トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:03 ガール・ミーツ・ストライカー

Side A - Part 3 〝天上の青〟

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「ええええええ――っ!?」

「お約束の反応ありがとう。でも、今はちょ~っち静かにしてもらいたいかな」

「だ、だだだ、だって、りょーちんが! 生で!」

「はいはい、生ものですよっと。選手生命しょうみきげんはおおむね三十代、ゴールかアシスト数に応じてたい焼きを与えるとより長持ちしま~す」

『小学生かお前は!』


 佐々木シャルル良平。フランス生まれ、静岡県富士市育ちの二十三歳。

 五歳の時、たまたま知り合った大家さん――羽田選手の誘いで、サッカーと運命的な出逢いを果たす。
 それから間もなく、ド素人とは思えない俊足と小回りの利くセットプレー(相棒はもちろん大家さんだ)がたまたま動画に映り込み、一躍有名になった。

 今のあたしと同じ十六歳の頃には、当時J1の強豪だった東海ステラの看板選手として、リーグと天皇杯の二冠を達成したんだっけ。
 個人では、日本代表としても数々の大会に出場。ベストイレブンや得点王に輝いたこともあるエースストライカーだ。


『まったく……お前のせいで静岡県人のイメージがおかしくなったらどうする』

「なんないなんない。伊豆と駿河するがと遠州じゃ文化も言葉も大違い、東西混交カオスな価値観、基本的に陽気で穏やか~なお国柄は俺一人程度じゃ覆らないから」

『富士山、サッカー、お茶、うなぎ、工業(特にバイクと模型と楽器と紙)の話になると目の色変えて食い気味にしゃべり出すのは三国共通だがな』

「で、おまえはその接頭語に『チャラくてチョロい』が加わるのを心配してると」

『自覚があるならぜひ改めてもらいたいね』


 いつも明るく気配り上手、ピッチを出ればノーサイド。基本的には誰にでも好意的かつ穏やかに接する。
 欧米由来の目立つ容姿と親しみやすさ、日本人の礼儀正しさと寛容さを兼ね備え、よそのサポーターからも愛される選手なんてそういない。

 一説によれば、逢桜町の人口が安定しているのは、りょーちん見たさに危険を顧みず移住してくるファンが絶えないからともいわれている――。


『いつまでもおちゃらけてると、ステラの守護神が真っ赤なCBRで浜松から遠路はるばる殺しに来るぞ』

「俺のスズキちゃん、車検と魔か……整備で今週いっぱい留守なんですけど。フルスロットルで追ってくるホンダの四気筒リッターマシンを身体ひとつで撒けと仰せですかセナさん」

『これは異なことを。バイクが超音速旅客機コンコルドの逃げ足に追いつけるとでも?』

比喩ひゆ表現なんだよなあ!」


 小林くんの熱心な布教によって刷り込まれたりょーちんのプロフィールを頭の中で再生しながら、あたしは二人の様子をうかがった。
 会う前の印象は、完全無欠のハイスペックイケメン。同じく〝天才〟の幼なじみを持つ身として、何かと比べられがちな大家さんには同情を禁じ得ない。

 で、実物はというと……思ったよりもずっと明るく、まぶしく、太陽のようにきらびやかなれ物に――だいぶ俗っぽい人格がインストールされていた。


 ……マジ? これがりょーちんの素顔? ユニ脱いだらただのチャラ男じゃん!


『失礼、申し遅れたな。俺は良平の専属マネージャー、手代木てしろぎ瀬名せなだ。見てのとおりパートナーAIでもある』

「よ、よろしくお願いします」


 よかった。マネージャーさんはぶっきらぼうだけど常識人みたい。
 「よかった」って言い方がなんかもうおかしいけど。


『さっそくだが、今の状況を整理・共有したい。まず、校舎全体と現在地の位置関係は把握できているか?』

「えっ、と……すいません。今日入学したばっかの新入生なんで」

『では、校舎の案内図を共有しよう。ここは宮城県立逢桜高校の保健室、校舎直結の付属施設では最南端に位置する』

「そうなんですか」

『来る時見かけたものはマスターが蹴り飛ばしたから、現在階下を含めた半径五メートル以内に〈モートレス〉の反応はない』

「全部俺のせいにするのやめてね? おまえもアシストしたからね?」


 手代木さんと名乗るりょーちんのパートナーAIは、空中をすいっと滑るように移動してあたしの正面に立った。
 とびきりのイケメンではないけど、人並みに整った風貌だ。信用に足る人物かと問われれば、見た目は別にどこも怪しくない。


『では――単刀直入に訊こう。お前が〝ミオ〟だな?』

「その前に人の話聞けや根暗」


 でも、この人はAIだ。あたしたちから日常を奪った犯人と同じモノだ。悪意がなくても今ひとつ、心のどこかで疑ってしまっている。
 わかってるよ。風評被害なのは百も承知、AIがみんな人間の敵に回ったワケじゃない。だけど、正直に話すことにどうしても抵抗を覚えてしまう。

 不安に思っていると、あたしの向かいに立つ彼のご主人様と目が合った。言葉はなくとも、澄んだ瞳の輝きが背中を押してくれる。

 大丈夫だ、俺を信じろ。俺とこいつに任せてくれ、と。


「――はい。あたしが、川岸……澪です」

『よろしい。これで第一段階クリアだ』

「第一段階?」

「説明はあとで。その前に言っときたいことがある」


 手代木さんがりょーちんのそばに戻る。二人はあたしを見つめ、それぞれ得意げなキメ顔と屈託のない笑顔を見せた。
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