上 下
20 / 53
Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり

side A もう一人の生存者

しおりを挟む
 重苦しい沈黙が食卓に満ちる。あたしには〈五葉紋〉を持ち、直接的ではなくとも〈特定災害〉に関わっているお父さんにかける言葉が見つからなかった。
 ご飯を食べに来ただけの鈴歌と、無我夢中でボウルへ頭を突っ込んでいる愛犬は完全に部外者だ。二人(?)とも見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
 もう、入学式の日にお通夜みたいな空気出さないでよ! お父さんは実際にお葬式出るみたいだけど、それはそれ、これはこれ。こんなめでたい日ぐらい、もっと楽しいことしゃべろうよ。

『続いてはeスポーツ。イマーシブMR、高精細の没入型複合現実で戦うMRサッカーの話題です。今シーズンから参戦する注目の新クラブ〝FC逢桜ポラリス〟が、デビュー戦を前に記者発表を行いました』
「お、うちの話題だ。僕の編集したカット使われたかな」

 ありがたいことに、嫌な空気はそう長く続かなかった。〈Psychicサイキック〉で流れていた動画が、うまいこと話題を変えてくれたから。
 サッカーには全然詳しくないし、リアルの試合すらまともに観戦したことないけど、身内が関わっていると聞けば俄然がぜん興味が湧いてくる。すっごいミーハーだな、あたし。

「お父さんはいつから動画クリエイターになったわけ?」
「ふふーん。AIを使えば、編集作業なんてちょちょいのちょいだよ」

 「へぇ~、やるじゃん」と返してウィンナーを口に運ぶあたしの足元から、食後の水を飲み終えたルナールが小走りで去っていった。
 ヤツは居間のペット用ソファーに向かい、でーんと地響きを立てて横になる。サイズのみならず態度もデカいのは、ひょうきんで憎めない大型犬あるあるだ。

「で、どんなの作ったの?」
「よく見るアレだよ。公式ユーチューブとX、インスタグラムにせる切り抜き」
「サムネイルのスライドショーは動画のうちに入らないのでは?」
「鈴歌、それ言っちゃダメ!」

 先に完食した幼なじみは自分の食器を重ねて席を立ち、台所の流しへ持っていった。痛いところを突かれたお父さんが「ですよねー……」と肩を落とす。
 鈴歌はいつもこうだ。学業成績は天才的でも、協調性とか思いやり、コミュニケーション能力といった社会性は皆無、下の下、壊滅的。空気を読まない発言で、悪意なく他人を傷つけてしまう。
 そうしていつからか、この子のまわりには人がほとんど寄りつかなくなった。
 同級生に煙たがられようが、先生かられ物に触るような対応を受けようが、鈴歌にしてみれば負け犬の遠吠え。彼らが天才を変な目で見るとき、天才もまた彼らを侮蔑と憐れみの目で見ているのだ。

『ではここで、正式に発表されたポラリスイレブンを見ていきましょう』
「人選間違うと烏合うごうの衆になるやつだよ、これ。現役のプロ選手を呼んできてやらせるのがバーチャルサッカーゲームってどういうことなんですかね」
「たかがゲームと侮るなかれ、最近のeスポーツ大会は高額な賞金が出るんだ。ありきたりな娯楽に飽きた世界の大富豪がスポンサーらしくて、優勝すれば一獲千金も夢じゃない」
「それ、勝てればの話だよね。負けが込んだら赤字でしょ? どうすんの?」
「……ノーコメントで」
「いやいやいや、しっかりしてよクラブ事務局ー!」

 あからさまに視線を逸らすお父さんにツッコミを見舞い、あたしも食器を片づけようと席を立った。今度はスタジオ内の様子が画面に映し出され、男性キャスターが前に出てきて、用意したパネルを指差しながら解説を始める。

『まず注目したいのは、神奈川県・臨海高校の主将として活躍した経歴を持つミッドフィルダーの羽田はねだ正一しょういち選手。ケガにより引退を余儀なくされたかつての司令塔が、六年ぶりにピッチへ帰ってきました』
『彼、確か車椅子生活でしょ? どうやって試合に参加するの?』
『近年は、意識するだけでモノを操作できるBMI、ブレーン・マシン・インタフェースという技術が広く普及しました。羽田選手は自身の立体ホログラム映像を分身として操るバーチャル選手になることで、技術的な課題をクリアしたんです』
『……なんか、簡単そうでものすごく難しいこと言ってません?』
『生まれ持っての天才には、血のにじむような努力で食らいつく。羽田選手のストイックな秀才ぶりは今なお健在のようです』

