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Phase:01 サクラサク
Side C - Part 3 彼と彼女の名推理
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Phase:01 - Side C "The Samurai"
* * * * * * * * * *
「サムライさんは、さっき『これが〈Psychic〉の闇だ』とおっしゃいましたね。こいつはそんな生ぬるい代物じゃない。科学的な呪いです」
「科学的な呪い……人間の脳と身体に、致命的な勘違いをもたらすほど強烈な自己暗示。大規模な集団催眠、カルト的洗脳の下地としては十分だな」
「本当は、あんたも気づいてるんだろ? あのAIの狙い。現実世界と仮想世界をリンクさせる複合現実を介して、俺たちに何をする気なのか」
「思い込み、覚めない夢の先……そうか、事実誤認による結果の改竄! 彼女はサイバー空間から現実世界に干渉するつもりなのか!」
神話によれば、ありとあらゆる災厄を吐き出した箱の底には、わずかな「希望」が残されていたという。
その光に相当するかもしれないチャラ男君は、またしても予想外の輝きを見せてくれた。
「だが、AIにもロボット三原則に準じた制約が存在する。人間に直接的な危害を加えることは不可能なはずだ」
「そのとおり。あいつは人間を殺すどころか、傷つけることさえできない。だけど、口八丁手八丁で唆すことはできる」
「AIは意思決定のサポートツール。最終的に発狂のトリガーを人間自身に引かせれば、三原則に抵触せずして人類を死に追いやれる」
「俺たちは、攻撃されてるんじゃない。自滅するように仕向けられたんだ!」
考えるまでもなく正答をつかみ取る直感。動物的本能、生存戦略、究極の順応性ともいえる才能。
それこそが一見ただの無謀、無鉄砲、向こう見ずな青年が世界で絶賛される理由。サッカー選手としては小柄な彼を天才たらしめた要因の最たるものだ。
「あと、MRは因果が逆転した世界です。五感を介して得た情報で脳が錯覚を起こすと、誤った反応が身体に伝わり誤作動が起きる」
――ああ。
「無理な競り合いが原因で足首を捻るんじゃない。ケガをすることになってるから、競り合った結果として足首を捻るんだ」
××君。キミという人間は、本当に――
「つまり、女帝サマに自殺させられる結末を根本から変えない限り、運命が俺たちを殺しに来る。どうりで〝道〟が視えないワケだ」
今なら分かるよ。スポーツ科学のスの字も関係ない研究者たちまで、チャラ男君にいたくご執心だった本当の理由。
いち早く〈Psychic〉とMRの奇妙で独特なルールに慣れ、高い適性を示したキミは――きっと、最高の×××であっただろうから。
「すごいなりょーちん、ナンバーワンだ」
「その掛け声は次節の試合でゴール決めた時まで取っといてください。この状況じゃ出られるかだいぶ怪しいですけど」
「キミには驚かされてばかりだよ。どこでその洞察力を身につけた?」
「ボールと身体と精神をコントロールするのはお手のものなんで」
「素でそう思っているならとんでもない天才だぞ」
「それはどうも。よく言われます」
歩道に倒れ込んだディレクターの男性は、さらに無惨な姿になっていた。
服と路上に漏れ出した体液が染みを広げ、張り詰めたジーパンが音を立てて尻から裂けたかと思うと、強烈な臭気を放つ血と汚物にまみれた肉塊が路上にまろび出てしまう。
そう、被害者が生み出しているのは――彼自身の、内臓だ。
「あの人……まだ、生きているのか」
「ええ。虫の息ですが」
「そこの男二人、私も混ぜろ。中学生にも意見を言う権利はあるはずだ」
長い黒髪の少女が立ち上がり、こちらに向けて声をかける。生意気な口が利けるだけの元気が戻ったようで何よりだよ。
そんな彼女の様子に女帝は目を輝かせ、花が綻ぶように笑った。殺気に近い敵意を投げつけられ、興味が湧いたらしい。
反応を見て楽しむ意図があるのか、敵の表情が意地の悪いものに変わる。
無実のリポーターの似姿をした〈エンプレス〉は、何度も何度もこれ見よがしに、路上に転がるディレクターへ赤いピンヒールを振り下ろした。
「おごっ、げぶっ! おぼぁあぁぁぁ!」
『いやあぁぁぁぁぁ! やめて! やめ……っ、や――あ、あああああぁ!』
身体の上下から内臓を吐き出すたびにディレクターの身体はびくりと跳ね、スピーカーが金切り声をあげた。
黙って拳を握り締め、ゆっくりと我々のもとへ歩み寄る少女は、女子中学生であるという。そんな若い身空に、この公開処刑はあまりにも酷だ。
しかし、彼女の前髪からのぞく黒い瞳はひどく挑戦的で、奥に炎が――すぐ隣の青年と同じ、希望の炎がくすぶっているのを私は見た。
「こんにちは、お姉さん。ご機嫌いかが?」
「役者は揃ったぞ、〈エンプレス〉。そろそろタネ明かしをしたらどうだ」
市川さんもどきの表情が変わった。実に意味深な発言だが、一体何のことだ?
この子は一体、何をどこまで知っている?
