものであり、他人事には思えなかった。
ただ未熟者達に難問を投げ掛けた当の本人は、どこか楽しげにココノカの横を歩いていた。
早朝、ココノカ達はカドルニスの屋敷を発った。
ヴカオンの下町にあるカドルニス所有の倉庫の周辺には既に傭兵達が集まっていた。
総数五十名余りの傭兵達は例外なく顔付きが剣呑で、いかにも一癖ありそうな輩ばかりだった。
だがそんな傭兵達もリーフの姿を見るとすごすごと逃げていく。
アンボスの噂は既に傭兵全員に広まっているようだ。
中秋の朝の気温は大分下がってきている。
ココノカは、カドルニスが新調してくれたマントの襟を押さえて外気の侵入を防いだ。
ジェラードの鞭で破れた制服も、王都から取り寄せた新品と交換してくれていた。
リーフもマントを着てはいるが、表情を見る限りさほどに寒さを感じていないようだった。
倉庫前に並ぶ馬車達の先頭で、ネズミ顔のパルゴが書類を見ながら、てきぱきと指示を出していた。
それぞれの馬車には体格の良い人足が数人ついて、荷台に次々と荷物を運び入れている。
荷馬車は二十台、皆四輪の二頭立である。
馬達は御者から水や飼葉をあてがわれ、時折鼻をふるわせていた。
馬車列に沿って進むと、途中カドルニスとジェラードが話し込んでいるのに出くわした。
ココノカ達が近づいていくとカドルニスはお決まりの微笑を浮かべ挨拶した。
ジェラードは二人に向かって右手を挙げた。
「昨日は良くお休みになれましたか」
「はい、ありがとうございます」
リーフは何も言わず、あらぬ方を見ている。
無視されたカドルニスは叱られた犬のように情けない顔になった。
ジェラードは何も見ていない風にタバコを咥え、火をつけた。
「娘達は最後尾の馬車におりますので、そちらへ御願いします」
「はい、わかりました」
ココノカは愛想笑い浮かべ、リーフの手を引いて早々と最後尾の方へ向かった。
「リーフさん、いくらなんでも態度が悪すぎますよ」
「いいんだよ。あの馬鹿親父も少しは痛い目を見るべきだ」
「でも一応雇い主ですから」
「私の仕事はあの子達を守ることだ。親父の機嫌を取ることじゃないね」
「まったくもう。そういうとこは子供みたいですよね」
「婆さん、幽霊ときて今度は子供かい。私も忙しいもんだ」
荷馬車の最後尾には大きめの客車を引く箱馬車が停まっていた。
一つ前の荷馬車の側に、眉間にしわを寄せ腕組みしたヴュルフェルが立っている。
「ヴュルフェルさん、お早うございます」
「おう」
挨拶するココノカに仏頂面で答えるヴュルフェル。
彼は、そのままリーフに目をすえる。
「昨日からずっと考えてるんだが。人間として強いってどういうことなんだ」
呆れ顔のリーフ。
「私に聞くんじゃないよ。自分で答えを出しな」
「そうか……」
ヴュルフェルの眉間のしわは一層深くなった。
同僚に呼ばれて歩き出したヴュルフェルは、石につまずき、顔面から倒れ込む。
しばらく地面に伏したまま動かない。
「ヴュルフェルさん……?」
ココノカが声を掛けた途端、ヴュルフェルは勢いよく起き上がる。
呆気にとられているココノカをよそに、ヴュルフェルは何事も無かったかのように歩き去った。
「――怪我は無かったんでしょうか?」
「さあね。身体の怪我よりも、考えすぎて脳みそに怪我しないことを祈るさ」
四輪四頭立ての箱馬車は外面的には暗褐色をした簡素な作りで、装飾の類は全く見られない。
カドルニスの屋敷と比べると同じ人間の所有物とは思えないほど地味だった。
しかし、よくよく観察すると車体は分厚い鉄板で構成され、小窓には鉄板の鎧戸が設けられていた。
これなら銃で撃たれても簡単に貫通することはない。
カドルニスは見た目より防御に金をかけたということだ。
ココノカが箱馬車の扉をノックする。
女性の返事とともに扉が開かれた。
若いメイドが現れ、ココノカ達を確認すると中に招き入れた。
客車内部は赤いフェルトで壁が覆われ、天井は意外に高く、床は板張りである。
前方の壁には後ろ向きの座席が、後方の一番奥には簡易なベッドがあり、壁の四隅には真鍮製のランプが取り付けられていた。
ベッド脇の左右の壁には、向き合うように座席があり、右側にグラナダが座っていた。
簡易ベッドにはブランケットにくるまったカナリオが、すやすやと眠っている。
本を読んでいたグラナダが顔を上げる。
「おはようございます、お二方。まだカナリオは寝ていますのでお静かに願います」
「おはようございます。カナリオ君の具合はどうですか」
ココノカはささやくように尋ねた。
「今日は良いようですわ。このままの状態でいてくれると有難いのですけれど」
グラナダは不安げに微笑み、弟の様子をうかがった。
風呂での一件以来、グラナダはココノカ達に居丈高な態度を見せることはなかった。
「私達もこの馬車に同乗するんですよね」
「ええ、空いている座席をお使い下さい」
リーフはベッドに近づき、カナリオを見下ろした。
「よく寝てるね。まだ冬じゃないが夜の山岳地帯はかなり気温が低くなる。馬車の中は外よりはましだろうが、寒さには気をつけるこった」
「承知していますわ。一応ストーブを用意していますし、薬草の知識を持つメイドのクリーナも同道してくれますので、ある程度のことには対応できると思います」
馬車の隅に畏まっていた先程のメイドが深く頭を下げた。
幼い感じの容貌をしているが、身体は男のようにがっちりしている。
何かの時には頼りになりそうな女性だ。
「そうかい。取りあえず急場はしのげそうだね」
リーフは満足げに頷くとカナリオの髪に軽く触れた。
「弟は最近リーフさんの話を良くしますわ。見舞うたびに旅のお話をしてくださったそうで。随分喜んでいましてよ」
「そいつは良かった」
カナリオを見るリーフの表情は普段の彼女とは全く別人だった。
まるで母親が我が子を慈しんでいるかのようである。
「さてと」
リーフはグラナダと向かい合う座席に腰を下ろす。
「それじゃココ、大まかなことを決めておこうかね。まずは馬車の移動中だけど……」
リーフはココノカとの護衛の分担について話し始めた。
ココノカ達がヴカオンの町に来るために使った緑原の街道は、東西に伸びており、東に向かえば隣国ベゼッホ王国が、西に向かえばリベールラ王国の王都エフェーミラがある。
カドルニスの商隊が今回利用する青杉の街道は、ヴカオンの町を始点として北に向かい、いくつかの王国を経由してテルサフィラ帝国の国境付近まで続いている。
リベールラ王国とテルサフィラ帝国は長く友好関係にあり、商取引も盛んだ。
リベールラの商人達にとっては、エフェーミラから出発してヴカオンまで緑原の街道を通り、ヴカオンから青杉の街道に入ってテルサフィラを目指すのが通有だった。
現在、カーズの出現により青杉の街道の行き来が困難となり、リベールラの商人達がテルサフィラに行くには、北の沿海州を経る迂回路しか残されていない。
だが、この迂回路は非常に遠回りとなるため輸送費用が高くついた。
そのため商人達は取引額の大きいテルサフィラとの交易をやむを得ず保留しているのだとカドルニスは内情を話してくれた。
青杉の街道が不通となって一月余り、カドルニスの上申により、カーズが与えた被害の実情をようやく御前会議の議題に載せることになった。
リベールラ王は事の重大さに鑑み、カーズ討伐を決定する。
しかしカーズ討伐という実入りが少なく持ち出しの多い派兵を進んで引き受けようという貴族はいなかった。
王の提示した褒賞金もあまりに小額で、派兵費用を補完するには不十分だった。
結局リベールラ王国は未だにカーズの侵攻に対し何の解決策も講じていない。
貴族達の怠慢にしびれを切らしたカドルニスが、この難局を打開するために取った手段が、今回の自費による商隊の護衛だった。
傭兵は山岳地帯を越えるまで護衛し、エスキーナで一旦解散する。
そして半月後テルサフィラから戻ってきた商隊とエスキーナで再び合流し、ヴカオンまでの帰路を再び護衛するのだ。
商隊がテルサフィラから戻るまでグラナダとカナリオはエスキーナに滞在する。
ココノカ達は滞在中もカナリオ達の護衛を続け、一月後に商隊と共にヴカオンに帰る予定である。
五日間の旅程における護衛の分担が決定し、ココノカ達は出発までの間、馬車の中で、まったりとした時間を過ごしていた。
リーフは窓から外を眺め、グラナダは先程まで読んでいた本を開いて読み耽っている。
カナリオはずっと眠ったままだ。
ココノカは雑嚢の中から古びたノートを取り出し、カナリオの体力を向上させる薬草の記述がないかページを繰った。
馬車の扉をノックする音がした。
クリーナが扉を開けるとカドルニスだった。
彼は怖ず怖ずとした態度で馬車の中に入って来た。
リーフはカドルニスを一瞬ぎろりと見た後、すぐに窓の外に視線を戻した。
「グラナダ、そろそろ出発だ。一ヶ月のお別れだが元気でいておくれ。カナリオのことを頼んだよ」
「言われずとも承知しておりますわ。お父様こそ私達のことをお忘れになりませんように」
グラナダの横柄な態度が戻ってきた。
彼女は読んでいた本から目を離さず、父親の顔を一度も見てはいない。
娘の無情な態度にカドルニスの表情は、さらに不憫なものになっていく。
お得意の取って付けた微笑は今や見る影もなかった。
「わ、私は決してお前達のことを邪険にしているわけでは……」
「わかっておりますわ。それよりお父様は大切な王様のところへ向かう準備をなさいませ。カナリオのことは私が責任を持って世話いたしますから」
カドルニスはしばらくの間、寝入っているカナリオを見つめていた。
そしてココノカに顔を向けると、なけなしの笑顔を作った。
「ではココノカさん、リーフさん、後はよろしく御願いします」
「はい、お任せください」
ココノカはカドルニスを元気づけるように笑顔で返答した。
カドルニスは鷹揚に頷き、とぼとぼと馬車から出て行った。
ココノカはリーフとグラナダをたしなめる。
「やっぱり、やり過ぎな感じがしますけど」
「そうかい。でもココ、あの親父が得た心労とカナリオが旅することで得る疲労と、どちらが重いと思う?」
リーフは態度を改めない。
「――それは」
ココノカはリーフの指摘に反論できなかった。
後味の悪い沈黙が室内を支配する。
出発を促す警笛の音が聞えた。
「じゃ、じゃあ私、表の見張りに行きますんで」
ココノカは逃げるように馬車から外へ出た。
腹の虫が大きな音を立てた。
前を歩くリーフが振り向いて小馬鹿にした笑みを浮かべる。
リーフの方が背が高いので見下ろされた感じがあり、余計に腹が立った。
「リーフさん、そんな風に笑うのやめてください」
「あんたの身体は正直だ。頭の方は頑固だけどさ」
もう三日まともな物を食べていなかった。
狩りをしてなんとか飢えをしのいでいるありさまだ。
次の町で是が非でも仕事を見つけなければならない。
リーフの方はといえばココノカと同じ境遇であるにも関わらず、普段と全く変わらない。
旅慣れているのか、小食なのか。
ココノカは空腹に苦しむ自分の姿が馬鹿らしく思えた。
二人は緑原の街道と呼ばれる田舎道を歩いている。
緑原の街道は緑原諸王国と呼ばれる国々を横断していた。
今は街道西端、ベゼッホ王国とリベールラ公国の国境辺りだった。
季節は秋。
朝の風は心地よく吹き、一面の草原を右へ左へと駆け回る。
朝露を含んだ草の匂いがなんとなく郷愁を誘う。
このまま西へ向かえば、目的地であるヴカオンの町である。
リベールラ公国の東端の町で、規模が大きく人口も多い。
何事もなければもうすぐ到着するはずだ。
久々の大きな町である。
きっと良い男もたくさんいるに違いない。
ココノカは雑嚢の中から手鏡を取り出し、身だしなみを確認した。
短く切揃えられた自慢の黒髪は埃まみれで油分が無くパサパサだった。
だが仕方ない。
絹のような白い肌には所々泥がこびり付いている。
これも仕方がないだろう。
黒真珠のような美しい瞳の下は寝不足のため黒ずんでいる。
今は妥協するしかない。
桃色のふっくらとした唇の周りには昨日食べた野鳥の肉汁が光っている。
さすがに心がささくれ立った。
たいした物を食べていないのに下腹が摘める。
身体がマントで隠されていることに安心している始末だ。
まだ十五だと言うのに、乙女の花盛りだというのにこのていたらく。
もう限界だった。
「ああ、なんて、なんて、この世は不公平なのかしらぁぁぁぁ!」
天に向かって咆吼した。
「そもそも公平なんてものがこの世界にあるのかい。私は見たことがないけどねぇ」
リーフが振り向きもせず言った。
つばの広い黒の中折れ帽の下に光沢のある淡緑色の髪。
髪と同じ色の瞳。
引き締まった形の良い唇。
少し青みがかった白色の肌。
薄汚れたマントの下のしなやかな肢体。
旅やつれた姿をさらしていてもリーフの美貌と均整のとれた姿態は損なわれていない。
ココノカは新たな不公平を発見し、リーフの背中に向けて歯を剥き出した。
年齢も家名も出身地もわからぬまま、このリーフという少女と旅を始めて半年が経とうとしていた。
年は少しリーフの方が上だろう。
しかし少し上という言葉が信じられないほど人間の厚みを感じる時があった。
気品ある身のこなしから貴族の出のようにも思えるが、時折吐き捨てられる下ネタや罵詈雑言を聞くと疑わしくもなる。
更に出身地となれば全くわからない。
普通、髪や目の色、しゃべり方からおおよその出身地が推測できるのだがリーフには通用しない。
言葉に訛りはないし、艶やかな淡緑色の髪など初めて見るものだった。
「リーフさんは良いですよ。スマートだし、顔は綺麗だし。だからそんな飄々とできるんです。でも私は、鼻も低いし、太ってるし。簡単に割り切れません!」
リーフは鼻で笑う。
「若いねぇ、若い。羨ましいよ、そのいじけ感」
「私とそう変わらない年でしょ、リーフさん。婆臭いです」
「婆臭いんじゃなくて婆なんだよ、私は」
「本当はいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞くなんて失礼だね」
「ねぇ、いくつなんですかぁ」
後ろからリーフのマントを引っ張った。
「ああ、街が見えたよ。やっと一息つける」
「ごまかさないで下さい」
リーフは逃げるように駆けだした。
「もう! 待ってください。私お腹減って走れませんからぁ!」
ココノカは涙目になりながら叫んだ。
灰色の高い防壁に周囲を守られたれたヴカオンの街。
訪問者は壁を見上げ、一時その厳めしさ気圧される。
ただ、中に入るための門は開放されており、非常の時以外は大した検問も行われてはいない。
ココノカ達は数人の衛士が見守る東門から町へ入った。
門をくぐると厳めしい外観とは異なるヴカオンの豊かな姿が現れる。
