トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:03 ガール・ミーツ・ストライカー

Side A - Part 8 思わぬ寄り道

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「わああああああ!」

「よ……っと!」


 四角く開けた中庭に、太い枝を広げてそびえ立つケヤキの大木たいぼく。あたしたちはその生い茂る枝の中に突っ込む形で、飛び移りに成功した。
 近くに見えた枝先は意外と遠く、窓から三メートルは離れている。並の人間のジャンプではまず届かない。まさかこの人、それよりもっと遠くに跳んだの?

 あり得ない。先生の脚力がどれだけ強くても、イマーシブMRで誇張表現がされていても、とっさにカエル並みの跳躍なんてできるはずがない。


『だが、実際にその目で見た者がいるなら――』


 それがどんな絵空事であれ、目撃者にとっては事実になる。ただ、今は理由も原理も発生条件も科学的にわかっていないだけ。
 いつかの帰り道、オカルトを信じるか否かで議論になった時、鈴歌にそう言われたことをあたしはふいに思い出した。


『見事なアルティメットパルクールだ。チンパンジーもびっくりだぞ』

「よーし、カッコ良く決まった! ケガはないか?」

「は、はい。おかげさまで」

『何かツッコんでくれマスター! 完全無視は地味にキツい!』

「そしたら、まずは地上に降りよう。指定のチェックポイントはこの先の――」


 獲物に逃げられて焦っているのか、確実に捕まえると気合いを入れてるのか。
 丈夫な太枝をたどって幹の近くにたどり着くと、今来た方角から怒り狂った〈モートレス〉の叫び声が聞こえてきた。

 先生が急に口をつぐむ。追っ手のだみ声ではない何かに耳を澄ませているようだ。手代木さんも状況を察したようで、周囲を調べ始めた。


「……聞こえる。B棟、三階のあたりに誰か取り残されてるみたいだ」

『こんな時に限って逃げ遅れか。まさか、ついでにそいつも助け出そうぜ! などと血迷ったことを言い出すんじゃないだろうな』

「頼むよ、セナ。俺を助けると思ってさ」

『おーまーえーなー!』


 ずるり、と背後で不気味な音が響いた。保健室の窓から這い出た人面ムカデが木に取りつこうともがいている。
 そこに舞い込んだ、要救助者発見の知らせ。先生が来てくれなかったら、あたしはきっと結界が切れていることに気づかないまま死んでいた。


 あたしもみんなに助けてもらって、ここまで来れたんだ。
 少しでも可能性が残されているなら、一人でも多く助けたい。


『お前がよくても、作者が許すと思って――』

「あたしも見過ごせません。お願いします、手代木さん」


 その答えを聞くと、佐々木先生はにっと笑ってあたしを横抱きにし、木の枝先へ向かった。ムチのように枝を大きくしならせ、上空へ高く舞い上がる。
 木の北側に広がる半屋外の渡り廊下、B校舎につながる連絡通路の屋根に着地すると、これまたダチョウもかくやの速さでその上を軽やかに走り抜けた。


『近くにいる超小型偵察機ドローンから情報が入った。救出目標は一名、声の周波数からして若い男。おそらく生徒だ』

「〈モートレス〉の数は?」

『二体だ。まだなのか、比較的ヒトの原型をとどめている』

「了解。それなら、楽勝だ……なっ!」


 校舎につながる道のうち、一番奥にある通路を右折。階段室の手前で勢いをつけ、教室ひとつ分の高さとテラスの柵を飛び越え、三階へ侵入する。

 そして、目の前で待ち構えていた〈モートレス〉のお腹に、ダイビングシュートという名の飛び蹴り一発。
 水を吸ったスポンジみたいに巨大化した肉の塊は、血と悲鳴を吐きながらテラスの端まですっ飛んでいった。


「無事か? もう大丈夫だぞ!」

「あ、ああ……」


 床に降ろしてもらい、あたしも教室内へ入る。中は机がめちゃくちゃに乱され、壁に椅子が突き刺さり、照明が器具ごと床に落ちていた。

 そんなひどい光景の中心に目をやると――


「なんで、ここに――夢じゃないよな、りょーちん……!」


 佐々木先生を別のベクトルからあがめる、もう一人の大ファン。逢桜高校1年C組、サッカー班、小林公望きみたかがそこにいた。
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