トワイライト・クライシス

幸田 績

文字の大きさ
上 下
8 / 67
Phase:01 サクラサク

Side A-2 ガールズトーク

しおりを挟む
Phase:01 / Side A-2 "The Student & The Woman"
* * * * * * * *


 ――時は、少し前にさかのぼる。


「あハっ、あ……アアァああアあ――!」


 リポーターの女性は喉が割れるような絶叫を上げると、髪を振り乱しその場で痙攣けいれんし始めた。
 明らかに様子がおかしい。迷うことなく救急車を呼ぶべきだ。窒息の危険がないようなら、舌を噛まないようハンカチを口にあてがうべきか――


「キミは女生徒を頼む。避難を終えたら手を貸してくれ!」

「これは不可抗力、不可抗力……頼むからセクハラとか言わないでくれよ、っと!」


 ん? 待て。なぜ私は宙に浮いている? 了承も得ず、人の身体を猫のように抱え引きずっていく男は誰だ?


「確保!」

「おらっ、おとなしくしろ!」


 私を避難させたチャラ男は仲間に加勢する形でリポーターに飛びかかり、片腕を捕らえ寝技に持ち込む形で地面に引き倒した。
 一緒にいた着物の男が結束バンドを取り出し、手際よく彼女の両手首を縛り上げる。なぜ彼がそんなものを持っていたのかは、あえて考えないことにした。

 ともあれ、彼らは私を助けてくれた。ありがたい。これは私もマイナス寄りに定義した評価を改める必要がありそうだな。


「救急車呼べ! それと警察!」

『無理だ。〈Psychicサイキック〉が言うことを聞かない』


 そんなことを考えながら茜色の空をぼんやり眺めていると、先ほど見かけたスーツの女が私のそばにやってきて、穏やかな口調で話しかけてきた。


「大丈夫ですか?」

「……はい。大丈夫、です」

「あちらは彼らに任せましょう。少し、お話を伺っても?」

「構いません」


 彼女は男たちに視線を向けたまま、私のそばにしゃがみ込んだ。


「本来はきちんと名乗るのが筋ですが、礼儀を重んじる余裕はありません。ひとまず防衛省所属の自衛官とだけ言っておきます」

「……地元の、中学生。逢桜あさくら中学校の新三年生です」

「中学生? 失礼、あまりに大人びているので高校生かと」

「そうですか」


 リポーターが落ち着きを取り戻したことで、男たちのほうも一息つく余裕ができたようだ。チャラ男が爽やかな笑みを浮かべ、サムライと「よくやった」のグータッチに興じている。


「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」

「はっはっは、キミには遠く及ばないとも――には、ね」


 ほんの一瞬だったが、サムライの一言にチャラ男が固まった。その理由と彼の正体について、これまで得た情報から少し考察してみよう。
 本人と周囲の発言から、彼がサッカーを「する」側の人間なのはほぼ確定。人は核心を突かれると動揺するものだ。私の目はごまかせないぞ。

 つまり――このチャラ男と、イケメンサッカー選手の〝りょーちん〟は同一人物。言われてみれば、確かに雰囲気や体型からプロアスリート感がしなくもない。


「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性――市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」

「え? なんで?」


 だが〝りょーちん〟は奴のあだ名、本名ではない。ただ、これまでに集めた情報をもとに考察を続ければ、いずれ答えを導き出せるはずだ。
 私は容姿の美醜にあまり興味がないから、彼が本当に世間一般で言うイケメンに該当するのかどうかは判断しかねるが、一つ大きな手がかりがある。


『『あと俺、団子よりたい焼き派だから』

『マネージャー使い荒すぎだろ、このたい焼きフリークサッカー小僧』

『知ってる~。たい焼きが燃料の和製コンコルドっしょ?』


 そう、チャラ男が心から愛してやまない大好物――たい焼きだ。
 元々高い人気と知名度があるなら、サッカーに詳しくない一般人からは「たい焼き好きの有名人」というキーワードで認識されている可能性が高い。
 それなのに、。もう少しでたどり着けそうなのに、頭にもやがかかって思い出せない。肝心な記憶が欠落している。

 りょーちん――お前は一体、誰なんだ?


