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Phase:01 サクラサク
Side A-2 ガールズトーク
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Phase:01 / Side A-2 "The Student & The Woman"
* * * * * * * * * * * * *
――時は、少し前に遡る。
「あハっ、あ……アアァああアあ――!」
リポーターの女性は喉が割れるような絶叫を上げると、髪を振り乱しその場で痙攣し始めた。
明らかに様子がおかしい。迷うことなく救急車を呼ぶべきだ。
窒息の危険がないようなら、舌を噛まないようハンカチを口にあてがうべきか――
「キミは女生徒を頼む。避難を終えたら手を貸してくれ!」
「これは不可抗力、不可抗力……頼むからセクハラとか言わないでくれよ、っと!」
ん? 待て。なぜ私は宙に浮いている?
本人の了承も得ず、女子中学生の身体を猫のように抱え上げ、後ろに引きずっていく失礼千万な男は誰だ?
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
私の背後を離れたチャラ男はリポーターに飛びかかって片腕を捕らえ、仲間と協力しながら寝技に持ち込む形で地面に引き倒した。
着物姿のサムライ男が結束バンドを取り出し、手際よく彼女の両手首を縛り上げる。なぜ彼がそんなものを持っていたのかは、あえて考えないことにした。
ともあれ、彼らは私を助けてくれた。ありがたい。これは私もマイナス寄りに定義した評価を改める必要がありそうだな。
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈Psychic〉が言うことを聞かない』
そんなことを考えながら茜色の空をぼんやり眺めていると、先ほど見かけたスーツの女が私のそばにやってきて、穏やかな口調で話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫、です」
「あちらは彼らに任せましょう。少し、お話を伺っても?」
「構いません」
彼女は男たちに視線を向けたまま、私のそばにしゃがみ込んだ。
「本来はきちんと名乗るのが筋ですが、礼儀を重んじる余裕はありません。ひとまず防衛省所属の自衛官とだけ言っておきます」
「……地元の、中学生。逢桜中学校の三年生です」
「中学生? 失礼、あまりに大人びているので高校生かと」
「そうですか」
リポーターが落ち着きを取り戻したことで、男たちにも一息つく余裕ができた。
チャラ男が爽やかな笑みを浮かべ、サムライと「よくやった」のグータッチに興じる。
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「はっはっは、キミには遠く及ばないとも――りょーちんには、ね」
ほんの一瞬だったが、サムライの一言にチャラ男が固まった。その理由と彼の正体について、これまで得た情報から少し考察してみよう。
本人と周囲の発言から、彼がサッカーを「する」側の人間なのはほぼ確定。人は核心を突かれると動揺するものだ。私の目はごまかせないぞ。
つまり――このチャラ男と〝りょーちん〟は同一人物だ。
言われてみれば、確かに雰囲気や体型からプロアスリート感がしなくもない。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性――市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
「え? なんで?」
ここまで分かれば、奴の本名も遠からず明らかになる。
私は容姿の美醜にあまり興味がないから、彼が本当に世間一般で言うイケメンに該当するのかどうかは判断しかねるが、一つ大きな手がかりを得た。
『あと俺、団子よりたい焼き派だから』
『マネージャー使い荒すぎだろ、このたい焼きフリークサッカー小僧』
そう、チャラ男が心から愛してやまない大好物だ。
元々高い人気と知名度があるなら、私のようにサッカーに詳しくない一般人は「たい焼き好きの有名人」というキーワードで彼を認識している可能性が高い。
それなのに、分からない。もう少しでたどり着けそうなのに、頭にもやがかかって思い出せない。肝心な記憶が欠落している。
りょーちん――お前は一体、誰なんだ?
「すまない。私たちでは、これ以上手の打ちようがないんだ」
「どうして? 私、こンなこトしたくナい。死ニたクない! お願い、信じテ! だレか、助ケて――!」
リポーターが悲痛な声で訴える。これが、生きながらにして正気を失うということか。
自分の身体なのに他人事のような、思いどおりにならない奇妙な感覚。その気持ち悪さがもたらす精神的苦痛はいかばかりだろう。
私が哀れな被害者へ想いを馳せている間、自称・女性自衛官は〈Psychic〉の仮想デスクトップを前に悪戦苦闘していた。
〈テレパス〉の着信を示す画面に発信者の名前はなく、血文字を思わせる真っ赤な字で【この通信は拒否できません】とある。
「……あの、何を?」
「見て分かりませんか? 消防署へ救急要請を試みています」
「町外ネットワークへの通信は封じられているようですが」
「これは緊急事態です。他人に頼ってはいられません。万が一にも回線がつながれば良し、可能性が一パーセントでもあればそれに賭けるべきでしょう」
この人は何を言っているんだ? デジタルの世界は0か1、白か黒かはっきりしている。無理なものは無理という考えには至らなかったのだろうか。
どうやら彼女は、私の抱いていた印象よりもずっと愚かで、単純で、諦めの悪い女のようだ。
「大丈夫、決着は私がつける。未来あるキミの手を汚させはしない」
「そういう問題じゃないだろ! だって……だって、こんな……」
仲間のチャラ男とサムライの問答には目もくれず、自衛官は不気味な画面に向き合い、細い指で赤い終話ボタンを叩き続けた。
当然ながら反応はない――なかったが、何度目かの挑戦の末、その上にあった緑色の通話ボタンが私も見ている前で勝手にスライドした。
彼女の瞳が大きく見開かれる。これは操作ミスでも、誤作動でもない。何者かが外部から意図的に操作したのだ。
「これは……〈テレパス〉の音声メッセージ?」
「何者かが、私たちと話したがっているようですね」
リポーターが立ち上がり、その場に得も言われぬ緊張が走る。数秒間の沈黙が流れたのち、彼女は口火を切った。
「初めまして、逢桜町の皆さん」
* * * * * * * * * * * * *
――時は、少し前に遡る。
「あハっ、あ……アアァああアあ――!」
リポーターの女性は喉が割れるような絶叫を上げると、髪を振り乱しその場で痙攣し始めた。
明らかに様子がおかしい。迷うことなく救急車を呼ぶべきだ。
窒息の危険がないようなら、舌を噛まないようハンカチを口にあてがうべきか――
「キミは女生徒を頼む。避難を終えたら手を貸してくれ!」
「これは不可抗力、不可抗力……頼むからセクハラとか言わないでくれよ、っと!」
ん? 待て。なぜ私は宙に浮いている?
