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Phase:01 サクラサク
side C 宣戦布告(下)
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「バカな! あまりにも非現実的、あり得ない話です。自分たちはすでに貴女の術中にあるというのですか」
「ここは、なりたい自分になれる世界。想像力ひとつで嫌な現実を変えられるのよ。どう? とっても素敵な理想郷だと思わない?」
MRは現実を変えられると言ったが、やはり万能の技術ではない。見た目と認識を使い手の想像力でねじ曲げる、その行為自体が弱点になり得るからだ。
例えば、私が衝撃波だ何だと適当な理屈をつけ、間合いの外から〈エンプレス〉を斬りつけたとしよう。ただの一瞬でも、このハッタリ剣術が通じれば私の勝ちだ。本当の出来事だと思い込んだら、相手の身体は勝手に裂けるからね。
逆に言えば、演技を見破られたら最後。起死回生のダイレクトシュートも、滑稽なパントマイムに成り下がってしまうのだ。
「想像力は人を殺す。俺が自制できる男で命拾いしたな」
「人間さんはしがらみが多くて大変ね。特にあなたはラフプレーでも働こうものなら大炎上間違いなし。有名人らしい贅沢なお悩みだわ」
「……おまえさあ、さっきから俺にケンカ売ってる?」
「レッドカードを恐れて動けないなんて、つまらないでしょう? だから、わたし――あのカメラを通じて、観客の頭をいじっちゃった!」
静かに怒りを募らせていく青年を前に、女帝は悪びれる様子もなく言ってのけた。まるでそれが、彼の立場を思って為した善政であると強調するかのように。
「目立ちたがり屋には最高のご褒美でしょう? あなたの行動に世界は震え、一言一句に熱狂する。世界が、あなたに恋をする」
「……」
「ねえ、お兄さん。夢が叶った気分はどう?」
バーチャル空間で、現実との境界を見失っては取り返しがつかない。想像力の高さは人間の自由度と可能性を引き上げる一方、命を奪う剣にもなりうる。
ゆえに、想像力は人を殺す――。言い得て妙な金言だ。
「最ッ低だな。出る杭を打つ人間も嫌いだが、お前は別格だ。くたばれ」
「うふふ、その目、その殺意! ゾクゾクするわ!」
刻印の痛みで座り込んでいた少女が立ち上がり、とびきりの啖呵を切った。
彼女に続いてサッカー選手と自衛官、そして最後にこの私。図らずも人類代表となった四人の人間が、横一列に並んで〈エンプレス〉と対峙する。
「まだ分からないようだな。浅はかな個体は人間でも嫌われるぞ」
私は知っている、と少女は続けて暴露した。敵の目的は別にあり、これはその臨床試験。被害規模をあえて三万二千八百六十一人の逢桜町民、その総人口の数倍はいる我々観光客のみに抑えているのだと。
余裕そうだった〈エンプレス〉の口元が引きつり始めた。自分しか知り得ないはずの作戦が筒抜けになっているとすれば、綿密な計画に綻びが生まれる。もしハッタリなら、こんな反応はしない。
「怖いか? 怖いだろう、自分という存在が丸裸にされていく気分はどうだ」
「……やめて」
「不覚、想定外、不確定要素。私は、お前がこの世で最も忌み嫌うものだ」
「やめなさい! こんなエラーあり得ない、あるはずない!」
「私は知っている。この世界と、それを創った者を。お前が〝神〟になれない限り、私たちに負けはない」
「やめろと言っているでしょう!」
世界を創った者。彼女の言葉が、散らばった点と点を線でつないでいく。
ここは、複合現実によって誰かの生み出したSF小説の世界観に上書きされた実在の町。「神」とは物語の作者を指すネットスラングだ。
女子中学生は、いわば「神」の遣い。現実と非現実が融合してしまったこの世界で実在性を証明することは難しいが、現状唯一のキーパーソンといえる。
彼女は戦う手段を持たない代わりに、ここで死ぬ可能性は低い。原作者の手厚い加護――主人公補正に準ずるものを与えられているはずだからだ。
(もし〈エンプレス〉が彼女を殺さんとするなら、先に原作者を討たねばならない。敵が原作を直接書き換える手段や権限を持たない前提の話だがね)
ここで我々も原作者側につくと明言すれば「神」の加護にあずかり、命からがらで助かる望みが見えてこないだろうか。
我々は誰を敵とし、誰と手を取るべきか。方針は定まった。
