トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり

Side C - Part 2 決意の証

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「小林くん?」


 ――っ!? オレ……なんか今、ヘンなこと考えてた?
 あっぶねー、全然まわり見えてなかったわ。川岸が正しい名前で話しかけてくれなかったらどうなってたか……。心配かけるのは良くないな。

 よし。ここはいったん落ち着いて、いつもどおりに振る舞うとしよう。


「何? オレの顔になんかついてる?」

「髪、染めたんだね。スポーツ推薦なのに大丈夫なの?」

「だーいじょぶ、だいじょぶ。ちゃんと親の許可も取ってるから。校舎の壁と同じレンガ色、テラコッタっていうんだってさ」


 いや、ほんとマジで大丈夫なんだって。心配してくれるのはありがたいけどさー。
 そりゃまあ、俊英から入学許可取り消しの連絡もらった時はめっちゃ落ち込んだ。あそこに行けないなら、サッカー自体やめちまおうかとまで思ってた。

 でもさ、オレ、妹にこの話したら怒られたんだ。「だから何?」って。「俊英じゃなくたって、サッカーはできるでしょ」って。


『お兄ちゃんの情熱はその程度? いずれ宮城のりょーちんと呼ばれる男を採らなかったこと、後悔させてやる! ぐらい言ってみせなよ』


 そう言われた時、急に目が覚めた気がしてさ。進路指導の先生と話して、大急ぎで逢桜高校にスポ薦の願書出して、ぶっつけ本番で受験して……
 この髪色は、決意の証。女々しくめそめそしてた雑魚メンタルのオレは、黒のスポーツ刈りと一緒に置いてきた。


 オレは、もう迷わない。誰よりも強く、自分の可能性を信じて生きる。
 諦めなければ、きっと、必ず――どんな夢でも、叶うと信じて。


「先輩からも、ここの校則は見た目と成績を結びつけない政教分離。金髪メッシュツーブロックまで攻めてもノーファウル、って聞いたから思い切っちゃった」

「そうなんだ、よく似合ってるよ。小林くんらしいね」

「マジ? よかった~、ダサいって言われたら泣くとこだったわ」


 水原にドヤ顔を向けると、あっちも親指を下に向けて「くたばれ」のハンドサインで応じる。やっぱオレ、こいつとは一生わかり合えないわ。
 唯一の功績は、川岸と知り合う機会をくれたことだ。あまり目立たず控えめな女子だと思ってたら、これがなかなか面白い。

 マンガにアニメ、ゲームも好きだけど、あまり陰気臭さを感じないオープンオタク。趣味は小説を書いてネットに投稿すること、だそうだ。
 すごくない? 「好き」を言い表せる手段持ってるんだぞ? オレにはりょーちん大好きでもそれを表現する才能ないから、めっちゃ素直に尊敬するよ。


「それより、今日から同じクラスだな。よろしく川岸!」

「ふえっ!? う、うん、よろしく……!」


 右手を差し出し、笑顔を向けて握手を求める。川岸はちょっと顔を赤くしながら応じてくれた。
 その背後から呪い殺さんばかりに突き刺す水原の視線が痛い。そして怖い。PKでキッカー頼まれた時の(外せ)(外したら殺す)って空気よりこえーよ。


「澪に触るな、エースチャライカー。一服盛られたいか?」

「誰がチャライカーだ! オレはエースストライカーの、こ・ば・や・し!」


 オレたちの掛け合いを見て川岸が吹き出し、こっちもつられて笑い声をあげる。水原もほんの少し、ほんの少しだけ口の端を吊り上げていた。

 大丈夫。オレたちなら、この先何があっても大丈夫だ――。
 気を抜くとこみ上げてくる霧のような不安を振り払い、オレたちは昇降口の中に入った。


 ところで、オレたちは今からどうやって自分の靴箱を探し当てると思う?
 実はここでも〈Psychicサイキック〉が大活躍。風景をざっと眺めるだけで、割り当てられた場所が光ってマーキングされるんだ。

 えーと、オレは……安定の最上段です。本当にありがとうございました。


「よーっす、大林! また三年間よろしくな!」

「おう、よろしく。わかってると思うけど〝小林〟な」


 そこに、後ろからやってきたブレザーの男子三人組が声をかけてくる。
 町内中学校のスポーツ交流戦で知り合い、顔を合わせれば他愛のない話をする程度にはつき合いのある他校出身のメンツだ。

 そいつらに遠慮してか、川岸と水原からは少し距離を置かれてしまった。二人とも受け身な性格だから、知らない男子に囲まれていい気はしないはず。
 よし! ここはオレがゴール前の攻防ばりにスマートかつテキトーな会話で切り抜けてみせよう。


「そういえば大林、クラスどこだった?」

「C組の小林だけどなんで?」

「マジか……ご愁傷様。Cは担任ガチャぶっちぎりのハズレらしいぞ」


 オレの答えを聞くと、三人は一様に憐みの目を向けてきた。
 ハズレだって? 先生も人間なんだから、反りが合わない生徒は必ずいる。その評価を下した誰かとは相性が悪くとも、オレや川岸とは上手くいくかもしれないだろ。

 人から聞いた話だけで判断するなよと思ったけど、それをそのまま口走るほどオレは空気の読めないヤツじゃない。
 たしなめるべきことでも、相手によって時と場合と言い方は選ばなきゃ。
 その点、水原は気を遣うのが面倒くさいのか、自分よりバカな人間の顔色をうかがうのがアホらしいのか。ひと手間省いて自分から敵作ってんだよなあ。


「先輩あたりから聞いてないの? 現国の葉山はやまっていうおじさん先生らしいんだけど、時間とか校則とかに人一倍うるさいんだって」

「いや、それ普通だろ。時間と規則を守るのは集団生活の基礎基本だよ」

「厳しいだけで済めばいいけど、こう……カッとなりやすいっていうか、ヒステリックっていうか。怒らせるとこっぴどく叱り飛ばされるって話だ」

「パワハラ受けるかもしれないってこと? なら〈Psychic〉で動画撮るか音声録音しといて、そいつより偉い先生に股抜きスルーパスすりゃいいじゃん」

「大林、お前メンタル強すぎない? サッカー班の春合宿で何があったんだよ」

「別に何もないよ小林だよ」


 オレは追撃を無視し、女子二人に「お待たせ。行こう」と声をかけた。その様子をニヤニヤしながら眺めていた野郎どもが、すかさず茶化しにかかる。
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