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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり

side B 最初の仲間

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 案内標識の矢印は、駐輪場の出口で四つに分かれている。最も手前で左折する道はグラウンドの横を通り、二つある校舎のうちA棟と呼ばれる場所に至る通路。その少し後ろにある上り坂を通ると、校庭に面したスタンド席最上段の背後を通って教職員の昇降口があるB棟に行けるようだ。
 今は用が無い正面の階段は、入学式の会場になっている大ホールの方面へ。屋根がついた右の通路を通れば体育館に出ると書いてある。

「澪。昇降口へ向かう前に、ひとつ確認させてほしい」
「ん? どうしたの、改まって」
「この話、どこまで書き溜めてある?」

 肉眼で確認した限り、私たちのすぐ近くには人がいない。駐輪場に入ってきて自転車を停めた人影は複数見えるが、こちらの話し声までは届くまい。
 分岐点の前で足を止め、この世界の「神」に向き直って、私は口を開いた。

「筋書きに沿って話が進んでいるうちはいい。懸念すべきはストックが切れた後だ。作中の時間経過に現実が追いつけば、その後の展開はどう創る?」
「確かに! 考えたこと……あるけど、完全ノープランだった……」
「さらにもう一つ、気がかりなことがある。もしも私たちが解決に動き始めたことを契機に、事情を知った誰かが邪魔をしてきたら――」
「物語はあたしの手を離れ、暴走を始める」

 澪の言葉に、私は黙ってうなずいた。驚きはなく、嘆きもなく、ただ淡々とした受け答え。本人もその可能性は考慮していたようだ。

「ネタバレにならない範囲で言うと、本文はちょうど今の状況から少し先、登校した主人公が教室に入る場面で終わってる。その後はまだ箇条書き」
「話の方向性は決まっているが、文章には起こしていない。そうだな?」
「うん。そういうこと」
「であれば、私たちの次なる一手は定まった」

 上り坂へ歩を進めると、左手にグラウンドの様子が見えた。制服と同じ青灰色とえび染め色のレーシングスーツを着た陸上競技班の生徒が、トラックをぐるぐる周回している。
 よくもまあ、あんな苦行を好んでやるものだ。運動班の連中は脳まで筋肉でできているのか? 彼らの思考回路はまったくもって度し難い。

「現在、私たち逢桜町民は全員もれなく街の異変に気がついている。だが、個々人はおろか公的機関の力をもってしても、現状打破には至っていない」
「災害扱いされるからには、って〈モートレス〉を並の火力じゃ歯が立たない設定にしたあたしのせいですね分かります」

 坂の頂上に着くと、赤いレンガ造りのA棟校舎の前に出た。昇降口の真上に位置する教室のベランダには【入学おめでとう! 逢桜高校生徒会】と書かれた手作り感満載の横断幕が掲げられている。
 中央にあしらわれた校章――桜の花に重ねた「高」の字を桜の枝が囲む図柄は、前身の実業高校から引き継いだもの。総合ビジネス学科があるのはその名残だ。
 幕の直下には宙に浮いて見える半透明のバーチャル掲示板があり、クラス分けを確認しようと群がった生徒たちが歓声、あるいは落胆の声を上げている。その様子を冷めた目で眺めながら、私は結論を口にした。

「これからは直接原稿を書くのではなく、主人公になって物語を導け。作者自身を中心とした即興アドリブ劇で、話の続きを演じるんだ」
「あ、アドリブ!?」
「人と交わり、干渉し、自分に関わるすべての縁を望む運命に結びつけろ。世界は澪の行動を受けて予定調和を図り、いいように転がっていくはずだ」
「みんなを、望む運命に……」
「ああ、そうだとも。手始めに私が最初の仲間になってやろう」

 〈モートレス〉は無敵ではない。あの悪夢をどう切り抜けたかは記憶にないものの、事実として私は助かり、生き延びているのだから。
 そして何より、私はまだ佐々木との約束を果たしていない。方法はどうあれ、命を救ってくれた礼は澪と引き合わせて返す。貸しを作ったまま死ぬなどまっぴらごめんだ。

「どうした。大いに信頼してくれていいんだぞ」
「自分から信じてくれって言い出すキャラは、裏切り者かバカ正直のどちらかだよ」
「では後者だな。世辞は苦手だ」
「お世辞が苦手って以前に協調性クソ喰らえパーソンですよねあなた」
「生まれ年が同じというだけの類人猿に右ならえする必要があるか?」

 加えて、私には「人工知能に負けてたまるか」という個人的な対抗心もある。常人には理解不能なオーバーテクノロジーを飼い慣らし、支配下に置くことは科学者なら誰もが一度は夢想することだろう。
 ひょんなことから手に負えなくなり、世界を巻き込む大騒動に発展するまでがお約束だが……とにかく、あのクソガキ(推定)のようなAIが再臨した日には、必ず私の手で人類に従属させてやる。

「あたし以外の同級生が聞いたら、名誉棄損きそんで訴えられるよ」
「その時はブチ切れて私に手を上げるよう仕向け、暴行罪で反訴してやる」
「もうダメだこのジーニアス」

 澪は盛大なため息をついて「ま、鈴歌らしいっちゃ鈴歌らしいけどさ」と笑った。けれど、細かな手の震えまではごまかせない。
 たった一編の物語を書き上げるために多くの命と人生を踏みにじるとなれば、誰しもためらわずにはいられないというもの。これまでも、そしてこれから何度となく、彼女は自分の選択とその結末に思い悩むことだろう。

「では、私たちもクラス分けの掲示板を見に行こう。私は特進科だから別学級になるが、休み時間に顔を出すから予定を空けておけ」
「しれっと学力自慢ぶっ込んできたなこやつ」
「澪のことはおとしめていないだろう。事実を述べて何が悪い」
「でも『こいつの学力なら普通科以外あり得ない』って思ったでしょ?」
「思った」
「大変素直でよろしいですが余計なお世話だよ!」

 澪がそう声を上げた瞬間、こちらへ迫る気配を感じて私は左腕を振り上げた。飛んできたものを条件反射的にアスファルトの地面へ叩き落とす。
 二、三度軽く跳ねて足元へ転がった物体を目にし、私たちはハッとした。

「これ……サッカーボール、だよね」
「ほかの何に見えるというんだ」
「すいませ~ん! それ、拾ってくれませんか?」

 少し離れたところから、間延びした声が飛んできた。口調と音程から推測するに、発言したのは若い男だ。
 背筋に緊張が走る。ボールを拾い上げる間に、軽快な駆け足がこちらへ近づく。白いスニーカーをいた足が視界に入った。相手はもう、すぐそこにいる。

「見つけたぞ、佐々木シャルル良平!」

 人生最速級の反応速度で立ち上がりざまに、私はボールを抱えたまま相手の胸ぐらにつかみかかった。
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