街並みは灰色の石壁と褐色の屋根で一様に構成され整然としている。
隙間無く石の敷かれた道は広く、馬車がすれ違っても左右にまだ余裕があった。
どの街の道にも付きものの馬糞や生ゴミは殆ど見あたらず、清潔感が漂っている。
街の中心辺りに一際高い尖塔が見える。
屋根の上には目立つように×印が掲げられていた。
教会の印だ。
東門から暫く歩くと一際広い通りが現れた。
おそらくヴカオンの目抜き通りなのだろう。
そこでは朝市が開かれていた。
行き交う人々の顔には活気があふれ、呼び込みの声が威勢良く飛び交っている。
並べられた野菜や魚介類はどれも新鮮で、売り子が自慢げに試食を勧める。
珍しい異国の調度品や装飾品の店では、肌の黒い男が水タバコを美味そうに吸っていた。
リーフはココノカと別れ、メジャッサオの場所を探しにいった。
人々に職業を斡旋するメジャッサオ。
ヴカオンの町に限らず近隣の町の求人も扱っている。
一般的には知人の紹介などで職を得るのだが、そのような信用を持たない者達はメジャッサオに手数料を支払い紹介を受けるのだ。
しかし普通ではない以上、紹介される仕事の種類は荒仕事か汚れ仕事がほとんどである。
ココノカはリーフを待つ間、朝市をぶらついていた。
串焼きの店から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
ココノカは今にも飛びつきそうな目つきで、店先に並べられた串焼きを凝視した。
「さぁ姉さん、見てないで食べてみなよ。美味いぜ。うちの牛肉は軟らかいのが売りなんだ。口の中で溶けるぜ」
売り子の男が愛想良く声を掛けてくる。
「お、おいくらですか?」
ココノカは、よだれを手の甲で拭った。
「一本五十コンシャだが、姉さん可愛いから四十でいいぜ」
ふところをさぐり、硬貨を取り出す。
銅貨が二十枚しかなかった。
しかし全財産である。
「二十コンシャじゃ駄目ですか」
売り子の表情が、急に冷たくなる。
「ちっ、そんなんじゃ売れねぇな。邪魔だからどっかいってくれ」
「そこをなんとかぁ」
「消えろ、ブス」
ココノカの理性の糸が音を立てて切れた。
「てめぇ、今なんつった、ああん? この店ごと吹き飛ばしたろか!」
下あごを突きだして売り子を下からにらみ付けた。
「いい加減にしときな」
リーフが後ろから襟首をつかんで引っ張った。
「だ、だってブスって……」
「本当だからしょうがないだろ」
「――ほ、本当なんだ」
ココノカはうな垂れ、その場にしゃがみ込んだ。
「ほらほら落ち込んでないで行くよ。メジャッサオの場所わかったから」
「どうせ、どうせ、ブスだし、お金無いし」
ココノカは人差し指で地面をなで回す。
「冗談だよ、ココ。あんたはかなり可愛いって」
「いいんです。リーフさんに比べたら私なんて……」
「と、とにかく仕事しよ。金さえ入れば串焼きだって食べ放題だよ」
リーフの顔を見上げたココノカの顔には陰気な縦線がいくつも垂れ下がっていた。
「そうですね。まずはお金ですね。お金さえあれば高い化粧品だって買えますもんね」
ココノカはすっくと立ち上がり、顔の前で拳を握りしめた。
「塗りたくって、塗りたくって、綺麗になってやりますよ。ぐふふふ」
「その意気や良し。さ、行こう」
メジャッサオは町役場の隣にあった。
豪奢なつくりの町役場と比べ、外見は立ち並ぶ民家と相違がない。
剣とツルハシの描かれた看板が掲げられていなければ気付かれることはないだろう。
建物の中はこざっぱりとしていて、受付カウンターと書類に記入するための机と椅子があるばかりだった。
壁際には剣呑な表情をしたごつい男達が数人所在なさげに佇んでいる。
恐らくは仕事にあぶれたのだろう。
全員覇気がなく濁った目をしていた。
だがココノカ達を見ると男達の目の色が変わり、下品な笑い声立てたり、短く口笛を吹く者もいた。
正面のカウンターには三つの窓口があったが、二つには人がいなかった。
唯一開いていた窓口の前に立つ。
受付に座っている男は顔が傷だらけのスキンヘッドで、どこから見ても堅気とは思えなかった。
ココノカは恐る恐る声を掛けた。
「あのぉ、仕事の紹介を御願いしたいんですが」
受付の男は胡散臭そうにココノカとリーフを見つめた。
「女二人じゃ紹介できる仕事は少ないなぁ」
受付の男はそう言いながら嫌らしい笑みを浮かべ、リーフにウインクした。
リーフの鼻に皺が寄る。
災厄の兆候だ。
「まぁ二人とも別嬪だから遊郭ならいくらでも引きがあるぜ。ヴカオンで一番繁盛してる遊郭を紹介しようか? 他にもたくさんあるぜ」
男はカウンターの上に書類を並べた。
全てが遊郭の求人だった。
ココノカは両掌で思い切りカウンター叩く。
「私たちそんなんじゃありません! 別嬪ではありますけど……。他の仕事御願いします」
男はあからさまに蔑んだ目でココノカを見た。
「そう言われてもなぁ。生っちょろい女にできる仕事なんてそうそうないぜ」
「生っちょろいって、酷いなぁ」
「女は仕事なんかしねぇで、家で飯でも作ってた方が身のためだぜ。戦いになれば、どうせ使い物にはならねぇんだ。早々に男でも捕まえて子供でも産むんだな」
男はココノカ達に背を向けた。
拒絶の意志がありありと見える。
「おい」
リーフの声にドスが効いている。
かなりやばい空気が辺りに漂い始める。
受付の男は振り返るが、表情に不快感が溢れていた。
「女を馬鹿にするなよ。このチ○ポ○頭」
受付の男は目を丸くした。
リーフの口から出た言葉だと信じられないのだ。
ココノカは頭を抱える。
佳麗な美女が下品な悪態を吐く。
一部の特異な愛好者にしか喜んでもらえないだろう。
「チ○ポ○頭が傷だらけなのは、雌犬にでも舐めさせたからかかい。その顔じゃ人間の女には舐めてもらえなかろうから仕方がないか」
リーフは無表情のまま悪態を吐くので、言われた方は大抵縮み上がる。
だが事態を理解し始めた男の顔はどんどん赤くなり、目は吊り上がっていく。
ココノカは何事も無いことを心で祈った。
「このアマ、ちょっと面が良いからって調子に乗るんじゃねぇよ!」
受付の男は立ち上がろうとした。
しかし中腰になった瞬間、リーフの銃が男の下あごに突きつけられていた。
相手が反応のできない素早さでリーフは銃を抜けるのだ。
「別に調子になど乗ってない。これが普通だ。調子に乗っていたら、お前の頭にションベンの出る穴を開けてるさ」
受付の男は中腰のまま両手を挙げた。
リーフが男につきつけているのは右手の銃、銘をアフマルという。
本体が赤褐色に仕上げられている銃身の長い五連装のリボルバー銃である。
「ま、待ってくれ。悪かった。な、銃を下ろしてくれ」
銃声がメジャッサオに響き渡る。
受付の男は短い悲鳴を上げて、どさりと腰を落とした。
「首をつっこむんじゃないよ。黙って見てるだけにしときな」
リーフは受付の男に顔を向けたまま言った。
壁の近くに立っていた口ひげ男が、顔を引きつらせている。
男は右手を腰に提げた銃のグリップに乗せたまま固まっていた。
男の頭のすぐ横には、今空いたばかりの弾痕があった。
静まりかえった室内に口ひげ男のつばを呑みこむ音が響く。
突然の出来事にその場にいた全ての男達が凍り付いていた。
リーフのマントの中からもう一丁の銃が顔を覗かせている。
口ひげ男を撃ったのは左手の銃、銘をウルジュワーンという。
やはり銃身の長い五連装リボルバーで本体は黒に近い紫色である。
リーフは正面を向いたまま動いていない。
口ひげ男を一瞥すらすることなく銃を撃ったのだった。
「あ、あんた、もしかして、ア、 アンボス(両撃) かい」
受付の男の顔色は蒼白となり唇が震えている。
この半年、どの国のどの街へ行っても、その噂はついて回った。
――アンボス。
両の手に握る二丁の銃だけで一国の軍の中に突っ込み、その半数を葬り去った。
死者は数千人に上ったと言われる。
そのため人々は今もアンボスを神のごとく畏れ、賞賛していた。
また、アンボスは女性であり緑色の髪をしていると噂は伝えていた。
まさにリーフは、その人のように思える。
しかしココノカは信じてはいない。
噂の出所を図書館などで詳しく調べると、事実ではあるが、五十年も前に起きた出来事だった。
リーフはどう見ても二十歳前の少女で六十歳以上のお婆さんには見えない。
アンボスの噂はそういう時間の流れを超えたお伽噺なのだ。
「つまらない仇名で呼ぶんじゃないよ」
アンボスと呼ばれることは決して悪口ではない、むしろ賞賛と言っていい。
だが、リーフはアンボスと呼ばれることを嫌っている。
彼女がアンボスではない一つの証明だろう。
それでも、彼女の外見と銃の腕が人々の恐怖と好奇の目を呼び寄せる。
面倒くさいらしく、リーフは噂を一々否定しない。
そう思いたい者には思わせておく、それで良いのだそうだ。
受付の男は素早く立ち上がると深々と頭を下げた。
「お、お見それしました、姉御! 知らぬ事とはいえとんだ御無礼を」
「わかってるなら直せよ」
二丁の拳銃はマントの中に戻って行った。
ココノカは胸を撫で下ろした。
死体の一つや二つは覚悟していたが、今日は機嫌が良いらしい。
「それで?」
リーフの唐突な問いかけに受付の男はきょとんとした。
「いつになったら仕事を紹介してくれるんだい」
メジャッサオで紹介された仕事は、町一番の商人で大富豪のカドルニス・サルディーニャの商隊を、隣国であるエスキーナまで護衛するというものだった。
しかも戦闘経験のある女性を求めていて、報酬はかなり高額である。
「ぐふふふ、やりましたね、リーフさん。今回かなり儲けられそうですよ」
サルディーニャの屋敷への道すがらココノカは、ほくそ笑んだ。
並んで歩くリーフは右手の人差し指と中指で帽子のツバを上げ、呆れた顔を見せた。
中指には白銀の煌めきを放つ美しい指輪がはめられている。
「金が良いってことは、それだけ危険だってことだよ」
「ま、そこは私とリーフさんですから何とかなりますって」
「今までの奴らは弱かったからね。次も勝てるとは限らない。ココ、あんたは気をつけな。若い命、簡単に散らすんじゃないよ」
「またそんなこと言う。リーフさんだって同じですよ」
「私はのことはいいんだよ。私のことは……」
そう言ったリーフは、顔を曇らせると黙り込んだ。
ココノカは怪訝に思いながらも、言葉の真意を尋ねることはしなかった。
彼女が自分のことをおざなりにするのは、いつものことだからだ。
道は徐々に上り坂になり、街の西側にある丘へと続いていく。
丘の上には豪奢な屋敷が建ち並んでいて、下にある街並みと違い、壮麗な景観を作り出していた。
ココノカ達はその中でも一番高所にある屋敷へと向かう。
サルディーニャの屋敷は街一番の富豪の所有だけあって、他の屋敷とは一線を画すほどの大きさと優美さを誇っていた。
二人は屋敷の門の前に立ち、白亜の宮城とも言える屋敷を見上げる。
門の両脇に門番が二人立っていた。
門番の一人がココノカ達を見とがめて近づいて来る。
「何の用だ」
商人の屋敷とは思えない尊大な態度である。
ココノカはリーフの鼻に皺が寄るのを見逃さなかった。
リーフの苛立ちを押さえようとできるだけソフトに用件を告げた。
門番は絡むような視線でココノカ達を吟味するとメジャッサオの書類と紹介状を受け取り、屋敷へと入っていった。
「リーフさん、押さえてください。なにせ、お金がかかってるんですから」
ココノカは小声で釘を刺した。
残った門番が二人をにらんでいる。
「わかってるって、そこまで短気じゃないさ」
リーフは口角を上げて笑って見せた。
だが目は笑っていない。
ココノカは溜息を吐く。
こんな遣り取りを何度したことだろう。
リーフの逆鱗に触れる事態が起きなければ良いが。
戻ってきた門番は横柄な態度を崩すことなく、自分に付いてくるように指示した。
ココノカ達は門番に従い、屋敷へと続く長い小道を歩いた。
たどり着いた屋敷の入口には頑丈そうな鉄製の大きな扉があった。
メイドと思わしき年配の女性が、その前で待っていた。
きしんだ音とともに扉が、ゆっくりと開かれる。
屋敷の中には目もくらむほど絢爛な世界が広がっていた。
壁を飾る艶やかな絵画。
そこかしこに立つ白い神々の像。
優美に活けられた色とりどりの生花。
黄金や宝石で装飾された調度。
天井には趣向を凝らしたシャンデリア。
メイドの後に続くココノカは、高価な装飾に心を奪われた。
「あるところにはあるんですよねぇ。一つぐらい宝石もらっても……」
美しい花台に象嵌された宝石に血走った視線を送る。
「よしなって」
リーフが襟首を引っ張る。
「ああ、天よ、神よ、お金を降らせ給え! 山ほどのお金を!」
ココノカは天に向かって祈る。
「そんなに金が欲しいなら、貴族か国のお抱えになればいいじゃない」
「それは嫌です。戦争の道具になるなんて、私には無理です」
「じゃあ、我慢するしかないね」
「でもやっぱりお金は欲しい。ああ、この板挟み……」
ココノカはマントの端を口に咥えて引っ張った。
「確かに金があるにこしたことはないけど、あり過ぎるのもどうかと思うねぇ」
「そうですかぁ、あればあるほど良いじゃないですか」
「金は力だよ。それも強い力だ。強い力はたくさんのものを引き寄せる。良いものも、悪いものも、同じ様に。そこが問題さ」
時折聞くリーフの枯れた物言い。
横目でリーフの顔を盗み見する。
あどけない少女の顔の奥に年老いた老婆の姿が重なる。
こんなとき、ココノカはリーフが本当は何者なのかを考えさせられる。
長い廊下の突き当たりでメイドは立ち止まる。
そこにあるドアに入るようメイドは促した。
ココノカ達は促されるままに部屋に入る。
通された部屋は広く、大人数でダンスの練習ができそうだった。
調度はほとんどなく、三方は漆喰の壁であり、残りの一面には窓と裏庭への扉がある。
部屋には十人ほどの男女がいて、入って来たココノカ達へ一斉に視線を向けた。
壁際に置かれたテーブルに、贅沢な身なりの恰幅の良い中年男と金髪の美しい娘が座っている。
「ようこそおいでくださいました」
恰幅の良い男が立ち上がり声を掛けてきた。
男はでっぷりとした身体を揺らしながらココノカ達の方に近づいてくる。
髪の毛が綺麗に無い禿頭で、瞳の色が確認できない程に目が細く、口元はいつも微笑んでいるように固定されている。
「私が当主のカドルニスです。こちらは娘のグラナダです」
テーブルについたままのグラナダは、ココノカ達を見下したように一瞥し、すぐに目を逸らした。
窓から差し込む日の光がグラナダの金髪を輝かせる。
それに反して表情は暗い。
一人の人間の中に光と闇の両方を見るようだった。
テーブルの横に五人の男と二人の女が立っていて、ココノカ達を胡散臭そうに眺めていた。
