トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:01 サクラサク

Side A - Part 2 不吉な予感

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Phase:01 - Side A "The Student"
* * * * * * * * *


『はいはい、どうせ最寄りの販売店検索しろって言うんでしょ分かってますよ。マネージャー使い荒過ぎだろ、このたい焼きフリークサッカー小僧』

「あ、急に軽めの運動したくなってきた。あの自転車乗ってる女の子にカッコいいトコ見せたいな~。おまえ、ボールになってくんない?」

『未成年に食指を伸ばそうとすな! ナンパの小道具なんて俺は御免だぞ!』


 それ見たことか、やはり軽薄な男じゃないか。明らかに手を出したらレッドカードと分かる中学生の私を「女」というカテゴリで値踏みするなんて汚らわしい。

 私は後ろを振り返り、後続車の有無を確かめつつ二人から目を逸らした。


『はっ、フられたな。ざまあ見ろ』

「おまえがテキトーなこと言うからだろ。ああいう子はガード固いから、こっちに下心がなくたって男と見るや警戒するもんなんだよ」

『すごい観察眼ですねマイマスター。何から何まで軽すぎてドン引きですわ』


 歩道は混み合っているが、自転車通行帯には私を除き誰もいなかった。この状況は好都合だ。
 ここで立ち止まっても誰も困らないし、チャラ男とAIが桜をバックに写真を撮っている今ならば、彼らを凝視してもその背後の桜を眺めているように装える。

 私は愛車のブレーキを握り締め、路肩の縁石に左足をついた。


「大丈夫、大丈夫。俺、十八歳未満はオフサイドだから」

『ホントかぁ?』

本当マジだって、マジマジ。ってかおまえ、ホログラムなんだから物理攻撃効かなくない?」

『そう言ってサッカー選手が静岡にいるそうだが、一体誰のことだったかな』

「知ってる~。たい焼きが燃料の和製コンコルドっしょ?」

『そんなアホ仕様の超音速旅客機があるか!』


 人間同士がそうであるように、AIとの距離感や関係性は人それぞれだ。二人の間柄について、部外者の私がどうこう口を出すつもりはない。
 だが、現実には触れることも叶わぬデータの集合体と人間のように交流し、人間と同等の感情を向ける(向けられる)という行為は、私の目には奇妙に映る。
 このことについて、彼らはどう考えているのだろう。個人的に少し、ほんの少しだけ気になる。


「呑気に観光している場合ですか、一刻も早く見つけなくては」

「そう焦らずとも見つかるよ。キミと違って聞き分けのいい子だからね」

「あの素直さには自分も一目いちもく置いています。しかし、事実として我々は彼らを見失っているのですよ、現在進行形で!」


 と、これから私が向かおうとしている方角に二人の人物が姿を現した。
 ひとりは背が高く、顔の右半分を覆い隠す黒く長い前髪と、祭りで見かける狐のお面のような細い目が印象的な壮年の男だった。
 時代劇で身分の高い知識人が着ていそうな、抹茶色を基調とした無地の羽織袴という出で立ちだ。

 その隣で彼に抗議しながら歩を進める小柄な女はウルフカットの黒髪で、黒のパンツスーツをきっちり着こなしている。
 背が低く、幼さを残した吊り目と容赦のない物言いから、融通が利かず跳ねっ返りの強そうな一面が垣間見えた。


「なあに、この程度GPSで追跡するまでもない。修学旅行に来た男子高校生の引率教師になったつもりで考えれば、足取りをつかむのは簡単だとも」

「お、来た来た。お~い、こっちこっち~!」

「ほらね?」


 予想的中と言わんばかりに得意げな顔をする着物の男に対し、じゃじゃ馬女はチャラ男の姿を認めるなり血相を変えて詰め寄った。


「何をしているのですかシャ……貴方あなたは!」

「花見。記念撮影。あと、この後行くたい焼き屋のリサーチ」


 すごい剣幕で問い詰められても、チャラ男はまったく動じない。そういう気質なのか、知り合いらしき彼らの間柄ではこれがいつものことなのか。


『ピーピーうるさいぞ銃火器狂トリガーハッピー。観光ぐらい好きにさせろ』

「黙りなさいクレイジーサイコ。AIの分際で何様のつもりですか」

『AI様だが?』

「言ってくれますね人でなし。今日という今日は許しません」


 と、ここでなぜかじゃじゃ馬女とチャラ男のマネージャー間で悪口大会が勃発。蚊帳かやの外へ追い出された人間の男二人は顔を見合わせると、互いに大きなため息をついた。


「すまない。このとおり私も御しきれていないんだ」

「謝らないでくださいよ、先にケンカ売ったのは俺のマネージャーです。あとで待機ポッドに閉じ込めてフリーキックの刑だな」


 腕組みをしてそう凄むチャラ男を「まあまあ……」となだめた後、着物の男は河川敷に視線を投じてこう続けた。


「それにしても――満開の桜というものは、なぜこんなにも人の心をざわつかせるのだろうね」


 いつもの街、いつもの春。代わり映えのしない風景。そこに差し込まれた彼の言葉を耳にした刹那、私の胸が一際大きな鼓動を打った。

 世界から一切の音が消える。風と、それに乗って舞う花びら以外、すべての景色が静止画になる。
 得体の知れない不吉な予感に、心が黒く塗り潰される。


 そうしてできた静かな水面みなもに、小さな一石が投じられた。
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