トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり

Side A-2 / Part 4 現実は筋書きよりも奇なり

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「……え?」

『何をするの、離しなさい! わたしの言うことが聞けないの!?』


 グネグネした触手の残骸を引っ込め、重い体を引きずりながらにじり寄る〈モートレス〉。身構える男性陣を圧倒的な力で蹴散らし、女性陣を地に這わせて、町の中心部に標的を定め侵攻する。
 そんな筋書きがあったのに、敵はなぜか〈エンプレス〉の腰を捕らえ、そのまま持ち上げて大きく縦に開いた口の前へたぐり寄せた。

 史実がねじ曲げられて後世に伝わるのと同じ。あたしはまさに今、目の前で自分の書いた物語がレールを外れて走り始める瞬間を目撃したのだ。


『み、チゃ……ゴメ……しマす』

『はい、ここで突然ですがりょーちんの災害伝言板コーナー。元お仲間からはるみんへ、聞いちゃったからお伝えするわ』

『えっ?』


 〈モートレス〉が一際高いトーンでいた。市川さんの姿をした〈エンプレス〉の身柄を、触手からムキムキの右手に受け渡す。
 頭の上から鷲掴わしづかみなんてワイルドだなぁ。そう思っていたら、化け物は腕に力を込めて彼女を地面に押しつけた。


『晴海ちゃん、ごめんね。――だそうだ』

『いぎゃああああああああ――!』


 まずは膝、次いで脊椎、足首……と、もろい関節から順に骨が折り砕かれていく。〈女帝〉は骨折音と金切り声で二重奏を奏でながら、車道で土下座をさせられた。
 下ごしらえが済んだところで、化け物の腕が前に押し出される。伸ばしきったら引き戻し、また押し出す。その動きはまるで――


『いだい……痛い、いだイいだィいダいぃぃぃ!』

『人間おろし、という不謹慎極まりないパワーワードが頭をよぎりました。大変いい気味です。ざまあ見やがりなさいませ』

『トラウマで大根おろしが食べられなくなったら、防衛省に損害賠償請求しますよ』


 潰れた車の陰から聞こえた声に、あたしはハッとした。落ち着いたトーン、やや低めの音質でトゲしかないツッコミ。間違いない、鈴歌だ。
 叫んでも声は届かないのに、過去は変えられないとわかっているのに、親友兼幼なじみの名前が思わず口を突いて出る。


「鈴歌……! 鈴歌ぁ!」

『あがあァああああ――!』

『下肢粉砕骨折、脊髄損傷、身体広範に及ぶ裂傷。盗んだ花瓶を割って返すようなものだ。私ならもらっても要らん』


 幸いにも、肉体から意識を切り離されて独立した存在となった市川さんのは、痛みを感じていないようだった。
 カメラマンが構える「目」を通して、ぐちゃぐちゃにされていく自分の体を見つめている。


『市川晴海。お前に残された道は二つに一つだ。名誉と尊厳を守って自壊するか、サイバー空間で意識だけの存在となって生き続けるか。自分で選べ』

『どっちにしろ責任はこいつに取らせるから大丈夫だぞ!』

『マスターは黙らっしゃい! で、どうする?』


 こちらも決着がついたらしく、くっきりとしたホログラム映像で姿を現したマネージャーさんが市川さんに選択を迫った。

 突然現れて身体を奪い、人を災害に変えて高笑い。かと思えば予定外の展開に泣かされ、今は死の恐怖を前にわめいている。悪役として小物中の小物だ。
 そんな〈エンプレス〉のことを、被害者はどう思っているのか。答えは確かめるまでもない。


『……皆さん、あいづぶち殺してくんねすかくれませんか?』

『オーケー、了解。承った!』


 ぺったんこになった車の屋根越しに、ウルフカットの小柄な頭が飛び出し銃を構えた。
 登場したのは拳銃ではなく、黒いツヤ消し塗装と迷彩柄に折りたたみ式の銃架がついた大口径の対物ライフル。もちろん自衛隊の装備じゃない。


『でっか! の妄想力もなかなかだな』

『夢しか見ていなさそうなお調子者には言われたくありません』

高野たかの君。できるな?』

『ご不安なら身をもってお確かめになりますか、徳永とくなが班長』


 ふんふん。自衛官のお姉さんは高野さん、サムライおじさんのほうが徳永さんっていうのか。
 二人ともこの時〈五葉紋〉が出たから、生きていれば町内にいるはず。もしかしたらどこかで会うかもしれないし、顔と名前を覚えておこう。


『ポート全開放フル・オープン。リミッター、オフ。出力最大。ネットワーク・アクセス……失、敗? なぜ? 何が起きて――!』

汎用デフォルトゲートウェイより侵入開始。セキュリティコード解析――突破。電子武装解除。制圧完了、チェックメイトだ』

『もう逃げられないぞ、〈エンプレス〉!』


 〈エンプレス〉をがっちりホールドしながら、化け物は余った腕を使って自分の体をさらに引き裂いた。縦向きの口の奥に、男の人の顔が見える。

 自身の核、急所と思われる場所をわざわざ狙撃手スナイパーにさらす行為は、言うまでもなく死を意味する。
 でも、〈モートレス〉の様子にためらいはなかった。もしかすると、彼は最初からそれを望んでたのかもしれない。


『このわたしが、負ける? あり得ない。あり得ない! あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得なあああああ――!』


 一筋の赤い稲妻が走る。やや遅れて、雷鳴のような発砲音が耳をつんざいた。額にめり込んだスマホに着弾を認め、ディレクターさんがわずかに微笑む。


『おやすみなさい、良い夢を』


 高野さんがはなむけの言葉を贈った直後、電源が入らないはずのスマホがきらりと光った。
 リチウムイオン電池に強い衝撃を与えたらどうなるかは、現代人なら誰もが知っている。


(現実は、筋書きプロットよりも奇なり――)


 なぜかそんなフレーズが頭に浮かぶ。再び真っ白に染まるスクリーンと爆音に背中を押され、あたしの意識は沼の底から急速に浮上していった。
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