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Phase:01 サクラサク
Side B-2 / Part 5 〈特定災害〉
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Phase:01 / Side B-2 "The Frivolous Man" Part 5
* * * * * * * *
「チャラ男君! 大丈夫か?」
「冗談だろ……何してんだよ、あいつ……!」
肉団子が入刀したのは自分の体だった。腕を器用に使い、麻酔なしで、俺たちへがっつり見せつけるように。
おびただしい量の血が噴き出し、骨が不気味な音を立ててきしむ。そばにいた自衛官のじゃじゃ馬お姉さんが、女子中学生の目を両手でふさいだ。
「お話は済んだ? わたしのターンを始めてもいいかしら」
『いいわけないでしょ、〈エンプレス〉! 身体を返して!』
「イヤよ。ハルミには実況中継をしてもらうわ。歴史に残る戦いを伝えられること、光栄に思いなさいな」
肉を切り分ける両腕から、手のひらと足の裏に目玉や口を持つ四肢がうねうねと芽吹き、好き勝手に枝分かれを始めた。
同時に球体のてっぺんがモコモコ盛り上がり、巨人の両脚が逆さまの状態でタケノコのように生えてくる。
その様子を見ていた侍が「犬神家の一族……」とつぶやくのを聞き流しながら、俺もまた現実感のない光景を声もなく眺めていた。
『皆さん、しっかりしてください! カメラを止めて!』
「おあ~……」
リポーター入りのスピーカーが、生気のない目をした仲間に向けて必死に叫ぶ。
けれど、カメラマンも集音マイク係も涙を流し、半開きの口から泡を吹くばかりで、聞こえているとは思えない。
それを見て、俺たちは決めた。この状況を逆手に取ると。
「いいや、止めなくていい。生中継はかえって好都合だ」
『なぜですかSPさん? これは軽々に報道してよいものではありません。どの口が言うかとお思いでしょうが、倫理的にこう……アレです!』
「だからこそ、だよ。聡明な学生のお嬢さん、キミはどう思う?」
「ここで配信を打ち切ってしまうと、世間は私たちが一方的にやめさせたと邪推する。私たちにとって都合の悪い情報が流れるのを恐れた、とな」
あー、そういうこと。都合よく動画を切り取って曲解を広めようとするやつ、確かにいるよな。うちのクラブもJ2落ちてから散々雑魚だって叩かれたっけ。
その結果どんどんチームメイトが抜けてって、ステラはマジで弱体化した。んで、経営傾いて解散か? ってところを外資系の会社に拾われて今に至る。
俺は、そこの看板選手としてチームの立て直しを任された。今季はJ3優勝! 昇格! 退場しない! を目標に掲げて、精一杯走り切るつもりだ。
だから、こんなところで終われない。俺は必ず、生きて帰る!
『た、確かに。情報が限られると、変な想像の余地ができてしまいますね』
「ゆえに、これから起きる出来事は包み隠さず公開すべきだと私は思う。小説は小説らしく手の内を明かし、結末や解釈を読者の想像に委ねるんだ」
『でも、私はあなたに……』
「市川さん。あなたなら、ありのままを伝えられる。正しい情報を基に問いかけられる。たとえ武器を持たなくとも、あなたは言葉で戦える」
女子中学生の指摘を受けて、リポーターの晴海さん――晴海ちゃん? 俺と歳が近そうだから、はるみんでいいか。とにかく、彼女がハッとした。
俺たちはこれから、全人類の前で人を殺す。どうしても助けられないなら、せめて最小限の苦しみで送ってやりたい。
「対〈特定災害〉特別措置法、第三条――不可逆的変化により自分の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力を喪失、又は著しく低下した者が人の生命、身体等を害するおそれがあるとき、国家安全保障会議より任命を受けた執行官は、その者を〈特定災害〉として排除することができる」
「どうしたの、おじさま。法律のお勉強?」
「これが私の切り札だ。現時点を以て、この日本国では人間から派生した未確認生物、つまり〈モートレス〉は基本的人権が適用されない災害として扱うものとする」
「……あなた、何者?」
「霞が関からやってきた死神だよ」