「タネ明かし? 何のことかさっぱりだわ」
「私は以前、知り合いが書いたSF小説を読ませてもらったことがある。そこにはこんなことが書いてあった――」
完全自律型AIによる、通信機器を介した大規模集団洗脳。
最初のひとりを起点として通信記録を芋づる式にたどり、人脈をニューラル・ネットワークに見立てて、あらゆるものを侵し壊すサイバーテロ。
女子中学生が紹介した小説のあらすじは、今の状況と酷似していた。
張り詰めた空気の中、彼女は確信に満ちた顔を上げる。
「〈エンプレス〉。お前の手口と、実によく似ていると思わないか?」
* * * * * * * * * *
「サムライさんは、さっき『これが〈Psychic〉の闇だ』とおっしゃいましたね。こいつはそんな生ぬるい代物じゃない。科学的な呪いです」
「科学的な呪い……人間の脳と身体に、致命的な勘違いをもたらすほど強烈な自己暗示。大規模な集団催眠、カルト的洗脳の下地としては十分だな」
「本当は、あんたも気づいてるんだろ? あのAIの狙い。現実世界と仮想世界をリンクさせる複合現実を介して、俺たちに何をする気なのか」
「思い込み、覚めない夢の先……そうか、事実誤認による結果の改竄! 彼女はサイバー空間から現実世界に干渉するつもりなのか!」
神話によれば、ありとあらゆる災厄を吐き出した箱の底には、わずかな「希望」が残されていたという。
その光に相当するかもしれないチャラ男君は、またしても予想外の輝きを見せてくれた。
「だが、AIにもロボット三原則に準じた制約が存在する。人間に直接的な危害を加えることは不可能なはずだ」
「そのとおり。あいつは人間を殺すどころか、傷つけることさえできない。だけど、口八丁手八丁で唆すことはできる」
「AIは意思決定のサポートツール。最終的に発狂のトリガーを人間自身に引かせれば、三原則に抵触せずして人類を死に追いやれる」
「俺たちは、攻撃されてるんじゃない。自滅するように仕向けられたんだ!」
考えるまでもなく正答をつかみ取る直感。動物的本能、生存戦略、究極の順応性ともいえる才能。
それこそが一見ただの無謀、無鉄砲、向こう見ずな青年が世界で絶賛される理由。サッカー選手としては小柄な彼を天才たらしめた要因の最たるものだ。
「あと、MRは因果が逆転した世界です。五感を介して得た情報で脳が錯覚を起こすと、誤った反応が身体に伝わり誤作動が起きる」
――ああ。
「無理な競り合いが原因で足首を捻るんじゃない。ケガをすることになってるから、競り合った結果として足首を捻るんだ」
××君。キミという人間は、本当に――
「つまり、女帝サマに自殺させられる結末を根本から変えない限り、運命が俺たちを殺しに来る。どうりで〝道〟が視えないワケだ」
今なら分かるよ。スポーツ科学のスの字も関係ない研究者たちまで、チャラ男君にいたくご執心だった本当の理由。
いち早く〈Psychic〉とMRの奇妙で独特なルールに慣れ、高い適性を示したキミは――きっと、最高の×××であっただろうから。
「すごいなりょーちん、ナンバーワンだ」
「その掛け声は次節の試合でゴール決めた時まで取っといてください。この状況じゃ出られるかだいぶ怪しいですけど」
「キミには驚かされてばかりだよ。どこでその洞察力を身につけた?」
「ボールと身体と精神をコントロールするのはお手のものなんで」
「素でそう思っているならとんでもない天才だぞ」
「それはどうも。よく言われます」
歩道に倒れ込んだディレクターの男性は、さらに無惨な姿になっていた。
服と路上に漏れ出した体液が染みを広げ、張り詰めたジーパンが音を立てて尻から裂けたかと思うと、強烈な臭気を放つ血と汚物にまみれた肉塊が路上にまろび出てしまう。
そう、被害者が生み出しているのは――彼自身の、内臓だ。
「あの人……まだ、生きているのか」
「ええ。虫の息ですが」
「そこの男二人、私も混ぜろ。中学生にも意見を言う権利はあるはずだ」
長い黒髪の少女が立ち上がり、こちらに向けて声をかける。生意気な口が利けるだけの元気が戻ったようで何よりだよ。
そんな彼女の様子に女帝は目を輝かせ、花が綻ぶように笑った。殺気に近い敵意を投げつけられ、興味が湧いたらしい。
反応を見て楽しむ意図があるのか、敵の表情が意地の悪いものに変わる。
無実のリポーターの似姿をした〈エンプレス〉は、何度も何度もこれ見よがしに、路上に転がるディレクターへ赤いピンヒールを振り下ろした。
「おごっ、げぶっ! おぼぁあぁぁぁ!」
『いやあぁぁぁぁぁ! やめて! やめ……っ、や――あ、あああああぁ!』
身体の上下から内臓を吐き出すたびにディレクターの身体はびくりと跳ね、スピーカーが金切り声をあげた。
黙って拳を握り締め、ゆっくりと我々のもとへ歩み寄る少女は、女子中学生であるという。そんな若い身空に、この公開処刑はあまりにも酷だ。
しかし、彼女の前髪からのぞく黒い瞳はひどく挑戦的で、奥に炎が――すぐ隣の青年と同じ、希望の炎がくすぶっているのを私は見た。
「こんにちは、お姉さん。ご機嫌いかが?」
「役者は揃ったぞ、〈エンプレス〉。そろそろタネ明かしをしたらどうだ」
市川さんもどきの表情が変わった。実に意味深な発言だが、一体何のことだ?
この子は一体、何をどこまで知っている?
「タネ明かし? 何のことかさっぱりだわ」
「私は以前、知り合いが書いたSF小説を読ませてもらったことがある。そこにはこんなことが書いてあった――」
完全自律型AIによる、通信機器を介した大規模集団洗脳。
最初のひとりを起点として通信記録を芋づる式にたどり、人脈をニューラル・ネットワークに見立てて、あらゆるものを侵し壊すサイバーテロ。
女子中学生が紹介した小説のあらすじは、今の状況と酷似していた。
張り詰めた空気の中、彼女は確信に満ちた顔を上げる。
「〈エンプレス〉。お前の手口と、実によく似ていると思わないか?」
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