トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:01 サクラサク

Side B-2 / Part 3 急転直下

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Phase:01 / Side B-2 "The Frivolous Man"
* * * * * * * * * * * *


『おい、チャラ男! 聞こえるか?』

「え? ……ああ、ごめんマネージャー。ちょっと考え事してた」

『しっかりしろ、戦いはもう始まってるんだぞ。ラフプレー上等、ルールなんてクソ食らえ。俺たちはどんな手を使ってでも勝ちに行かなきゃいけないんだ』


 〈エンプレス〉が「休眠打破、スタンバイ」と発した直後、急に視界全体の明度が低下した。あの薄気味悪いチャイムが、再び頭の中を駆け巡る。


 ぴろん、ぴろん。
 ぴろん、ぴろん。


 そうして、新たなメッセージが俺たちの前に現れた。
 この町にいるというだけで巻き込まれた不運な人間に対する、一方的な死刑宣告が。


【磁気嵐警報(レベル5・緊急避難)

 発令対象地域:宮城県逢桜町 全域
 到達予想時刻:午後五時○○分

 甚大な被害をもたらす災害が間近に迫っています。
 急激な体調悪化、電子機器やAIパートナーの故障に厳重な警戒をしてください。

 ただちに、命を守る行動を取ってください。
 対象地域の方は、速やかに頑丈な建物の中へ避難するか――】


「避難が間に合わない場合は、激しい戦闘に備えてください」

「なお、逢桜町と宮城県、日本政府は、この警報を受けてあなたが下す選択と」

「それにより生じた、いかなる結果に対しても――」

「一切の責任を負いかねます、ときた」


 四人の人間が白抜き文字を一つ一つ、意味を確かめながら読み上げる。磁気嵐というと、太陽が爆発的に燃えることで地球の磁場が乱れる現象……だっけ。
 まともに食らったら電子機器類はダメになるんだよな。遅かれ早かれ、サングラスとスマホは故障する運命にあったか。


『敵パワーアップからの強制必敗バトル。王道も王道、お約束ですね』

「強制必敗? 勝たなきゃいけないって言ったのはおまえだろ。なのに、絶対勝てないってどういうことだよ」

『圧倒的な強さや戦力差を誇示するのが目的だ。殺される心配はまずない。練習試合と称してワールドカップのベストイレブンをけしかけられたようなものと思え』

「その例えだと俺が敵の主砲になるんですが」

『反応に困るキラーパスを返すな!』


 うちのマネージャーも危ないと警告されているが、こいつは俺を護ることに命を懸けている。
 AIだから死を恐れないし、仮に〈Psychicサイキック〉との接続を切れと言っても命令を無視するのがオチだろうな。

 まあ、俺はおまえがいてくれて助かってるよ。唯一の欠点があるとすれば、実体からだがなくて一緒にサッカーできないことぐらいか?
 たまにおちゃらけると、AIだってことを忘れるほど自然なリアクション返してくれてさ。毎日がハチャメチャですごく楽しい。


 本当に、すごく――よ。


「あ……ああ、ああああああ……!」

「逃げろ! 逃げないと殺されるぞ!」

「きゃあああああああ!」

「登れ、登れ! 堤防沿いのビルに逃げ込め!」

「やめろ、押すな! このままじゃ倒れ――ぎゃああああああ!」


 突然発表された知らない警報に、橋の下は一瞬で地獄絵図と化した。気持ち悪い電子音を聞いてパニックになった花見客が、一目散に堤防をよじ登っている。
 さっきまで大勢の人がくつろいでいた階段席のあたりでは、人が殺到するあまり将棋倒しが起きたようだ。


『っ……皆さん、落ち着いてください! 大丈夫だから、Calm down焦らないで!』

〈もうダメだ、オレたちはここで死ぬんだ!〉

〈本当に、どうしようもないのか――〉


 逢川に面した道路沿いにはビルや飲み屋が軒を連ねているみたいだけど、すでに避難してきた人で満員なのか、ガラス戸はどこも閉め切られてる。
 誰かが、片言の日本語で「あっち行こう」と言った。続けて「ニッポンの家、強い。地震、大きい、崩れない」だって。なんだそれ、偏見もいいところだ。

 普通の精神状態なら、みんな鼻で笑っただろう。
 でも、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。
 逃げるのに必死なあまり、みんな悪魔のささやきを聞いてしまった。


「東日本大震災に始まり、十七年前の南海トラフ群発地震(中部・西日本大震災)と富士山の噴火、五年前は首都直下地震。その間に北海道と北陸は雪害、東北も大水害に遭った」

「九州・沖縄は台風にやられ、中国と四国も暑さで干からびた。この国にもう、安全なところはないの?」

「どれも八百万やおよろずの神様から袋叩きにされたような被害だったが……そうか。滅びを何度も経験したこの国は、普通の家すら頑丈なんだ」

〈新しい家を狙え! 逆らう奴は家から引きずり出すんだ!〉


 人混みの中から、野太い男の声が英語でそう叫んだ。一般的にお人好ひとよしで礼儀正しいとされる日本人のモラルを、荒々しい暴力と生存本能が侵していく。
 そうして、行き場を失った獣の群れは狭い路地へと入っていった。


「な、何ですかあなたたち!」

〈うるせえアマだな、家に入れないとぶっ殺すぞ!〉


 連打されるインターホンを不審に思ったのか、住人らしい女の人が姿を見せる。
 玄関先で待ち構えていた外国人の男が彼女の腕をつかんで家に押し入り、後ろにいた大勢の人も土足のままそいつの後ろに続いた。


「びゃあああああああ!」

「ありゃ。姉ちゃん、赤ん坊おったんか。ごめんなあ。おばちゃん、まだ死にとうないねん」

「カネも命もらんから、この磁気嵐警報いうんが解除されるまで、おうちに入れてくれへんかなあ。頼むわあ」

『お願いだからもうやめて! やめてよ、みんな!』

「いやああああ! 助けて、誰か! 誰か――!」

 喉を引き裂かれたような住人の悲鳴、子どもの激しく泣き叫ぶ声。必死に自制を呼びかけるスピーカーからの声は、誰の耳にも届かない。
 この小さな町は、一時間にも満たないほんのわずかな間に、突然現れた正体不明のAIによって完全な機能不全に陥ってしまったんだ。
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