彼等は皆眼光鋭く、胸当てや手甲などを身につけ、腰に剣や銃等を携帯している。
どうやら傭兵のようである。
「書類を拝見しました。まさか伝説のアンボス殿に巡り会えるとは思いもよりませんでしたよ」
カドルニスは、じっとリーフを見つめる。
ココノカにはそれが懐かしい人に再会したような表情に思えた。
カドルニスは我に返ると、再び張り付けたような笑みを浮かべる
そしてココノカに握手を求めた。
「ども、ココノカ・ムツキです」
カドルニスの掌は、ぷっくりとしていて握り心地が良かった。
「ココノカさんは ブルシャ(神智学者)でいらっしゃるんですね」
「はい、まだまだ未熟者ですが」
「ご専攻は何を?」
「基本専攻は アーエール(大気)です」
「上級専攻も習得されておられますね」
「はい、二年前に」
「その若さで上級専攻者とは素晴らしい」
ブルシャとは人の内なる力、つまりブルシャリア(神智)を使う者の名称である。
ピュール(火)、ヒュードル(水)、 ゲー(土)、アーエールの四つを基本元素と呼び、基本専攻者はその一つをあやつり、様々な用途に利用することができた。
勿論、武器としても使える。
しかし誰もがブルシャになれる訳ではない。
先天的な才能の無い者はブルシャになることができない。
また才能があったとしても、それを修練しなければ有効な力を発揮することはできない。
修練を始める前、ブルシャを目指す者は自分と元素との相性を確かめることが必要とされる。
相性が悪ければどれだけ修練しても効果が得られないからだ。
自分に最も適した元素が基本専攻ということになる。
ブルシャの修練を行う機関は、インスチトゥトである。
世界各地にいる生徒達は、自分の国にあるインスチトゥトの支部で修練することになる。
インスチトゥトを卒業したものはブルシャを名乗ることを許され、国や貴族に高額で雇用された。
原則として基本専攻を習得すればインスチトゥトを卒業できる。
しかし才能を見込まれた者は上級専攻に進むことが可能である。
上級専攻では基本専攻の応用を修練する。
ココノカの場合でいえばアーエールの応用、ブロンテー(雷)である。
つまり上級専攻を習得していると言えば、ブロンテーを使うことができるということを意味する。
カドルニスは笑みを崩さずリーフにも手を差し出した。
ただその声は少し震えている。
「そしてアンボス殿」
リーフはイラついた感じで片方の眉を上げた。
「私はリーフ、ただのリーフだ。アンボスと呼ぶのはやめてくれ」
リーフは、おざなりに手を差し出す。
カドルニスは戸惑い気味に言い訳した。
「それは失礼しました。しかし、貴女の身なりはどうみてもアンボスにしか見えないのですが……」
リーフは肩をすくめる。
「とにかくアンボスと呼ばないでくれ」
「承知しました」
カドルニスは思慮深く頷く。
そして傭兵達の方に振り返ると詫びを入れた。
「とういう訳ですから、すみませんが、そちらのサフィラさんとカメリアさんを雇う話は無かったことにして頂きたい。必要なのは女性二人なので」
傭兵達が顔を見合わせる。
サフィラとカメリアという女傭兵は、敵意のこもった目でリーフとココノカをにらみ付けた。
二人とも二十代後半といえる容姿で、垣間見える筋肉は隆々としている。
男の傭兵の一人が腕を左右に広げながら前に進み出た。
「待ってくださいよ、親方。メジャッサオの書類以外、こいつらがアンボスとブルシャだって証拠はどこにも無い。もしかしたら金が欲しいだけの偽物かもしれませんぜ」
赤みがかった金髪。
右目に革製の眼帯。
一目で強者とわかる面構え。
自信に溢れた声音。
歳は三十代くらいか。
右腰には鞭、左腰には拳銃を提げている。
恐らく傭兵の長だろう。
「雇う前に、こいつらの実力を見ておいた方がよくありませんかね」
「なるほど、確かに仰るとおりですな」
カドルニスは再び愛想笑いを浮かべるとココノカ達に告げた。
「こちらの男性方は先日契約した傭兵部隊、氷炎の狼の皆さんで、今助言してくださったのは隊長のジェラードさんです。もしリーフさん達を雇えば彼等と一緒に仕事をして頂くことになります。しかし傭兵の皆さんはリーフさんの身元に疑問を抱いているご様子。お二人との契約には傭兵の皆さんを納得させることを条件とさせて頂いても宜しいでしょうか」
「もっともな話だ。全然構わないよ」
リーフが即決する。
「素晴らしい。話が速くて助かります。ではジェラードさん、実力を見るとは具体的にはどのようにするのです?」
「この二人がサフィラとカメリアと戦って勝てば認めましょう」
サフィラとカメリアが不敵な笑顔を見せた。
自分たちの勝利を確信しているのだ。
ココノカは二人のことを哀れに思った。
普通の相手なら彼女達の勝利は確実かもしれない。
でも相手が悪すぎる。
今回は負けてもらうしかない。
「なるほど、至極合理的ですな。いかがでしょうか、リーフさん、ココノカさん」
「駄目だ」
リーフの駄目出しに全員の目が点になる。
「てめぇ、承諾しておいての拒否とはどういう了見だ」
ジェラードがリーフに食って掛かった。
カドルニスも困惑した表情を浮かべている。
ココノカは肘でリーフを小突いた。
リーフはそんな周囲の冷視にも、どこ吹く風で言葉を継ぐ。
「その小娘どもじゃ弱すぎる。実力を見たいなら、もっと強い奴とやらせな」
全員の目が更に小さな点になった。
自分より明らかに年下の少女から小娘と言われた女傭兵は、激昂して武器に手を掛けた。
ジェラードは右手を上げて女傭兵を制し、呆れ顔で首を振った。
「こんな馬鹿初めてだぜ。サフィラとカメリアは、この道十年の猛者だ。並みの男じゃ相手にならねぇ程なんだぞ。それを弱いだと。じゃあてめぇは誰とやりたいっていうんだ」
リーフはジェラードを指さす。
「あんたと」
ジェラードは息を呑んだ。
「それから一番奥の坊や」
リーフは他の傭兵に隠れるように立っていた青年を指さした。
「あんたらが強いんだろ。特にそこの坊や、この中じゃ一番だ」
ジェラードはあっけに取られていたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
指さされた青年は大きく舌打ちし、リーフに怒りのこもった視線を向けた。
プラチナブロンドの髪と切れ長の目、瞳の色は青く、肌は日に焼けて浅黒い。
撚銀糸にも似た美しいプラチナブロンドの髪は肩までの長さがあった。
人を刺すような目つきに反して容貌には少年のあどけなさを残している。
体躯は細く、他の傭兵と比べると華奢だったが、服の上からでも引き締まった筋肉がうかがえた。
歳はリーフとさほど変わらないように見える。
しかめ面さえしていなければかなりの美形である。
ココノカは密かに手鏡を取り出し身だしなみと整えた。
ジェラードはようやく笑いを収め、からかうように言った。
「さすがアンボスってとこか。一目見ただけでよくわかるもんだよな」
「なんで俺がこんなガキと戦わなきゃならなねぇんだよ」
青年は冷たく言い放つ。
ジェラードはにやにやしながら青年前に立ち、その肩に手を掛けた。
「そう邪険にしなさんなって、ヴュルフェル。別嬪さんからの直々のご氏名だ。有難くお受けしろや」
「でも、ジェラード、ガキ相手に本気出せやしねぇし、かと言って俺不器用だから手加減も出来ねぇぜ。どうすりゃいいんだよ」
「本気を出していいんだよ、坊や」
リーフが口を挟む。
「うるせぇぞ糞女! 黙って聞いてりゃ、坊や、坊やって。てめぇの方がどう見たってガキじゃねぇか!」
ヴュルフェルはリーフを怒鳴りつけた。
今にも殴りかかってきそうな勢いである。
「まあまあ、ヴュルフェル、落ち着けって」
ジェラードはヴュルフェルをなだめにかかった。
ココノカは恐る恐るリーフの顔色をうかがう。
しかしリーフの鼻に皺はなく、驚いたことに口元がほころんでいた。
この事態を面白がっているようだ。
「珍しいですねリーフさん、怒鳴られたのに口元が笑ってますよ」
「ココ、私だって人間だよ。面白いものを見れば笑いもするさ」
「一体何がそんなに面白いんです」
「あんたも気付いてるんだろ。あのジェラードって奴はブルシャだ。多分あの鞭とブルシャリアを連携させた技で攻撃するんだろ」
「なるほど。でも鞭に頼るってことは、あまり上手くブルシャリアを使うことはできないようですね」
「まぁ、あんたに勝るブルシャはそうそういないからね」
「リーフさんにそう言ってもらえると心強いです」
「でも、それより興味を引かれるのはヴュルフェルってやつの腰に提げられた剣だね。あれはエルガレイオンだ」
ココノカは驚いて、ヴュルフェルの腰の剣を盗み見た。
銀で美しく装飾された鞘と柄。
普段見かける剣よりも細身で刀身は幾分長く反りがある。
両刃でなく片刃の片手剣である。
「本当ですか、リーフさん」
「十中八九間違いないだろうね。あの剣からは独特の雰囲気を感じるよ」
エルガレイオンとは太古の存在アフダラが残した遺産である。
アフダラは神の命により人間を作り出したと言われる者達であり、様々な能力を持っていたと伝えられる。
その能力の一つにキーミヤと呼ばれる器具錬成の技があった。
キーミヤにより作られた器具はブルシャの才能の無いものにも異能の力を与えることができた。
それらをエルガレイオンと呼ぶ。
エルガレイオンは非常に希少で滅多にお目にかかれるものではない。
そのため一部の好事家は千金をなげうってでも手に入れようとする。
さらに盗賊の類も宝石や金と同様にエルガレイオンを狙っていた。
つまり持ち主は常に命の危険にさらされているのだ。
「私の恋人達と同じような雰囲気だ。この戦いは面白くなりそうだよ」
リーフが恋人と呼ぶのは人間ではなく、腰に提げた二丁の拳銃のことである。
アフマルとウルジュワーン。
この二挺もエルガレイオンである。
おそらく何万回もの戦いをリーフとともに潜り抜けてきた拳銃。
彼らは今、主人の腰に静かに眠っている。
ココノカの見るところ、リーフは心底では戦いを好んではいないという気がする。
喧嘩早くて、すぐに銃をぶっぱなすが、その後で自分を悔やんでいる節があるからだ。
ただ自分が認めた相手と戦う時だけは、心から楽しんでいるように見受けられた。
不承不承頷いたヴュルフェルの肩をジェラードが勢いよく叩いた。
そしてココノカ達に声を掛けた。
「話はついたぜ、そんじゃご要望通りに俺とヴュルフェルが相手をしてやるよ。銃は模擬弾、剣は模擬刀を使う。打撃系はそのままだ。一対一で戦い、二勝したらお前らを認めてやるよ。勝利条件は相手が負けを認めたとき、戦闘不能になったときだ。但し相手を殺すのは無しだぜ」
ココノカは条件を聞いて真っ青になった。
「伝説のアンボスと上級専攻のブルシャ様なら、そう難しいことでもなかろう。どうですか、親方」
「リーフさんとココノカさんが宜しければ私は構いませんよ」
カドルニスが承諾すると、ジェラードは手を打ち合わせた。
「さて、どうすんだ。この条件でやるか、やらないか」
「相手を指名した我ままを聞いてくれたんだから、こちらとしても条件を受け入れさせてもらうさ」
リーフは一顧だにせず承諾した。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ココノカは二人の間に割ってはいる。
「一対一じゃなくて二対二にしませんか」
「二対二じゃ、個人の能力を確かめられねぇだろ。一対一でやってこその力試しだぜ」
「で、でも、やっぱり人間は一人では生きられない動物と言われているじゃないですか。協力しあってこそ人間社会は成り立っているんですよ。仲間との連携した戦闘形態は人間的協力関係のもっとも端的な見本ではないかと私は考えますが」
「おい、この嬢ちゃん何言ってんだ。さっぱりわからねぇぞ」
ジェラードが顔をしかめてリーフに尋ねる。
リーフはココノカの頬に掌で、そっと触れた。
ココノカは突然のことに一瞬身を固くする。
しかしすぐにリーフの手の優しさに気付いた。
彼女の手のぬくもりが心を安らぎで満たしていく。
「ココ、大丈夫だ。あんたなら一対一でも負けることはないさ」
ココノカは紅潮してリーフを見つめ返す。
「でも、そもそもブルシャの技は白兵戦向きではありません。後方支援でこそ本領を発揮できるんです。一対一の真っ向勝負なんて、私やったことありませんよ……」
「大丈夫、勝てるよ。私が保証する。自信を持ちなって」
「ホントに私もリーフさんみたいにできますか」
「ああ……。これから先、旅を続けるのなら生死の関頭に一人で立たなきゃならない時が必ず来る。だからあんたはもっと強くならきゃならない」
「リーフさん……」
リーフはいつも美しいが、こういう時の彼女は壮絶に綺麗で透き通ったように儚く見える。
神々しさを感じるほど麗しさと虚無的な悲しみが同居する矛盾した表情だった。
「わかりました。やってみます」
リーフは静かに微笑んだ。
「話はついたかい。お二人さん」
ジェラードは気まずい顔で頭を掻いている。
ココノカは強く頷いた。
「で、組み合わせはどうすんだ」
「ココノカとあんた、私とあの坊やだ」
リーフは有無を言わせず決定した。
「よっしゃ、決まりだ。じゃ早速やるか。いいですね、親方」
「ええ、では裏庭で行いましょうか」
カドルニスは裏庭への扉を指し示す。
「その前にカドルニス殿。私に銃を貸してくれないか」
リーフの意外な依頼にカドルニスは首を傾げる。
「ご自分の銃をお持ちではないのですか?」
「私の銃は模擬弾を撃つことができないんだ」
「そうでしたか。特別製なんですね。わかりました。二丁あれば宜しいですか」
「いいや、一丁で結構」
ヴュルフェルが聞きとがめる。
「大した自信だな。俺には二丁も必要ないってことか、アンボスさんよ」
小馬鹿にした物言いだった。
リーフは無感情な視線をヴュルフェルに向ける。
あまりの無機質さにヴュルフェルの顔に恐れの色が浮かんだ。
「な、なんだよ」
「本気でやりなよ、坊や。さもないとあんたのキ○タ○撃ち抜いて模擬弾と差し替えちまうからね」
端麗な顔に似合わない言葉。
ココノカ以外の全員が目を白黒させている。
ココノカは諦めたように首を振り、裏庭へ通じる扉を開いた。
青々と茂る芝草。
右手には神話の一幕を模した彫刻で飾られた噴水。
左手には様々な秋の花が咲き乱れる花壇。
そこで小鳥は軽やかに歌う。
太陽はあくまでも明るく、遠くには青く煙る山々が美しく身を横たえる。
サルディーニャ家の裏庭は佳麗である。
そしてココノカの腹は悲鳴の如く音を立てる。
音があまりに大きくて、ココノカは赤面した。
カルドニスとの面接で緊張していたときには感じなかったのに、ここにきて再び空腹がぶり返したのだ。
