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Phase:03 ガールズ・ミーツ・ストライカー

side B 残酷な現実

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『俺には〝道〟がえるんです』

 いつのことだったか、りょーちんはインタビューでそんな名言を残したという。
 いわく、自分の目には最適なドリブルの経路やボールの軌道が道のように見えている。今も昔も自分はずっと、その「道」をなぞっているだけだ――と。
 数あるりょーちん語録の中でも、このセリフは特に難解とされている。物理的・感覚的に人と違う世界が見えるのはギフテッドの特性だし(水原もそうだよな)、普段から独特なセンスの例え話をするからだ。本当の意味は本人以外わからない。
 とにかく、そんな超感覚の存在をしれっと口にする天才は、ボールに見立てた黒板消しめがけて左脚を振り抜き――

「まずは一発、けるなよ!」

 狙い澄ましたオーバーヘッドを〈モートレス〉にぶち込んだ。すでに額を割っている指が、黒板消しの直撃によってさらに深々と打ち込まれる。

「ギャアアアアアア!」
『決まったァ――ッ! 華麗な宙返り!』
杭打くいうちバイシクルシュートですね。頭上から鋭く切れ込む一撃で、巨大な怪物を仕留めました』

 ぐちゃっ、と何かが潰れる音がオレの耳にも届いた。卵状の〈モートレス〉は枠ごと窓を突き破り、ベランダから転落。絶叫しながら暗がりに落ちていく。

【×避けるなよ! ○逃がさねえよ!】
【カッコよすぎて変な声出た】
【りょーちん(アルティメットサッカー選手のすがた)】
【解説ぶっ飛んでて草】

 コメント欄が一気に盛り上がり、投げ銭が飛び交う。乱れ飛ぶ文字は激流となって、オレの視界を埋め尽くす。大事な試合で先制したかのようなお祭り騒ぎだ。
 りょーちんは敵の末路を見届ける間もなく、机の天板に右手をついた。そこを軸に、空中で身体をひねって時計回りに素早くターン。跳ね返って三面ムカデのほうに飛んでいった疑似ボールを追いかけ、もう一度駆ける。

「みじゅゲら……みぃ、じュ、げ、ダあァあああ!」
【うわああああああ】
【なんて言ってる? 見つけた?】
【そういやまだワームおったやん】

 目を見開いた三つの頭が上空から急降下しつつ、血を吐きながらそう叫んだ。見つけた、か。うん、オレにも確かにそう聞こえる。
 ああなってもまだ意味通じる言葉しゃべれるんだな。感心する反面、かわいそうだとも思ってしまう。だって、まだ人間としての意識が残ってるってことだろ?
 相手と面識がないこともあってか、声を聞いてもりょーちんは止まらない。そりゃまあ、災害相手に情けをかける必要なんか――

「ぁ――いみ、らカ……」

 三人の顔がすぐ近くに迫った瞬間、オレは聞いてしまった。自分の名前を呼ぶ舌足らずな声を。
 黒板消しが落ちてくる。〝天上の青セレストブルー〟がそれをとらえる。窓を壁ごとぶち破って、がりょーちんに迫る。

【イケメン対阿修羅ムカデとかすげー絵面えづら
『残すはもう一体、どう出るりょーちん!』
 
 どうする? どうしよう。止めるな、止めるべき、止めなきゃ――!

オルヴォワールまたな!」
『ゴ――ル! 二連発、見事決めました佐々木選手!』

 りょーちんの右足から放たれたボレーシュートを受け、敵は教室の外に弾き出された。長い体が空中でバランスを崩して大きくのけ反り、ムチのようにしなって頭から落ちてくる。

アデューあばよじゃないのか……】
『ここは逃げるが勝ちですからね。文脈的には間違いありませんよ』
「やったか?」
『ああ。お前の狙いどおり、デカブツは気絶した』

 りょーちんは息ひとつ乱さず床に着地し、オレたちのほうに駆け寄った。そこにテッシーの『伏せろ!』という声が飛び、川岸もさっと身を縮める。
 最推しが近くにあった机を抱えて盾にした瞬間、強い揺れと細かい瓦礫がれきがオレたちに襲いかかった。

『あーっと、〈モートレス〉が校舎に激突! どうやら気絶したようです!』
【ダウンしたぞ 部位破壊はよ】
【それなんてモンスターハント?】
『この大きさで脳震盪しんとうを起こせば、自然回復には時間を要します。りょーちん、生徒さん、今が避難の大チャンスですよ!』

 ゲームの世界でも、モンスターは気絶させるとしばらく経ってから目を覚ます。このわずかなインターバルをどう使うかが生死のカギを握るんだ。
 相手に「あきらめる」の選択肢がないようだから、減災……撃退はあり得ない。どこか広いところに誘い込んでするべきだろう。

「よし、避難しよう。ちょっと手荒なのは我慢してくれよな」
「へ? なに? 何する気ですか先生!」
「りょーちん、でいいぞ川岸。そっちのが呼びやすいだろ?」
『うまく話を逸らしたなこやつ』
「心配するなって、俺は海育ちかつ都会っ子だ。サーフィンといえば富士川海岸、パルクールとスケボーも覚えがある」

 理屈ではわかってる。でも――アイツら、知り合いなんだ。今朝も一緒にバカ言って笑った。あんな姿になっても、まだオレの顔をおぼえてる。
 それを、りょーちんが鎮圧する? 最推しが……人を、アイツらを殺すのか?

「嫌、だ……やめて、もうやめてください!」
『こら、暴れるな! 倫理的に受けつけないのは分かるが、もう手の施しようがないんだ!』

 りょーちんは川岸とオレを両腕に抱え、まだピクピクいってる舌の切れ端に片足を乗せた。元の持ち主はテラスの柵に寄りかかったまま、起き上がってこない。
 オレは錯乱していた。それを知ってか知らずか、拘束から抜け出そうともがくほど、りょーちんは腰に回した腕をがっちり締め上げてくる。

「オレ、聞いたんです。アイツらが言葉を話し、オレの名前を呼ぶ声を」
【呼んでねーよ しっかりしろ】
【どうした男子 ご乱心か?】
【友達だったんじゃね ご愁傷様】
「お願いします。なんとかなりませんか? オレには無理でも、あなたなら救えるかもしれない。最初から切り捨てるなんて、りょーちんらしくない!」
「小林くん……」
「お願いします。みんなを助けてやってください!」

 この時のことを、オレは一生忘れないだろう。りょーちんは深く静かに息をつくと、床に転がる舌先を窓のほうに向け、無言で地面を蹴り出した。
 血の色に塗られたフローリングを滑走路代わりに、肉片はツルツル滑っていく。囲いの壊れたテラスの手前、二階との境目に頭を突っ込んだ〈モートレス〉の首元で、憧れの人は足を止めた。

「言いたいことはそれだけか?」

 人間として大事なものを失った、低く冷たい声。愕然がくぜんとするオレには目もくれず、声の主は全体重を前にかける。
 小刻みに震える真っ赤な舌は、川岸の悲鳴とともにウォータースライダーさながらのスピードではらわた製の坂を滑り落ちた。
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