トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり

Side B - Part 3 天才と幼なじみ(下)

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 来客用の駐車スペースに停めてある白いバンタイプの軽ワゴン車から、手のひらサイズにも満たない小さなドローンがこちらに向かって飛来する。
 よく見ると、機械の腹に何かが積んであるな。これまた小型の高感度カメラだ。
 かなり手慣れた操作から、彼がこのドローンを自由な「目」として常用していることがうかがえる。


「俺は忙しいの。用がないならさっさと登校しやがれ」

「え~、大家さんのケチ。もうちょっと情報くれてもいいじゃないですか」

「無理なモンは無理。これから役場の監査を迎え撃たなきゃなんないんでね」

「監査……! って、何?」

「知らねえのかよ! ……いや、高校生ならそんなもんか。うちの会社で取り付けた〝防災結界〟の管理状況を第三者がチェックしに来るってこった」


 防災結界。正式名称を〝〈モートレス〉ジャマー〟というこの機材は、小さなトランシーバー型の子機数台とアンプのような親機一台で構成される。部屋や建物の四隅へ子機を、ブレーカーの近くに親機を設置するのが通例だ。

 〝じきたん〟との連携により、近くで〈モートレス〉を捕捉すると自動的に起動。化け物の空間把握能力に電波で干渉し、子機同士を線でつなぎ合わせて囲われたエリアの認識を妨害する。
 その仕組みがまるで結界のようだからと、この名がつけられたそうだ。


「今は標準設備に〝防災結界〟があるのとないのじゃ、家賃も客の食いつきも違う。管理不行き届きを理由に設置補助金の全額返還、機器取り上げなんてことにでもなりゃ、うちの会社は一発倒産レッドだ」

「めっちゃ重要な検査じゃないですか!」

「うちの物件は町内相場の二倍弱、かなりの強気価格で取引している。それでも町外の同規模都市と比べりゃ平均以下でな。黒字なんざしばらく見てねえよ」

(……もうかってないのにどうやって暮らしてんのこの人?)

(不動産業者には国、県、町から経営継続補助金と取引価格の暴落を受けた補償金が出ているらしい。いずれも焼け石に水、スズメの涙だが)

(なるほど~。さすが鈴歌、物知り~!)

(高校入試で社会の時事問題として出たのを忘れてるな、この女)


 私と澪が顔を寄せ合ってひそひそ話をしているのに気づき、大家が眉根を寄せる。いけない、機嫌を損ねてはこれまでの努力が水の泡だ。
 彼の性格を考えると、不快な人間とは顔を合わせることすらしなくなるかもしれない。

 これから動き出そうという時につかんだ手がかり、簡単に離してなるものか。
 私は幼なじみと距離を取り、再び大家に向き直った。


「その点、お前らの親御さんにはご理解いただけて助かってるよ。割高な家賃と管理費に見合った価値は持たせてるつもりだからな」

「役場職員と小学校教諭、総合診療科の医師。いずれも今回の騒ぎで最前線に立ち、地獄を見た職業です。カネで安心が買えるなら安いものでしょう」

「こっちの女子高校生JKは逆に頭の回転早すぎて怖……ってお前、アイツと一緒に中継映ってた逢桜中アサチューの生徒! 水原さんのギフテッドか」

「そういうことです。つきましては、たい焼き男の居場所を――」

「休日に河川敷のサッカー場でものぞいてみるんだな」


 私の素性に気づいて声を上げた男は、メガネの奥で目を見開き、独りごちて納得した。
 ただ、あくまでも納得しただけで、私の望む答えを返してくれそうにはない。


「大家さんは、これからどうするんですか?」

「どうする、ってーと?」

「サッカー選手と社長さんの両立ってことです。どっちも忙しそうだから」

「どんな仕事にも言えるが、好きなことで食ってけるのはほんの一握り。それこそ実力と才能が服着て歩いてるようなヤツでもなけりゃ、生活の柱にはできねえよ」


 車椅子の近くでホバリングしていたドローンは、私たちの家の方角に向きを変えると屋根より高い上空に舞い上がった。
 送られてくる映像から視線を外さぬまま、大家が進路指導じみた話を続ける。


「実のところ、選手業はさほど忙しくない。チーム全体での合同練習に費やすのは長くて三時間程度だ。午前中に始まって昼前には終わる」

「そうなんですか? なんか意外」

「練習するもしないも自由、時間の使い方がてめえの価値を決めるってのがサッカー界プロアマ共通のスタンスでな。ちなみに俺のポジションはトップ下だ」

「それって、フォワードが一人の時に真後ろを張る――」

「ナンバーワンはくれてやるが、二番手は誰にも譲らねえ。今はどんなに遠くても、いつか絶対シャルルのヤツを振り向かせてやるって決めてんだよ」


 いいぞ澪、そのまま好き放題言わせてやれ。あとは私が自白を引き出す。


「お言葉ですが羽田社長、スクールカースト最上位に君臨する絶対的アイドルに挑むモブ男子のセリフにしか聞こえませんよ」

「なんと……羽田選手はツンデレだった……?」

「だから、そういうんじゃねえっつってんだろーがぁぁぁぁ!」


 相手が車椅子というハンデを考慮に入れても、澪に言わせれば「ガチめ」なスポーツ経験のある成人男性と平均以下の女子高校生の運動神経は比べるべくもない。

 だが、競技種目が話術――いかに情報を引き出すか、という舌戦ぜっせんであれば話は別だ。
 やり手の不動産屋が何するものぞ、幼なじみとのチームプレー要素も絡むならなおのこと出し抜く自信がある。


「でも、何だかんだでりょーちんのこと認めてるんですね」

「自分より遅くサッカー始めて、あっという間に追い抜かれたら認めざるを得ないだろ。同年代の選手全員まとめて〝シャルル世代〟って呼ばせるくらい格が違う」

「ってことは、大家さんもその一人……」

「あーあー、聞こえなーい! なーんも聞こえねーなー!」


 しきりに頭上を飛び回っていた機械仕掛けのクマバチが、仕事を終えて大家の車へ戻っていった。
 それを見届けた操縦士はタブレットの画面を細かく確認し、時折画像を拡大して見ては満足そうに何度もうなずく。

 春の朝の空気は澄み渡り、住宅街は静けさに包まれている。こちらから仕掛けるなら、今が絶好の機会だ。


「はい、アディショナルタイム終了。気をつけて行けよ」

「待ってください。もう一つ」

「ああ? しょーがねーな、これっきりだぞ」


 大家であり社長……いや、ミッドフィルダー・羽田正一。お前がひた隠しにするたい焼き男の手がかりを、洗いざらい聞き出してやる――!
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