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Phase:01 サクラサク
Side C - Part 4 〈五葉紋〉
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Phase:01 - Side C "The Samurai" Part 4
* * * * * * * * * * *
答えは実に明白だった。敵の顔から、わずかに残った笑みが消える。
「……あなた、どこまで知っているの?」
「さあな。私の頭の中を盗み見たなら、訊くまでもないだろう」
「なんて卑怯な人なの。自分だけ高みの見物だなんて」
「それはお前も同じだろう。人間の命と尊厳を弄び、残酷な方法で死に追いやる。自分の私利私欲のためにな」
再び〈エンプレス〉が指パッチンの構えを取った。あれを鳴らされては、また何か良くないことが起きる。
仲間たちに目配せをすると、チャラ男君がうなずいた。勝ち気な女性自衛官も、口の動きで(いつでもいけます)と応じる。
「……サムライさん」
「ああ。分かっているとも」
必ず、止めなければならない。さらなる犠牲者の発生を。
護らなければならない。事件の鍵を握る少女を。
この町と、ここに集った多くの命を。
「私は――私たちは、お前を許さない!」
女子中学生が発した魂の叫びを合図に、三人の大人が地を蹴った。こんな時のために銃を携帯しているじゃじゃ馬君が、迷わず懐に右手を突っ込む。
武装していなくとも、チャラ男君はその身体能力こそが最大の武器だ。瞬発力を最大限に発揮して一歩抜きん出るあたりに、私は彼の本気を見た。
そして、若者たちに負けていられない、と私も太刀に手をかけたその時――
「ぐっ!?」
「う……っぐ、あぁぁぁぁぁ!」
「いつっ――なん、ですか……これは……!」
手の甲に焼けるような熱さと鋭い痛みが走り、我々はその場に膝をついた。
額に脂汗がにじみ、悪寒が走る。動悸と身体の震えが収まらない。
自衛官が武器を取り落とした。カラカラと乾いた音を立てて、自動拳銃が路上に転がる。暴発せずに済んだのは不幸中の幸いだ。
敵にそれを渡すな! と指示を出そうにも声が出ない。口は開き舌も回るが、発したはずの声が聞こえない。他人はもちろん、自分自身にさえもだ。
(まずいぞ。意思疎通が取れなければ、我々の連携はあっさり瓦解する。乗っ取られた〈Psychic〉を介して聴覚を操作されたか?)
どうにか身振り手振りで意思を伝えようとしたが、〈エンプレス〉には十分すぎるほどの時間を与えてしまったようだ。
現に彼女は今、最も自身の脅威になり得る武器を手に取ることなく、たった一瞥でその仕様を正確に分析してみせた。
「まあ、怖い! 本物のピストルだわ。九ミリパラベラム弾九連発の〝渇望〟――聞き慣れない名前ね。どこで手に入れたの?」
「誰が……言うもの、ですか……!」
「その剣も素敵! カタナ、あるいはサムライブレードというのでしょう? 真剣なの? あとでぜひ抜いてみせて」
「キミを……斬ることになったら、考えるよ」
ヒールの音を響かせながら、〈エンプレス〉はこれから首を刎ねる罪人の品定めをするように我々の前を歩き回った。
「わたしの目から見ても、お兄さんは名選手だわ。まるでサッカーをするために生まれてきたみたい」
「人呼んで、和製コンコルド……10番より恐れられる、11番だから、な……!」
じゃじゃ馬自衛官から私、チャラ男君の前を通って、女帝は告発者の正面に立った。
見上げる中学生と見下ろす侵略者、ふたりの女性の視線がかち合う。
「それは〈五葉紋〉。あなたを輝かせるしるし。あなたという人の生き様《ざま》を、あまねく世に知らしめるもの」
「〈五葉紋〉……この刻印のことか」
「チャンスは一人あたり五回よ。使い方は自由だけれど、ご利用は計画的に」
「使う?」
「あなたの強い想いとともに、お空へその手を高く掲げて。そうすれば、ピンチがチャンスになるかもしれないわ。うふふふふふふ!」
右手の甲に目をやると、ちょうどまばゆく光るひし形の紋様が中指の根元付近に刻まれたところだった。
ひとつ、またひとつと増えていくそれらは「葉」だというが、放射状の配置も相まって桜の花のように見える。
刻まれたのが(でっち上げられた)事実ならば、そこにしるしがあって当然だ。自分の身に覚えがあるか否かは関係ない。
これが、これこそが敵の狙い。因果の逆転による事実誤認。仮想世界で与えられた虚偽の情報を信じることで、現実の認識が書き換えられた瞬間だ。
「――ようこそ。理想と現実がつながる新世界、イマーシブMRへ」
