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Phase:03 ガール・ミーツ・ストライカー
Side A - Part 4 ルート分岐
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『〝トワイライト・クライシス〟原作者、川岸澪。日本国国家安全保障会議、NSCの命により、特務執行官・佐々木と手代木がお前を保護する』
「そういうわけで、ひとつよろしく!」
彼らがそう口にした途端、場違いなファンファーレが辺りに鳴り響いた。現実とくっついたまま閉じなくなった複合現実の世界に、ゲームのような画面のポップアップが表示される。
現れた血の色のメッセージウィンドウにはただ一言【任務完了!】とあって、なんか薄気味悪い。
『では、次のミッションに移る。俺たちと一緒に来てもらうぞ』
「待ってください! さっきから何の話をしてるんですか?」
「原作者〝ミオ〟を見つけ出し、大講堂へ避難させろ。成功すれば、その時点で生きている町民全員の生命を保証する――さっき、そんな通知が配信されたんだ」
「あたし、そんなの知りません。たった今初めて聞きました」
『だろうな。この手のクエストは、標的に黙って流されるものだ』
その言葉であたしは悟った。さっきの質問が、ターゲットを確認する第一段階だったんだと。次はここからの避難が求められる。
でも、ここは完璧な安全地帯。確実に生き残ることだけを考えるなら、保健室を離れる理由がない。三人でここに閉じこもればいい。
「差出人は不明。まあ、眉唾ものだよな。だから俺はおまえに避難を強制しないし、するつもりもない」
『良平! お前、何を言って――』
「ただ、さ。この提案が本物だったら、多くの人が助かる。おまえは書き手であると同時に、町民みんなの運命を変える主人公にもなれるんだ。それって、すごいことだと思わないか?」
これはルート分岐だ。あたしは、主人公として選択をしなきゃいけない。
――なんて、そんなこと急に言われても困るよ! あたしの決断ひとつに、町民全員の命がかかってるってことでしょ?
重責で息が詰まる。胸が苦しい。助けを求めてすがるような目を向けると、天才はあたしに右手を差し伸べて言った。
「俺は、この黄昏を越えていく。おまえも一緒について来いよ」
これも、りょーちんが持つ魅力なのかな。空のてっぺん、支配者の青に見つめられると、何でも言うことを聞いてしまいたくなる。
強制されるというよりは、自然と背中を押される感じ。進みたいけどためらっていた、あと一歩を踏み出す勇気をくれる。そんな目だ。
「――よろしくお願いします」
「そう来なくちゃな!」
大きな決断をして震える手を、りょーちんがそっと握ってくれた。指先から伝わる鼓動と温もりが、意識を現実につなぎ留める。
現実と非現実がくっついたこの世界で生き残るコツは、自我を保つことに尽きる。たとえ五体満足でも、精神が死んでしまえば元も子もない。
そしてここは、科学的な理論さえあれば空想が現実になる世界だ。想像力がすべて、妄想こそ力。物理学的にあり得ないことも、条件次第で実現する。
あたしの世界でバッドエンドなんて、あたしが許さない。
受け入れられない未来は、あたしがこの手で書き換えてみせる!
「って……りょーちん、脈おっそ! 遅くない? 生きてる!?」
『俗に言うスポーツ心臓だな。日常的に激しい運動をこなすアスリートの中には、安静時で毎分四十五回ほどしか脈を打たない者もいる』
「ん。ちゃんと生きてるし、実体もあるから大丈夫だぞ」
「そ、そうなんですか。びっくりした……」
手を離してからも、二人はあたしを怖がらせまいと軽い雑談に興じてくれた。その一方で、ちゃんと警戒も怠らない姿勢が頼もしい。
『そうそう、葉山とかいうのは放っておけ。駿河弁で軽く脅しておいたから、次に会ったら少しはおとなしくなるはずだ』
「脅してません。軽~く釘を刺しただけです。いい加減にしろよおまえ、ぶん殴るぞってな」
手代木さんはリアルタイムで〝じきたん〟から情報を入手し、〈モートレス〉の位置を推定。
同時に〝防災結界〟とりょーちんの体調のモニタリングも行いつつ、目的地の大講堂に通じる最短で安全なルートも検索中だ。
「あっははははは! あれ、そういう意味だったんですか? やるぅ~!」
『自然に笑いを引き出したな。イケメン様は女の扱いも経験豊富ときた』
「そういうこと言うなって。まだナイトゲームの時間帯じゃないだろ」
『ギリギリを狙うのはゴールだけにしてくれませんかね!』
りょーちんはあたしよりもずっと耳がいいらしく、遠くの物音にも反応してすぐに武器を取り回した。
初見で拳銃かと思ったやつはモデルガンですらなく、体育の時間でおなじみの電子スターティングピストルだ。
分析担当のAIと実務担当の人間、この二人の絶妙な連携によって保健室の平和は保たれている。
『職業柄、お前の場合は手より先に足が出ないか?』
「それはない。格闘家と同じで、俺の脚は凶器になる。自分は理性あるヒクイドリだって言い聞かせて、まともな動物は蹴らないと決めてんの」
「相手が〈モートレス〉だったら?」
「先手必勝、一撃必殺、開幕速攻先制攻撃」
『ホントにオフェンスしか頭にないな、このアルティメットチャラ男!』
そうして何度目かのボケとツッコミが一息ついた直後、二人は急に声を潜めて真顔になった。ただならぬ空気を感じて、あたしも思わず小声になる。
「――マズいな。来るぞ」
『こちらでも把握した。すぐにここを離れよう』
「えっ、そんな急に? 敵は全部倒してきたって話じゃ……」
