トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:01 サクラサク

Side B - Part 1 緊急事態発生

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Phase:01 - Side B "The Frivolous Man" Part 1
* * * * * * * *


 ぴろん、ぴろん。
 ぴろん、ぴろん。


 で聞こえる不気味なチャイム。それもただの音階じゃない、本能的な危険を想起させる不協和音だ。
 こういうの、あんまたとえたくないんだけど……動画メディアやラジオで緊急地震速報が流れた時の背筋がゾワっとする感じ、といえば想像がつくか?


「うわっ……!」

「チャラ男君!」


 突然、カメラのフラッシュみたいな強く白い光を浴びせられ、俺は反射的に両腕で顔を覆った。
 誰だか知らないけど、いきなり何すんだよ! 着物のおっさんに「そのコードネームで呼ぶのやめてくんない?」って抗議すんの忘れたじゃん!
 自分は「サムライ」で、俺が「チャラ男」。俺の「マネージャー」とケンカしてるお姉さんが「じゃじゃ馬」って、パワハラだろパワハラ! 差別! 職権濫用!


【強制入電中 この通信は拒否できません】


 で、光が収まったの見計らって、恐る恐る防御を解いたらこれよ。意味不明な警告、真っ赤なフォント。これ、ドッキリでもやっちゃいけないやつだろ。


 ぴろん、ぴろん。
 ぴろん、ぴろん。


『くそっ……こいつはただ事じゃない。一時休戦だ、石頭』

業腹ごうはらですが同意しましょう、根暗変態クズメガネ。この警告は一体何なのですか?」

目下もっか分析中だ。話しかけるな』

「は?」


 コードネームガン無視でモメるマネージャーとじゃじゃ馬の会話を聞き流しながら、俺は現在の状況についていくつかの仮説を立てた。

 まず、警報音が頭の中で聞こえたのは、これが〈思念通信テレパス〉――〈Psychicサイキック〉のメッセージアプリを使って、脳に直接届けられた情報だから。
 考えたことを発信し、受け手の頭の中で音声情報に変換。科学的な「脳内再生」を実現した人工テレパシーだ。

 つまり……いつでもどこでも、人目を気にせずイチャつき放題。真顔でいられる自信があるなら、ちいっとちょっとピンクなひそひそ話も可能ときた! すごい時代になったよな~。


「発信者不明の〈テレパス〉か。非通知ではなく不明、という表記で察しはついたが、案の定画面がロックされている」

『おさむらいさんは話が早くて助かりますよ。ちなみにこの状況、どう思います?』

「人類史上最悪級の危機だ」

「はあ?」


 次に、この警報が届いたのは誰か。
 地元民っぽい、黒髪ロングのクール系女子……高校生? 中学生か? とにかく、さっきから俺のことじーっと見てた制服姿の女の子も、今は仮想ディスプレイに目を奪われてる。
 となると、町民から桜まつりの観光客まで、情報通信手段を持つすべての人間に届いたと考えるのが妥当だろうな。


「あくまで私の推測だが、この警告音を聞いた人間――すなわち我々はもれなく、外部から〈Psychic〉経由で脳をハッキングされている。現在進行形でね」

「はああああああ!?」


 で、結局俺たちどうなんのって話だが、サムライさんがあっさりネタバレしたので以下省略。
 「は?」の三段活用を披露してくれたじゃじゃ馬さんはイマイチ理解できてないっぽいけど……要するに俺たち、大事件に巻き込まれちゃってま~す!


「スタジオ、聞こえますか? 電子音、警告音のようなものでしょうか。私にも発信者不明の〈テレパス〉が届いています!」

『聞こえます。市川いちかわさん、引き続き現在の状況を伝えてください』

「仮想ディスプレイには、血のように赤い文字で【この通信は拒否できません】と書かれたメッセージウィンドウが表示されています。黄昏たそがれ時を迎えたこの町で、一体何が――」


 近くにいたテレビ局の取材班が緊急特別報道に切り替えてすぐ、車道のほうから嫌な音がした。桜まつり会場の駐車場に入るため、橋の上で空きを待つ車列の最後尾に停まってたセダンが、アクセルベタ踏みで急加速したんだ。
 それが前の軽自動車に勢いよく追突し、その軽自動車も前の車に……って調子で、橋の上はたちまち多重玉突き事故に発展。
 トドメとばかりに、衝突の弾みで車が斜めに傾きスキー競技のジャンプ台みたいになった現場に向けて、駅の反対側の大通りから暴走車が猛スピードで迫ってきた。


(おいおい……あれ、こっちへ突っ込んでくるやつじゃん!)


 宙に舞った白い商用ミニバンは、俺の予想どおりまっすぐこっちへ飛んできた。撮影クルーが悲鳴を上げて逃げ出したが、リポーターはその場から……
 動かない? いや、違う。動けないんだこの人!


(だったら、俺が――!)


 けれど偶然、この場には俺と同じ考えを持つ人間がいた。
 そして、スタートダッシュも一歩早かった。

 自転車が倒れる音を合図に、スローモーションのようだった体感時間が元に戻る。
 愛車から手を離して全力疾走する女子生徒は俺たちの前を通り過ぎ、マイクを持ったまま固まっているリポーターに渾身の体当たりを決めた。


「危ない、伏せろ!」

「きゃああああっ!」


 ふたりはもつれ合いながら歩道の上に転がった。これがアメフトかラグビーなら、お手本のようなタックルだったともてはやされたことだろう。
 バンは俺たちの頭上を越え、街路灯のポールに衝突して車道側に跳ね返された後、きりきり舞いしながら駅の方角に落ちていった。

 金属の潰れる音と甲高い悲鳴に、周囲一帯は騒然とした。土地勘のない観光客は右往左往し、折り重なった車の山からは血の臭いと人のうめき声がする。
 こんな大事故が祭りのメイン会場前で起きたってのに、お巡りさんも関係者もすっ飛んでこないなんて……一体全体、どうなってんだ?


「あ、う……」

「すみません。車がこっちに飛んでくると思って、つい」


 地面に叩きつけられた痛みに耐えながら謝る女子生徒の横で、リポーターがよろよろと上体を起こす。二人とも大きなケガはなさそうだ。
 この子、やるな。自分にも万が一って可能性がある中、他人を助けようとするなんてそうそうできることじゃない。カッコ良かったぞ、ファインプレー!

 そんなことを考えながら、居合わせた誰もが胸をなで下ろしたのもつかの間――気が抜けて緩んだ空気は、一瞬にして粉砕された。
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