〈エンプレス〉は「女帝」という字面から連想されるイメージどおり、勝ち誇る独裁者のようにほくそ笑んだ。
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答えは実に明白だった。敵の顔から、わずかに残った笑みが消える。
「……あなた、どこまで知っているの?」
「さあな。私の頭の中を盗み見たなら、訊くまでもないだろう」
「なんて卑怯な人なの。自分だけ高みの見物だなんて」
「それはお前も同じだろう。人間の命と尊厳を弄び、残酷な方法で死に追いやる。自分の私利私欲のためにな」
再び〈エンプレス〉が指パッチンの構えを取った。あれを鳴らされては、また何か良くないことが起きる。
仲間たちに目配せをすると、チャラ男君がうなずいた。勝ち気な女性自衛官も、口の動きで(いつでもいけます)と応じる。
「……サムライさん」
「ああ。分かっているとも」
必ず、止めなければならない。さらなる犠牲者の発生を。
護らなければならない。事件の鍵を握る少女を。
この町と、ここに集った多くの命を。
「私は――私たちは、お前を許さない!」
女子中学生が発した魂の叫びを合図に、三人の大人が地を蹴った。こんな時のために銃を携帯しているじゃじゃ馬君が、迷わず懐に右手を突っ込む。
武装していなくとも、チャラ男君はその身体能力こそが最大の武器だ。瞬発力を最大限に発揮して一歩抜きん出るあたりに、私は彼の本気を見た。
そして、若者たちに負けていられない、と私も太刀に手をかけたその時――
「ぐっ!?」
「う……っぐ、あぁぁぁぁぁ!」
「いつっ――なん、ですか……これは……!」
手の甲に焼けるような熱さと鋭い痛みが走り、我々はその場に膝をついた。
額に脂汗がにじみ、悪寒が走る。動悸と身体の震えが収まらない。
自衛官が武器を取り落とした。カラカラと乾いた音を立てて、自動拳銃が路上に転がる。暴発せずに済んだのは不幸中の幸いだ。
敵にそれを渡すな! と指示を出そうにも声が出ない。口は開き舌も回るが、発したはずの声が聞こえない。他人はもちろん、自分自身にさえもだ。
(まずいぞ。意思疎通が取れなければ、我々の連携はあっさり瓦解する。乗っ取られた〈Psychic〉を介して聴覚を操作されたか?)
どうにか身振り手振りで意思を伝えようとしたが、〈エンプレス〉には十分すぎるほどの時間を与えてしまったようだ。
現に彼女は今、最も自身の脅威になり得る武器を手に取ることなく、たった一瞥でその仕様を正確に分析してみせた。
「まあ、怖い! 本物のピストルだわ。九ミリパラベラム弾九連発の〝渇望〟――聞き慣れない名前ね。どこで手に入れたの?」
「誰が……言うもの、ですか……!」
「その剣も素敵! カタナ、あるいはサムライブレードというのでしょう? 真剣なの? あとでぜひ抜いてみせて」
「キミを……斬ることになったら、考えるよ」
ヒールの音を響かせながら、〈エンプレス〉はこれから首を刎ねる罪人の品定めをするように我々の前を歩き回った。
「わたしの目から見ても、お兄さんは名選手だわ。まるでサッカーをするために生まれてきたみたい」
「人呼んで、和製コンコルド……10番より恐れられる、11番だから、な……!」
じゃじゃ馬自衛官から私、チャラ男君の前を通って、女帝は告発者の正面に立った。
見上げる中学生と見下ろす侵略者、ふたりの女性の視線がかち合う。
「それは〈五葉紋〉。あなたを輝かせるしるし。あなたという人の生き様《ざま》を、あまねく世に知らしめるもの」
「〈五葉紋〉……この刻印のことか」
「チャンスは一人あたり五回よ。使い方は自由だけれど、ご利用は計画的に」
「使う?」
「あなたの強い想いとともに、お空へその手を高く掲げて。そうすれば、ピンチがチャンスになるかもしれないわ。うふふふふふふ!」
右手の甲に目をやると、ちょうどまばゆく光るひし形の紋様が中指の根元付近に刻まれたところだった。
ひとつ、またひとつと増えていくそれらは「葉」だというが、放射状の配置も相まって桜の花のように見える。
刻まれたのが(でっち上げられた)事実ならば、そこにしるしがあって当然だ。自分の身に覚えがあるか否かは関係ない。
これが、これこそが敵の狙い。因果の逆転による事実誤認。仮想世界で与えられた虚偽の情報を信じることで、現実の認識が書き換えられた瞬間だ。
「――ようこそ。理想と現実がつながる新世界、イマーシブMRへ」
〈エンプレス〉は「女帝」という字面から連想されるイメージどおり、勝ち誇る独裁者のようにほくそ笑んだ。
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