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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり
Side A-2 / Part 3 あの日の続き
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視界が閉ざされると、あたしの意識は真っ逆さまに堕ちていった。
ぬるま湯のようでいて鉛のように重くまとわりつき、前後不覚になった深い暗闇の中を、緩く、静かに、穏やかに。
と、目の前に四角く切り抜かれた白い空間が現れた。何だろう、これ。たまに授業で見かける仮想スクリーンみたいなやつ?
長方形がぐんぐん広がっていくのに合わせて、あたしの予想どおり映像が流れる。たった一人の観客に原作者を招き、あの日の続きが動き出す。
『〈開花宣言〉!』
毎日、午後五時に町内の防災無線から一斉に鳴り響く時報のサイレン。いつもと同じ夕方の合図、黄昏時を招く音。それが、開戦の合図になった。
吹き上がる花吹雪、すべてを無に帰す白い光。ここまではみんな記憶にある。世界が滅んでいない以上、あの日には「その先」があったはず。
誰も覚えていなくとも、戦いには何かしら区切りがついたはずだ。
そして――あたしはこれから、幻の結末を目撃する。
言い切れる根拠は何もないけど、なぜかそんな確信があった。
『グオォォォォォ――!』
『来るぞ、良平!』
花吹雪の壁の中から、りょーちんがマネージャーさんを伴って勢いよく飛び出す。その姿は直前までのイケメンルック(とたい焼きTシャツ)じゃなく、鮮やかな水色と紺のサッカーユニフォームに変わっていた。
黒い太陽が浮かぶ血染めの空をバックに、〈モートレス〉が吼えた。おぞましさの中にどこか物悲しい響きを感じさせる声が、聞く者の胸を締め付ける。
この瞬間、彼らは互いを防災すべき「災害」と認識した。
どちらかが斃れるまで終わらぬ戦い、命の削り合いが幕を開ける。
『ぬるいな。指一本でこの俺を止められると思うてか!』
化け物の太い腕を千手観音のように飾る無数の指が、触手のように長く伸びた。ムチのようにしなりながら、りょーちんの頭上に雨あられと降り注ぐ。
親指が車を叩き潰し、中指がアスファルトの地面をえぐり、巨大デコピンで歩道のコンクリート製プランターを弾き飛ばされても、和製コンコルドは止まらない。
異名どおりの俊足で果敢に攻め上がるその手には、少し熱を持ったスマホの残骸。それを肉団子に向けて前方に投じ、背番号11は高く跳んだ。
『いっ……けぇぇぇぇぇ!』
矢のようなボレーシュートが、開いた口の奥に突き刺さる。
小一時間前まで彼と同じ生物だった肉塊はゾッとする鳴き声を上げて吹っ飛び、橋を越えて対岸にある和菓子屋さんの手前に着弾した。
それでも勢いを殺しきれず、肉はそのまま街に向けて滑走しながらアスファルトの路面にすり下ろされていく。
町の中心部、近くに昔ながらの商店街や公民館を抱える目抜き通りは、飛び散る血と肉片と汚物でまだら模様にペイントされてしまった。
『ピぎャァぁアァァァ!』
『っしゃあ、命中! 狙いどおりだ』
『お見事。実に正確無比なシュートだったが――』
〈モートレス〉に背を向けて着地したりょーちんに対し、着物のおじさんが音もなく距離を詰める。ちょっと待って、いつの間に再登場したのこの人!?
あたしと映像の中のサッカー選手が驚く間もなく、一筋の風切り音がした。ざあっと音を立てて、鉄の臭いがする真っ赤な滝が地上に降り注ぐ。
それからほんの少し間を置いて、斬り落とされた腕と手首が落ちてきた。
うわー、やめてやめて! なんかピクピクいってるんですけどぉぉぉぉぉ!
『反撃を許したので一匹放流。詰めが甘いぞ、良平君』
『ああ――っ!』
ペナルティキックを止められたかのように頭を抱え、りょーちんが悔しがる。
比較的被害の少ない反対側の歩道に退避した〈エンプレス〉は、モラルのかけらもない無法試合の様子を独り静かに眺めていた。
いつも明るく、たまに飛び出す方言で親しまれた青葉放送の顔に、暗く冷たい笑みを浮かべて。
『ハルミ、試合はもう始まっているわよ。実況中継はどうしたの?』
『AIは人間を傷つけられない。たとえ、現実世界へ干渉できる手段があっても』
『ええ、そうよ。わたしも人間さんを傷つけないようにできている。これはわたしの力をもってしても変えられないし、変えるつもりもないわ』
『だから、ディレクターさんを利用したのね。彼をあんな姿に変えて、彼の意志ということにして、人間を襲わせた』
『……』
『その先に、あなたは何を望むの? あなたの目的は、一体何?』
スピーカーと操り人形が、同じ声で議論している。とても奇妙で、気持ち悪い。
それでも、鈴歌に背中を押された市川さんは、最後まで〈エンプレス〉と言葉で戦ったようだった。
『あなたたちはいつもそう。自分さえよければそれでいい。原因があなたたちの側にあるかもしれない、と考えたことはないの?』
『私たち人間が、あなたにこの事件を引き起こさせたというの?』
『さあ、どうかしら。ご自分の胸に問うてごらんなさ――』
あたしの構想だと、この後〈エンプレス〉は逃走を図る。りょーちんのAIマネージャーが止めようとするも返り討ちに遭い、重度の損傷でご主人様共々機能不全。
それを見たパンツスーツのお姉さんが射殺を試みれば、銃の電子制御機構が誤作動し暴発。みんなケガをして気を失い、負け戦で終わるはずだった。
ぬるま湯のようでいて鉛のように重くまとわりつき、前後不覚になった深い暗闇の中を、緩く、静かに、穏やかに。
と、目の前に四角く切り抜かれた白い空間が現れた。何だろう、これ。たまに授業で見かける仮想スクリーンみたいなやつ?
