上 下
9 / 53
Phase:01 サクラサク

side C 宣戦布告(下)

しおりを挟む
「バカな! あまりにも非現実的、あり得ない話です。自分たちはすでに貴女あなたの術中にあるというのですか」
「ここは、なりたい自分になれる世界。想像力ひとつで嫌な現実を変えられるのよ。どう? とっても素敵な理想郷ユートピアだと思わない?」

 MRは現実を変えられると言ったが、やはり万能の技術ではない。見た目と認識を使い手の想像力でねじ曲げる、その行為自体が弱点になり得るからだ。
 例えば、私が衝撃波だ何だと適当な理屈をつけ、間合いの外から〈エンプレス〉を斬りつけたとしよう。ただの一瞬でも、このハッタリ剣術が通じれば私の勝ちだ。本当の出来事だと思い込んだら、からね。
 逆に言えば、演技を見破られたら最後。起死回生のダイレクトシュートも、滑稽こっけいなパントマイムに成り下がってしまうのだ。

「想像力は人を殺す。俺が自制できる男で命拾いしたな」
「人間さんはしがらみが多くて大変ね。特にあなたはラフプレーでも働こうものなら大炎上間違いなし。有名人らしい贅沢ぜいたくなお悩みだわ」
「……おまえさあ、さっきから俺にケンカ売ってる?」
「レッドカードを恐れて動けないなんて、つまらないでしょう? だから、わたし――あのカメラを通じて、観客みんなの頭をいじっちゃった!」

 静かに怒りを募らせていく青年を前に、女帝は悪びれる様子もなく言ってのけた。まるでそれが、彼の立場を思って為した善政であると強調するかのように。

「目立ちたがり屋には最高のご褒美でしょう? あなたの行動に世界は震え、一言一句いちごんいっくに熱狂する。世界が、あなたに恋をする」
「……」
「ねえ、お兄さん。?」

 バーチャル空間で、現実との境界を見失っては取り返しがつかない。想像力の高さは人間の自由度と可能性を引き上げる一方、命を奪う剣にもなりうる。
 ゆえに、想像力は人を殺す――。言い得て妙な金言だ。

「最ッ低だな。出るくいを打つ人間も嫌いだが、お前は別格だ。くたばれ」
「うふふ、その目、その殺意! ゾクゾクするわ!」

 刻印の痛みで座り込んでいた少女が立ち上がり、とびきりの啖呵たんかを切った。
 彼女に続いてサッカー選手と自衛官、そして最後にこの私。図らずも人類代表となった四人の人間が、横一列に並んで〈エンプレス〉と対峙たいじする。

「まだ分からないようだな。浅はかな個体は人間でも嫌われるぞ」

 私は知っている、と少女は続けて暴露した。敵の目的は別にあり、これはその臨床試験。被害規模をあえて三万二千八百六十一人の逢桜町民、その総人口の数倍はいる我々観光客のみに抑えているのだと。
 余裕そうだった〈エンプレス〉の口元が引きつり始めた。自分しか知り得ないはずの作戦が筒抜けになっているとすれば、綿密な計画にほころびが生まれる。もしハッタリなら、こんな反応はしない。

「怖いか? 怖いだろう、自分という存在が丸裸にされていく気分はどうだ」
「……やめて」
「不覚、想定外、不確定要素。私は、お前がこの世で最も忌み嫌うものだ」
「やめなさい! こんなエラーあり得ない、あるはずない!」
「私は知っている。この世界と、それを創った者を。お前が〝神〟になれない限り、私たちに負けはない」
「やめろと言っているでしょう!」

 世界を創った者。彼女の言葉が、散らばった点と点を線でつないでいく。
 ここは、複合現実によって誰かの生み出したSF小説の世界観にされた実在の町。「神」とは物語の作者を指すネットスラングだ。
 女子中学生は、いわば「神」のつかい。現実と非現実が融合してしまったこの世界で実在性を証明することは難しいが、現状唯一のキーパーソンといえる。
 彼女は戦う手段を持たない代わりに、ここで死ぬ可能性は低い。原作者の手厚い加護――主人公補正に準ずるものを与えられているはずだからだ。

(もし〈エンプレス〉が彼女を殺さんとするなら、先に原作者を討たねばならない。敵が原作を直接書き換える手段や権限を持たない前提の話だがね)

 ここで我々も原作者側につくと明言すれば「神」の加護にあずかり、命からがらで助かる望みが見えてこないだろうか。
 我々は誰を敵とし、誰と手を取るべきか。方針は定まった。

「わかっているの? これは宣戦布告よ」
「もちろん。我々はる気だよ」
「あなたたちに勝ち目はない。人間である以上、AIには勝てない!」
「ああ、そういうのもういいから。××君!」

 一瞬の隙を突いて部下が走った。拳銃を拾い上げ、ショートブーツに仕込んでいた弾倉マガジンを素早く装填そうてん。そのまま両手で構え、片膝を立ててひざまずき膝射しつしゃの姿勢を取る。今度こそ、いつでも発砲可能だ。

「いいですか、〈エンプレス〉。データの集合体に過ぎないAI風情が。この町も、この国も、この世界も貴女の好きにはさせません。今すぐ投降しなさい」
「おお~、本職がやるとやっぱカッコ良いなあ」
「お黙りなさいサッカー野郎。追い込まれてからが本番ではなかったのですか」
『急かすなミニマム女。準備はできている』
「! 貴方あなたは――」
「あとはタイミングだな。頼んだぞ」

 紺のテーラードジャケットが春風にはためき、金髪の青年がその下に着ている白いTシャツがあらわになった。胸元には【No TAIYAKI, No LIFE.】の文字とたい焼きのイラストが描かれている。
 あのシュール……失礼、ファンシーな絵柄も彼が着るとスタイリッシュに見えてしまうから不思議なものだ。
 えりを正しボタンを留めた彼は、何の変哲もないスニーカーのつま先でリズミカルに地面を叩きながら、ゴールまでの距離を測るように二、三歩下がった。

「AIを創ったのは人間だ。おまえ自身がAIによって作られたモノなら、おまえを生んだAIは誰が創った?」
「変なお兄さん。それがどうしたというの?」
「おとなしく言うことを聞けば、悪いようにはしないって話だよ」
「失望したわ。あなたまでそんなたわごとを信じるなんて」
「いくら反抗期だからって、意地張ってると後悔するぞ。それともう一つ――〝毒をもって毒を制す〟って言葉、知ってるか?」

 あどけなさの消えた、ワントーン低い声での問いかけ。その姿はまさしく、ゴールへの「道」をとらえたストライカーそのものだった。
 そうか、キミには「道」が見えたのか。ならば私も後ろに続こう。

「最後通牒つうちょうだ。キミがその気なら、人類われわれは徹底抗戦する」

 もう後戻りはできない。我々とかのAIとの間に生じた亀裂は、これで決定的になった。願わくは、これが私の遺言にならなければいいのだが。

「――そう。交渉決裂ね、残念だわ」

 〈エンプレス〉は深く息を吸い込み、空を見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。 異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。 魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。 なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII

りゅう
SF
 とある別世界の日本でごく普通の生活をしていたリュウは、ある日突然何の予告もなく違う世界へ飛ばされてしまった。  そこは、今までいた世界とは少し違う世界だった。  戸惑いつつも、その世界で出会った人たちと協力して元居た世界に戻ろうとするのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...