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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり
side A-2 襲撃
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「ほんっっっとすげー盛り上がりだったよな、あの試合! もう初っ端から全力でさあ、どんだけ大勢にマークされようがお構いなしよ」
「高速ドリブルで正面突破、フェイントに相手総崩れ。最後はキーパーと一対一からの豪快なミドル! そりゃ圧勝しますわ」
「しかもイケメンだしね。現役引退したら俳優かタレントになってくんないかな……」
「お前は顔じゃなくてプレーを見ろよ!」
……あのさあ、小林くん。いくら何でも突破力おかしくない? なんでもうクラスの中心にいるんですかねえ、このコミュ力お化け!
「尊敬する大人は佐々木シャルル良平、憧れの選手はもちろんりょーちん。サッカー大好き大得意、小林公望です。よろしく!」
「ほう。ほほ~う? 逢桜中で最もチャラい、りょーちんオタクのストライカー。略してチャライカーとはおぬしのことか」
「だいたい合ってるけど違います」
「どっちだよ!」
教室内にどっと湧き起こる笑い声。一つ下の二階で鈴歌と別れ、入口の引き戸についてるガラス窓越しに「うーん、知ってる顔少ないな。こりゃアウェイだわ」とつぶやいて一年C組に入った数分後、小林劇場が幕を開けた。
さっきまで知ってる人、同じ学校出身者同士で固まってたのに、自分の席の近くで立ち話をしていた男子に話しかけてからの試合展開はあっという間。磁石を近づけられた砂鉄みたいに、みんな窓際へどんどん吸い寄せられていく。
そしてあろうことか、あたしの席はネオジウム磁石の真横。つまり隣だ。教室の中ほどの行、教壇から向かって右側二列目という絶妙にサボれない位置にあるうえ、こんな人気者が隣だったら――
『ごめん、川岸! 教科書見せてくんない? 寮に置いてきちゃった』
『待って待って待って、近い! 近すぎ! レッドカード!』
『何言ってんだ、席くっつけないと見えないだろ。もっとこっち来いよ』
『ひえぇぇぇぇぇ~!』
あ、ダメだ。妄想するまでもなく「川岸さん、ちょっと調子乗ってない?」とか因縁つけられて、同じクラスの女子たちから校舎裏に呼び出されるデッドエンドだ。
隣のスポーツ刈り男子から一時的に距離を置くことにし、自分の席に着いたあたしは『もろびとこぞりて』をカバンから取り出した。
「はろはろ~。そこの茶髪のおねーさん、お名前は?」
「え……ええっ、あたし?」
ところがどっこい、神様は現実逃避を許してくれないようだ。表紙を開き、ページをめくり、いざ読み始めようとしたところで左から流れ弾が飛んでくる。
「はい。あたしです。ウチは工藤七海、ななみんでいーよー」
あたしに背を向け小林くんと話していた女子が、急に振り返った。毛先と前髪の右端に真っ赤なメッシュを入れた金髪で、腕には同じく赤無地のシュシュ。ミニ丈のスカートに腰巻きカーディガン、目のやり場に困るほどシャツの胸元をくつろげて腕まくり。すでに風紀面で問題児すぎる。
絶対仲良くなれないタイプだし、いきなりあだ名呼びなんてハードル高いよ! スクールカースト上位のノリってこれが普通なの? 毎日こんな調子で会話すんの?
ごめん、前言撤回! 助けて小林く~ん!
「やめろよ工藤。無理やり絡むな」
「邪魔する気なんかありませーん。キョーミ津々なだけでーす」
「え、ななみん本読めんの? いかにも活字アレルギー持ってそうなのに」
「はァ~? そんなことないし。字が読めれば読めるし」
「読めても〝理解できる〟とは限りませんぞ工藤氏」
そんな心の叫びが伝わったのか、小林くんと女子の一人が助け舟を出してくれた。工藤さんの注意が逸れたことで、あたしもちょっと冷静になる。
初対面の人へ話しかけるには、誰だって勇気が要るはず。せっかくのチャンスを無視するのはもったいないし、マナー的にも最低だ。
しっかりしろあたし、高校デビュー決めるんだろ? 行け!
「あ、あのっ」
「うん?」
本を閉じ、席を立って、怪訝そうな顔の工藤さんを見つめる。少し震える声で名乗ろうとした瞬間、すぐ近くで大きな衝撃音がした。
あたしの斜め前、教室の真ん中あたりの席に座っていた子が、机に荒々しく手をついて立ち上がる。三つ編みに丸メガネをかけた、おとなしそうな女の子だ。うろ覚えだけど、確か同じ中学校出身だった気がする。
その子は迷いなく、つかつかとあたしのほうに歩み寄ってきた。右手に何かきらりと光るものを携えて。
「川岸さん――川岸、澪」
「はい?」
「死ねぇぇぇぇぇッ!」
女子の誰かが上げた悲鳴が、穏やかな空気を切り裂いた。相手が腕を振りかぶったのを見て、あたしは背けた顔の前に単行本を掲げ盾にする。
直後、押しつぶされるような衝撃がソフトカバーのネコ耳美女を貫通し、持ち主の左こめかみを割るギリギリのところで止まった。もし、ノワールがいなかったら――と考えて、全身から変な汗がどっと吹き出す。
「きゃあああああああ!」
「うわあぁぁぁぁぁッ! 刺した、刺した!」
「みんな、退がれ! デカい針みたいなの持ってるぞ!」
ヤバい。これ、全然手加減してない。全体重を乗せた、殺る気満々の一撃だ!
