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Phase:01 サクラサク
side B-2 急転直下(下)
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【磁気嵐警報(レベル5・緊急避難)
発令対象地域:宮城県逢桜町 全域
到達予想時刻:午後五時○○分
甚大な被害をもたらす災害が間近に迫っています。
急激な体調悪化、電子機器やAIパートナーの故障に厳重な警戒をしてください。
ただちに、命を守る行動を取ってください。
対象地域の方は、速やかに頑丈な建物の中へ避難するか――】
「避難が間に合わない場合は、激しい戦闘に備えてください」
「なお、逢桜町と宮城県、日本政府は、この警報を受けてあなたが下す選択と」
「それにより生じた、いかなる結果に対しても――」
「一切の責任を負いかねます、ときた」
白抜き文字を一つ一つ、意味を確かめながら読み上げる。磁気嵐というと、太陽が爆発的に燃えることで地球の磁場が乱れる現象……だっけ。
まともに食らったら電子機器類はダメになるんだよな。遅かれ早かれ、サングラスとスマホは故障する運命にあったか。
『敵増援からの強制必敗バトル。王道も王道、お約束ですね』
「強制必敗? 勝たなきゃいけないって言ったのはおまえだろ。なのに、絶対勝てないってどういうことだよ」
『強さや戦力差を誇示するためによく使われる手法でな。練習試合と称してワールドカップのベストイレブンをけしかけられるようなものだ』
「その例えだと俺が敵に回るんですが」
『反応に困るキラーパスを返すな!』
うちのマネージャーも危ないと警告されているが、こいつは俺を護ることに命を懸けている。AIだから死ぬことを恐れる気持ちもないし、仮に〈Psychic〉との接続を切れと言っても『俺が逃げたら誰がお前を護る?』と命令を無視するのがオチだろうな。
「あ……ああ、ああああああ……!」
「逃げろ! 逃げないと殺されるぞ!」
「きゃあああああああ!」
「登れ、登れ! 堤防沿いのビルに逃げ込め!」
「やめろ、押すな! このままじゃ倒れ――ぎゃああああああ!」
突然降って湧いた謎の警告に、橋の下は一瞬で地獄絵図と化した。警報を聞いてパニックになった花見客が、一目散に堤防をよじ登っている。さっきまで大勢の人がくつろいでいた階段席のあたりでは将棋倒しが起きたようだ。
『っ……皆さん、落ち着いてください! 大丈夫だから、焦らないで!』
〈もうダメだ、オレたちはここで死ぬんだ!〉
〈本当に、どうしようもないのか――〉
橋から堤防の上、逢川に面した道路沿いにはビルや飲み屋がいくつか軒を連ねているが、すでに満員なのかガラス戸が閉め切られている。
誰かが「よそをあたろう」と言った。続けて「ニッポンの家、強い。地震、大きい、崩れない」だって。なんだそれ、偏見もいいところだ。
普通の精神状態なら、みんな鼻で笑っただろう。でも、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。逃げるのに必死なあまり、みんな悪魔のささやきを聞いてしまった。
「東日本大震災に始まり、十七年前の南海トラフ巨大地震(中部・西日本大震災)と富士山の噴火、五年前は首都直下地震。その間に北海道と北陸は雪害、東北も大水害に遭った」
「九州・沖縄は台風にやられ、中国と四国も暑さで干からびた。この国にもう、安全なところはないの?」
「どれも八百万の神様から袋叩きにされたような被害だったが……そうか。滅びを何度も経験したこの国は、普通の家すら頑丈なんだ」
〈新しい家を狙え! 逆らう奴は家から引きずり出すんだ!〉
人混みの中から、野太い男の声が英語でそう叫んだ。一般的にお人好しで礼儀正しいとされる日本人のモラルを、荒々しい暴力と生存本能が侵していく。
かくして、行き場を失った獣の群れは狭い路地へと入っていった。
「な、なんですかあなたたち!」
〈うるせえアマだな、家に入れないとぶっ殺すぞ!〉
「びゃあああああああ!」
「ありゃ。姉ちゃん、赤ん坊おったんか。ごめんなあ。おばちゃん、まだ死にとうないねん」