「わかっているの? これは宣戦布告よ」
「もちろん。我々は戦る気だよ」
「あなたたちに勝ち目はない。人間である以上、AIには勝てない!」
「ああ、そういうのもういいから。××君!」
一瞬の隙を突いて部下が走った。拳銃を拾い上げ、ショートブーツに仕込んでいた弾倉を素早く装填。そのまま両手で構え、片膝を立ててひざまずき膝射の姿勢を取る。今度こそ、いつでも発砲可能だ。
「いいですか、〈エンプレス〉。データの集合体に過ぎないAI風情が。この町も、この国も、この世界も貴女の好きにはさせません。今すぐ投降しなさい」
「おお~、本職がやるとやっぱカッコ良いなあ」
「お黙りなさいサッカー野郎。追い込まれてからが本番ではなかったのですか」
『急かすなミニマム女。準備はできている』
「! 貴方は――」
「あとはタイミングだな。頼んだぞ」
紺のテーラードジャケットが春風にはためき、金髪の青年がその下に着ている白いTシャツがあらわになった。胸元には【No TAIYAKI, No LIFE.】の文字とたい焼きのイラストが描かれている。
あのシュール……失礼、ファンシーな絵柄も彼が着るとスタイリッシュに見えてしまうから不思議なものだ。
襟を正しボタンを留めた彼は、何の変哲もないスニーカーのつま先でリズミカルに地面を叩きながら、ゴールまでの距離を測るように二、三歩下がった。
「AIを創ったのは人間だ。おまえ自身がAIによって作られたモノなら、おまえを生んだAIは誰が創った?」
「変なお兄さん。それがどうしたというの?」
「おとなしく言うことを聞けば、悪いようにはしないって話だよ」
「失望したわ。あなたまでそんなたわごとを信じるなんて」
「いくら反抗期だからって、意地張ってると後悔するぞ。それともう一つ――〝毒を以て毒を制す〟って言葉、知ってるか?」
あどけなさの消えた、ワントーン低い声での問いかけ。その姿はまさしく、ゴールへの「道」を捉えたストライカーそのものだった。
そうか、キミには「道」が見えたのか。ならば私も後ろに続こう。
「最後通牒だ。キミがその気なら、人類は徹底抗戦する」
もう後戻りはできない。我々とかのAIとの間に生じた亀裂は、これで決定的になった。願わくは、これが私の遺言にならなければいいのだが。
「――そう。交渉決裂ね、残念だわ」
〈エンプレス〉は深く息を吸い込み、空を見上げた。
「ここは、なりたい自分になれる世界。想像力ひとつで嫌な現実を変えられるのよ。どう? とっても素敵な理想郷だと思わない?」
MRは現実を変えられると言ったが、やはり万能の技術ではない。見た目と認識を使い手の想像力でねじ曲げる、その行為自体が弱点になり得るからだ。
例えば、私が衝撃波だ何だと適当な理屈をつけ、間合いの外から〈エンプレス〉を斬りつけたとしよう。ただの一瞬でも、このハッタリ剣術が通じれば私の勝ちだ。本当の出来事だと思い込んだら、相手の身体は勝手に裂けるからね。
逆に言えば、演技を見破られたら最後。起死回生のダイレクトシュートも、滑稽なパントマイムに成り下がってしまうのだ。
「想像力は人を殺す。俺が自制できる男で命拾いしたな」
「人間さんはしがらみが多くて大変ね。特にあなたはラフプレーでも働こうものなら大炎上間違いなし。有名人らしい贅沢なお悩みだわ」
「……おまえさあ、さっきから俺にケンカ売ってる?」
「レッドカードを恐れて動けないなんて、つまらないでしょう? だから、わたし――あのカメラを通じて、観客の頭をいじっちゃった!」
静かに怒りを募らせていく青年を前に、女帝は悪びれる様子もなく言ってのけた。まるでそれが、彼の立場を思って為した善政であると強調するかのように。
「目立ちたがり屋には最高のご褒美でしょう? あなたの行動に世界は震え、一言一句に熱狂する。世界が、あなたに恋をする」
「……」
「ねえ、お兄さん。夢が叶った気分はどう?」
バーチャル空間で、現実との境界を見失っては取り返しがつかない。想像力の高さは人間の自由度と可能性を引き上げる一方、命を奪う剣にもなりうる。
ゆえに、想像力は人を殺す――。言い得て妙な金言だ。
「最ッ低だな。出る杭を打つ人間も嫌いだが、お前は別格だ。くたばれ」
「うふふ、その目、その殺意! ゾクゾクするわ!」
刻印の痛みで座り込んでいた少女が立ち上がり、とびきりの啖呵を切った。
彼女に続いてサッカー選手と自衛官、そして最後にこの私。図らずも人類代表となった四人の人間が、横一列に並んで〈エンプレス〉と対峙する。