女子生徒は歯ぎしりをして『もろびとこぞりて』を引っつかんだ。爪を食い込ませながら一緒に握り込まれる右手の痛みに、思わず顔をしかめる。
「……っ!」
「よくのうのうと生きてられるね。自分が何をしたか分かってんの!?」
「誰か、先生呼んで来い! 早く!」
千枚通しの針には返しがない。力任せに引っ張れば簡単に抜ける。一撃で仕留め損なったらメッタ刺しにすればいい、という猟奇的な思考を生む悪魔のような武器だ。
ずるっ、とわずかな抵抗を伴って凶器が引き抜かれた。相手が一瞬よろけたのを見逃さず、小林くんがその右手首を捻り上げてあたしの机に叩きつける。
派手な物音がして、女の子は武器を取り落とし悲鳴を上げた。それより床にへたり込んだ自分の心配しろよって話だけど、骨折ってないよね? 大丈夫?
「川岸! 大丈夫か!?」
「グッジョブ、コバっち! 武器奪ったどー!」
工藤さんが、取り上げた千枚通しを誇らしげに掲げる。今度は大声で何事か叫びながらあたしに蹴りを入れようとする犯人の両手両足を、男子たちが総出で押さえつけた。
ショックで泣き出す子も出る中、本鈴が鳴って担任登場。すでに額に青筋浮いてて不機嫌そうなんですけど、どうすんのこれ?
「なっ……何をしているんだお前たち、やめなさい!」
「死ねっ! 死ねよ! 全部お前のせいだ、死んで詫びろ!」
「みおりん、先生来たよ! もう大丈夫――」
ああ、安心したら意識が遠のいてきた。みんなの心配する声が聞こえる。たぶんどこもケガしてないはずだけど、頭でも打ったかな。
不思議……別に、眠くないのに……目が……閉じ、て……
「川岸? おい、しっかりしろ! 川岸!」
二十四人のクラスメイトと担任の先生に見守られながら、あたしは新しい教室のど真ん中で人生初の気絶というものを体験した。
「高速ドリブルで正面突破、フェイントに相手総崩れ。最後はキーパーと一対一からの豪快なミドル! そりゃ圧勝しますわ」
「しかもイケメンだしね。現役引退したら俳優かタレントになってくんないかな……」
「お前は顔じゃなくてプレーを見ろよ!」
……あのさあ、小林くん。いくら何でも突破力おかしくない? なんでもうクラスの中心にいるんですかねえ、このコミュ力お化け!
「尊敬する大人は佐々木シャルル良平、憧れの選手はもちろんりょーちん。サッカー大好き大得意、小林公望です。よろしく!」
「ほう。ほほ~う? 逢桜中で最もチャラい、りょーちんオタクのストライカー。略してチャライカーとはおぬしのことか」
「だいたい合ってるけど違います」
「どっちだよ!」
教室内にどっと湧き起こる笑い声。一つ下の二階で鈴歌と別れ、入口の引き戸についてるガラス窓越しに「うーん、知ってる顔少ないな。こりゃアウェイだわ」とつぶやいて一年C組に入った数分後、小林劇場が幕を開けた。
さっきまで知ってる人、同じ学校出身者同士で固まってたのに、自分の席の近くで立ち話をしていた男子に話しかけてからの試合展開はあっという間。磁石を近づけられた砂鉄みたいに、みんな窓際へどんどん吸い寄せられていく。
そしてあろうことか、あたしの席はネオジウム磁石の真横。つまり隣だ。教室の中ほどの行、教壇から向かって右側二列目という絶妙にサボれない位置にあるうえ、こんな人気者が隣だったら――
『ごめん、川岸! 教科書見せてくんない? 寮に置いてきちゃった』
『待って待って待って、近い! 近すぎ! レッドカード!』
『何言ってんだ、席くっつけないと見えないだろ。もっとこっち来いよ』
『ひえぇぇぇぇぇ~!』
あ、ダメだ。妄想するまでもなく「川岸さん、ちょっと調子乗ってない?」とか因縁つけられて、同じクラスの女子たちから校舎裏に呼び出されるデッドエンドだ。
隣のスポーツ刈り男子から一時的に距離を置くことにし、自分の席に着いたあたしは『もろびとこぞりて』をカバンから取り出した。
「はろはろ~。そこの茶髪のおねーさん、お名前は?」
「え……ええっ、あたし?」
ところがどっこい、神様は現実逃避を許してくれないようだ。表紙を開き、ページをめくり、いざ読み始めようとしたところで左から流れ弾が飛んでくる。
「はい。あたしです。ウチは工藤七海、ななみんでいーよー」
あたしに背を向け小林くんと話していた女子が、急に振り返った。毛先と前髪の右端に真っ赤なメッシュを入れた金髪で、腕には同じく赤無地のシュシュ。ミニ丈のスカートに腰巻きカーディガン、目のやり場に困るほどシャツの胸元をくつろげて腕まくり。すでに風紀面で問題児すぎる。
絶対仲良くなれないタイプだし、いきなりあだ名呼びなんてハードル高いよ! スクールカースト上位のノリってこれが普通なの? 毎日こんな調子で会話すんの?