空気を一杯吸って腹を膨らませてみるものの効果はなく、立ちくらみまでする始末だ。
人の食欲とは時に無礼である
ココノカの前には屈強な傭兵隊長が腕組みしている。
ジェラードの左目は値踏みするようにココノカに据えられていた。
リーフとカドルニス達は屋敷の前に立ち、こちらを見守っている。
「準備はいいのか、お嬢ちゃん」
「はぁ、はい、いつでも……どうぞ」
あまりに空腹感が強すぎて戦いに対する恐怖感が薄れていた。
ジェラードは右腰の鞭を手に取り、丸めてあった鞭先を地面に落とした。
「じゃあ、旦那。開始の合図を御願いします」
カドルニスは鷹揚に頷いた。
「では始めて下さい」
カドルニスの合図とともにココノカは ストカズモス(攻究)に入った。
ストカズモスとは自分の持つブルシャリアと元素を交流させ、その力を引き出すための行為である。
ブルシャはストカズモスを行っている間、行動が制限され、激しい動きができなくなるのだ。
ココノカは精神を集中し、アーエール(大気)へ働きかけるブルシャリアを内心から導き出す。
彼女の真上には黄金に輝く光の円 、キクロス(学理陣)が現れる。
キクロスとは人の心と元素を繋ぐ窓口のようなものであり、金色はアーエール固有の色だった。
円の直径は大人が両腕を広げた程である。
キクロスは元素との交流を続ける限りブルシャの頭上に存在し続け、ブルシャが動けばキクロスもそれに従って位置を変える。
一方、ジェラードは懐から巻きタバコを取り出し口に咥えるとマッチで火を点けた。
吸込んだ煙を大きく吐き出し、タバコを咥えたままストカズモスに入る。
ジェラードの頭上にも赤い光のキクロスが現れた。
キクロスの輝きが赤ということは ジェラードの基本専攻はピュール(火)である。
タバコはピュールを引き出す為の種火だろう。
ピュールはブルシャリアの中でも最も修得しやすい元素であり、ブルシャの人数も最多である。
ピュールの上級専攻はフォーシュ(光)である。
ピュールは修得が容易なのにくらべて、フォーシュは最難関の元素である。
修得しているブルシャは世界中でも百人に満たないだろう。
ジェラードのキクロスに変化が生じる。
キクロスの円周に内接する赤い光の正方形が現れたのだ。
そして正方形の四つの頂点の上に白色光を発するダーロス(令源)が灯る。
ダーロスとはブルシャリアが結晶したものである。
これを消費することで元素に命令を伝え、元素の力を使うことができた。
「クアドラード……」
ココノカはジェラードが意外に修練を積んだブルシャであることを知り、思わず口に出した。
ブルシャの力はオプシス(相)によって序列がつけられている。
オプシスの位が高いほど強力で複雑なブルシャリアを使うことができる。
オプシスとはキクロスの中に現れる正多角形のことを示している。
キクロスの中に正三角形が現れればトリアングロ。
正方形ならクアドラード。
正五角形ならペンターゴノと呼ばれる。
トリアングロは第二位のオプシス、クアドラードは第三位のオプシス、ペンターゴノは第四位のオプシス、という風な具合である。
初学者には第一位のオプシスであるスルクロという円だけのオプシスしか現れない。
初学者は、そこから自分の持つブルシャリアを高める修練を積んでいく。
するとキクロスは修練に応じて変化していくのだ。
クアドラードは一般のブルシャが到達できる最高のオプシス、ペンターゴノの一つ下であり序列的には第三位だった。
「鞭を使うからってブルシャリアをこなせてないわけじゃないんだぜ」
心を読まれたことでココノカは動揺した。
そのためブルシャリアへの集中がおろそかになり、ストカズモスの時間が更に長引いてしまう。
「子供を虐めるのは趣味じゃないが、こっちからいかせてもらうぞ」
ジェラードはココノカを指さしてピュールに命じた。
「火よ、彼の者を囲め」
ジェラードが命じると正方形の頂点にあったダーロスが一つ消える。
タバコから火が分離し空中に浮かぶ。
朱色の火は玉のように丸まり、激しく回転していた。
回転する火球はすぐさまココノカの側に飛び、芝草を燃え上がらせる。
燃え上がった火はココノカの周りを円形に取り囲み、炎の壁となった。
「逃げ場はないぜ。これで俺の鞭を避けることはできねぇだろうよ。痛い目を見ないうちに負けを認めちまいな」
ジェラードはタバコを美味そうに吸った。
マントを着ているので身体は大丈夫だが、露出している顔の皮膚が炎の熱でちりちりとあぶられる。
しかしココノカにはストカズモスを続ける以外方法はなかった。
「そうかい。どうでも痛い目を見たいってことか。仕方ねぇな。まぁ命までは取らねぇように手加減してやるよ」
ジェラードは右手の鞭を軽く振った。
炎の壁をくぐり、鞭先がココノカの左腕をしたたかに叩く。
激痛がココノカを襲った。
更に右足の太腿、続けて左腰に痛みが走った。
その後も身体の左右から何度も鞭で打たれた。
痛みで身体が震え始める。
着ていたマントは裂け、ボロ雑巾のような姿になった。
脳髄が痺れ、吐き気が襲う。
意識が途切れそうになったとき、炎の隙間からリーフの顔が見えた。
彼女の期待を裏切りたくなかった。
「痛ぇだろ、嬢ちゃん。でもまだまだ軽い方さ。もっと強く振ったらどうなるかな。こいつで叩かれるとどんなに鍛え上げた兵士だって悲鳴を上げるんだぜ」
ジェラードは再びタバコを吸った。
タバコの先に残った白い灰が、はらはらと地面に落ちる。
「どうだ、もうやめにしようぜ。見るに忍びねぇんだよ」
鞭の痛みを精神力で押さえつけて集中し続ける。
するとキクロスの中にようやく変化が訪れる。
キクロスに内接する金色の正三角形が現れたのだ。
「トリアングロかい。上級専攻のブルシャさんが第二位のオプシスじゃあ話にならねぇな。これで終りにさせてもらおうか」
ジェラードが鞭を振り上げた時、再びココノカのキクロスが動き始める。
正三角形が回り始めたのだ。
ジェラードは鞭を振り下ろすことを忘れ、ココノカのキクロスに見入っている。
「おい嘘だろ、お前みたいなガキが……」
傭兵隊長の顔には明らかに怯えた表情が浮かんでいた。
見守るカドルニスや傭兵達からも驚きの声が上がる。
回り始めた正三角形の下にはもう一つの正三角形があり、二つの三角形はある時点で一つの姿を形作る。
それはエキサーゴノと呼ばれる正三角形を二つ重ねた六芒星だった。
金色に輝くエキサーゴノの六つの頂点にダーロスが灯る。
ココノカのストカズモスは今、完了した。
「第五位のエキサーゴノだと、なんでそんな奴が傭兵の真似事してやがる。どこの国だって頭を下げてでも、お前に来てもらいたいだろうに」
「大気よ、炎を吹き消せ」
ココノカが命じると強烈な風が吹き始め、渦を巻く。
次第に渦は勢いを増し炎の壁を捻り潰した。
ブルシャが命じれば元素はそれに答える。
一番単純な命令でも目的語と動詞が組み合わされてできている。
つまり元素にはブルシャの言葉を理解する知恵のようなものがあると言える。
先天的にブルシャの力を持つものでも、エキサーゴノ以上のオプシスに辿り着ける者はまれだった。
そこにはブルシャの才能だけでなく、もう一つの才能が必要されていた。
それは元素に祝福されることである。
元素は受動的にブルシャの命令を聞くだけでなく、能動的にブルシャに力を与えることができた。
元素に祝福されて力を得たものだけが、エキサーゴノ以上のオプシスに至ることができるである。
エキサーゴノとペンターゴノは第五位と第四位で序列的には一つの差しかない。
だが、実力的には数十倍の差がある。
ましてや第三位のクアドラードとなれば、その差は言うまでもない。
エキサーゴノ以上に至ったブルシャは世界で十数人しか知られておらず、各国が喉から手が出るほど欲しい人材だった。
焦ったジェラードはココノカの命を奪うような命令をした。
「火よ、彼の者の焼け」
「大気よ、火を遮れ」
飛んできた火は空気の壁に衝突して消滅する。
ジェラードのダーロスは残り二つとなった。
全てのダーロスを使い果せば、もう一度ストカズモスを行わなければならない。
ストカズモスの間は行動が制限されるため、相手の攻撃をもろに受けてしまう可能性が高い。
「ジェラードさん、さっきの言葉そっくりお返しします。負けを認めてください。私も弱い者虐めは好きじゃありません」
ココノカの左腕は激痛で動かせなくなっていた。
脈打つ度に身体中から痛みが這い上がる。
昔のココノカならとっくに倒れてしまっていただろう。
しかし今は違う。
リーフがココノカに向かって、ゆっくりと頷いた。
自分を信じてくれた人のために、倒れるわけにはいかなかった。
激昂したジェラードは、歯を剥き出して鞭を振り上げた。
間髪を入れずココノカは命じる。
「雷よ、彼の鞭を撃て」
ジェラードが鞭を振り下ろそうとした瞬間、天空から飛来した青い閃光が鞭に落ちた。
弾けるような音ともに鞭はバラバラに飛び散る。
その後しばらくの間、静寂が世界を支配した。
「ブロンテーかよ、こいつは参った……。俺の負けだ」
ジェラードは左右に大きく腕を広げた。
既に赤いキクロスは消失している。
戦う意志がないことの証明だ。
ココノカは勝利した。
安堵感に満たされる中、なんとか保っていた意識が徐々に薄れていく。
目の前が真っ暗になり、その場に倒れ込んだ。
ココノカが目を覚ますとリーフが上から覗き込んでいた。
屋敷の側の木陰。
ボロボロになったマントが下に敷かれている。
中に着ていたインスチトゥトの制服、丈の長い臙脂色の詰め襟の上着とスキニーの黒いパンツ、は所々裂けて皮膚が露出していた。
左腕の傷は特に酷いようで、片袖が脱がされて包帯が巻いてある。
他の傷は血が滲んでいたが、塗り薬で手当がしてあった。
リーフは横で胡座をかき、ココノカの様子を見ている。
「大丈夫か、ココ」
「リーフさん……」
起き上がろうとすると身体中が悲鳴を上げた。
「まだ寝てな」
「リーフさんが手当してくれたんですか」
「ああ、あんたの雑嚢にあった傷薬を塗っといたよ。傷に凄く効くって言ってただろ」
「ありがとうございます」
「気にしなさんな。あんたには解毒してもらった恩があるからね」
リーフは半年前のことを引き合いに出した。
リーフが蠍の猛毒に苦しんでいるのをココノカが解毒したことから、二人は一緒に旅をすることになったのだ。
「私、勝ちましたよね」
「ああ、勝った。あんたの根性見せてもらったよ」
「リーフさんが私を信じてくれたからです」
「これなら私がいなくなっても一人で戦えるな」
思ってもいなかった言葉に全身が硬くなる。
「――な、なんで急にそんなことを」
「人間はいつか一人になる。ただそれだけだ」
母親に見捨てられたような切なさが胸を締め付ける。
我知らず涙が溢れてきた。
「なんで、なんで、今、言うんです? 褒めて欲しかったのに。よくやったって、言って欲しかったのに……」
リーフの姿がまた透き通ったように見えた。
淡緑色の瞳が寂しげに瞬く。
悲しみそのものが人の姿をしている、そんな気がした。
「そうか……。悪かった。あんたは良くやったよ」
リーフはココノカの髪を優しく撫でた。
戦いの恐怖と傷の痛み、そしてリーフの冷たさと温かさが一緒くたになって心を乱した。
リーフの膝にすがりついて泣いた。
心の中のわだかまりを洗い流すように泣き続けた。
遠くで教会の鐘が鳴る。
正午になっていた。
「リーフさん、ココノカさんの具合はいかがです」
カドルニスがリーフの背後に現れた。
「大丈夫だ。さっき意識が戻った」
「ご迷惑をおかけしました」
ココノカは上体を起こし、カドルニスに謝った。
ひとしきり泣いたせいか気持ちがすっきりしている。
「何も謝ることはありませんよ。むしろ貴重なものを見せて頂き、御礼を言いたいくらいです」
カドルニスはリーフの横にぎこちなく腰を下ろす。
彼はココノカに愛想良く微笑むと目を閉じた。
そして何かを思い出すかのようにゆっくりと語り出した。
「私が初めてエキサーゴノのブルシャを見たのは五十年前の南北大戦の時でした。七歳の時です。その方はピュールを専攻されフォーシュも修得されていました。エキサーゴノでフォーシュのブルシャという非常にまれな方です」
「フラース(閃光)のネブリーナのことか」
リーフの指摘にカドルニスは頷く。
フラースのネブリーナは伝説的なブルシャである。
強力なブルシャリアで、数多の敵兵を一瞬で殲滅したと史書に述べられている。
五十年前の南北大戦は北のテルサフィラと南のザータルダッハという二大帝国が周辺諸国を巻き込んで起こした覇権戦争だった。
戦争は五年以上続いた。
ネブリーナはザータルダッハのブルシャであり、彼女の力でテルサフィラは常に苦戦を強いられていた。
しかし最終的にはテルサフィラが勝利することになる。
「彼女のフォーシュの一撃で多くの兵達が蒸発して消えていきました。私はそれを丘の上から見ていましてね、思ったのです。美しいと」
カドルニスはそこで沈黙し、空にある太陽を見上げる。
「不遜なこととは思います。たくさんの命を奪う行為を美しいなどと。でも私はそれを美しいと感じてしまった。あの光の煌めき。青みがかった銀色の閃光。宝石の輝きなど足下にも及ばないものでした。ココノカさんの戦いはそんな記憶を呼び覚ましてくれました」
カドルニスは太陽からココノカに視線を移す。
「立ち入ったことをお聞きしますが、ココノカさんのお生まれはどちらで」
「私の生国ですか? 私はここからずっと東にある小さな島国の出です。多分名前さえ聞いたことがないと思います」
「そこの王様はあなたを登用しようとは思わなかったのでしょうか」
ココノカは気まずい感じで笑った。
「実は私逃げて来たんです。確かに登用してやるなんて偉そうに言ってきましたよ。でも王様に仕えるなんて金輪際嫌なんです。あの人達は人を人と思っていない。ゲームの駒かなんかだと思ってるんです。そんな人達のために働くなんてお断りです」
ココノカは憎らしげに、まくし立てた。
カドルニスは小さく溜息を吐くと何度か頷いた。
「私はリベールラ王と親交がありましてね。できればあなたにリベールラのブルシャ尞長官になっていただければと思ったのですが……。難しいようですね」
「有難いお話ですが、お断りします」
「わかりました。無理強いはできませんからな」
カドルニスは重い身体を無理矢理地面から引き離す。
「では話はこれまでということで。リーフさん、仕合の方よろしいですか」
「ああ、ココノカの意識さえ戻れば、もう待つ必要はない」
「そうですか、では始めましょうか」
カドルニスは傭兵達の方へ歩き出したが、何かを思い出したように振り返った。