「カネも命も盗らんから、この磁気嵐警報いうんが解除されるまで、おうちに入れてくれへんかなあ。頼むわあ」
『お願いだからもうやめて! やめてよ、みんな!』
「いやああああ! 助けて、誰か! 誰か――!」
連打されるインターホンを不審に思ったのか、住人らしき女性が姿を見せる。玄関先で待ち構えていた外国人の男が彼女の腕をつかんで家に押し入り、後ろにいた大勢の人も土足のままそいつの後ろに続いた。
喉を引き裂かれたような住人の悲鳴、子どもの激しく泣き叫ぶ声。必死に自制を呼びかけるアナウンスは、誰の耳にも届かない。
「〈Psychic〉に異常な信号を流して、ヒトの認識を狂わせる。AIが現実世界へ干渉することを可能にした、人類史上最悪の人災――。やはり澪の書いたとおりだ」
この混乱の中でも、女子中学生は落ち着いた様子でそう話した。ミオ? それがこの状況を創った「神」とやらの名か。
「単刀直入に言う。私と手を組め」
「ギブ・アンド・テイクだ。俺たちはおまえを護り、おまえは俺たちを〝神〟に引き合わせる。それなら協力してやってもいい」
「いいだろう。約束は守る」
「よし、契約成立。天才同士仲良くしよ――」
「肉体派の天才はノーセンキューだ」
握手を求めたそばから女の子にそっぽを向かれた直後、第一報に続いて〈Psychic〉に新しい通知が届いた。【チュートリアル 橋の上に現れた〈モートレス〉を倒せ!】とある。なんのこっちゃ?
というか、さっきから聞き慣れない用語多すぎだろ。〈種子〉に〈五葉紋〉だっけ? 〈モートレス〉ってのも何のことだか。倒せっていうからには敵の名前か何かなんだろうけど。
『即断即決ここに極まれり、だな』
「ああ。黙って殺されるくらいなら、俺は戦って生き残る可能性に賭ける」
「私は賛成だ。あれは数で対抗すべき相手だとも」
「ところで誰か、このメッセージを解読できる方は?」
『まずは表題を〝任務〟と読み替えろちんちくりん』
「今度、人の身長に言及したら壊しますよ」
〈エンプレス〉から少し離れたところに転がるモノを指していた地図上の赤い点が、ピコピコと波紋を放つ。同時に、肉団子が吹きこぼれる鍋みたいな音を立てて膨らみ始めた。
発令対象地域:宮城県逢桜町 全域
到達予想時刻:午後五時○○分
甚大な被害をもたらす災害が間近に迫っています。
急激な体調悪化、電子機器やAIパートナーの故障に厳重な警戒をしてください。
ただちに、命を守る行動を取ってください。
対象地域の方は、速やかに頑丈な建物の中へ避難するか――】
「避難が間に合わない場合は、激しい戦闘に備えてください」
「なお、逢桜町と宮城県、日本政府は、この警報を受けてあなたが下す選択と」
「それにより生じた、いかなる結果に対しても――」
「一切の責任を負いかねます、ときた」
白抜き文字を一つ一つ、意味を確かめながら読み上げる。磁気嵐というと、太陽が爆発的に燃えることで地球の磁場が乱れる現象……だっけ。
まともに食らったら電子機器類はダメになるんだよな。遅かれ早かれ、サングラスとスマホは故障する運命にあったか。
『敵増援からの強制必敗バトル。王道も王道、お約束ですね』
「強制必敗? 勝たなきゃいけないって言ったのはおまえだろ。なのに、絶対勝てないってどういうことだよ」
『強さや戦力差を誇示するためによく使われる手法でな。練習試合と称してワールドカップのベストイレブンをけしかけられるようなものだ』
「その例えだと俺が敵に回るんですが」
『反応に困るキラーパスを返すな!』
うちのマネージャーも危ないと警告されているが、こいつは俺を護ることに命を懸けている。AIだから死ぬことを恐れる気持ちもないし、仮に〈Psychic〉との接続を切れと言っても『俺が逃げたら誰がお前を護る?』と命令を無視するのがオチだろうな。
「あ……ああ、ああああああ……!」
「逃げろ! 逃げないと殺されるぞ!」
「きゃあああああああ!」
「登れ、登れ! 堤防沿いのビルに逃げ込め!」
「やめろ、押すな! このままじゃ倒れ――ぎゃああああああ!」