ごめん、前言撤回! 助けて小林く~ん!
「やめろよ工藤。無理やり絡むな」
「邪魔する気なんかありませーん。キョーミ津々なだけでーす」
「え、ななみん本読めんの? いかにも活字アレルギー持ってそうなのに」
「はァ~? そんなことないし。字が読めれば読めるし」
「読めても〝理解できる〟とは限りませんぞ工藤氏」
そんな心の叫びが伝わったのか、小林くんと女子の一人が助け舟を出してくれた。工藤さんの注意が逸れたことで、あたしもちょっと冷静になる。
初対面の人へ話しかけるには、誰だって勇気が要るはず。せっかくのチャンスを無視するのはもったいないし、マナー的にも最低だ。
しっかりしろあたし、高校デビュー決めるんだろ? 行け!
「あ、あのっ」
「うん?」
本を閉じ、席を立って、怪訝そうな顔の工藤さんを見つめる。少し震える声で名乗ろうとした瞬間、すぐ近くで大きな衝撃音がした。
あたしの斜め前、教室の真ん中あたりの席に座っていた子が、机に荒々しく手をついて立ち上がる。三つ編みに丸メガネをかけた、おとなしそうな女の子だ。うろ覚えだけど、確か同じ中学校出身だった気がする。
その子は迷いなく、つかつかとあたしのほうに歩み寄ってきた。右手に何かきらりと光るものを携えて。
「川岸さん――川岸、澪」
「はい?」
「死ねぇぇぇぇぇッ!」
女子の誰かが上げた悲鳴が、穏やかな空気を切り裂いた。相手が腕を振りかぶったのを見て、あたしは背けた顔の前に単行本を掲げ盾にする。
直後、押しつぶされるような衝撃がソフトカバーのネコ耳美女を貫通し、持ち主の左こめかみを割るギリギリのところで止まった。もし、ノワールがいなかったら――と考えて、全身から変な汗がどっと吹き出す。
「きゃあああああああ!」
「うわあぁぁぁぁぁッ! 刺した、刺した!」
「みんな、退がれ! デカい針みたいなの持ってるぞ!」
ヤバい。これ、全然手加減してない。全体重を乗せた、殺る気満々の一撃だ!
女子生徒は歯ぎしりをして『もろびとこぞりて』を引っつかんだ。爪を食い込ませながら一緒に握り込まれる右手の痛みに、思わず顔をしかめる。
「……っ!」
「よくのうのうと生きてられるね。自分が何をしたか分かってんの!?」
「誰か、先生呼んで来い! 早く!」
千枚通しの針には返しがない。力任せに引っ張れば簡単に抜ける。一撃で仕留め損なったらメッタ刺しにすればいい、という猟奇的な思考を生む悪魔のような武器だ。
ずるっ、とわずかな抵抗を伴って凶器が引き抜かれた。相手が一瞬よろけたのを見逃さず、小林くんがその右手首を捻り上げてあたしの机に叩きつける。
派手な物音がして、女の子は武器を取り落とし悲鳴を上げた。それより床にへたり込んだ自分の心配しろよって話だけど、骨折ってないよね? 大丈夫?
「川岸! 大丈夫か!?」
「グッジョブ、コバっち! 武器奪ったどー!」
工藤さんが、取り上げた千枚通しを誇らしげに掲げる。今度は大声で何事か叫びながらあたしに蹴りを入れようとする犯人の両手両足を、男子たちが総出で押さえつけた。
ショックで泣き出す子も出る中、本鈴が鳴って担任登場。すでに額に青筋浮いてて不機嫌そうなんですけど、どうすんのこれ?
「なっ……何をしているんだお前たち、やめなさい!」
「死ねっ! 死ねよ! 全部お前のせいだ、死んで詫びろ!」
「みおりん、先生来たよ! もう大丈夫――」
ああ、安心したら意識が遠のいてきた。みんなの心配する声が聞こえる。たぶんどこもケガしてないはずだけど、頭でも打ったかな。
不思議……別に、眠くないのに……目が……閉じ、て……
「川岸? おい、しっかりしろ! 川岸!」
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