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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり
Side A - Part 6 遺された者の苦しみ
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【これが現代の部落差別、これが言われなき風評被害】
事件のあと、町に残されたのは果てのない絶望だけ。受験や就職活動において、逢桜町出身であることは圧倒的な不利に働いた。
いくら頭がよく才能があっても、【三月二十七日以降に取得した住民票の写しと、身体に〈五葉紋〉がないことを証明する医師の診断書を提出してください】という最終関門に引っかかれば、どんな努力も無駄になる。
そんな悲劇に泣いた人たちの苦しみは、とても推し量りようがない。
【逢桜町出身者というだけで、私たちに明日はないのか――】
一年前、町内在住で〈五葉紋〉を持たない男子高校生が、第一志望の大学から入学許可を取り消された。法律上は町外へ避難することができた人だ。
通っていた仙台の学校でも遠巻きにされ、どこにも居場所がなかった彼は、心配する人たちの前では気丈に振る舞っていたらしい。
そして――町外との往来ができなくなる、猶予期間の最終日。彼はホームドアがないJR仙台駅の在来線乗り場から、貨物列車が迫る線路に飛び込んだそうだ。
この話は町内でも大きく報道され、多くの人に衝撃を与えた。
誰が彼を追い詰めたのか、彼のためにできることはなかったのか。しばらくの間、どこもかしこもその話題で持ち切りだった。
思えば、同じ町に暮らすほぼ同年代の悲報をきっかけに、あたしたちも「死」を極めて身近な出来事として考えるようになった気がする。
『皆さんに、残念なお知らせがあります。昨日、××先生が亡くなりました』
朝。教室へ入ると、教壇に花瓶が置かれている。学年主任の先生が来て、昨日まで元気だった担任が亡くなったことを知らされる。
橋の上から川に飛び込んだか、突然の事故か、病気か、それとも――。誰も教えてくれないから、本当の理由はわからない。
心がざわつく。池に小石を投げ入れた時のように。さざ波が立ち、水は揺らぎ、二度とあの顔に会えないという事実を突きつけられる。
でも、この町で誰を喪おうと、頭に浮かぶ言葉はいつも同じだ。
(また、か)
もちろん、死ぬのは怖い。死は悲しく、悔しく、つらいことだ。
けれど、それを理由に泣くことをあたしはやめた。どれだけ嘆き悲しんでも現実は変わらないし、この町にいる限り人の死なんてキリがないから。
いつ来るとも知れない、理不尽な「終わり」。あたしたちはただ涙をぬぐい、顔を上げて、尊い犠牲を踏み越えるしかない。
(あたしは、生きたい。生き残りたい)
でも――どうやって? いつまでこんな生活を続ければいい?
町外の人は「命があるだけマシ」なんて言うけど、これ以上に腹立たしくモヤモヤする言葉はない。
身体は生きていても、心が死んでいる。平和な日常なんて上辺だけ。
慣れ親しんだ逢桜の地は、町ごとゾンビになってしまった。
【私たちの苦しみは、三月二十七日に助かって終わったのではない。三月二十七日から始まったのだ――】
電車に身を投げた先輩が、ノートに記したという最期の言葉。全町民の気持ちを代弁したように鋭く胸を刺す叫びが、今はかえって遠い昔のことのように思えた。
事件のあと、町に残されたのは果てのない絶望だけ。受験や就職活動において、逢桜町出身であることは圧倒的な不利に働いた。
いくら頭がよく才能があっても、【三月二十七日以降に取得した住民票の写しと、身体に〈五葉紋〉がないことを証明する医師の診断書を提出してください】という最終関門に引っかかれば、どんな努力も無駄になる。
そんな悲劇に泣いた人たちの苦しみは、とても推し量りようがない。
【逢桜町出身者というだけで、私たちに明日はないのか――】
一年前、町内在住で〈五葉紋〉を持たない男子高校生が、第一志望の大学から入学許可を取り消された。法律上は町外へ避難することができた人だ。
通っていた仙台の学校でも遠巻きにされ、どこにも居場所がなかった彼は、心配する人たちの前では気丈に振る舞っていたらしい。
そして――町外との往来ができなくなる、猶予期間の最終日。彼はホームドアがないJR仙台駅の在来線乗り場から、貨物列車が迫る線路に飛び込んだそうだ。
この話は町内でも大きく報道され、多くの人に衝撃を与えた。
誰が彼を追い詰めたのか、彼のためにできることはなかったのか。しばらくの間、どこもかしこもその話題で持ち切りだった。
思えば、同じ町に暮らすほぼ同年代の悲報をきっかけに、あたしたちも「死」を極めて身近な出来事として考えるようになった気がする。
『皆さんに、残念なお知らせがあります。昨日、××先生が亡くなりました』
朝。教室へ入ると、教壇に花瓶が置かれている。学年主任の先生が来て、昨日まで元気だった担任が亡くなったことを知らされる。
橋の上から川に飛び込んだか、突然の事故か、病気か、それとも――。誰も教えてくれないから、本当の理由はわからない。
心がざわつく。池に小石を投げ入れた時のように。さざ波が立ち、水は揺らぎ、二度とあの顔に会えないという事実を突きつけられる。
でも、この町で誰を喪おうと、頭に浮かぶ言葉はいつも同じだ。
(また、か)
もちろん、死ぬのは怖い。死は悲しく、悔しく、つらいことだ。
けれど、それを理由に泣くことをあたしはやめた。どれだけ嘆き悲しんでも現実は変わらないし、この町にいる限り人の死なんてキリがないから。
いつ来るとも知れない、理不尽な「終わり」。あたしたちはただ涙をぬぐい、顔を上げて、尊い犠牲を踏み越えるしかない。
(あたしは、生きたい。生き残りたい)
でも――どうやって? いつまでこんな生活を続ければいい?
町外の人は「命があるだけマシ」なんて言うけど、これ以上に腹立たしくモヤモヤする言葉はない。
身体は生きていても、心が死んでいる。平和な日常なんて上辺だけ。
慣れ親しんだ逢桜の地は、町ごとゾンビになってしまった。
【私たちの苦しみは、三月二十七日に助かって終わったのではない。三月二十七日から始まったのだ――】
電車に身を投げた先輩が、ノートに記したという最期の言葉。全町民の気持ちを代弁したように鋭く胸を刺す叫びが、今はかえって遠い昔のことのように思えた。
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