本人の了承も得ず、女子中学生の身体を猫のように抱え上げ、後ろに引きずっていく失礼千万な男は誰だ?
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
私の背後を離れたチャラ男はリポーターに飛びかかって片腕を捕らえ、仲間と協力しながら寝技に持ち込む形で地面に引き倒した。
着物姿のサムライ男が結束バンドを取り出し、手際よく彼女の両手首を縛り上げる。なぜ彼がそんなものを持っていたのかは、あえて考えないことにした。
ともあれ、彼らは私を助けてくれた。ありがたい。これは私もマイナス寄りに定義した評価を改める必要がありそうだな。
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈Psychic〉が言うことを聞かない』
そんなことを考えながら茜色の空をぼんやり眺めていると、先ほど見かけたスーツの女が私のそばにやってきて、穏やかな口調で話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫、です」
「あちらは彼らに任せましょう。少し、お話を伺っても?」
「構いません」
彼女は男たちに視線を向けたまま、私のそばにしゃがみ込んだ。
「本来はきちんと名乗るのが筋ですが、礼儀を重んじる余裕はありません。ひとまず防衛省所属の自衛官とだけ言っておきます」
「……地元の、中学生。逢桜中学校の三年生です」
「中学生? 失礼、あまりに大人びているので高校生かと」
「そうですか」
リポーターが落ち着きを取り戻したことで、男たちにも一息つく余裕ができた。
チャラ男が爽やかな笑みを浮かべ、サムライと「よくやった」のグータッチに興じる。
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「はっはっは、キミには遠く及ばないとも――りょーちんには、ね」
ほんの一瞬だったが、サムライの一言にチャラ男が固まった。その理由と彼の正体について、これまで得た情報から少し考察してみよう。
本人と周囲の発言から、彼がサッカーを「する」側の人間なのはほぼ確定。人は核心を突かれると動揺するものだ。私の目はごまかせないぞ。
つまり――このチャラ男と〝りょーちん〟は同一人物だ。
言われてみれば、確かに雰囲気や体型からプロアスリート感がしなくもない。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性――市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
「え? なんで?」
ここまで分かれば、奴の本名も遠からず明らかになる。
私は容姿の美醜にあまり興味がないから、彼が本当に世間一般で言うイケメンに該当するのかどうかは判断しかねるが、一つ大きな手がかりを得た。
『あと俺、団子よりたい焼き派だから』
『マネージャー使い荒すぎだろ、このたい焼きフリークサッカー小僧』
そう、チャラ男が心から愛してやまない大好物だ。
元々高い人気と知名度があるなら、私のようにサッカーに詳しくない一般人は「たい焼き好きの有名人」というキーワードで彼を認識している可能性が高い。
それなのに、分からない。もう少しでたどり着けそうなのに、頭にもやがかかって思い出せない。肝心な記憶が欠落している。
りょーちん――お前は一体、誰なんだ?
「すまない。私たちでは、これ以上手の打ちようがないんだ」
「どうして? 私、こンなこトしたくナい。死ニたクない! お願い、信じテ! だレか、助ケて――!」
リポーターが悲痛な声で訴える。これが、生きながらにして正気を失うということか。
自分の身体なのに他人事のような、思いどおりにならない奇妙な感覚。その気持ち悪さがもたらす精神的苦痛はいかばかりだろう。
私が哀れな被害者へ想いを馳せている間、自称・女性自衛官は〈Psychic〉の仮想デスクトップを前に悪戦苦闘していた。
〈テレパス〉の着信を示す画面に発信者の名前はなく、血文字を思わせる真っ赤な字で【この通信は拒否できません】とある。
「……あの、何を?」
「見て分かりませんか? 消防署へ救急要請を試みています」
「町外ネットワークへの通信は封じられているようですが」
「これは緊急事態です。他人に頼ってはいられません。万が一にも回線がつながれば良し、可能性が一パーセントでもあればそれに賭けるべきでしょう」
この人は何を言っているんだ? デジタルの世界は0か1、白か黒かはっきりしている。無理なものは無理という考えには至らなかったのだろうか。
どうやら彼女は、私の抱いていた印象よりもずっと愚かで、単純で、諦めの悪い女のようだ。
「大丈夫、決着は私がつける。未来あるキミの手を汚させはしない」
「そういう問題じゃないだろ! だって……だって、こんな……」
仲間のチャラ男とサムライの問答には目もくれず、自衛官は不気味な画面に向き合い、細い指で赤い終話ボタンを叩き続けた。
当然ながら反応はない――なかったが、何度目かの挑戦の末、その上にあった緑色の通話ボタンが私も見ている前で勝手にスライドした。
彼女の瞳が大きく見開かれる。これは操作ミスでも、誤作動でもない。何者かが外部から意図的に操作したのだ。
「これは……〈テレパス〉の音声メッセージ?」
「何者かが、私たちと話したがっているようですね」
リポーターが立ち上がり、その場に得も言われぬ緊張が走る。数秒間の沈黙が流れたのち、彼女は口火を切った。
「初めまして、逢桜町の皆さん」
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