この国に、憲法で保障された人権と生存権を剝奪する法律は存在しない。刑罰としての死刑を除けば、国によって殺される心配はない。
ただし、それは人間であればの話だ。サムライさんの話が事実なら、〈モートレス〉になった人間は法律上の扱いが「人間」から「災害」に変わる。
「法解釈とはこれすなわち理屈の応酬、究極の曲解マウントバトル。自衛隊が軍隊ではないのと同じように、日本刀の形をした防災グッズがあってもおかしくない」
「それはさすがに無理があるんじゃ……」
「ではキミに問うが、主にフランス産の原料で作ったプレミアムクロワッサンたい焼き(チョコレート味)はたい焼きといえるのか?」
「原理主義的には明らかに洋菓子だからオフサイドですけど、あの形した茶色い粉モノで厚みがある柔らかいお菓子ならたい焼き判定ですね俺は」
「つまりそういうことだよ」
災害には人権がない。災害なら、被害を防いだり減らそうとしたりするのは当然だし、わざわざ被害に遭いたがる人間なんかいない。
災害なら、鎮圧して感謝されることはあっても、非難されるいわれはないはずだ。
斬っても、撃っても、蹴飛ばしても、災害だったらノーファウル。今この瞬間、サムライさんは堂々と目の前の敵に対してやりたい放題、治外法権を宣言した。
「とはいえ、相手は元人間。安らかに旅立つ権利はある。遺族に配慮し、尊厳を守り、可及的速やかにスマートな一手で事を収めるのがマナーだよ」
「はあ……なんてえげつない。内閣府はド変態の巣窟ですか?」
「などと背広組の悪口を言いつつ、いざゴーサインが出ると一番槍で飛びつくのが制服組なんだよなあ」
本性を現したブラックサムライは、続けてこうも言い放った。「責任とか後始末とか面倒くさいこと諸々は、生き残ってから考えろ」と。
思い切った行動を起こすなら、この場にはもう一人味方につけておきたいやつがいる。高くそびえる金属の柱を見上げ、俺は声を張り上げた。
* * * * * * * *
「チャラ男君! 大丈夫か?」
「冗談だろ……何してんだよ、あいつ……!」
肉団子が入刀したのは自分の体だった。腕を器用に使い、麻酔なしで、俺たちへがっつり見せつけるように。
おびただしい量の血が噴き出し、骨が不気味な音を立ててきしむ。そばにいた自衛官のじゃじゃ馬お姉さんが、女子中学生の目を両手でふさいだ。
「お話は済んだ? わたしのターンを始めてもいいかしら」
『いいわけないでしょ、〈エンプレス〉! 身体を返して!』
「イヤよ。ハルミには実況中継をしてもらうわ。歴史に残る戦いを伝えられること、光栄に思いなさいな」
肉を切り分ける両腕から、手のひらと足の裏に目玉や口を持つ四肢がうねうねと芽吹き、好き勝手に枝分かれを始めた。
同時に球体のてっぺんがモコモコ盛り上がり、巨人の両脚が逆さまの状態でタケノコのように生えてくる。
その様子を見ていた侍が「犬神家の一族……」とつぶやくのを聞き流しながら、俺もまた現実感のない光景を声もなく眺めていた。
『皆さん、しっかりしてください! カメラを止めて!』
「おあ~……」
リポーター入りのスピーカーが、生気のない目をした仲間に向けて必死に叫ぶ。
けれど、カメラマンも集音マイク係も涙を流し、半開きの口から泡を吹くばかりで、聞こえているとは思えない。
それを見て、俺たちは決めた。この状況を逆手に取ると。
「いいや、止めなくていい。生中継はかえって好都合だ」
『なぜですかSPさん? これは軽々に報道してよいものではありません。どの口が言うかとお思いでしょうが、倫理的にこう……アレです!』
「だからこそ、だよ。聡明な学生のお嬢さん、キミはどう思う?」
「ここで配信を打ち切ってしまうと、世間は私たちが一方的にやめさせたと邪推する。私たちにとって都合の悪い情報が流れるのを恐れた、とな」
あー、そういうこと。都合よく動画を切り取って曲解を広めようとするやつ、確かにいるよな。うちのクラブもJ2落ちてから散々雑魚だって叩かれたっけ。
その結果どんどんチームメイトが抜けてって、ステラはマジで弱体化した。んで、経営傾いて解散か? ってところを外資系の会社に拾われて今に至る。
俺は、そこの看板選手としてチームの立て直しを任された。今季はJ3優勝! 昇格! 退場しない! を目標に掲げて、精一杯走り切るつもりだ。
だから、こんなところで終われない。俺は必ず、生きて帰る!