 年配の女性コメンテーターが、そわそわと落ち着かない様子で舞台そでを気にしている。
 キャスターは得意げに笑い、新たに運ばれてきた二つ目の大きなパネルを覆う布に手をかけた。

『皆さん、長らくお待たせしました』

 洗面所で歯磨きを終えた鈴歌が、ダイニングに戻ってくる。同じタイミングで、お父さんがあたしに食後のお茶を出してくれた。
 あたしたちがそれぞれかがんで犬用の食器セットを手に取り、マグカップを口に含んだ瞬間――

『注目のキャプテンはやはりこの人! 国内プロスポーツ界初の〝アルティメット枠〟指定を受けた、J3・東海ステラの絶対的エース。〝りょーちん〟ことサッカー男子日本代表、フォワードの佐々木ささきシャルル良平りょうへい選手です!』

 その名前が耳に入ったのは、あまりにも突然だった。
 木製の台が鈴歌の手を離れ、フローリングの上にルナールの飲み残しをぶちまける。あたしもきったないうめき声をあげてお茶を吹き出し、き込んでしまった。

「はい、報道出た! 公式発表の映像流れた! これで僕も盛大に言いふらせる。みんな――! りょーちんが来たぞイヤッホォ――ゥ!」
「うえっ、けほ……なんでそういう大事なこと黙ってたのお父さん!?」
「守秘義務(以下略)」
「お父さんのアホ――!」

 待って、待って待って。理解が追いつかない。この町に、お父さんの関わってるクラブにJリーグから誰がお越しになるって?
 りょーちんは、サッカーに興味がなくても顔写真を見るか愛称を聞けば「あ~!」となる選手だ。無類のたい焼き好きでも有名だっけ。
 【昨年3月 静岡・富士アステラシアフィールド】のテロップが表示された仮想ディスプレイの中を、小柄な背中が風のように駆け抜ける。金と黒の髪をなびかせ、抜群の存在感を誇る主人公が。

『彼、海外移籍前に別次元行っちゃったの!?』
『現在、佐々木選手は国内外の公式戦において厳しい出場制限を課されており、前後半のどちらかとアディショナルタイムを超える起用は認められていません。フル出場は見たくとも見られないものでしたが……』
『MRではいくら暴れても構わない、と。そんなのるしかないじゃない!』
『そして、佐々木選手を語るうえで外せないのが、先ほどご紹介した羽田選手。幼い頃、偶然出会った二人はサッカーを通じてかれ合うようにコンビを組み、ともに才能を開花させたことでも知られています。
 北極星ポラリスの名のもとに集った選手たちは、一体どんな輝きを見せてくれるのか。当番組でも引き続き注目していきたいと思います』

 水をこぼしたことを忘れるほどワイドショーの解説に聞き入っていた鈴歌は、ハッと我に返ると手際よく後始末をし、あたしの腕をつかんで「澪、行くぞ」と言った。

「待ってよ、あたしまだ歯磨いてないんだってば。行くってどこへ?」
「いいからさっさと身支度を済ませろ」

 反論する暇さえ与えられず、あたしは無理やり洗面所に押し込まれた。お父さんはそんな様子を微笑ましげに眺め「落ち着きなよ二人とも。興奮するのは分かるけど、まずは目の前にある仕事、学生の本分をまっとうしてきなさい」などとのんきにのたまう。
 無理だよお父さん。鈴歌は時間も学校も、高校デビューさえどうでもよくなってる。今すぐ足を使ってりょーちんを捜し回るつもりなんだ。
 そして、唐突に始まる天才の冒険にはいつもあたしの姿がある。旅は道連れ世は情け、拒否権なんてものはない。

「アオーン!【横暴だー!】」
「行ってらっしゃ~い」
「なーんで涼しい顔するかな、うちの男どもはぁぁぁぁぁ!」

 午前七時四十二分。真新しい制服に身を包んだあたしたちは、波乱の学校生活に向け最初の一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。 異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。 魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。 なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII

りゅう
SF
 とある別世界の日本でごく普通の生活をしていたリュウは、ある日突然何の予告もなく違う世界へ飛ばされてしまった。  そこは、今までいた世界とは少し違う世界だった。  戸惑いつつも、その世界で出会った人たちと協力して元居た世界に戻ろうとするのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

処理中です...