「先ほどの話には、もう一人伝説の方が登場していましたね。ネブリーナの肩を撃ち抜いて重傷を負わせ、戦争を勝利に導いた方が」
カドルニスはリーフでなくココノカへ問いかけた。
それは一種の陽動だったのだろう。
「肩じゃない、腹だ」
リーフは鼻に皺を寄せ、吐き捨てるように訂正した。
「これは失礼。しかしなぜリーフさんはネブリーナの撃たれた部位が腹だと知っておられるのです。史書には単に撃たれたとしか書いてありませんのに」
カドルニスはそう言い残すと立ち去った。
「あのインポ親父、とんだ食わせ物だ」
リーフがカドルニスの背中に向かって毒づいた。
「リーフさん、今のどういう意味ですか?」
「あの親父の一物が勃起しないってことだよ」
「ち、違いますっ! そこじゃなくて、ネブリーナが撃たれた箇所を知ってるってことです」
「さあね、よく覚えてないよ。どっかで偶然聞いたんじゃないかね……」
リーフはココノカから視線を外し、呟いた
「カドルニスさんが言った、もう一人の伝説の方ってアンボスのことでしょ」
「さてと、私の出番だ。あんたはここから見てな」
リーフは、そそくさと立ち上がり、早足に逃げていく。
「ちょっと、リーフさん。話の途中です」
リーフのアンボス嫌いはいつものことではあるが、今回は少し話が違う。
カドルニスが指摘した事実を躊躇なく否定したリーフの態度。
まるで自分が撃ったかのような口調だった。
「まさか、ね……」
リーフの姿を目で追いながら、ココノカの疑問は大きく膨れあがっていった。
張詰めた空気が裏庭を覆っていた。
立ち会う者の全てが咳ひとつしない静寂の中、庭の中程に二つの人影が対峙していた。
一人はヴュルフェル、もう一人はリーフである。
リーフは銃身の短い五連装のリボルバー銃を手にしている。
カドルニスから借りたもので、どこにでもあるような量産品だ。
ヴュルフェルの方は腰の剣ではなく粗末な木剣を持っていた。
両刃の剣に似せて作られているが、ツバはない。
リーフはマントをその場に脱ぎ捨てる。
黒の中折れ帽に合わせた黒のジャケットとパンツ。
褐色のガンベルトとブーツ。
ココノカには見慣れた姿が現れた。
ガンベルトはへそ下あたりで×字を描き、左右のホルスターには彼女の恋人達が納まっている。
ジャケットとパンツの縫い代には銀の鋲が所々打たれていて、良いアクセントになっていた。
リーフはスタイルが良いので何を着せても似合いそうだ。
ブリブリのフリルがついたドレスを着たリーフを思い浮かべ、ココノカは吹き出した。
ヴュルフェルは、上下藍色の粗末な服にブーツ、服の上に革の胸当てと手甲を付けただけの簡素な姿だった。
しかし地味な服装が、美しいプラチナブロンドの髪を一層際立たせている。
「お二方、準備はよろしいですか」
カドルニスは二人の様子を確認する。
そして両者が軽く頷いたのを見計らい宣言した。
「では始めてください」
開始宣言後も二人は全く動かない。
ただじっと相手の様子を見ていた。
リーフは銃を向けることなく、ヴュルフェルも剣を構えない。
ただ間合いが遠いため圧倒的にヴュルフェルが不利である。
「どうした、撃たねぇのか」
ヴュルフェルが沈黙を破った。
リーフは黙ったままである。
「それじゃ、こっちから行くぜ」
ヴュルフェルはリーフに向けて俄然走り出した。
走りながら剣を右肩に担ぐ。
速度が異様に速い。
間合いが一気に縮まる。
間合いを詰めたことでヴュルフェルの不利は解消された。
それでもリーフは動かない。
ヴュルフェルはリーフの正面から攻撃すると見せかけ、急激に方向を変え、彼女の左側に回り込むと右肩の剣を一気に振り下ろした。
リーフは一歩ヴュルフェルの間合いに踏み込み、剣の柄を右手で押さえ斬撃を止め、左手に持った銃で右手の下からヴュルフェルの下腹部に向けて発砲した。
裏庭に銃声が響く。
ヴュルフェルは引き金が引かれる瞬間に、柄を押さえているリーフの手に自分の左手を置くとそれを軸にして前方宙返りをし、彼女の斜め後ろに着地する。
そしてすぐさまリーフの背中に斬りかかった。
リーフは振り返りもせずに剣を躱し、ヴュルフェルが次の斬撃のための動作に移る一瞬の隙に回転し、彼の側面に踏み込む。
動きは水が流れるように軽やかだ。
リーフは踏み込みざまにヴュルフェルのこめかみに銃を突きつけ、引き金を引いた。
二発目の銃声がこだまする。
ヴュルフェルは身体を仰け反らせて弾を避けたが、バランスを崩したところをリーフに蹴り飛ばされる。
彼は地面を転がったが、すぐに跳ね起きた。
しかし起きたところには既にリーフがいた。
ヴュルフェルが反撃の体勢を取る前に、リーフは彼の額の真ん中に向けて銃を撃った。
三発目の銃声が響く。
ヴュルフェルは銃弾をもろに受け、背中から地面に倒れ込んだ。
ココノカは二人の戦いの凄まじさに息を呑む。
カドルニスと傭兵達も呆然と戦いを眺めている。
起き上がろうとするヴュルフェルの額にリーフが銃を突きつける。
既に先程の銃撃でヴュルフェルの額は流血していた。
銃をつきつけられたヴュルフェルは起き上がるのを諦め、手足を投げ出して横になった。
「俺の負けだ」
ヴュルフェルは宣言した。
「まだだ、坊や」
リーフはそう言うとカドルニスに声を掛けた。
「カドルニス殿、この坊やに模擬刀でなく自分の剣を使わせてやってくれないか」
「しかし、それは危険ではありませんか」
「構わない。私の方は模擬弾のままで良い」
ヴュルフェルは顔だけ起こして怒鳴った。
「てめぇ、なめてんのか。俺が本身を使うんならお前も実弾でこいや!」
「そこまでの意地があるなら今度こそ本気を見せてみな」
「俺がこの剣を使えば、お前、死ぬぞ」
「その剣がエルガレイオンだってことは知ってる。私はそれとやりたいんだよ」
ヴュルフェルは剣の正体を見抜かれて、ぎょっとした顔をしたが、すぐに忌々しそうに舌打ちした。
「――エルガレイオンだとっ!」
ジェラードと傭兵達は騒然としている。
カドルニスは傭兵達の騒ぎを気にすることなく答えた。
「わかりました、リーフさん。あなたがそう望まれるのであれば。しかしこの仕合であなたの身になんらかの危険が生じても私は責任を持てませんが宜しいですか」
「わかっている。私が死んでもあんたには何の責もない」
リーフはヴュルフェルに起き上がるように、あごの先で促した。
「一度勝ったくらいで偉そうにすんじゃねぇよ」
額の血を掌で拭い、ヴュルフェルは立ち上がった。
二人はゆっくり歩いて左右に分かれ、再び対峙する。
リーフはリボルバーを開いて空の薬莢を捨て、新たに三発の模擬弾を入れ直した。
ヴュルフェルは腰のエルガレイオンに手を掛けると一気に引き抜いた。
エルガレイオンの白銀の刃は稲妻が宿ったかのような青い電光を帯びていた。
ヴュルフェルは右肩に剣を担いだ。
「では始めて下さい」
カドルニスが宣言した。
カドルニスの言葉が終わるや否やヴュルフェルの姿はココノカの視界から消えた。
見守っていた全員が息を呑む。
ヴュルフェルの姿が消えた代りに、高く鋭い風鳴りがリーフの周囲から聞こえ始める。
そして、あちこちの芝草が何かが通ったかのように倒れ込んでいく。
ヴュルフェルの気配は風鳴りとともに移動していた。
しかしリーフは立ち尽くしたまま、気配を追うこともなく空を見つめていた。
風鳴りの音が一段大きく聞えた瞬間、リーフはほんの少し左へ動いた。
彼女の動きは素早く、しかも微妙だったので注意していないとわからない。
リーフが一瞬前までいた場所にヴュルフェルが剣を振り下ろす姿が陽炎のように見えたが、またすぐに消えてしまった。
恐らくヴュルフェルのエルガレイオンは持つ人間の速度を上げる力があるのだろう。
その後連続でヴュルフェルが、リーフに斬りつけては消える姿が見られた。
しかしリーフは彼が現れる瞬間に微妙に位置を変え、全てかわしてしまった。
そんなことが数十回続いた後、リーフの左横にヴュルフェルの姿が忽然と現れる。
彼は剣を構えてはいるものの息が荒く、肩が激しく上下していた。
ただ憔悴してはいたが、リーフに対する敵がい心から目はぎらぎらしている。
剣を使うことで速度が速くなっても、使う人間の体力は向上しないに違いない。
つまり、普段の動きの何倍も疲労してしまうということだ。
「――てめぇは一体何もんだっ! こんな馬鹿なことが……」
「それで終りかい、坊や」
「うるせぇ!」
再びヴュルフェルの姿が消える。
彼の姿が見えなくなると今度はリーフも走り出した。
走るリーフの前後左右にヴュルフェルが現れては消える。
その度に彼は斬りつけるが、リーフは紙一重で切っ先を外した。
そして次にヴュルフェルが背後に現れた瞬間、リーフは振り返ることなく右手に持った銃を左脇から回して後ろに撃った。
間をおかずに姿を現わしたヴュルフェルは剣を地面に突き刺し、腹を押さえながら膝を付いていた。
模擬弾はヴュルフェルの腹部に当たったようだ。
激しく呼吸を繰り返し、息を吸う度に顔をしかめている。
リーフは静かにヴュルフェルに近づき、額に銃を突きつけた。
「なかなか面白かった。半年分の勘を取り戻すたしになったよ」
「お、お前……、本物の、アンボス……、なのか」
「さあね。ところで負けを認めるかい?」
「嫌だね……」
さっきはあっさり負けたのに、今回ヴュルフェルは負けを認めなかった。
必ず勝てるという自信を覆されたせいだろうか。
鼻っ柱をへし折られるとはこのことだ。
「そうかい」
銃声が鳴り響く。
額に銃弾を受けたヴュルフェルは前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
「勝負あり」
カドルニスは宣言すると、傭兵達を見回して言った。
「ではリーフさんとココノカさんを雇うということで宜しいですね、ジェラードさん」
「わかってますよ、旦那。文句は無ぇです。しかし、あんな戦いをされちゃあ、傭兵の立つ瀬がないですわ」
ジェラードは両腕を広げ仕方がないという顔をした。
他の傭兵達は倒れているヴュルフェルに駆け寄った。
ココノカの前にリーフが戻って来る。
息を荒げる風でもなく、ついさっきまで激しい戦いをしていたとは思えないほど落ち着き払っている。
「さすがですね、リーフさん」
「坊やがもう少しやるかと思ったけどねぇ。まぁエルガレイオンの力を完全に引き出せる奴は滅多にいないから仕方がないさ。エルガレイオンは持つ者を選ぶからね」
「でも、なんでそんなに強いんです。普通の人じゃ、あの速さについていけませんよ」
「鍛錬と集中力のなせる技とでも言っとこうかね。でも誰もが持ってる力の延長線上にあるんだよ」
「じゃあ、私にもできますか」
「ああ、できるとも。百年くらい鍛錬すれば大丈夫だ」
「それのどこが大丈夫なんです」
ココノカの腹が復活を果し、不満の声を上げた。
リーフは呆れた顔をする。
ココノカは照れ笑いを浮かべた。
「動けるかい?」
「多分。左腕はまだ無理そうですが」
「じゃあカドルニスに前金もらって何か食べにいくか。仕事は私らのもんだから」
「行きましょ、行きましょ。あの串焼き屋にお金を叩き付けて、思う存分肉を食ってやりますよ。ぐふふふ」
「以外と執念深いねぇ、あんた」
ココノカは身体の痛みを確かめながらゆっくりと立ち上がる。
左腕はまだ痛いが、全身の痛みは大分楽になってきていた。
しかし歩こうとすると、足に力が入らずにふらついた。
「ほら、掴まんな」
リーフが肩を貸してくれた。
二人とも三日以上風呂に入っていないのに、リーフの髪からは爽やかな新緑の香りがする。
それに比べてココノカは、くちゃくちゃの状態だ。
「ホント、リーフさんてずるいですよね」
「何がさ」
「何でもです。全部です」
「まぁ確かに私はずるいかもしれないね」
「ほら、そういうところも。自分だけ世界から外れてるみたいです」
「世界から外れてるか……。あんた上手いこと言うね」
前からカドルニスが近づいてきた。
お決まりの張り付いた笑みに心なしか親しさが増した感じがした。
「おめでとうございます。今回の仕事はお二方に決定しました」
リーフとココノカは顔を見合わせた。
「つきましては仕事に関してお話しておくことがございます。昼食の用意ができておりますので食事をしながら聞いて頂けないでしょうか」
「そいつはありがたい。ココノカの腹が悲鳴を上げてるんでね」
「そういうこと人前で言わないでください」
ココノカが、にらんでもリーフは涼しい顔だ。
「それは大変だ、早くお腹を助けてあげてください」
カドルニスは茶目っ気たっぷりに言うと二人を屋敷の中へ促した。
サルディーニャ家の食堂には縦に長い大きなテーブルが二つ、横に短いテーブルが一つあり、U字型に並べられていた。
一番奥の横に置かれたテーブルにはカドルニスとグラナダが、縦のテーブルの右側には傭兵達が、左側にはココノカとリーフ、そして恐らくカドルニスの配下と思われる者達ちが着席した。
食堂の右側は一面に窓があり、先程仕合を行っていた裏庭が見えた。
カドルニス達の後ろの壁には大きな肖像画が掛かっていた。
そこにはカドルニスと幼いグラナダ、他に妻らしき美しい女性とその胸抱かれた赤ん坊の四人が描かれている。
家族は幸せそうに微笑んでいた。
男女の給仕が三人、甲斐甲斐しく動き回り、食事を運んでくる。
左腕が動かせないココノカには、右手だけで食べられるように予め一口サイズに切った料理が出されたので、食事に支障は無かった。
料理は皆絶品とも言える味付けで、ココノカは久しぶりに心の底から至福の時を過ごした。
リーフはどの料理も一口、二口食べるだけで後は手をつけなかった。
あまり気にしてはいなかったが、この半年リーフが食事をがつがつ食べる姿を見たことがない。
こんな風に面と向かって食事をすると、彼女の異常なくらいの小食が目に付いた。
気を失っていたヴュルフェルもここぞとばかりの勢いで料理をかき込んでいた。
悪ガキのような食べっぷりが可愛らしく見える。
頭に包帯を巻いた姿は痛々しいが、食欲旺盛なところを見る限り大した痛手ではなさそうだ。
メインの料理が終り、デザートのケーキと紅茶が運ばれて来るとカドルニスが徐に立ち上がった。
「皆様、仕合お疲れ様でした。ここで皆様にご依頼する仕事の内容について説明したいと思います」
カドルニスが手を二度打つとリーフの横に座っていた男が立ち上がり、前に出て行った。
やせぎすでネズミのような顔をした男はカドルニスの横で深々と御辞儀をする。
「これはうちの番頭をしておりますパルゴ・ヂェッタと申す者です。私は別の所用がございまして今回の商隊を率いることはできません。このパルゴが私の代理として皆様にご同道いたします」
「よろしくお願いします」
パルゴが甲高い声で言う。
カドルニスは頷くと説明を続けた。
