トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:01 サクラサク

Side C - Part 7 反転攻勢

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Phase:01 - Side C "The Samurai"
* * * * * * * * * *


 それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。気がつくと、私はほかの三人を伴って橋の上に立っていた。
 少し離れた場所に立つ〈エンプレス〉が、空中で指を滑らせる。やや間を置いて、機械的な表示が我々の視界いっぱいに展開された。


「サムライさん、これって……」

「乗り物のコックピットに似た、計器のようなものが並んでいるね。キミはこれと似たような画面を見たことがあるか?」

「コンピュータが故障した時の画面にも似ている気がします」

「それはブルースクリーンだよじゃじゃ馬君」


 私の指摘に自衛官は眉をひそめ「何が違うのですか?」と問うてきた。お嬢様育ちとは聞いていたが、いくら何でも度が過ぎないか?
 私が言いたかったのはコンソール。コンピュータにソフト面から技術的な調整や命令を施す時の画面だ。

 右上に見える丸い円は、自身と仲間、並びに敵の位置と数がレーダーのように記された簡易的な地形図。自分の位置が水色、仲間は黄色の矢印でそれぞれ表現されている。
 鮮紅色せんこうしょくの点で敵性体と判定されているのは、〈エンプレス〉と……かわいそうに、まだ息があるのか。そろそろ楽にしてやらねば。

 右下はコンパクトな所持品表示欄になっている。道具を手にするとアイコン表示が変わるらしい。ゲームでいうアイテム保管庫インベントリだな。


「気をつけなさい、チャラ男君。こういうメカ音痴に限って、キミのマシンに興味を持つぞ」

「なんてこった……俺のスズキちゃんには絶対触らせないようにしよっと。ムッシュ・サムライは有識者っぽいんで、またがるくらいはオッケーです」

「ヘッドショット決めて駿河するが湾に沈めますよ」


 視界の下方には、動画サイトのコメント欄のような形状をしたメッセージウィンドウがあるが、今は何も表示されていない。

 左上と端のスペースは〈Psychicサイキック〉で常時モニタリングされている健康管理データを引用した、自分と仲間のバイタルサイン表示欄だ。女子中学生が軽傷、私を含めた大人三名は正常とされている。

 敵味方の双方に体力と精神力の表示がないのは、より強いサバイバル感を演出するためだろう。
 ユーザー全員を問答無用で戦闘に巻き込むことを前提とした、悪趣味なこだわりには脱帽するよ。


「間違いない。この世界は私の読んだSF小説、題して『トワイライト・クライシス』を基にしたものだ」

盗作パクりってことか? そりゃひどいな。著作権法違反で訴えようぜ」

「なんだ、サッカー用語以外の横文字も話せるのか」

「うちのクラブはそういうトコ徹底してますんで」


 女子中学生の皮肉に、青年が正論で反応した。
 彼はかつて叩かれたことがあるというが、失言や不適切な行動が原因ではない。正念場で見せた唯一にして最大の失敗を、センセーショナルに報じられたのだ。

 稀代の天才とまつり上げられる重圧、若くして得た地位と名声への戸惑い。そして、ユニフォームを脱いだ素顔の自分と、完全無欠の〝りょーちん〟とのギャップ。二十余歳の若者にはあまりにも荷が重すぎる。

 ただ、逆境にあれど輝きを失わないこともまた、彼の強みだ。当人の中ではすでに貴重なやらかし失敗談として話のネタに昇華されていることだろう。


「なるほど。常時火種がくすぶっているチャラ男は説得力が違います」

「軽いのはフットワークだけでいいんだぞ」

「ええ~……何、この出涸でがらしのお茶より雑な扱い。お兄さん泣いちゃうよ?」


 私とじゃじゃ馬君にツッコまれ、チャラ男君がむすっと口を尖らせる。
 彼はそれからかぶりを振って「あ。ところでこれ、全部女帝サマの単独犯って認識でよろしい?」と〈エンプレス〉に念を押した。


「ええ、よろしいわ。すべてわたしの作戦。わたしの計画どおりよ」


 隙や気の緩みというものは、勝利を確信した時に生じやすい。針の穴を通すように微細で、一瞬、時にコンマ数秒しか現れないわずかな誤差。
 それを突いて致命的な一撃を見舞うのが、点取り屋ストライカーというものだ。


「なら、こいつで形勢逆転だ。おまわりさんこいつです!」

「え?」

逢河あいかわ警察署です! バッチリ聞こえました、ご協力感謝します!』


 逢河町あいかわちょう。この逢桜町の隣にある、桜まつりの共催自治体だ。
 そこの警察署と……連絡が、つながっている? 〈エンプレス〉の通信規制を突破したというのか!
 警察官の声は、彼の胸元から聞こえるようだ。頼みの綱の〈Psychic〉が乗っ取られたこの状況下で、一体どんな手を使った?


「いよーし、自白いただきましたァ! ――って、大丈夫かおまえ!?」

『はは……その一言を聞けただけで、やった甲斐があるというもの。お前に手を出した攻性プログラムどもは、俺が責任を持って皆殺しにしてやった』


 再びホログラムで実体化したチャラ男君の専属マネージャーAIは、全身血まみれでボロボロになっていた。
 薄手のパーカーは無残に裂け、広範囲に赤黒い染みができていて、よく見ないとモスグリーンだったとはまず気づかない。
 彼が姿を消し無反応だったのは、実体化に要するリソースをサイバー防衛につぎ込みながら〈エンプレス〉の包囲網をかいくぐるためだったのだ。


『こちら、逢河消防署! 町内の中央病院とは連絡が取れませんが、仙南せんなん二市六町と広域仙台都市圏から災害救助隊をそちらに向かわせました!』

「なぜ? なぜ外部と連絡が取れているの、あなた!」

『さっき言っただろう? 毒を以て毒を制す。AIおまえを出し抜くならAIおれをぶつける。単純かつ理にかなった正攻法だ』

「そういうこと。貸していただいたアレ、役に立ちましたよ」


 私がチャラ男君に貸したものは一つしかない。非常用のスマートフォンだ。
 正常に認識できなくても、その正体が有名人の〝りょーちん〟であることには変わりない。私が四六時中ついて歩くのはどうかと思うし、かといって目を離せば何が起きるか分からない。誰かの手引きで逃亡する可能性もあるしね。

 ――で、旧世代の5G通信を使う機種を連絡ツールとして渡していたのだが、まさかそれを裏口バックドアにするとは。


「おまえは三度、読みを誤った。一つ、この場におまえの生殺与奪を握るやつは存在せず、いたとしてもすぐに殺せると判断した。二つ、俺たちが〈Psychic〉以外の通信端末を持っている可能性を考えなかった」

『三つ。俺をただの根暗変態クズメガネと思い込んだことだ』

「そのフレーズ、相当気に入ってるなおまえ」

『それを言うなら〝根に持ってる〟だ、マスター!』


 AIに向けて主人が右手を掲げ、二人は笑ってハイタッチを交わす。
 だが、自分よりも劣っていると定義した生物に二度も面目めんぼくを潰された〈女帝〉が、このまま黙っているはずがない。

 私は刀を握り直し、うつむく敵に目を向けた。
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