「すまない。私たちでは、これ以上手の打ちようがないんだ」

「どうして? 私、こンなこトしたくナい。死ニたクない! お願い、信じテ! だレか、助ケて――!」


 リポーターが悲痛な声で訴える。これが、生きながらにして正気を失うということか。
 自分の身体なのに他人ひと事のような、思いどおりにならない奇妙な感覚。その気持ち悪さがもたらす精神的苦痛はいかばかりだろう。


 私が哀れな被害者へ想いを馳せている間、自称・女性自衛官は〈Psychic〉の仮想デスクトップを前に悪戦苦闘していた。
 〈テレパス〉の着信を示す画面に発信者の名前はなく、血文字を思わせる真っ赤な字で【この通信は拒否できません】とある。


「……あの、何を?」

「見て分かりませんか? 消防署へ救急要請を試みています」

「町外ネットワークへの通信は封じられているようですが」

「これは緊急事態です。他人AIに頼ってはいられません。万が一にも回線がつながれば良し、可能性が一パーセントでもあればそれに賭けるべきでしょう」


 この人は何を言っているんだ? デジタルの世界は0か1、白か黒かはっきりしている。無理なものは無理という考えには至らなかったのだろうか。
 どうやら彼女は、私の抱いていた印象よりもずっと愚かで、単純で、諦めの悪い女のようだ。


「大丈夫、決着ケリは私がつける。未来あるキミの手を汚させはしない」

「そういう問題じゃないだろ! だって……だって、こんな……」


 仲間のチャラ男とサムライの問答には目もくれず、自衛官は不気味な画面に向き合い、細い指で赤い終話ボタンを叩き続けた。
 当然ながら反応はない――なかったが、何度目かの挑戦の末、その上にあった緑色の通話ボタンが私も見ている前で勝手にスライドした。

 彼女の瞳が大きく見開かれる。これは操作ミスでも、誤作動でもない。何者かが外部から意図的に操作したのだ。


「これは……〈テレパス〉の音声メッセージ?」

「何者かが、私たちと話したがっているようですね」


 リポーターが立ち上がり、その場に得も言われぬ緊張が走る。数秒間の沈黙が流れたのち、彼女は口火を切った。


、逢桜町の皆さん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~

ロクマルJ
SF
百万年の時を越え 地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時 人類の文明は衰退し 地上は、魔法と古代文明が入り混じる ファンタジー世界へと変容していた。 新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い 再び人類の守り手として歩き出す。 そして世界の真実が解き明かされる時 人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める... ※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが  もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います  週1話のペースを目標に更新して参ります  よろしくお願いします ▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼ イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です! 表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました 後にまた完成版をアップ致します!

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

リミット・ゼロ

るえりあ
SF
ニューヨークで平凡な日常を送るシステムエンジニア、カイト・セナ。 毎朝、決まった時間に目覚め、コーヒーを買い、仕事をこなし、何気ない日々を過ごしていた。 しかし、ある日を境に彼の世界は微かに歪み始める。 昨日と同じニュース、変わらない会話、繰り返される出来事——それらの違和感が徐々に積み重なり、 やがてカイトは"異常"に気づく。 これは、ただのデジャヴではない。 俺は、同じ日を繰り返している? 最初は些細な違和感だった。 だが、それは徐々に彼の現実を侵食し、ついには"この世界そのもの"に疑念を抱かせる。 時間はなぜ繰り返されるのか? 自分だけがこの異変を認識しているのはなぜか? そんな中、カイトの前に現れた謎の女「白崎ナオ」。 彼女は、すべてを知っているかのように語る。 「あなたは、時間に閉じ込められている」 なぜ彼はこの現象に巻き込まれたのか? この異常なループを抜け出す方法はあるのか? 答えを求めるカイトの前に、 次第に"この世界の真実"と"隠された陰謀"が姿を現す——。 時間が、彼を騙している。 このループは、決して偶然ではない。 カイトがたどり着く"答え"とは? そして、"時間の牢獄"を抜け出すことはできるのか?

処理中です...