トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:01 サクラサク

Side B - Part 2 悪夢の幕開け

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Phase:01 - Side B "The Frivolous Man"
* * * * * * * * * * *


「あハっ、あ……アアァああアあ――!」


 その瞬間、ゾッとするものが俺の背中を駆け抜けた。リポーターが顔をゆがめ、歯ぎしりをし、涙を流しながら白目をいて、ワケのわからないことを言い出したからだ。

 どうする俺? これ、絶対ヤバいやつだ! でも、相手が女だからといって、独りでは安全に抑え込める保証はない。一体どうすれば……
 助けに行くのをためらっていると、泳がせた目に抹茶色の着物が映った。サムライは静かにうなずき、号令で俺の迷いを取っ払う。


「援護する。行くぞ、チャラ男君!」

「……っ、はい!」

「キミは女生徒を頼む。避難を終えたら手を貸してくれ!」


 以心伝心って、まさにこういう状況だよな。サムライは俺に目配せをすると、叫びながら痙攣けいれんを始めたリポーターに斜めから飛びかかった。
 俺も続き、座り込んだまま固まってる女の子を後ろから羽交い締めにして、一息にリポーターから引き離す。

 知らないチャラ男に捕まってセクハラだ何だと騒がれないかヒヤヒヤしたが、完全に思考が停止してる相手は素直に身を任せてくれた。


「確保!」

「おらっ、おとなしくしろ!」


 厄介だったのはそのあとだ。いざ取り押さえようとすると、リポーターは泣いて騒いで大暴れ。サムライと俺の二人がかりで、どうにか地面に引きずり倒した。

 あれ? 確か、撮影クルーの連中がいたよな。あいつらどこ行った?

 そう思って周囲を見渡すと、お仲間は全員魂が抜けたような顔で、女の同僚が男二人に組み伏せられる放送事故を生中継していやがった。
 ウソだろ……こいつら、身内の危機より視聴率が大事だってのか? いい大人が何やってんだよ!


「救急車呼べ! それと警察!」

『無理だ。〈Psychicサイキック〉が言うことを聞かない』

「だったら、そのオフライン脳みそで考えろ。

「何を言って――いや、待て。そうか!」

「オフェンスは追い込まれてからが本番だぞ。俺のマネージャーなら忘れるなよ」


 俺のあとについて空中を飛んできたマネージャーは『やけに冴えてるなチャラ男。打ち所の悪いヘディングでもしたか?』と憎まれ口を叩きながらも、すぐにこっちの意図を察して動き始めた。

 ん? このリポーター、急におとなしくなったな。観念したか?
 ――と見せかけて油断したところに顔面ハイキック! なーんてこともあるから、両足首をつかんだ手を緩める時は慎重に。


「ですよね、サムライさん」

「うん?」


 そうつぶやいて顔を上げたら、懐から結束バンドを取り出し、得意げにリポーターの手首を縛り上げている協力者の姿が目に入った。

 ……何なのこの人? ドSなの? てか、なんでそんなの持ってんの?
 気になるけど「訊かないほうが身のためだよ」ってオーラがバンバン出てるな。やめとこ。


「よくやった。お手柄だな」

「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」

「はっはっは、キミには遠く及ばないとも――には、ね」


 相手の口を割った呼び名に、思わず身体がこわばる。
 落ち着け、大丈夫、うろたえるな。平然と、いつもどおりに振る舞えばいい。

 鼻筋に手をやってサングラスをずり上げながら、俺は東京を出る前にこのサムライと交わしたやり取りを思い返した。


『それはキミに対する世間の認識を阻害し、一般人と誤認させるスマートグラスだ。人前で不用意に外すことは厳に慎むように』

『へぇ~。もし外し……外れたらどうなるんです?』

『すぐに身元を特定され、大パニック間違いなし。状況次第では二度とピッチに立てなくなる可能性もある』

『……笑えないな』

『笑い事じゃないからね』


 それは、プロサッカー選手の俺にとって重すぎる警告だった。直接的な命の危険はなくても、選手生命がかかってるとあっては慎重に行動せざるを得ない。

 ってか俺、自慢じゃないけど大炎上は前科あるんで、叩かれるつらさは言われるまでもなく身に沁みてますよ。


『不便を強いることについては謝ろう。だが、これもキミのご主人様を想ってのことだ。マネージャー君もご理解いただけないだろうか』

『はっ、ナメられたものだな。そんなふざけた条件呑むわけ――』

『ん~……よし。表参道の中身がはみ出るたい焼き専門店、エトワール。あそこのプレミアムクロワッサンたい焼き(税込四五〇円)一匹で手を打ちます』

『いい子だ。抹茶(静岡県産)に春季限定いちご(静岡県産きらぴ香)もつけよう』

『さすがサムライさん、太っ腹! 話のわかる薩摩さつま隼人!』

『なんで安請け合いするかなお前はァァァァァ!』


 だから、人を取り押さえるのは正直言って不安だった。
 倒れ込んだ衝撃でサングラスが外れるかもしれないし、事情を知らない人間が見たら、白昼堂々路上で女を押し倒したと勘違いされかねない。

 でも、幸い運は俺に味方した。こいつを身に着けている限り、誰かが揺さぶりをかけてきてもそっくりさんで押し通せる。残念だったな!


「お? 俺ってば、今をときめくイケメンサッカー選手似です?」

「どうかな。答え合わせでサングラスを取ってみては――」

「イヤで~す。今日の服装はこれ込みのコーディネートなんで」


 不意打ちで褒められ、有頂天になった俺にサムライがフェイントをかける。
 自分ではうまくかわしたつもりだったが、相手は「やれやれ」と言いたげな顔で肩をすくめると、わざとらしくせき払いをした。


「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性……市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」

「え? なんで?」


「よく見ておきなさい、チャラ男君。これが――〈Psychic〉の闇だ」
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