「今回私が特別に傭兵の皆様に護衛を御願いした訳は、一月前に百体を超える大量のカーズ(鬼人)達が北の山岳地帯へ侵入したという情報を得たからです。ヴカオンからエスキーナに向かうには北の山岳地帯を抜ける青杉の街道を通らねばなりません。つまり皆様にはカーズ達から商隊を守って頂きたいのです」
伝説によるとカーズとは人間と同様にアフダラが作り出した存在である。
古代においては人間と争うことなく人里離れた場所で暮らしていた。
しかしニ千年余り前に突如として人間を襲い始めたという。
カーズは人間を見ると異常な興奮状態となり、否応なく襲いかかり殺してしまう。
人を食べたり、人の持つ食料や金銭を奪うわけでもない。
ただ単に人を殺したいという欲求に突き動かされているようにようだと伝説は述べている。
カーズは吊り上がった大きな黒い目を持ち、鼻梁は無く二つの穴が顔の中心にあいている。
唇のない口は大きく耳元まで裂けているが、耳は存在しない。
全身の皮膚は光沢のある灰色をしていて毛髪の類は一切ない。
衣類はつけず丸裸であり、性器は無く、手足の指は四本である。
ただ知能は高く、高度な社会を形成しており、その頂点に君臨するのはハイーニャ(女王)と呼ばれる存在である。
最も問題とされるのは彼等の大きさと力である。
一般のカーズの身長はおおよそ人の二倍あり、熊を叩き殺すほどの凶猛な力を持っている。
しかも動きは俊敏であり、多数で攻撃されればかなりの苦戦を強いられる。
ココノカも旅をしている間、幾たびか彼等と遭遇し、逃げたことがある。
逃げ切ることができたのは、カーズがいつも少数だったからだろう。
「厄介なことに山岳地帯に入ったカーズ達を束ねているのはコンデ(伯爵)らしいのです」
傭兵達が騒然とする。
カーズは大きさによって呼び名がつけられている。
おおよそ人の三倍の大きさのものをバラオン(男爵)、四倍のものをコンデと呼ぶ。
身体が大きくなると力も比例して強くなる。
「コンデ級かい。なかなか面白そうじゃねぇか。普通の奴らじゃ殺しがいがねぇからな」
ジェラードは楽しそうに言うと、大きなケーキの固まりを頬張った。
彼の言葉に勇気づけられたのか傭兵達は笑い声を上げた。
「コンデだからって別に恐れる必要はねぇよ。銃を撃ちゃ傷つくし、剣で切りゃ血が流れる。血の色は緑だが、急所は人間と同じよ」
「頼もしい限りです、ジェラードさん」
カドルニスは満足そうに頷いた。
そしてココノカ達の方に向き直る。
「ここからはリーフさん達に向けたお話なのですが、今回の商隊には商品だけでなく私の娘と息子も同行いたします。お二人には娘達専属の護衛をして頂きたいのです」
「なるほど、それで腕の立つ女性二人が欲しかったのか」
リーフは腑に落ちたように言った。
カドルニスは自分の右に座って黙々とケーキを食べているグラナダの肩に手をかける。
「さあ、グラナダ。リーフさん達にご挨拶しなさい」
グラナダは父親が促したにも関わらずケーキを食べ続けている。
彼女は肖像画に描かれた赤ん坊を抱く母親らしき女性とそっくりだった。
「グラナダ、さあ、挨拶するんだ。命をお預けする方達だぞ」
「私、傭兵なんかに頭を下げる気はありません。命の遣り取りをしてお金を稼ぐなんて、神様の意志に反する下劣な行為ですわ」
感情の無い冷たい声だった。
「グラナダっ、考えてものを言いなさい! 無分別にも程があるぞ」
穏和なカドルニスが声を荒げた。
しかしグラナダは父親を下からにらみ返す。
ココノカは彼女の目に憎悪の光を見て取った。
「今回の商隊、なぜお父様が率いられませんの? カナリオがお父様と一緒に旅するのをどれだけ楽しみにしていたかご存じでしょうにっ!」
「――お、王宮から急なお召しがあったからと言っただろ。私だってカナリオのことは案じている。しかし王からのお召しを断る訳にはいかんのだ」
カドルニスは娘の剣幕に怯んだ。
グラナダはナプキンをテーブルに叩き付けて立ち上がる。
「お父様はいつもそう。お仕事、お仕事。私やカナリオがどれだけ悲しい思いをしても構わないのでしょう」
「グラナダ、皆さんの前でこんな騒ぎはやめようじゃないか」
「私は誰に護衛されようと構いません。全てお父様の良いようになさいませ!」
グラナダは早足で食堂を出て行った。
カドルニスは大きく溜息を吐く。
「なかなか気の強い嬢ちゃんだぜ、なぁ」
ジェラードは、にやにやして傭兵達の顔を見回した。
カドルニスが、頭を下げる。
「無礼な物言い申し訳ありません。私の教育不足です。あとでよく言って聞かせますのでご容赦下さい」
「カドルニス殿、息子さんには会えないのか」
リーフが尋ねるとカドルニスは普段通りの微笑みを浮かべた。
「息子のカナリオは二階の自室におります。もし宜しければこれからお引き合わせいたします」
サルディーニャの屋敷は玄関を中心に東翼と西翼に別れている。
ココノカ達が最初に入った部屋と食堂は一階の東翼にあった。
玄関の正面にある豪奢な作りの階段を二階へ上がる。
二階も踊り場を中心に東翼と西翼に別れており、カナリオの部屋は東翼にあった。
カドルニスが部屋のドアをノックすると甲高い少年の声で応答があった。
ドアを開けると白を基調にした明るい内装の部屋が現れる。
午後の日差しが白いレースのカーテンを通して幻想的な陰影を室内落としている。
壁の側に大きなベッドが据えられていて、白に近い金髪をした少年が横たわっていた。
ココノカ達はクリーム色の毛足の立った絨毯を踏みしめながら、ベッドの傍らに向かった。
「お父様、この方達は?」
カナリオは少女のように可憐な表情でココノカ達を見上げた。
碧色の瞳はグラナダと同じだが、ブランケットから出された腕は枯れ枝のように細い。
表情は明るいが頬は痩け、真っ白な皮膚には静脈が透けて見えた。
濃い印象の姉と比べると無色透明の雰囲気を漂わせている。
「エスキーナへの旅中にお前の護衛をしてくださる方達だよ。ココノカさんとリーフさんだ」
カナリオは無邪気に微笑む。
「こんな綺麗なお姉さん達が一緒に来てくれるんだ」
ココノカは余りの愛らしさに頬ずりしたい衝動にかられた。
「この子は長く患っておりまして、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしております。半月前、エスキーナに世界的なメディコ(快癒学者)であるヒルールク殿が来られました。カナリオを診察して頂くに絶好の機会と思いましてね。今回の取引のついでと言ってはなんですが、カナリオを連れて行ってやりたいのです」
メディコとは手術による外科的治療や薬草による内科的治療を施すことで人々を癒す者のことを言う。
「あんたの財力なら、ヒルールクにこの屋敷へ来させることもできるだろうに」
リーフが指摘するとカドルニスは軽く頷いた。
「確かにヒルールク殿だけを護衛して、ここに来てもらうということは可能です。しかし、どちらにしろカーズと戦うことになるでしょう。それならばいっそ見合わせていた商隊の派遣と一緒にカナリオを連れていった方が良いと考えましてね」
「この子の命が危険にさらされても構わないのかい」
リーフの鼻に皺が寄っている。
「だからこそカーズ退治に定評のあるジェラードさん達、氷炎の狼に護衛を御願いしたのです。悪い噂もありますがジェラードさん達の腕は確かです」
「なるほど、グラナダが言ってたことはあながち間違ってないようだね。とんだ馬鹿親父だ」
「――わ、私のどこが悪いと言うのです! これは合理的な結論だと思いますが!」
カドルニスは気色ばみ、リーフに食ってかかった。
ココノカは彼の本性を垣間見た気がした。
「お父様、怒らないで」
カナリオの悲しげな顔を見たカドルニスは我に返った。
「おお、済まなかったね、大声を出して」
リーフはそんなカドルニスに冷ややかな視線を送ると部屋を出て行った。
「――ちょ、ちょっとリーフさん」
ココノカは後を追いかける。
廊下に出るとリーフは壁に寄りかかっていた。
「リーフさん、この仕事断りますか?」
「いいや、むしろあの子を守ってやるさ」
リーフの言い方が向きになった子供のようだったのでココノカは、くすくすと笑った。
「何が可笑しいんだい」
リーフが怪訝な顔をしている。
「リーフさんて良い人ですよね」
「――何を言ってんだい、あんたは」
ココノカはリーフがうろたえた姿を初めて目にした。
商隊の出発は五日後。
それまでの間ココノカ達はカドルニスの屋敷で過ごすことになった。
夜遅く、身体中の傷が激しく痛み、ココノカは高熱を発した。
それから三日間、与えられた自室のベッドから起きられない状態が続く。
四日目の朝、嘘のように痛みが引き熱も下がった。
ムツキ家秘伝の傷薬がここでも役に立った。
リーフは三日間付きっきりでココノカの世話をしてくれた。
普段の彼女の言動からは考えられないほどの甲斐甲斐しさだった。
一度だけジェラードが顔を見せたらしいが、ココノカが熱に浮かされているときだったので、はっきりとは覚えていない。
リーフによればココノカに向かって謝っていたそうだ。
但し軽い調子で。
それでも人の上に立つ者としての一応の誠意はあるらしい。
リーフとカドルニスはあれ以来気まずい雰囲気になっているらしい。
カドルニスはリーフと顔を合わせるの極力避けていて、彼女が側によると逃げていくそうだ。
昼食の粥を食べ終わり、ココノカはベッドの上に正座した。
粥の皿を載せたトレイを片付けながらリーフは怪訝な顔になる。
「私、お風呂入ります! 断固、お風呂入ります!」
ココノカはリーフの顔の前に拳を突きだして決意を表明した。
借りている絹のパジャマが汗に濡れて冷たく感じる。
「左腕の痛みは?」
「大丈夫です、ほら」
まだ軽い痛みはあるが、左腕をぐるぐると回してみせた。
他の傷はほとんど完治している。
「私としては、まだお勧めはできないけど、明日は出発だしなぁ」
リーフは仕方がないという顔した。
「もう一週間ですよ、一週間。十五の乙女が汗と垢にまみれて……。ああ、天よ、神よ、なんという試練なのでしょう!」
「わかった、わかった。但し左腕は濡らさないようにね」
「わーい、やっとこの垢だらけから脱皮できますぅ!」
「じゃあ、風呂の準備をメイド長に頼んでくるよ」
カドルニス家の大浴場は一階西翼にあった。
綺麗に木目の浮き出た木製の扉を開く。
暖かい湿気が肌に触れる。
微かに硫黄の匂いがした。
扉の先は脱衣所だった。
入口でスリッパを脱ぎ裸足になると床に貼られたタイルの滑らかな触感の板が足裏に心地良かった。
衣類を置く棚の前でココノカは気恥ずかしくなる。
リーフが隣で服を脱ぎ始めていたからだ。
「リーフさんも入るんですか?」
「ああ、身体を洗うの手伝ってやるよ」
「でもぉ」
「何だい、あんた。恥ずかしいのかい」
「だって、他人に裸見られるのって子供のとき以来なんですよ」
「ほらほら、つまんないこと言ってないで脱いだ、脱いだ。なんなら脱がせてやろうか」
「いいです! 自分で脱ぎますから!」
「そうかい」
リーフは既に一糸まとわぬ姿になっていた。
抜けるような白い肌、割れた腹筋、小振りだが形の良い乳房、すらりと伸びた手足。
そして輝くような緑の髪。
ココノカは服を脱ぐのを忘れリーフの美しさに見惚れた。
「人間離れしてますよね、その綺麗な身体。うらやましい……」
ココノカは人差し指をくわえる。
「なに言ってんだい。あんたは、ぴちぴちの乙女だろ。さっさと脱ぎな」
リーフは無理矢理ココノカのパジャマをはぎ取った。
「やめて下さいぃぃ!」
全裸にされたココノカは顔を赤らめ、胸と下腹部を手で隠した。
「ほら、良い身体してるじゃないか。肌もすべすべで、胸も私より大きいし」
確かに胸は大きいが他の場所も大きかった。
特にお尻とお腹回り。
しかも手足は短い。
自分の不格好さを思い浮かべ、恥ずかしさが爆発した。
「見ないでくださいぃぃ!」
「隠すことないだろ。堂々としてな。男共が見たら股間を膨らまして飛びついてくるぞ」
リーフは親指を立ててウインクした。
「そのほめ方、嬉しくないですっ!」
ココノカは衣類をたたんで目の前の棚に収めた。
リーフはそれを取り上げ自分の衣類と一緒に棚の一番上に置く。
「なんでそんな所に?」
「ここだと目立たないだろ」
「誰かが盗っていくとか」
「いいや、ちょっとした仕掛けをしておいたんでね。楽しみにしてな」
「仕掛けってなんですか、変なことじゃないですよね」
「大丈夫だって、ほら行くよ」
ココノカはリーフに背を押され浴場に入った。
湯気が立ち込める石造りの大浴場。
広い湯船にはたっぷりの湯が張られている。
まだお昼を過ぎたばかりなので日が高い。
天井近くにある明かり取りの小窓から入る日の光が、湯の表面に落ち、ゆらゆらと揺れている。
ヴカオンの金持ち連中が丘の上に屋敷を建てたのは眺望が良いだけでなく、丘の中腹から温泉が出たことにもあった。
この湯もそこから汲み上げられているらしい。
湯船の手前にある洗い場には湯を汲む木桶と石けんが複数用意されていた。
ココノカは木桶の一つを手に取り、湯を汲んで、左腕にかからないように身体にかけた。
全身の傷からぴりぴりとした痛みが上ってくる。
しかし不快というより心地良かった。
「ほら、ココ、こっち来て座んな。背中洗ってやるよ」
湯気の向こうでリーフが手招きする。
浴場全体に敷き詰められた石の表面はざらついていて足が滑るのを気にせずに済んだ。
渋々近寄るとリーフは大きく股を開いて胡座をかいていた。
何もかも丸見えである。
ココノカは目を反らしながら彼女の前に腰を下ろした。
「リーフさん、全部見えてますけど……」
「そうかい。別に減るもんじゃないからさ。見たけりゃ、いくらでも見ていいんだよ」
「いや、そういことじゃないんですけど」
「ほら、良い石けん使ってるよ。匂いかいでみな」
リーフの手にある軟らかくない石けんから、ほのかに花の香りがした。
「本当だ。こんな上等な石けん初めてです」
リーフは石けんを泡立てた。
「よし、じゃいくよ」
「お、お手柔らかに御願いします」
リーフは泡を手に取り、背中を洗い始めた。
肌が赤くなるほど擦られるかと思っていたが、ふんわりとした優しい感触だった。
「背中にまで傷があるね」
「はい、でも勝利の証ですよ」
「ココ……」
リーフの声が真剣味を帯びる。
ココノカは身を固くする。
彼女の声の調子はこれから話す内容があまり心地良いものでないことを意味していた。
「なんでしょうか……」
「あんたは仕合で確かに根性みせた。良くやった。だけどあんたの勝ちは、あの隊長が手加減したからだってわかってるね」
ココノカの気持ちは急速に萎んでいく。
「はい……」
