6 / 65
Phase:01 サクラサク
Side B - Part 2 悪夢の幕開け
しおりを挟む
Phase:01 - Side B "The Frivolous Man"
* * * * * * * * * * *
「あハっ、あ……アアァああアあ――!」
その瞬間、ゾッとするものが俺の背中を駆け抜けた。リポーターが顔をゆがめ、歯ぎしりをし、涙を流しながら白目を剥いて、ワケのわからないことを言い出したからだ。
どうする俺? これ、絶対ヤバいやつだ! でも、相手が女だからといって、独りでは安全に抑え込める保証はない。一体どうすれば……
助けに行くのをためらっていると、泳がせた目に抹茶色の着物が映った。サムライは静かにうなずき、号令で俺の迷いを取っ払う。
「援護する。行くぞ、チャラ男君!」
「……っ、はい!」
「キミは女生徒を頼む。避難を終えたら手を貸してくれ!」
以心伝心って、まさにこういう状況だよな。サムライは俺に目配せをすると、叫びながら痙攣を始めたリポーターに斜めから飛びかかった。
俺も続き、座り込んだまま固まってる女の子を後ろから羽交い締めにして、一息にリポーターから引き離す。
知らないチャラ男に捕まってセクハラだ何だと騒がれないかヒヤヒヤしたが、完全に思考が停止してる相手は素直に身を任せてくれた。
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
厄介だったのはそのあとだ。いざ取り押さえようとすると、リポーターは泣いて騒いで大暴れ。サムライと俺の二人がかりで、どうにか地面に引きずり倒した。
あれ? 確か、撮影クルーの連中がいたよな。あいつらどこ行った?
そう思って周囲を見渡すと、お仲間は全員魂が抜けたような顔で、女の同僚が男二人に組み伏せられる放送事故を生中継していやがった。
ウソだろ……こいつら、身内の危機より視聴率が大事だってのか? いい大人が何やってんだよ!
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈Psychic〉が言うことを聞かない』
「だったら、そのオフライン脳みそで考えろ。おまえはなんだ?」
「何を言って――いや、待て。そうか!」
「オフェンスは追い込まれてからが本番だぞ。俺のマネージャーなら忘れるなよ」
俺のあとについて空中を飛んできたマネージャーは『やけに冴えてるなチャラ男。打ち所の悪いヘディングでもしたか?』と憎まれ口を叩きながらも、すぐにこっちの意図を察して動き始めた。
ん? このリポーター、急におとなしくなったな。観念したか?
――と見せかけて油断したところに顔面ハイキック! なーんてこともあるから、両足首をつかんだ手を緩める時は慎重に。
「ですよね、サムライさん」
「うん?」
そうつぶやいて顔を上げたら、懐から結束バンドを取り出し、得意げにリポーターの手首を縛り上げている協力者の姿が目に入った。
……何なのこの人? ドSなの? てか、なんでそんなの持ってんの?
気になるけど「訊かないほうが身のためだよ」ってオーラがバンバン出てるな。やめとこ。
「よくやった。お手柄だな」
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「はっはっは、キミには遠く及ばないとも――りょーちんには、ね」
相手の口を割った呼び名に、思わず身体がこわばる。
落ち着け、大丈夫、うろたえるな。平然と、いつもどおりに振る舞えばいい。
鼻筋に手をやってサングラスをずり上げながら、俺は東京を出る前にこのサムライと交わしたやり取りを思い返した。
『それはキミに対する世間の認識を阻害し、一般人と誤認させるスマートグラスだ。人前で不用意に外すことは厳に慎むように』
『へぇ~。もし外し……外れたらどうなるんです?』
『すぐに身元を特定され、大パニック間違いなし。状況次第では二度とピッチに立てなくなる可能性もある』
『……笑えないな』
『笑い事じゃないからね』
それは、プロサッカー選手の俺にとって重すぎる警告だった。直接的な命の危険はなくても、選手生命がかかってるとあっては慎重に行動せざるを得ない。
ってか俺、自慢じゃないけど大炎上は前科あるんで、叩かれるつらさは言われるまでもなく身に沁みてますよ。
『不便を強いることについては謝ろう。だが、これもキミのご主人様を想ってのことだ。マネージャー君もご理解いただけないだろうか』
『はっ、ナメられたものだな。そんなふざけた条件呑むわけ――』
『ん~……よし。表参道の中身がはみ出るたい焼き専門店、エトワール。あそこのプレミアムクロワッサンたい焼き(税込四五〇円)一匹で手を打ちます』
『いい子だ。抹茶(静岡県産)に春季限定いちご(静岡県産きらぴ香)もつけよう』
『さすがサムライさん、太っ腹! 話のわかる薩摩隼人!』
『なんで安請け合いするかなお前はァァァァァ!』
だから、人を取り押さえるのは正直言って不安だった。
倒れ込んだ衝撃でサングラスが外れるかもしれないし、事情を知らない人間が見たら、白昼堂々路上で女を押し倒したと勘違いされかねない。
でも、幸い運は俺に味方した。こいつを身に着けている限り、誰かが揺さぶりをかけてきてもそっくりさんで押し通せる。残念だったな!