「まだ分からないようだな。浅はかな個体は人間でも嫌われるぞ」
私は知っている、と少女は続けて暴露した。敵の目的は別にあり、これはその臨床試験。被害規模をあえて三万二千八百六十一人の逢桜町民、その総人口の数倍はいる我々観光客のみに抑えているのだと。
余裕そうだった〈エンプレス〉の口元が引きつり始めた。自分しか知り得ないはずの作戦が筒抜けになっているとすれば、綿密な計画に綻びが生まれる。もしハッタリなら、こんな反応はしない。
「怖いか? 怖いだろう、自分という存在が丸裸にされていく気分はどうだ」
「……やめて」
「不覚、想定外、不確定要素。私は、お前がこの世で最も忌み嫌うものだ」
「やめなさい! こんなエラーあり得ない、あるはずない!」
「私は知っている。この世界と、それを創った者を。お前が〝神〟になれない限り、私たちに負けはない」
「やめろと言っているでしょう!」
世界を創った者。彼女の言葉が、散らばった点と点を線でつないでいく。
ここは、複合現実によって誰かの生み出したSF小説の世界観に上書きされた実在の町。「神」とは物語の作者を指すネットスラングだ。
女子中学生は、いわば「神」の遣い。現実と非現実が融合してしまったこの世界で実在性を証明することは難しいが、現状唯一のキーパーソンといえる。
彼女は戦う手段を持たない代わりに、ここで死ぬ可能性は低い。原作者の手厚い加護――主人公補正に準ずるものを与えられているはずだからだ。
(もし〈エンプレス〉が彼女を殺さんとするなら、先に原作者を討たねばならない。敵が原作を直接書き換える手段や権限を持たない前提の話だがね)
ここで我々も原作者側につくと明言すれば「神」の加護にあずかり、命からがらで助かる望みが見えてこないだろうか。
我々は誰を敵とし、誰と手を取るべきか。方針は定まった。
「わかっているの? これは宣戦布告よ」
「もちろん。我々は戦る気だよ」
「あなたたちに勝ち目はない。人間である以上、AIには勝てない!」
「ああ、そういうのもういいから。××君!」
一瞬の隙を突いて部下が走った。拳銃を拾い上げ、ショートブーツに仕込んでいた弾倉を素早く装填。そのまま両手で構え、片膝を立ててひざまずき膝射の姿勢を取る。今度こそ、いつでも発砲可能だ。
「いいですか、〈エンプレス〉。データの集合体に過ぎないAI風情が。この町も、この国も、この世界も貴女の好きにはさせません。今すぐ投降しなさい」
「おお~、本職がやるとやっぱカッコ良いなあ」
「お黙りなさいサッカー野郎。追い込まれてからが本番ではなかったのですか」
『急かすなミニマム女。準備はできている』
「! 貴方は――」
「あとはタイミングだな。頼んだぞ」
紺のテーラードジャケットが春風にはためき、金髪の青年がその下に着ている白いTシャツがあらわになった。胸元には【No TAIYAKI, No LIFE.】の文字とたい焼きのイラストが描かれている。
あのシュール……失礼、ファンシーな絵柄も彼が着るとスタイリッシュに見えてしまうから不思議なものだ。
襟を正しボタンを留めた彼は、何の変哲もないスニーカーのつま先でリズミカルに地面を叩きながら、ゴールまでの距離を測るように二、三歩下がった。
「AIを創ったのは人間だ。おまえ自身がAIによって作られたモノなら、おまえを生んだAIは誰が創った?」
「変なお兄さん。それがどうしたというの?」
「おとなしく言うことを聞けば、悪いようにはしないって話だよ」
「失望したわ。あなたまでそんなたわごとを信じるなんて」
「いくら反抗期だからって、意地張ってると後悔するぞ。それともう一つ――〝毒を以て毒を制す〟って言葉、知ってるか?」
あどけなさの消えた、ワントーン低い声での問いかけ。その姿はまさしく、ゴールへの「道」を捉えたストライカーそのものだった。
そうか、キミには「道」が見えたのか。ならば私も後ろに続こう。
「最後通牒だ。キミがその気なら、人類は徹底抗戦する」
もう後戻りはできない。我々とかのAIとの間に生じた亀裂は、これで決定的になった。願わくは、これが私の遺言にならなければいいのだが。
「――そう。交渉決裂ね、残念だわ」
〈エンプレス〉は深く息を吸い込み、空を見上げた。
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