「今のままじゃ、駄目だ。たとえあんたがエキサーゴノだとしても、ストカズモスに時間が掛かりすぎる。敵は待ってくれやしないからね」
「敵ですか……」
「ああ、そうだよ」
「でも……、ブルシャリアは戦いにだけ生かされるものじゃないですよね。私の力は乾燥した大地に雨を降らすこともできますし、寒冷な地域に暖かい空気を運ぶこともできます。そんな風にやっていくことはできないでしょうか」
「もちろんそれで良いさ。いや、ブルシャリアの本来の姿はそういうもんだと思う。でもね、あんたがこれから何をやるにせよ、死んじまったらお終いなんだよ」
真剣なリーフの声に別の感情が交じった気がした。
時折彼女から感じる、あの悲しみだった。
「夢も未来も生きてればこそなんだよ。死んじまったら何にもならない。この世界は残念だけど常に死と隣り合わせだ。あんたには長生きして欲しいんだよ……」
しばらくの沈黙。
背中を洗う手が止まる。
リーフの人生に何があったのかは知らないが、きっとたくさんの死を目にしてきたに違いない。
ココノカは後ろを振り向いた。
リーフは眉間に皺をよせ、目を閉じている。
「リーフさん……」
リーフは目を開き、自嘲ぎみに笑った。
「嫌なことを思いだしちまったよ」
「誰か大切な人を亡くされたんですか?」
「大切な人か……。そうだねぇ。今思えば確かに大切な奴だったと思えるよ。亡くして初めて、それに気付いたっていう締まらない話さ。ほら前向きな、終わらせちゃうから」
ココノカは前を向き、リーフの手に背中を預けた。
「リーフさん、私思うんです。いつかきっと人と人とが争わなくていい世界が来るって。今は駄目でも、ずっとずっと未来に。だから……」
「しっ、黙って」
リーフが囁いた。
脱衣所に誰かが入ってきた。
「どうやら仕掛けは上手くいったみたいだ」
「一体誰なんです」
浴場に人影が現れる。
彼女はココノカ達の姿を見つけ、ぎょっとした。
「グラナダさん!」
ココノカも驚いて声を上げた。
「あ、あなた方が入浴しているなど聞いておりませんわ」
グラナダは先程のココノカのように胸と下腹部を素早く隠した。
ほんのりと桃色に染まった肌に金髪がアクセサリーのように輝く。
締まったウエストと長い手足。
大きな乳房。
ココノカはグラナダのくびれを見て、自分の腹の肉を摘んだ。
痩せなければならんと心に誓った。
「私がメイド長に頼んで、黙っててもらったんだよ」
リーフは悪戯っぽく微笑んだ。
「わ、私、失礼しますわ」
グラナダは身を翻し、脱衣所に戻ろうとした。
「待ちな、あんたに大事な話があるんだよ」
リーフが呼び止める。
「――大事な話? 何のことですの」
グラナダはゆっくりと振り返る。
いぶかっているのがありありととわかった。
「その前に、せっかくの風呂なんだから入ろうじゃないか」
天井から水滴が落ち、時折わびしい音を立てる。
湯船の中央には全裸の女神像が立っていて、彼女の担ぐ水瓶から熱い湯が静かに落ち続けている。
ココノカは広い湯船にゆっくりと身を浸した。
熱めのお湯が傷にしみる。
リーフは湯船の縁に両腕を広げて置き、背をもたれている。
グラナダはココノカ達から離れた場所に入り、背中を向けている。
「大事なお話って何ですの。さっさと済ませてください。私、カナリオの荷造りをしなければなりませんの」
「あんたの心積もりを聞いておきたいんだよ」
リーフは天井を眺めている。
「私の心積もり……」
「あんたが傭兵を嫌いなのはわかった。だけど私達はあんたを守るのが仕事だ。どれほどあんたが傭兵を嫌いでも旅の間は私達に従ってもらわなきゃ困るんだ」
「そんなことわかってますわ。ご命令には従いましてよ」
リーフはお湯を手にすくうとグラナダの頭に浴びせかけた。
「――な、なにを」
グラナダが怒って振り返る。
しかしリーフは人の心を切るような瞳でにらみ返した。
グラナダの表情が怒りから怯えに変わった。
「護衛ってやつはね、守る者と守られる者との連携が大事なんだよ。両者の意識にズレがあるときは、最悪の事態になることもあるんだ。あんたにはその覚悟が見えないんだよ」
「最悪の事態……」
「あんたの弟は素直だから大丈夫だろ。いざとなったら私が担いででも助けてやる。でもあんたは違う。傭兵に対するわだかまりから私の予想を外れた行動を取りかねない。もしあんたのせいでココノカに何かあったら、私はあんたのことを絶対許さないよ。それを肝に銘じておきな」
グラナダはリーフの鬼気に打たれて縮こまった。
「まぁまぁ、リーフさん、そんなに追い詰めなくても。グラナダさんだってちゃんとわかってますって、ねぇ」
ココノカはグラナダに優しく笑いかけた。
グラナダは一瞬にココノカに見惚れた後、顔を背けた。
彼女の頬がほんのり赤くなっている。
グラナダは心底を吐露するように言葉を継いだ。
「わ、私は、お金で命の遣り取りをするそんな感覚が理解できないんです。殺される人にだって親兄弟がいるはずですわ。その人達の悲しみを思うと、どうしても許せない気持ちが湧いてくるんです」
「あんたの言うことは正しいけどね。今のあんたの贅沢な生活はそういう人間達の命の上に成り立ってるんだよ。もしそれが嫌なら、ここを出て一人で生きてみることだ。あんたみたいなお嬢様は三日と生きられないだろうさ」
グラナダの顔が真っ赤になった。
「私は、私は、教会で、司祭様に……言われて……」
「こんな世間知らずの石頭に神を説くのは大変だろうよ。司祭も可哀想に」
グラナダは、堰を切ったように泣き始めた。
「ふん、ガキが」
リーフはあくまでも冷たい。
ココノカはグラナダの背中をさすって慰めた。
「グラナダさん、リーフさんはあなたを心配して厳しいことを言ってるんです。旅の間だけでも私達の言うことを素直に聞いてくれませんか。そうすればリーフさんも、ちゃんと助けてくれますから」
グラナダはココノカの胸にすがりつく。
彼女は泣き止むことなく、しゃくり上げ続けた。
リーフを見ると、してやったりという顔でにやけている。
どうやら全て計算ずくだったようだ。
ココノカはリーフに、へこまされたグラナダが可哀想になり、やんわりと抱きしめた。
夕食は四日ぶりにカドルニス家のフルコース料理を堪能した。
寝込んでいる間、お粥に甘んじたうっ積がココノカの食欲を増進させる。
痩せる誓いは明日からと自分に言い聞かせた。
しかし食べ過ぎて腹が膨れると再び後悔の念が湧き上がる。
腹ごなしに裏庭に出て軽く身体を動かした。
月の蒼い輝きが庭全体をぼんやりと照らしている。
くびれがココノカの下を訪れるのは、いつの日だろうか。
精進あるのみ。
でも美味しいものは外せない。
唇を噛みしめ夜空を見上げた。
満天に散らばる星々に祈りを捧げる。
「どれだけ食べても太らないようにするブルシャリアをください……」
もちろん、そんな力は存在しない。
裏庭の奥にある木立の方から物音が聞えた。
何かが風を切る音。
恐る恐る近づくと剣の素振りをする人影があった。
「――誰だっ!」
人影が剣先をココノカに向けた。
プラチナブロンドの髪が月光に照らされる。
「ヴュルフェルさんでしたか」
ヴュルフェルはエルガレイオンの切っ先を下ろした。
「あんたか……。身体の方はもう良いのか」
「はい、お陰様で」
「そうか」
「ヴュルフェルさんこそ額の傷は大丈夫なんですか」
「あんなもの傷のうちに入らねぇさ」
ヴュルフェルはそう言うと素振りを再開した。
踊るように身体を動かしながらエルガレイオンを縦横無尽に振るヴュルフェル。
剣の刃が木の影に出たり入ったりを繰り返し、影から出るたび青銀色の光が煌めいた。
「熱心ですね」
ココノカは漫ろに話しかけた。
ヴュルフェルは無視して剣を振う。
ココノカはリーフと戦ったヴュルフェルを同志のように感じていた。
二人ともリーフという壁を前に、もがく未熟者である。
「ヴュルフェルさんは強くなりたいんですか?」
ヴュルフェルは答えない。
しかしココノカは独り言のように続ける。
「剣を使うことは相手を傷つけることですよね。それがわかっていても、やっぱり剣の練習をするんですか」
ヴュルフェルは素振りの手を止め、鋭い眼光をココノカに向ける。
「何が言いたい」
「私、強くなるためにブルシャリアをもっと鍛錬しろってリーフさんに言われました。でもそれって相手を傷つけることが目的ですよね。だからちょっと躊躇があるんです。ブルシャリアには人の生活を豊かにする力もある。本当はそっちの方に力を入れるべきじゃないかって」
天空に輝く月に黒い雲の帯がかかっていく。
しかし上空の風が強いらしく、すぐに霧散していった。
「でも、旅をしてると簡単に人が死んでいくのを目にします。そんなのを見るとやっぱり死にたくないって思います。だから言われた通り強くなるべきなのかなとも考えちゃいます。ヴュルフェルさんは剣を使う意味について疑問を持ったりはしないんですか」
ここぞとばかりに内心の疑問をヴュルフェルにぶつけた。
ヴュルフェルが何と答えるのか、どうしても知りたかった。
「ふん、余裕だな。まぁエキサーゴノの力さえあれば食いっぱぐれはしねぇからな。だが俺みたいな貧乏人が家族を食わせていくには余裕などありゃしねぇ。自分にできることを精一杯やるしかねぇんだ」
ヴュルフェルは左腕にエルガレイオンの刃をあてがう。
刃には美しい波模様が浮き出ていた。
彼は顔を剣に近づけ、目を細める。
「たまたま俺の家には先祖が残したエルガレイオンがあった。こいつを売れば一時しのぎの金は手に入ったんだが、先祖の借金返済と小さな妹達を嫁に出すまでの生活費には足りなかった。だからこいつを使って金を稼ぐ道を選んだんだ」
「他の仕事は無かったんですか」
「村にあるのは痩せた土地だけだ。耕しても耕しても土は固く、大した作物は作れやしねぇ。増えるのは借金ばかりさ。俺には商人の才能も、ブルシャの才能も無かった。残っていたのは、このフレッシャだけだ」
ヴュルフェルは手にしたフレッシャの切っ先を月に向けた。
月の光を受けた刃は妖しく輝く。
「結果的に相手を殺してしまっても平気なんですか」
「そうだ……。だがちゃんと覚悟もしている。人を殺とうとするなら、自分が殺されるのも認めるってことだ。それは掟でもある。剣てやつはそういう掟に則った武器なのさ。自分は安全なところにいて相手の命だけ奪うようなブルシャとは根本的に違うんだ」
「それって私のことですか」
ココノカは気色ばんだ。
「誰もあんただとは言ってねぇさ。ブルシャ全般に言えることだろ。前線には立たず後方から絶大な力を振って敵を殺す。それが国に登用されたブルシャの戦術なのは誰でも知ってる」
「だから私は嫌なんです。国に登用されることは戦争の為の武器になるってことですから」
「あんたは変わり者だな。誰だって権力と金を手に入れるため、国のお抱えになるもんだが」
「私は人を殺すより、人を助けるブルシャに成りたいんです」
「だが結局は同じことにならねぇか? もし誰かがあんたの親しい人を傷つけようとしたとき、あんたはどうする。黙って見ているのか? 違うだろ。そいつを排除しようとするだろ。その時そいつを殺してしまったら」
「――そ、それは話が違うと思います」
「いいや、違わねぇな。人を殺すことに違いねぇ。正義のためだとか、人助けのためだとか言ったって人殺しなんだ」
「私は……、そんなこと……」
「いいか、この世界はそういう場所なんだ。俺達は共食いをする蜘蛛と同じさ。誰かを犠牲にしなきゃ生きていけねぇんだよ。だが俺は簡単に犠牲にはならねぇ。家族の為に、自分の為に、他の誰かを犠牲にしてやるさ。だから強くなる。強くなるだけ俺の傭兵としての値段も上がるし、犠牲になる可能性も低くなるからな」
ヴュルフェルの青い瞳は冷酷だけれど悲愴な決意を宿していた。
生き残る為の覚悟。
彼は身をもってそれを体現している。
殺すも殺されるも良しとして受け入れて、その中で精一杯の努力をして金を稼いでいるのだ。
間違っていることはわかっている、しかしココノカは彼の覚悟を否定できるほどの自信を持っていなかった。
「ヴュルフェルさんは立派です。私なんかよりずっと……」
ココノカは自分の足下を見る。
今、自分が立っているこの世界。
カドルニスのように商売のついでに家族と接するものもいれば、ヴュルフェルのように家族のために命を掛けるものいる。
様々な価値観が交錯し何が正しいのかわからなくなる。
自分は何をもって世界と向き合うべきなのか。
ココノカにはまだ答えが出せなかった。
黙り込んだココノカをからかうようにヴュルフェルは言う。
「そういやぁジェラードとの戦い、面白かったよ。ストカズモスの間、あんな馬鹿正直に敵の攻撃を受けるブルシャを初めて見た。ブルシャはストカズモスの間、自分の身を守る工夫をしていると思ってたからな」
「どうせ私は弱いですから」
ココノカは、ふて腐れた顔で言い返す。
「だが、その馬鹿正直なところが、あんたなんだろ。俺は嫌いじゃねぇぜ」
ヴュルフェルは小さく笑った。
同じ年頃の男子の綺麗な笑顔だった。
憎まれ口を叩かれたのにココノカの頬は赤くなった。
「あんたといると口が軽くなるな。人とこんなに喋ったのは久しぶりだ」
ココノカは悟られぬようにヴュルフェルの横顔を見つめた。
先程とは別人のように無邪気な少年がそこにいる。
なんだか可愛らしくて、憎めない気がした。
ヴュルフェルは視線に気付いてココノカの方に顔を向ける。
目と目があった途端、ココノカの鼓動が速くなった。
内心の動揺を悟られぬように、また月を見上げた。
「ま、まあ、とにかくですね。ストカズモスの間、自分の身を守れるくらいにはならなきゃいけないですよね。リーフさんの足手まといになりたくありませんし。とりあえず今はそういう方向で強くなる努力をしてみます」
「ところで、あんたに聞きたいことがあるんだが……」
ヴュルフェルが口調を改めた。
「リーフって一体何者なんだ。もしかして本物のアンボスなのか?」
ココノカは、さもありなんという顔をした。
「ですよねぇ。私も最近本物かもしれないと思い始めました。リーフさん、アンボスって言われるのは嫌いですけど、私の知る限り自分はアンボスじゃないって否定したことはないんです」
「でも南北大戦のとき十代だとしても、今なら六十過ぎの婆さんのはずだろ。リーフは見た目俺達と変わらねぇじゃねぇか」
「ええ、だけど口調とか話す内容とかが婆臭いときが多々ありましてね」
「見た目を若返らせるブルシャリアでもあるのか?」
「そんなの聞いたこともありませんよ」
「だから言ったろ、私は婆なんだって」
暗闇から突然リーフが現われた。
ココノカとヴュルフェルは肝を潰し、同時に飛び退さった。
「――お、お前、気配さえなかったぞ! 幽霊かよっ!」