「お? 俺ってば、今をときめくイケメンサッカー選手似です?」
「どうかな。答え合わせでサングラスを取ってみては――」
「イヤで~す。今日の服装はこれ込みのコーディネートなんで」
不意打ちで褒められ、有頂天になった俺にサムライがフェイントをかける。
自分ではうまくかわしたつもりだったが、相手は「やれやれ」と言いたげな顔で肩をすくめると、わざとらしく咳払いをした。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性……市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
「え? なんで?」
「よく見ておきなさい、チャラ男君。これが――〈Psychic〉の闇だ」
* * * * * * * * * * *
「あハっ、あ……アアァああアあ――!」
その瞬間、ゾッとするものが俺の背中を駆け抜けた。リポーターが顔をゆがめ、歯ぎしりをし、涙を流しながら白目を剥いて、ワケのわからないことを言い出したからだ。
どうする俺? これ、絶対ヤバいやつだ! でも、相手が女だからといって、独りでは安全に抑え込める保証はない。一体どうすれば……
助けに行くのをためらっていると、泳がせた目に抹茶色の着物が映った。サムライは静かにうなずき、号令で俺の迷いを取っ払う。
「援護する。行くぞ、チャラ男君!」
「……っ、はい!」
「キミは女生徒を頼む。避難を終えたら手を貸してくれ!」
以心伝心って、まさにこういう状況だよな。サムライは俺に目配せをすると、叫びながら痙攣を始めたリポーターに斜めから飛びかかった。
俺も続き、座り込んだまま固まってる女の子を後ろから羽交い締めにして、一息にリポーターから引き離す。
知らないチャラ男に捕まってセクハラだ何だと騒がれないかヒヤヒヤしたが、完全に思考が停止してる相手は素直に身を任せてくれた。
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
厄介だったのはそのあとだ。いざ取り押さえようとすると、リポーターは泣いて騒いで大暴れ。サムライと俺の二人がかりで、どうにか地面に引きずり倒した。
あれ? 確か、撮影クルーの連中がいたよな。あいつらどこ行った?
そう思って周囲を見渡すと、お仲間は全員魂が抜けたような顔で、女の同僚が男二人に組み伏せられる放送事故を生中継していやがった。
ウソだろ……こいつら、身内の危機より視聴率が大事だってのか? いい大人が何やってんだよ!
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈Psychic〉が言うことを聞かない』
「だったら、そのオフライン脳みそで考えろ。おまえはなんだ?」
「何を言って――いや、待て。そうか!」
「オフェンスは追い込まれてからが本番だぞ。俺のマネージャーなら忘れるなよ」
俺のあとについて空中を飛んできたマネージャーは『やけに冴えてるなチャラ男。打ち所の悪いヘディングでもしたか?』と憎まれ口を叩きながらも、すぐにこっちの意図を察して動き始めた。
ん? このリポーター、急におとなしくなったな。観念したか?
――と見せかけて油断したところに顔面ハイキック! なーんてこともあるから、両足首をつかんだ手を緩める時は慎重に。
「ですよね、サムライさん」
「うん?」
そうつぶやいて顔を上げたら、懐から結束バンドを取り出し、得意げにリポーターの手首を縛り上げている協力者の姿が目に入った。
……何なのこの人? ドSなの? てか、なんでそんなの持ってんの?
気になるけど「訊かないほうが身のためだよ」ってオーラがバンバン出てるな。やめとこ。
「よくやった。お手柄だな」
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「はっはっは、キミには遠く及ばないとも――りょーちんには、ね」
相手の口を割った呼び名に、思わず身体がこわばる。
落ち着け、大丈夫、うろたえるな。平然と、いつもどおりに振る舞えばいい。
鼻筋に手をやってサングラスをずり上げながら、俺は東京を出る前にこのサムライと交わしたやり取りを思い返した。
『それはキミに対する世間の認識を阻害し、一般人と誤認させるスマートグラスだ。人前で不用意に外すことは厳に慎むように』
『へぇ~。もし外し……外れたらどうなるんです?』
『すぐに身元を特定され、大パニック間違いなし。状況次第では二度とピッチに立てなくなる可能性もある』
『……笑えないな』
『笑い事じゃないからね』
それは、プロサッカー選手の俺にとって重すぎる警告だった。直接的な命の危険はなくても、選手生命がかかってるとあっては慎重に行動せざるを得ない。
ってか俺、自慢じゃないけど大炎上は前科あるんで、叩かれるつらさは言われるまでもなく身に沁みてますよ。
『不便を強いることについては謝ろう。だが、これもキミのご主人様を想ってのことだ。マネージャー君もご理解いただけないだろうか』
『はっ、ナメられたものだな。そんなふざけた条件呑むわけ――』
『ん~……よし。表参道の中身がはみ出るたい焼き専門店、エトワール。あそこのプレミアムクロワッサンたい焼き(税込四五〇円)一匹で手を打ちます』
『いい子だ。抹茶(静岡県産)に春季限定いちご(静岡県産きらぴ香)もつけよう』
『さすがサムライさん、太っ腹! 話のわかる薩摩隼人!』
『なんで安請け合いするかなお前はァァァァァ!』
だから、人を取り押さえるのは正直言って不安だった。
倒れ込んだ衝撃でサングラスが外れるかもしれないし、事情を知らない人間が見たら、白昼堂々路上で女を押し倒したと勘違いされかねない。
でも、幸い運は俺に味方した。こいつを身に着けている限り、誰かが揺さぶりをかけてきてもそっくりさんで押し通せる。残念だったな!
「お? 俺ってば、今をときめくイケメンサッカー選手似です?」
「どうかな。答え合わせでサングラスを取ってみては――」
「イヤで~す。今日の服装はこれ込みのコーディネートなんで」
不意打ちで褒められ、有頂天になった俺にサムライがフェイントをかける。
自分ではうまくかわしたつもりだったが、相手は「やれやれ」と言いたげな顔で肩をすくめると、わざとらしく咳払いをした。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性……市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
「え? なんで?」
「よく見ておきなさい、チャラ男君。これが――〈Psychic〉の闇だ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/contemporary.png?id=0dd465581c48dda76bd4)
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
戦国記 因幡に転移した男
山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。
カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる