25 / 54
Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり
side B 最初の仲間
しおりを挟む
案内標識の矢印は、駐輪場の出口で四つに分かれている。最も手前で左折する道はグラウンドの横を通り、二つある校舎のうちA棟と呼ばれる場所に至る通路。その少し後ろにある上り坂を通ると、校庭に面したスタンド席最上段の背後を通って教職員の昇降口があるB棟に行けるようだ。
今は用が無い正面の階段は、入学式の会場になっている大ホールの方面へ。屋根がついた右の通路を通れば体育館に出ると書いてある。
「澪。昇降口へ向かう前に、ひとつ確認させてほしい」
「ん? どうしたの、改まって」
「この話、どこまで書き溜めてある?」
肉眼で確認した限り、私たちのすぐ近くには人がいない。駐輪場に入ってきて自転車を停めた人影は複数見えるが、こちらの話し声までは届くまい。
分岐点の前で足を止め、この世界の「神」に向き直って、私は口を開いた。
「筋書きに沿って話が進んでいるうちはいい。懸念すべきはストックが切れた後だ。作中の時間経過に現実が追いつけば、その後の展開はどう創る?」
「確かに! 考えたこと……あるけど、完全ノープランだった……」
「さらにもう一つ、気がかりなことがある。もしも私たちが解決に動き始めたことを契機に、事情を知った誰かが邪魔をしてきたら――」
「物語はあたしの手を離れ、暴走を始める」
澪の言葉に、私は黙ってうなずいた。驚きはなく、嘆きもなく、ただ淡々とした受け答え。本人もその可能性は考慮していたようだ。
「ネタバレにならない範囲で言うと、本文はちょうど今の状況から少し先、登校した主人公が教室に入る場面で終わってる。その後はまだ箇条書き」
「話の方向性は決まっているが、文章には起こしていない。そうだな?」
「うん。そういうこと」
「であれば、私たちの次なる一手は定まった」
上り坂へ歩を進めると、左手にグラウンドの様子が見えた。制服と同じ青灰色とえび染め色のレーシングスーツを着た陸上競技班の生徒が、トラックをぐるぐる周回している。
よくもまあ、あんな苦行を好んでやるものだ。運動班の連中は脳まで筋肉でできているのか? 彼らの思考回路はまったくもって度し難い。
「現在、私たち逢桜町民は全員もれなく街の異変に気がついている。だが、個々人はおろか公的機関の力をもってしても、現状打破には至っていない」
「災害扱いされるからには、って〈モートレス〉を並の火力じゃ歯が立たない設定にしたあたしのせいですね分かります」
坂の頂上に着くと、赤いレンガ造りのA棟校舎の前に出た。昇降口の真上に位置する教室のベランダには【入学おめでとう! 逢桜高校生徒会】と書かれた手作り感満載の横断幕が掲げられている。
中央にあしらわれた校章――桜の花に重ねた「高」の字を桜の枝が囲む図柄は、前身の実業高校から引き継いだもの。総合ビジネス学科があるのはその名残だ。
幕の直下には宙に浮いて見える半透明のバーチャル掲示板があり、クラス分けを確認しようと群がった生徒たちが歓声、あるいは落胆の声を上げている。その様子を冷めた目で眺めながら、私は結論を口にした。
「これからは直接原稿を書くのではなく、主人公になって物語を導け。作者自身を中心とした即興劇で、話の続きを演じるんだ」
「あ、アドリブ!?」
「人と交わり、干渉し、自分に関わるすべての縁を望む運命に結びつけろ。世界は澪の行動を受けて予定調和を図り、いいように転がっていくはずだ」
「みんなを、望む運命に……」
「ああ、そうだとも。手始めに私が最初の仲間になってやろう」
〈モートレス〉は無敵ではない。あの悪夢をどう切り抜けたかは記憶にないものの、事実として私は助かり、生き延びているのだから。
そして何より、私はまだ佐々木との約束を果たしていない。方法はどうあれ、命を救ってくれた礼は澪と引き合わせて返す。貸しを作ったまま死ぬなどまっぴらごめんだ。
「どうした。大いに信頼してくれていいんだぞ」
「自分から信じてくれって言い出すキャラは、裏切り者かバカ正直のどちらかだよ」
「では後者だな。世辞は苦手だ」
「お世辞が苦手って以前に協調性クソ喰らえパーソンですよねあなた」
「生まれ年が同じというだけの類人猿に右倣えする必要があるか?」
加えて、私には「人工知能に負けてたまるか」という個人的な対抗心もある。常人には理解不能なオーバーテクノロジーを飼い慣らし、支配下に置くことは科学者なら誰もが一度は夢想することだろう。
ひょんなことから手に負えなくなり、世界を巻き込む大騒動に発展するまでがお約束だが……とにかく、あのクソガキ(推定)のようなAIが再臨した日には、必ず私の手で人類に従属させてやる。
「あたし以外の同級生が聞いたら、名誉棄損で訴えられるよ」
「その時はブチ切れて私に手を上げるよう仕向け、暴行罪で反訴してやる」
「もうダメだこのジーニアス」
澪は盛大なため息をついて「ま、鈴歌らしいっちゃ鈴歌らしいけどさ」と笑った。けれど、細かな手の震えまではごまかせない。
たった一編の物語を書き上げるために多くの命と人生を踏みにじるとなれば、誰しもためらわずにはいられないというもの。これまでも、そしてこれから何度となく、彼女は自分の選択とその結末に思い悩むことだろう。
「では、私たちもクラス分けの掲示板を見に行こう。私は特進科だから別学級になるが、休み時間に顔を出すから予定を空けておけ」
「しれっと学力自慢ぶっ込んできたなこやつ」
「澪のことは貶めていないだろう。事実を述べて何が悪い」
「でも『こいつの学力なら普通科以外あり得ない』って思ったでしょ?」
「思った」
「大変素直でよろしいですが余計なお世話だよ!」
澪がそう声を上げた瞬間、こちらへ迫る気配を感じて私は左腕を振り上げた。飛んできたものを条件反射的にアスファルトの地面へ叩き落とす。
二、三度軽く跳ねて足元へ転がった物体を目にし、私たちはハッとした。
「これ……サッカーボール、だよね」
「ほかの何に見えるというんだ」
「すいませ~ん! それ、拾ってくれませんか?」
少し離れたところから、間延びした声が飛んできた。口調と音程から推測するに、発言したのは若い男だ。
背筋に緊張が走る。ボールを拾い上げる間に、軽快な駆け足がこちらへ近づく。白いスニーカーを履いた足が視界に入った。相手はもう、すぐそこにいる。
「見つけたぞ、佐々木シャルル良平!」
人生最速級の反応速度で立ち上がりざまに、私はボールを抱えたまま相手の胸ぐらにつかみかかった。
今は用が無い正面の階段は、入学式の会場になっている大ホールの方面へ。屋根がついた右の通路を通れば体育館に出ると書いてある。
「澪。昇降口へ向かう前に、ひとつ確認させてほしい」
「ん? どうしたの、改まって」
「この話、どこまで書き溜めてある?」
肉眼で確認した限り、私たちのすぐ近くには人がいない。駐輪場に入ってきて自転車を停めた人影は複数見えるが、こちらの話し声までは届くまい。
分岐点の前で足を止め、この世界の「神」に向き直って、私は口を開いた。
「筋書きに沿って話が進んでいるうちはいい。懸念すべきはストックが切れた後だ。作中の時間経過に現実が追いつけば、その後の展開はどう創る?」
「確かに! 考えたこと……あるけど、完全ノープランだった……」
「さらにもう一つ、気がかりなことがある。もしも私たちが解決に動き始めたことを契機に、事情を知った誰かが邪魔をしてきたら――」
「物語はあたしの手を離れ、暴走を始める」
澪の言葉に、私は黙ってうなずいた。驚きはなく、嘆きもなく、ただ淡々とした受け答え。本人もその可能性は考慮していたようだ。
「ネタバレにならない範囲で言うと、本文はちょうど今の状況から少し先、登校した主人公が教室に入る場面で終わってる。その後はまだ箇条書き」
「話の方向性は決まっているが、文章には起こしていない。そうだな?」
「うん。そういうこと」
「であれば、私たちの次なる一手は定まった」
上り坂へ歩を進めると、左手にグラウンドの様子が見えた。制服と同じ青灰色とえび染め色のレーシングスーツを着た陸上競技班の生徒が、トラックをぐるぐる周回している。
よくもまあ、あんな苦行を好んでやるものだ。運動班の連中は脳まで筋肉でできているのか? 彼らの思考回路はまったくもって度し難い。
「現在、私たち逢桜町民は全員もれなく街の異変に気がついている。だが、個々人はおろか公的機関の力をもってしても、現状打破には至っていない」
「災害扱いされるからには、って〈モートレス〉を並の火力じゃ歯が立たない設定にしたあたしのせいですね分かります」
坂の頂上に着くと、赤いレンガ造りのA棟校舎の前に出た。昇降口の真上に位置する教室のベランダには【入学おめでとう! 逢桜高校生徒会】と書かれた手作り感満載の横断幕が掲げられている。
中央にあしらわれた校章――桜の花に重ねた「高」の字を桜の枝が囲む図柄は、前身の実業高校から引き継いだもの。総合ビジネス学科があるのはその名残だ。
幕の直下には宙に浮いて見える半透明のバーチャル掲示板があり、クラス分けを確認しようと群がった生徒たちが歓声、あるいは落胆の声を上げている。その様子を冷めた目で眺めながら、私は結論を口にした。
「これからは直接原稿を書くのではなく、主人公になって物語を導け。作者自身を中心とした即興劇で、話の続きを演じるんだ」
「あ、アドリブ!?」
「人と交わり、干渉し、自分に関わるすべての縁を望む運命に結びつけろ。世界は澪の行動を受けて予定調和を図り、いいように転がっていくはずだ」
「みんなを、望む運命に……」
「ああ、そうだとも。手始めに私が最初の仲間になってやろう」
〈モートレス〉は無敵ではない。あの悪夢をどう切り抜けたかは記憶にないものの、事実として私は助かり、生き延びているのだから。
そして何より、私はまだ佐々木との約束を果たしていない。方法はどうあれ、命を救ってくれた礼は澪と引き合わせて返す。貸しを作ったまま死ぬなどまっぴらごめんだ。
「どうした。大いに信頼してくれていいんだぞ」
「自分から信じてくれって言い出すキャラは、裏切り者かバカ正直のどちらかだよ」
「では後者だな。世辞は苦手だ」
「お世辞が苦手って以前に協調性クソ喰らえパーソンですよねあなた」
「生まれ年が同じというだけの類人猿に右倣えする必要があるか?」
加えて、私には「人工知能に負けてたまるか」という個人的な対抗心もある。常人には理解不能なオーバーテクノロジーを飼い慣らし、支配下に置くことは科学者なら誰もが一度は夢想することだろう。
ひょんなことから手に負えなくなり、世界を巻き込む大騒動に発展するまでがお約束だが……とにかく、あのクソガキ(推定)のようなAIが再臨した日には、必ず私の手で人類に従属させてやる。
「あたし以外の同級生が聞いたら、名誉棄損で訴えられるよ」
「その時はブチ切れて私に手を上げるよう仕向け、暴行罪で反訴してやる」
「もうダメだこのジーニアス」
澪は盛大なため息をついて「ま、鈴歌らしいっちゃ鈴歌らしいけどさ」と笑った。けれど、細かな手の震えまではごまかせない。
たった一編の物語を書き上げるために多くの命と人生を踏みにじるとなれば、誰しもためらわずにはいられないというもの。これまでも、そしてこれから何度となく、彼女は自分の選択とその結末に思い悩むことだろう。
「では、私たちもクラス分けの掲示板を見に行こう。私は特進科だから別学級になるが、休み時間に顔を出すから予定を空けておけ」
「しれっと学力自慢ぶっ込んできたなこやつ」
「澪のことは貶めていないだろう。事実を述べて何が悪い」
「でも『こいつの学力なら普通科以外あり得ない』って思ったでしょ?」
「思った」
「大変素直でよろしいですが余計なお世話だよ!」
澪がそう声を上げた瞬間、こちらへ迫る気配を感じて私は左腕を振り上げた。飛んできたものを条件反射的にアスファルトの地面へ叩き落とす。
二、三度軽く跳ねて足元へ転がった物体を目にし、私たちはハッとした。
「これ……サッカーボール、だよね」
「ほかの何に見えるというんだ」
「すいませ~ん! それ、拾ってくれませんか?」
少し離れたところから、間延びした声が飛んできた。口調と音程から推測するに、発言したのは若い男だ。
背筋に緊張が走る。ボールを拾い上げる間に、軽快な駆け足がこちらへ近づく。白いスニーカーを履いた足が視界に入った。相手はもう、すぐそこにいる。
「見つけたぞ、佐々木シャルル良平!」
人生最速級の反応速度で立ち上がりざまに、私はボールを抱えたまま相手の胸ぐらにつかみかかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜
蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。
魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。
それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。
当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。
八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む!
地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕!
Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる