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Phase:03 ガールズ・ミーツ・ストライカー

side A-2 筋書きはまたも逸れて

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 予想より強い反動で、腕が真上に跳ねる。胸に当てるつもりで三発も撃ったのに、あたしは標的の輪郭りんかくすらとらえられなかった。

「ダメ、当たらない!」
「大丈夫だ。落ち着いて、この世界の法則を思い出せ」
『当たらないなら、当てる方法を考えろ。すなわち、自分は百発百中のガンナーであると信じ込むこと。そして、それを一瞬たりとも疑わないことだ』

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、なんて真っ赤な嘘だ。現実はこれこのとおり、脚色されててもうまくいかない。
 思わず泣き言をこぼすと、りょーちんと手代木さんが励ましの言葉をくれた。二人の想いに応えるように、右手の〈五葉紋〉が強く輝き出す。

【その点りょーちんは一日いちじつちょうがあるな】
華やかだからね いま公認何股?】
「んん~? 何のことかさっぱりだな~」
『身に覚えがないなら、どうしてあさっての方向見てるんですかねえ』

 そうしてる間にも、子どものシルエットはさらに光の粒を取り込んでいく。足元から伝わる振動はますます強まり、小林くんはうつむいたまま動こうとしない。
 「迎えに行く」と言いかけた月代先輩の言葉を、大型新人(物理)は途中でさえぎった。大講堂に背を向けて、まっすぐこっちに向かってくる。

「すいません、キャプテン。オレも残って戦います」

 そして――あたしの背中越しに一回り大きな手を伸ばし、グリップを握る手を優しくもしっかりと、包み込むようにして支えてくれた。

「こ、小林くん!?」
「オレ、実はシューティングゲーム得意なんだ。手伝うよ」
「何言ってんの! あたしはいいから――」
「さっき撃った時、銃身が縦にブレたろ? 肩と腕に余計な力が加わってるんだ。反動は抑えるんじゃなく、受け流すもの。もっと低く構えて、力抜いて」

 平凡なモブ女子がクラスの人気者、高身長スポーツ男子に後ろから密着されるという少女マンガみたいな展開に、ヤジと弾幕と投げ銭が乱れ飛ぶ。

「きゃー、コバっちダイターン!」
「大林。あとで殺す」
「理不尽! 水原の鬼、悪魔! ふざけてないってわかるだろ!?」
「小林ィ! 何を考えているんだお前は!」
「葉山先生、あれは野放しにしちゃダメなやつです。見逃してくれたと油断させて、あと一歩のところで殺しに来る。そんな気がするんです」

 重ねた手から、小林くんの体温が伝わってくる。さっきまで影も形もなかった照準サイトがふっと視界に現れ、子どもの腰のあたりに狙いをつけた。

「ターゲット、ロック。大丈夫だ、絶対できる!」
「当たる。当てる。当ててみせる――!」

 ふたり分の強い意志を乗せて、人差し指に力を込める。乾いた電子音がピロティに反響し、女の子の胸に風穴が開いた。
 【きたああああああ】【上達したなミオちゃん】とかいうテロップが空中をすっ飛んでいき、小銭のジャラジャラ跳ねる音が頭の中にこだまする。

『あっ、当たった!』
『小林選手、ナイスアシスト! 見事、敵の胸を撃ち抜きまし……』

 でも、好調だったのはここまでだった。
 撃たれた女の子が声もなく、天を仰ぐような格好で後ろに二、三歩ふらついたかと思うと、辺りを飛び交う光が消えた。
 いち早く異変を察知したりょーちんが、銃を返せと言ってくる。胸騒ぎを覚えたあたしの前で、小さなシルエットがおもむろに顔を上げた。
 目に入ったのは表情がない、口を持たないのっぺらぼう。それなのに、そのはずなのに、この場にいた全員が不協和音をはっきり聞いた。

『許さない』

 ドローンから流れていた実況解説が急に途絶える。あたしたちは何の理由も根拠もなく、その事実を前に「終わった」と思った。
 空気が凍る。怖気おぞけが走る。試合の時ですら聞かないような大声で、ピストルを手にしたストライカーが叫ぶ。