突然降って湧いた謎の警告に、橋の下は一瞬で地獄絵図と化した。警報を聞いてパニックになった花見客が、一目散に堤防をよじ登っている。さっきまで大勢の人がくつろいでいた階段席のあたりでは将棋倒しが起きたようだ。
『っ……皆さん、落ち着いてください! 大丈夫だから、焦らないで!』
〈もうダメだ、オレたちはここで死ぬんだ!〉
〈本当に、どうしようもないのか――〉
橋から堤防の上、逢川に面した道路沿いにはビルや飲み屋がいくつか軒を連ねているが、すでに満員なのかガラス戸が閉め切られている。
誰かが「よそをあたろう」と言った。続けて「ニッポンの家、強い。地震、大きい、崩れない」だって。なんだそれ、偏見もいいところだ。
普通の精神状態なら、みんな鼻で笑っただろう。でも、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。逃げるのに必死なあまり、みんな悪魔のささやきを聞いてしまった。
「東日本大震災に始まり、十七年前の南海トラフ巨大地震(中部・西日本大震災)と富士山の噴火、五年前は首都直下地震。その間に北海道と北陸は雪害、東北も大水害に遭った」
「九州・沖縄は台風にやられ、中国と四国も暑さで干からびた。この国にもう、安全なところはないの?」
「どれも八百万の神様から袋叩きにされたような被害だったが……そうか。滅びを何度も経験したこの国は、普通の家すら頑丈なんだ」
〈新しい家を狙え! 逆らう奴は家から引きずり出すんだ!〉
人混みの中から、野太い男の声が英語でそう叫んだ。一般的にお人好しで礼儀正しいとされる日本人のモラルを、荒々しい暴力と生存本能が侵していく。
かくして、行き場を失った獣の群れは狭い路地へと入っていった。
「な、なんですかあなたたち!」
〈うるせえアマだな、家に入れないとぶっ殺すぞ!〉
「びゃあああああああ!」
「ありゃ。姉ちゃん、赤ん坊おったんか。ごめんなあ。おばちゃん、まだ死にとうないねん」
「カネも命も盗らんから、この磁気嵐警報いうんが解除されるまで、おうちに入れてくれへんかなあ。頼むわあ」
『お願いだからもうやめて! やめてよ、みんな!』
「いやああああ! 助けて、誰か! 誰か――!」
連打されるインターホンを不審に思ったのか、住人らしき女性が姿を見せる。玄関先で待ち構えていた外国人の男が彼女の腕をつかんで家に押し入り、後ろにいた大勢の人も土足のままそいつの後ろに続いた。
喉を引き裂かれたような住人の悲鳴、子どもの激しく泣き叫ぶ声。必死に自制を呼びかけるアナウンスは、誰の耳にも届かない。
「〈Psychic〉に異常な信号を流して、ヒトの認識を狂わせる。AIが現実世界へ干渉することを可能にした、人類史上最悪の人災――。やはり澪の書いたとおりだ」
この混乱の中でも、女子中学生は落ち着いた様子でそう話した。ミオ? それがこの状況を創った「神」とやらの名か。
「単刀直入に言う。私と手を組め」
「ギブ・アンド・テイクだ。俺たちはおまえを護り、おまえは俺たちを〝神〟に引き合わせる。それなら協力してやってもいい」
「いいだろう。約束は守る」
「よし、契約成立。天才同士仲良くしよ――」
「肉体派の天才はノーセンキューだ」
握手を求めたそばから女の子にそっぽを向かれた直後、第一報に続いて〈Psychic〉に新しい通知が届いた。【チュートリアル 橋の上に現れた〈モートレス〉を倒せ!】とある。なんのこっちゃ?
というか、さっきから聞き慣れない用語多すぎだろ。〈種子〉に〈五葉紋〉だっけ? 〈モートレス〉ってのも何のことだか。倒せっていうからには敵の名前か何かなんだろうけど。
『即断即決ここに極まれり、だな』
「ああ。黙って殺されるくらいなら、俺は戦って生き残る可能性に賭ける」
「私は賛成だ。あれは数で対抗すべき相手だとも」
「ところで誰か、このメッセージを解読できる方は?」
『まずは表題を〝任務〟と読み替えろちんちくりん』
「今度、人の身長に言及したら壊しますよ」
〈エンプレス〉から少し離れたところに転がるモノを指していた地図上の赤い点が、ピコピコと波紋を放つ。同時に、肉団子が吹きこぼれる鍋みたいな音を立てて膨らみ始めた。
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