『た、確かに。情報が限られると、変な想像の余地ができてしまいますね』
「ゆえに、これから起きる出来事は包み隠さず公開すべきだと私は思う。小説は小説らしく手の内を明かし、結末や解釈を読者の想像に委ねるんだ」
『でも、私はあなたに……』
「市川さん。あなたなら、ありのままを伝えられる。正しい情報を基に問いかけられる。たとえ武器を持たなくとも、あなたは言葉で戦える」
女子中学生の指摘を受けて、リポーターの晴海さん――晴海ちゃん? 俺と歳が近そうだから、はるみんでいいか。とにかく、彼女がハッとした。
俺たちはこれから、全人類の前で人を殺す。どうしても助けられないなら、せめて最小限の苦しみで送ってやりたい。
「対〈特定災害〉特別措置法、第三条――不可逆的変化により自分の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力を喪失、又は著しく低下した者が人の生命、身体等を害するおそれがあるとき、国家安全保障会議より任命を受けた執行官は、その者を〈特定災害〉として排除することができる」
「どうしたの、おじさま。法律のお勉強?」
「これが私の切り札だ。現時点を以て、この日本国では人間から派生した未確認生物、つまり〈モートレス〉は基本的人権が適用されない災害として扱うものとする」
「……あなた、何者?」
「霞が関からやってきた死神だよ」
この国に、憲法で保障された人権と生存権を剝奪する法律は存在しない。刑罰としての死刑を除けば、国によって殺される心配はない。
ただし、それは人間であればの話だ。サムライさんの話が事実なら、〈モートレス〉になった人間は法律上の扱いが「人間」から「災害」に変わる。
「法解釈とはこれすなわち理屈の応酬、究極の曲解マウントバトル。自衛隊が軍隊ではないのと同じように、日本刀の形をした防災グッズがあってもおかしくない」
「それはさすがに無理があるんじゃ……」
「ではキミに問うが、主にフランス産の原料で作ったプレミアムクロワッサンたい焼き(チョコレート味)はたい焼きといえるのか?」
「原理主義的には明らかに洋菓子だからオフサイドですけど、あの形した茶色い粉モノで厚みがある柔らかいお菓子ならたい焼き判定ですね俺は」
「つまりそういうことだよ」
災害には人権がない。災害なら、被害を防いだり減らそうとしたりするのは当然だし、わざわざ被害に遭いたがる人間なんかいない。
災害なら、鎮圧して感謝されることはあっても、非難されるいわれはないはずだ。
斬っても、撃っても、蹴飛ばしても、災害だったらノーファウル。今この瞬間、サムライさんは堂々と目の前の敵に対してやりたい放題、治外法権を宣言した。
「とはいえ、相手は元人間。安らかに旅立つ権利はある。遺族に配慮し、尊厳を守り、可及的速やかにスマートな一手で事を収めるのがマナーだよ」
「はあ……なんてえげつない。内閣府はド変態の巣窟ですか?」
「などと背広組の悪口を言いつつ、いざゴーサインが出ると一番槍で飛びつくのが制服組なんだよなあ」
本性を現したブラックサムライは、続けてこうも言い放った。「責任とか後始末とか面倒くさいこと諸々は、生き残ってから考えろ」と。
思い切った行動を起こすなら、この場にはもう一人味方につけておきたいやつがいる。高くそびえる金属の柱を見上げ、俺は声を張り上げた。
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