「――リーフさん、もっとこう現れ方とか考えてくださいっ! 心臓が止まっちゃいます!」
ヴュルフェルとココノカはそろってリーフを指さし、非難した。
「おい、おい。婆さんの次は幽霊かい。まぁどっちも遠からずではあるけど……」
黒い中折れ帽からのぞく淡緑色の髪が月光の下、ほのかな光を放つ。
リーフの美しさは見慣れた日常を幻想的なものに変えてしまう。
でもそれは彼女が口を閉じている間だけ。
ひとたび口を開けば美しい幻想は、おばちゃんの井戸端会議へと変わっていく。
「ところで何だい。こんなとこで二人きりで。逢引きかい」
「――なわけねぇだろっ!」
「――そ、そうですよ!」
リーフはにやにやしながらココノカとヴュルフェルを矯めつ眇めつ眺め回した。
「怪しいね、なんだか妙に意気が合ってないか」
「気のせいですよ。私はただヴュルフェルさんに聞いてみたいことがあっただけで」
「まぁ二人とも若いからねぇ、性の暴走があっても不思議じゃないか」
「へ、変なこと言わないでくださいっ!」
突然、ヴュルフェルがリーフの真正面に立った。
ヴュルフェルの方が頭一つ背が高いので、リーフを見下ろすような格好になる。
ヴュルフェルの表情は真剣そのものだった。
「リーフ、俺は今より強くなる。必ずお前に追いついてみせる。その時、もう一度戦ってくれるか?」
淡緑色の瞳が嬉しそう瞬いた。
「あんたは他の奴らとは違うようだね。傭兵なんて奴らは金にならないことは一切やらないか、小狡い手を使って解決しちまうもんだけど」
肩をすくめ、リーフはふっと笑う。
「まさか正面切って愛の告白をされるとは思わなかったよ」
「戦ってくれるか?」
「その前に一つ聞きたい。あんたにとっての強さとは本当に他者を犠牲にするためのものなのか」
「聞いてたのか……」
「もしそうなら、あんたとは二度と戦わない。今すぐここで撃ち殺す」
リーフは右の銃、アフマルを抜くとヴュルフェルに額に突きつけた。
嬉しそうだったリーフの瞳は今や氷のように冷たい光を放っていた。
「――リーフさん! やめて下さい!」
ヴュルフェルはリーフの瞳を真っ向から受け止め、語気強く言い放った。
「でも強さって本来そういうもんだろ。獣を見ればわかる。強いものが弱いものを犠牲にして生きている。人間も所詮は獣。弱肉強食に変わりはねぇはずだ」
それに答えるリーフの声は冷たく重く、聞く者の心をえぐった。
「自分のことを獣と同じだというなら荒野に行き、泥水をすすり、生肉を喰らい、野糞を垂れてろ。言葉を喋らずに鳴き声を上げろ」
「人が求める強さは獣の強さとは違うって言うのか?」
「人間は獣よりも一歩進んだ場所に立っているんだよ」
ヴュルフェルの顔に苦悩の色が浮かんだ。
「お、俺は……、わからねぇ……。考えたことも無かった。俺は間違ってたのか……」
リーフは無言で銃を突きつけたまま動かない。
「仕事だとはいえ、自分の強さを確かめるために俺はもう何人も殺してきた。もし間違ってたなら、その分の報いは受けねぇとな」
ヴュルフェルは目を閉じた。
「撃ち殺したいと思うならやってくれ。逃げやしねぇよ」
静寂が支配し、永遠とも思えるような時間が流れて行った。
ココノカの緊張が最大限に達しようとするときリーフは破顔一笑した。
そしてアフマルをホルスターに戻す。
「自分が間違っていたと思うなら別の強さを探してみることだ」
ココノカは胸を撫で下ろす。
「撃たねぇのか……」
目を開いたヴュルフェルは精気を失い、幽霊のように立ちすくんでいた。
「今あんたは獣から人間になった。人間として強くなったなら、もう一度戦ってやるさ」
そう言うとリーフはココノカの肩を抱いた。
彼女の目には暖かみが戻っている。
「リーフさん……」
「さあココ、明日は出発だ。もう寝るよ」
ココノカはリーフに促されて屋敷へと歩を進めた。
ヴュルフェルが心配になり振り返ると彼は手にしたフレッシャをじっと見つめていた。
月光はどこまでも蒼く世界を照らしている。
ヴュルフェルの姿も月光の中で蒼色に染まっていた。
今日、ヴュルフェルが失ったものはなんだったのか。
その代わりに得たものはなんだったのか。
ココノカには、わからなかった。
リーフの言葉はココノカにとっても重いものであり、他人事には思えなかった。
ただ未熟者達に難問を投げ掛けた当の本人は、どこか楽しげにココノカの横を歩いていた。
早朝、ココノカ達はカドルニスの屋敷を発った。
ヴカオンの下町にあるカドルニス所有の倉庫の周辺には既に傭兵達が集まっていた。
総数五十名余りの傭兵達は例外なく顔付きが剣呑で、いかにも一癖ありそうな輩ばかりだった。
だがそんな傭兵達もリーフの姿を見るとすごすごと逃げていく。
アンボスの噂は既に傭兵全員に広まっているようだ。
中秋の朝の気温は大分下がってきている。
ココノカは、カドルニスが新調してくれたマントの襟を押さえて外気の侵入を防いだ。
ジェラードの鞭で破れた制服も、王都から取り寄せた新品と交換してくれていた。
リーフもマントを着てはいるが、表情を見る限りさほどに寒さを感じていないようだった。
倉庫前に並ぶ馬車達の先頭で、ネズミ顔のパルゴが書類を見ながら、てきぱきと指示を出していた。
それぞれの馬車には体格の良い人足が数人ついて、荷台に次々と荷物を運び入れている。
荷馬車は二十台、皆四輪の二頭立である。
馬達は御者から水や飼葉をあてがわれ、時折鼻をふるわせていた。
馬車列に沿って進むと、途中カドルニスとジェラードが話し込んでいるのに出くわした。
ココノカ達が近づいていくとカドルニスはお決まりの微笑を浮かべ挨拶した。
ジェラードは二人に向かって右手を挙げた。
「昨日は良くお休みになれましたか」
「はい、ありがとうございます」
リーフは何も言わず、あらぬ方を見ている。
無視されたカドルニスは叱られた犬のように情けない顔になった。
ジェラードは何も見ていない風にタバコを咥え、火をつけた。
「娘達は最後尾の馬車におりますので、そちらへ御願いします」
「はい、わかりました」
ココノカは愛想笑い浮かべ、リーフの手を引いて早々と最後尾の方へ向かった。
「リーフさん、いくらなんでも態度が悪すぎますよ」
「いいんだよ。あの馬鹿親父も少しは痛い目を見るべきだ」
「でも一応雇い主ですから」
「私の仕事はあの子達を守ることだ。親父の機嫌を取ることじゃないね」
「まったくもう。そういうとこは子供みたいですよね」
「婆さん、幽霊ときて今度は子供かい。私も忙しいもんだ」
荷馬車の最後尾には大きめの客車を引く箱馬車が停まっていた。
一つ前の荷馬車の側に、眉間にしわを寄せ腕組みしたヴュルフェルが立っている。
「ヴュルフェルさん、お早うございます」
「おう」
挨拶するココノカに仏頂面で答えるヴュルフェル。
彼は、そのままリーフに目をすえる。
「昨日からずっと考えてるんだが。人間として強いってどういうことなんだ」
呆れ顔のリーフ。
「私に聞くんじゃないよ。自分で答えを出しな」
「そうか……」
ヴュルフェルの眉間のしわは一層深くなった。
同僚に呼ばれて歩き出したヴュルフェルは、石につまずき、顔面から倒れ込む。
しばらく地面に伏したまま動かない。
「ヴュルフェルさん……?」
ココノカが声を掛けた途端、ヴュルフェルは勢いよく起き上がる。
呆気にとられているココノカをよそに、ヴュルフェルは何事も無かったかのように歩き去った。
「――怪我は無かったんでしょうか?」
「さあね。身体の怪我よりも、考えすぎて脳みそに怪我しないことを祈るさ」
四輪四頭立ての箱馬車は外面的には暗褐色をした簡素な作りで、装飾の類は全く見られない。
カドルニスの屋敷と比べると同じ人間の所有物とは思えないほど地味だった。
しかし、よくよく観察すると車体は分厚い鉄板で構成され、小窓には鉄板の鎧戸が設けられていた。
これなら銃で撃たれても簡単に貫通することはない。
カドルニスは見た目より防御に金をかけたということだ。
ココノカが箱馬車の扉をノックする。
女性の返事とともに扉が開かれた。
若いメイドが現れ、ココノカ達を確認すると中に招き入れた。
客車内部は赤いフェルトで壁が覆われ、天井は意外に高く、床は板張りである。
前方の壁には後ろ向きの座席が、後方の一番奥には簡易なベッドがあり、壁の四隅には真鍮製のランプが取り付けられていた。
ベッド脇の左右の壁には、向き合うように座席があり、右側にグラナダが座っていた。
簡易ベッドにはブランケットにくるまったカナリオが、すやすやと眠っている。
本を読んでいたグラナダが顔を上げる。
「おはようございます、お二方。まだカナリオは寝ていますのでお静かに願います」
「おはようございます。カナリオ君の具合はどうですか」
ココノカはささやくように尋ねた。
「今日は良いようですわ。このままの状態でいてくれると有難いのですけれど」
グラナダは不安げに微笑み、弟の様子をうかがった。
風呂での一件以来、グラナダはココノカ達に居丈高な態度を見せることはなかった。
「私達もこの馬車に同乗するんですよね」
「ええ、空いている座席をお使い下さい」
リーフはベッドに近づき、カナリオを見下ろした。
「よく寝てるね。まだ冬じゃないが夜の山岳地帯はかなり気温が低くなる。馬車の中は外よりはましだろうが、寒さには気をつけるこった」
「承知していますわ。一応ストーブを用意していますし、薬草の知識を持つメイドのクリーナも同道してくれますので、ある程度のことには対応できると思います」
馬車の隅に畏まっていた先程のメイドが深く頭を下げた。
幼い感じの容貌をしているが、身体は男のようにがっちりしている。
何かの時には頼りになりそうな女性だ。
「そうかい。取りあえず急場はしのげそうだね」
リーフは満足げに頷くとカナリオの髪に軽く触れた。
「弟は最近リーフさんの話を良くしますわ。見舞うたびに旅のお話をしてくださったそうで。随分喜んでいましてよ」
「そいつは良かった」
カナリオを見るリーフの表情は普段の彼女とは全く別人だった。
まるで母親が我が子を慈しんでいるかのようである。
「さてと」
リーフはグラナダと向かい合う座席に腰を下ろす。
「それじゃココ、大まかなことを決めておこうかね。まずは馬車の移動中だけど……」
リーフはココノカとの護衛の分担について話し始めた。
ココノカ達がヴカオンの町に来るために使った緑原の街道は、東西に伸びており、東に向かえば隣国ベゼッホ王国が、西に向かえばリベールラ王国の王都エフェーミラがある。
カドルニスの商隊が今回利用する青杉の街道は、ヴカオンの町を始点として北に向かい、いくつかの王国を経由してテルサフィラ帝国の国境付近まで続いている。
リベールラ王国とテルサフィラ帝国は長く友好関係にあり、商取引も盛んだ。
リベールラの商人達にとっては、エフェーミラから出発してヴカオンまで緑原の街道を通り、ヴカオンから青杉の街道に入ってテルサフィラを目指すのが通有だった。
現在、カーズの出現により青杉の街道の行き来が困難となり、リベールラの商人達がテルサフィラに行くには、北の沿海州を経る迂回路しか残されていない。
だが、この迂回路は非常に遠回りとなるため輸送費用が高くついた。
そのため商人達は取引額の大きいテルサフィラとの交易をやむを得ず保留しているのだとカドルニスは内情を話してくれた。
青杉の街道が不通となって一月余り、カドルニスの上申により、カーズが与えた被害の実情をようやく御前会議の議題に載せることになった。
リベールラ王は事の重大さに鑑み、カーズ討伐を決定する。
しかしカーズ討伐という実入りが少なく持ち出しの多い派兵を進んで引き受けようという貴族はいなかった。
王の提示した褒賞金もあまりに小額で、派兵費用を補完するには不十分だった。
結局リベールラ王国は未だにカーズの侵攻に対し何の解決策も講じていない。
貴族達の怠慢にしびれを切らしたカドルニスが、この難局を打開するために取った手段が、今回の自費による商隊の護衛だった。
傭兵は山岳地帯を越えるまで護衛し、エスキーナで一旦解散する。
そして半月後テルサフィラから戻ってきた商隊とエスキーナで再び合流し、ヴカオンまでの帰路を再び護衛するのだ。
商隊がテルサフィラから戻るまでグラナダとカナリオはエスキーナに滞在する。
ココノカ達は滞在中もカナリオ達の護衛を続け、一月後に商隊と共にヴカオンに帰る予定である。
五日間の旅程における護衛の分担が決定し、ココノカ達は出発までの間、馬車の中で、まったりとした時間を過ごしていた。
リーフは窓から外を眺め、グラナダは先程まで読んでいた本を開いて読み耽っている。
カナリオはずっと眠ったままだ。
ココノカは雑嚢の中から古びたノートを取り出し、カナリオの体力を向上させる薬草の記述がないかページを繰った。
馬車の扉をノックする音がした。
クリーナが扉を開けるとカドルニスだった。
彼は怖ず怖ずとした態度で馬車の中に入って来た。
リーフはカドルニスを一瞬ぎろりと見た後、すぐに窓の外に視線を戻した。
「グラナダ、そろそろ出発だ。一ヶ月のお別れだが元気でいておくれ。カナリオのことを頼んだよ」
「言われずとも承知しておりますわ。お父様こそ私達のことをお忘れになりませんように」
グラナダの横柄な態度が戻ってきた。
彼女は読んでいた本から目を離さず、父親の顔を一度も見てはいない。
娘の無情な態度にカドルニスの表情は、さらに不憫なものになっていく。
お得意の取って付けた微笑は今や見る影もなかった。
「わ、私は決してお前達のことを邪険にしているわけでは……」
「わかっておりますわ。それよりお父様は大切な王様のところへ向かう準備をなさいませ。カナリオのことは私が責任を持って世話いたしますから」
カドルニスはしばらくの間、寝入っているカナリオを見つめていた。
そしてココノカに顔を向けると、なけなしの笑顔を作った。
「ではココノカさん、リーフさん、後はよろしく御願いします」
「はい、お任せください」
ココノカはカドルニスを元気づけるように笑顔で返答した。
カドルニスは鷹揚に頷き、とぼとぼと馬車から出て行った。
ココノカはリーフとグラナダをたしなめる。
「やっぱり、やり過ぎな感じがしますけど」
「そうかい。でもココ、あの親父が得た心労とカナリオが旅することで得る疲労と、どちらが重いと思う?」
リーフは態度を改めない。
「――それは」
ココノカはリーフの指摘に反論できなかった。
後味の悪い沈黙が室内を支配する。
出発を促す警笛の音が聞えた。
「じゃ、じゃあ私、表の見張りに行きますんで」
ココノカは逃げるように馬車から外へ出た。
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