おかしい。地震でもないのに、床が規則的に揺れているような気がする。壁はミシミシ音を立て、窓ガラスもビリビリ鳴っている。
りょーちんはピストルを手近な机の上に置き、昇降口の方角に青い目を向けた。
「そういうわけで、ひとつよろしく!」
彼らがそう口にした途端、場違いなファンファーレが辺りに鳴り響いた。現実とくっついたまま閉じなくなった複合現実の世界に、ゲームのような画面のポップアップが表示される。
現れた血の色のメッセージウィンドウにはただ一言【任務完了!】とあって、なんか薄気味悪い。
『では、次のミッションに移る。俺たちと一緒に来てもらうぞ』
「待ってください! さっきから何の話をしてるんですか?」
「原作者〝ミオ〟を見つけ出し、大講堂へ避難させろ。成功すれば、その時点で生きている町民全員の生命を保証する――さっき、そんな通知が配信されたんだ」
「あたし、そんなの知りません。たった今初めて聞きました」
『だろうな。この手のクエストは、標的に黙って流されるものだ』
その言葉であたしは悟った。さっきの質問が、ターゲットを確認する第一段階だったんだと。次はここからの避難が求められる。
でも、ここは完璧な安全地帯。確実に生き残ることだけを考えるなら、保健室を離れる理由がない。三人でここに閉じこもればいい。
「差出人は不明。まあ、眉唾ものだよな。だから俺はおまえに避難を強制しないし、するつもりもない」
『良平! お前、何を言って――』
「ただ、さ。この提案が本物だったら、多くの人が助かる。おまえは書き手であると同時に、町民みんなの運命を変える主人公にもなれるんだ。それって、すごいことだと思わないか?」
これはルート分岐だ。あたしは、主人公として選択をしなきゃいけない。
――なんて、そんなこと急に言われても困るよ! あたしの決断ひとつに、町民全員の命がかかってるってことでしょ?
重責で息が詰まる。胸が苦しい。助けを求めてすがるような目を向けると、天才はあたしに右手を差し伸べて言った。
「俺は、この黄昏を越えていく。おまえも一緒について来いよ」
これも、りょーちんが持つ魅力なのかな。空のてっぺん、支配者の青に見つめられると、何でも言うことを聞いてしまいたくなる。
強制されるというよりは、自然と背中を押される感じ。進みたいけどためらっていた、あと一歩を踏み出す勇気をくれる。そんな目だ。
「――よろしくお願いします」
「そう来なくちゃな!」
大きな決断をして震える手を、りょーちんがそっと握ってくれた。指先から伝わる鼓動と温もりが、意識を現実につなぎ留める。
現実と非現実がくっついたこの世界で生き残るコツは、自我を保つことに尽きる。たとえ五体満足でも、精神が死んでしまえば元も子もない。
そしてここは、科学的な理論さえあれば空想が現実になる世界だ。想像力がすべて、妄想こそ力。物理学的にあり得ないことも、条件次第で実現する。
あたしの世界でバッドエンドなんて、あたしが許さない。
受け入れられない未来は、あたしがこの手で書き換えてみせる!
「って……りょーちん、脈おっそ! 遅くない? 生きてる!?」
『俗に言うスポーツ心臓だな。日常的に激しい運動をこなすアスリートの中には、安静時で毎分四十五回ほどしか脈を打たない者もいる』
「ん。ちゃんと生きてるし、実体もあるから大丈夫だぞ」
「そ、そうなんですか。びっくりした……」
手を離してからも、二人はあたしを怖がらせまいと軽い雑談に興じてくれた。その一方で、ちゃんと警戒も怠らない姿勢が頼もしい。
『そうそう、葉山とかいうのは放っておけ。駿河弁で軽く脅しておいたから、次に会ったら少しはおとなしくなるはずだ』
「脅してません。軽~く釘を刺しただけです。いい加減にしろよおまえ、ぶん殴るぞってな」
手代木さんはリアルタイムで〝じきたん〟から情報を入手し、〈モートレス〉の位置を推定。
同時に〝防災結界〟とりょーちんの体調のモニタリングも行いつつ、目的地の大講堂に通じる最短で安全なルートも検索中だ。
「あっははははは! あれ、そういう意味だったんですか? やるぅ~!」
『自然に笑いを引き出したな。イケメン様は女の扱いも経験豊富ときた』
「そういうこと言うなって。まだナイトゲームの時間帯じゃないだろ」
『ギリギリを狙うのはゴールだけにしてくれませんかね!』
りょーちんはあたしよりもずっと耳がいいらしく、遠くの物音にも反応してすぐに武器を取り回した。
初見で拳銃かと思ったやつはモデルガンですらなく、体育の時間でおなじみの電子スターティングピストルだ。
分析担当のAIと実務担当の人間、この二人の絶妙な連携によって保健室の平和は保たれている。
『職業柄、お前の場合は手より先に足が出ないか?』
「それはない。格闘家と同じで、俺の脚は凶器になる。自分は理性あるヒクイドリだって言い聞かせて、まともな動物は蹴らないと決めてんの」
「相手が〈モートレス〉だったら?」
「先手必勝、一撃必殺、開幕速攻先制攻撃」
『ホントにオフェンスしか頭にないな、このアルティメットチャラ男!』
そうして何度目かのボケとツッコミが一息ついた直後、二人は急に声を潜めて真顔になった。ただならぬ空気を感じて、あたしも思わず小声になる。
「――マズいな。来るぞ」
『こちらでも把握した。すぐにここを離れよう』
「えっ、そんな急に? 敵は全部倒してきたって話じゃ……」
おかしい。地震でもないのに、床が規則的に揺れているような気がする。壁はミシミシ音を立て、窓ガラスもビリビリ鳴っている。
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