「みんな! ――!」

 渡り廊下を越えて、中庭経由でピロティへ。さっきあたしたちが通ってきたのと同じ経路で人面ムカデが登場し、まっすぐにりょーちんへ襲いかかった。
 大口を開けてのみつきをかわし、戦場に似つかわしくないサッカーユニ姿の美青年は敵の死角へ滑り込む。
 左斜め後ろから頭部を狙い、電子スターティングピストルを一発、二発。どちらも標的を易々とぶち抜き、血しぶきと絶叫が弾け飛んだ。

「くそっ、浅い! 延髄外したか?」
『いえいえ~、大丈夫ですぞりょーちん氏。左は今ので絶命ちんもくしますた』
【おや? 高校生たちのようすが……】
「頭が三つに増えた分、ライフが三倍になっただけのこと。俺らであと二セット取れば勝てる!」
『なるほど納得ゲーム理論。皆の衆、出番ですぞ~!』

 歓声は恐怖の絶叫に変わり、集まったみんなが一目散に逃げ出す。あたしと小林くんは置いてきぼりを食って、揃い踏みした〈エンプレス〉と〈モートレス〉に大苦戦。
 そうなる予定だった。「逃げろ」と言うべきところが「かかれ」になって、筋書きが狂い始めるまでは。

「ウチらさ、正直ずーっとばっかで飽きてきたんだよね」
「全部活連合チームとか最高じゃん。青春アオハルかよ」
「アオハルだよ。ってコトでなっちゃん先生、号令ちょうだい」
「そんじゃ――防災活動、やっちゃいますか!」
「おっしゃあああああ!」

 女の先生に背中を押された女子ソフトテニス班員が、ムカデの胴体へスマッシュを叩き込んだ。それを皮切りに、文化班も体育会系も男女の別なくひとつになって、先輩たちが一斉に攻撃を始める。
 男子バレーボール班のスパイクを真ん中の顔面に食らったムカデが暴れると、無数の風切り音と銃声が巨体を地面に縫い留めた。弓道班とアーチェリー班、ライフル射撃班とサバゲー同好会による飛び道具の連携攻撃だ。

「はい~。工作班との技術協力で堂々参戦、科学班です~。てい」
挨拶あいさつ代わりに特製火炎瓶とか、最高にキマってんなマッドサイエンティスト」
「ブツブツ……あの炎を触媒に黒魔術を……あ、オカルト研究同好会です」
『我々、ITエージェント友の会も忘れないでいただきたいですな!』
「そんなのあったの!?」

 葉山先生はあんぐりと口を開けている。あたしだって信じられない。みんな危険をかえりみず、命懸けの団体戦に飛び込むなんて!

『許さない。よくも、わたしに傷を……!』
「自業自得だろ。胸を撃たれたってのによく生きてるな」
『ずいぶん余裕そうね、お兄さん。わたしは本気で怒っているのよ』
「俺もたい焼き切らしてて気ィ立ってんだけど帰っていい?」

 敵陣営は足止めを食って、あたしと小林くんから注意が逸れた。すかさず鈴歌と工藤さん、月代先輩がこっちへ駆け寄ってくる。

「今のうちだ、小林! 急げ!」
「はい!」
「澪、行くぞ。私たちも続こう」
「離して、鈴歌! みんなが……りょーちんが、まだ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!」

 腕を引かれ、あたしたちは大講堂に向けて低い階段を下った。鈴歌いわく、ガラス戸をくぐって敷地内に入ればクリアとみなされるらしい。
 そうだ。誰かが傷つき倒れる前に、あたしがゴールラインを踏み越えればいい。いざ目の前まで来てみると、ためらいが消え決心がついた。
 前を行く男子二人に続き、工藤さん、そして鈴歌が中に入る。あたしも最後の一歩を踏み出し、すべてが終わる。誰もがそう思った、まさにその時――

「た、助けて……助けてくれぇぇぇぇッ!」

 背後から、何とも情けない命乞いが聞こえた。葉山先生の声だ。りょーちんとにらみ合う〈エンプレス〉の人質にでも取られたのかな。
 振り返ってみると、まさに予想どおりの光景が目に飛び込んできた。意地の悪い笑みを浮かべている犯人の正体を除いては。

「……大家、さん?」
「おっと、動くなよ。俺が人を殺すところなんざ見たくないだろ?」

 羽田正一。〝天上の青セレストブルー〟のサッカー人生に華を添え、切っても切り離せない恩師で、ライバルで、親友ともいえる大事な存在。
 いつの間にか現れたその人が、果物ナイフを葉山先生の喉元に突きつけ――あろうことか、りょーちんをおどしているのだった。
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