トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:03 ガール・ミーツ・ストライカー

Side A - Part 2 救援者

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 確かに、一度作動した〝防災結界〟は外から解除できない。人間はこの部屋の存在を認知できるけど、開かずの部屋と思い込まされるのは化け物と同じ。

 だから、もし誰かがここへ来たら、あたしは究極の選択を迫られる。


『なんで、だと? 負傷した者は保健室を目指す。誰かが訪ねてきたその時、お前が化け物に見つかることを恐れ、ドアを開けなかったら?』

「そんなこと――!」

『しない、とは言い切れないだろう? 誰しも自分が一番可愛いからな。いいか、私は確かに注意したぞ。そのうえでどう動くかはお前次第だ』


 扉を開けなければ、部屋の前で誰かを見殺しにするかもしれない。
 扉を開ければ、負傷した人もろとも〈モートレス〉に見つかって殺されるかもしれない。来た人を運よく収容できても、致命傷だったらどうしようもない。

 いずれにせよ、尊い命が喪われたなら、それは自分勝手な新入生あたしのせい――。
 このクズ教師は、そういうシナリオを組み立てている。生徒を導く役目を放棄し、徹頭徹尾「私は悪くない」って言い張るつもりなんだ。


『入学早々、面倒事ばかり起こしやがって。クソガキといえばもう一匹、生意気な頭痛の種がいて嫌になる』

「あたし、口はともかく素行は悪いって指摘されたことないですよ。口答えにもならない正論が生意気に聞こえるなんて、先生向いてないんじゃないですか?」

『う、うるさい! あのバカも〝逃げ遅れた生徒たちを避難させる〟などとほざいて自分から外に出て行った。せいぜい犬死にがオチだろうになァ!』


 目の前にいたら急所を蹴り上げてやりたくなるほどムカつく念話相手の顔を、あたしはあんまりよく覚えてない。
 でも、きっとそれでいい。覚えてたら憎しみが増すだけだから。

 っていうかさ、ほかの人までけなすのはどうなの? 先生として、大人として……というか、それ以前に人間としてどうかと思うわ。
 自分は安全地帯にいるからって、好き放題言ってんだな。実は居場所の結界破れてました~、ってパターンで無様に命乞いすればいいのに。


 冷静な第三者の声が割り込んできたのは、そんな呪いのフラグを立ててやる寸前まであたしの怒りが煮えたぎった時だった。


『さっきから黙って聞いてりゃ……いい加減にしろよおんしゃ。ぶっさらうぞ』

「え?」

『川岸、だっけ? 葉山先生の悪口はぜーんぶ録音しといたから、あとで学年主任と町の教育委員会にダイレクトシュートお見舞いしようぜ!』

『な……!』

『残念でした、足の速さとしぶとさにかけては定評のある俺です。二分もあればそっちに着くから、それまで静か~に待っててくれよな』


 声の主はそう言うと、一方的に通信を切った。若い男の人の声だったように思う。ここへ駆けつけてくれるというその言葉を、あたしは信じてみることにした。
 葉山先生が『覚えてろ、……木!』とか何とか言ってたけど、希望に出会うと細かいことはどうでもよくなって、すがりつきたくなるのが人間というものだ。

 担任とも連絡を絶って、あたしは内開きのドアの前に移動した。
 いつもなら、あっという間に過ぎる二分。カップラーメンが出来上がるよりも短い、ごくごくわずかな二分間が、これまでの人生で一番長く感じられた。


 ――そして。


『これで最後だ、道を空けな!』


 曇りガラスがはめ込まれた入口の向こうで、青白い光が見えた。何か軽いものがぶつかる音がした直後、強い衝撃と縦揺れが建物全体を襲う。


「うわあああああ!」

『今だ、開けろ! 戸締まりは俺がやる!』


 触れたドアノブが白く光って見える。このまま扉を開けたら、〝防災結界〟が解除されることを示す警告だ。
 自分のことだけ考えるなら、このまま開けずに無視すればいい。助けに来てくれた誰かの命は、あたしの行動にかかっている。

 震える右手首を、左手でつかむ。力が入らない。回せない。
 やめなよ、と悪魔の声が聞こえる。だってこの人、勝手に来たじゃん。あたし、助けてほしいなんて言ってないよ? と。

 歯を食いしばり、誘惑に耐える。
 大丈夫だ、できる。開ける、開けろ、ひらけ。


 あたしは――差し伸べられた手を取るって決めたんだ!


「よーし、いい子だ!」


 開いた扉の中へ身体をねじ込みながら、救援者は廊下の向こうに右腕を向けた。発砲音を数発聞いて、その手に握られているのが銃だと気づく。
 急いで内側からドアに鍵をかけ、再び結界が有効になったことを確かめると、彼は西日を背に受けるあたしの顔をじっと見つめた。


「よく頑張ったな。締め出されるの覚悟で来てみたが、すんなり通してくれるとは。ここからは、俺がその勇気に応えよう」


 キラキラと輝くツートンカラーの髪。二次元でしか見ないような青さの目。四月上旬の夕方に着て歩くには、ちょっと寒そうな半袖短パン。
 年がら年中、それを仕事着かつ勝負服として身にまとう姿は、本当におとぎ話の世界から抜け出してきた王子様がサッカー選手のコスプレをしているようだった。


初めましてプルミエール。俺は――」


 〝神〟にされたあたしと、人間離れしたストライカー。
 のちに世界を変える二人はこの日、出逢うべくして出逢いを果たした。
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