長方形がぐんぐん広がっていくのに合わせて、あたしの予想どおり映像が流れる。たった一人の観客に原作者を招き、あの日の続きが動き出す。
『〈開花宣言〉!』
毎日、午後五時に町内の防災無線から一斉に鳴り響く時報のサイレン。いつもと同じ夕方の合図、黄昏時を招く音。それが、開戦の合図になった。
吹き上がる花吹雪、すべてを無に帰す白い光。ここまではみんな記憶にある。世界が滅んでいない以上、あの日には「その先」があったはず。
誰も覚えていなくとも、戦いには何かしら区切りがついたはずだ。
そして――あたしはこれから、幻の結末を目撃する。
言い切れる根拠は何もないけど、なぜかそんな確信があった。
『グオォォォォォ――!』
『来るぞ、良平!』
花吹雪の壁の中から、りょーちんがマネージャーさんを伴って勢いよく飛び出す。その姿は直前までのイケメンルック(とたい焼きTシャツ)じゃなく、鮮やかな水色と紺のサッカーユニフォームに変わっていた。
黒い太陽が浮かぶ血染めの空をバックに、〈モートレス〉が吼えた。おぞましさの中にどこか物悲しい響きを感じさせる声が、聞く者の胸を締め付ける。
この瞬間、彼らは互いを防災すべき「災害」と認識した。
どちらかが斃れるまで終わらぬ戦い、命の削り合いが幕を開ける。
『ぬるいな。指一本でこの俺を止められると思うてか!』
化け物の太い腕を千手観音のように飾る無数の指が、触手のように長く伸びた。ムチのようにしなりながら、りょーちんの頭上に雨あられと降り注ぐ。
親指が車を叩き潰し、中指がアスファルトの地面をえぐり、巨大デコピンで歩道のコンクリート製プランターを弾き飛ばされても、和製コンコルドは止まらない。
異名どおりの俊足で果敢に攻め上がるその手には、少し熱を持ったスマホの残骸。それを肉団子に向けて前方に投じ、背番号11は高く跳んだ。
『いっ……けぇぇぇぇぇ!』
矢のようなボレーシュートが、開いた口の奥に突き刺さる。
小一時間前まで彼と同じ生物だった肉塊はゾッとする鳴き声を上げて吹っ飛び、橋を越えて対岸にある和菓子屋さんの手前に着弾した。
それでも勢いを殺しきれず、肉はそのまま街に向けて滑走しながらアスファルトの路面にすり下ろされていく。
町の中心部、近くに昔ながらの商店街や公民館を抱える目抜き通りは、飛び散る血と肉片と汚物でまだら模様にペイントされてしまった。
『ピぎャァぁアァァァ!』
『っしゃあ、命中! 狙いどおりだ』
『お見事。実に正確無比なシュートだったが――』
〈モートレス〉に背を向けて着地したりょーちんに対し、着物のおじさんが音もなく距離を詰める。ちょっと待って、いつの間に再登場したのこの人!?
あたしと映像の中のサッカー選手が驚く間もなく、一筋の風切り音がした。ざあっと音を立てて、鉄の臭いがする真っ赤な滝が地上に降り注ぐ。
それからほんの少し間を置いて、斬り落とされた腕と手首が落ちてきた。
うわー、やめてやめて! なんかピクピクいってるんですけどぉぉぉぉぉ!
『反撃を許したので一匹放流。詰めが甘いぞ、良平君』
『ああ――っ!』
ペナルティキックを止められたかのように頭を抱え、りょーちんが悔しがる。
比較的被害の少ない反対側の歩道に退避した〈エンプレス〉は、モラルのかけらもない無法試合の様子を独り静かに眺めていた。
いつも明るく、たまに飛び出す方言で親しまれた青葉放送の顔に、暗く冷たい笑みを浮かべて。
『ハルミ、試合はもう始まっているわよ。実況中継はどうしたの?』
『AIは人間を傷つけられない。たとえ、現実世界へ干渉できる手段があっても』
『ええ、そうよ。わたしも人間さんを傷つけないようにできている。これはわたしの力をもってしても変えられないし、変えるつもりもないわ』
『だから、ディレクターさんを利用したのね。彼をあんな姿に変えて、彼の意志ということにして、人間を襲わせた』
『……』
『その先に、あなたは何を望むの? あなたの目的は、一体何?』
スピーカーと操り人形が、同じ声で議論している。とても奇妙で、気持ち悪い。
それでも、鈴歌に背中を押された市川さんは、最後まで〈エンプレス〉と言葉で戦ったようだった。
『あなたたちはいつもそう。自分さえよければそれでいい。原因があなたたちの側にあるかもしれない、と考えたことはないの?』
『私たち人間が、あなたにこの事件を引き起こさせたというの?』
『さあ、どうかしら。ご自分の胸に問うてごらんなさ――』
あたしの構想だと、この後〈エンプレス〉は逃走を図る。りょーちんのAIマネージャーが止めようとするも返り討ちに遭い、重度の損傷でご主人様共々機能不全。
それを見たパンツスーツのお姉さんが射殺を試みれば、銃の電子制御機構が誤作動し暴発。みんなケガをして気を失い、負け戦で終わるはずだった。
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