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Phase:01 サクラサク
Side A - Part 1 代わり映えのしない春
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Phase:01 - Side A "The Student"
* * * * * * * * *
あの日、満開の桜を見に行ったのはほんの気まぐれだった。
ただ、この単調でつまらない毎日が変わるかもしれない――そんな気がして。
【この先 桜まつり会場 自転車は徐行してください 逢桜町】
目の前に横たわるのは、町を二分する一級河川・逢川。その両岸は今、一年で最も騒がしい時期を迎えていた。
S字に曲がりくねった川沿いを彩り、隣町まで続く桜並木こそ〝逢川千本桜〟の名で知られるこの町最大の観光地だ。
私――ただのしがない女子中学生は、この逢川にかかる四脚のうち、唯一自転車通行帯がある尾上橋のたもとにやってきた。
角の和菓子屋、逢桜名菓の琥珀糖を売る店の手前で、看板の注意書きに従い自転車のスピードを落とす。
「スタジオつなぎまーす! 三、二、……」
「おばんで~す! 私は今、逢桜町の桜まつり会場を臨む尾上橋にいます。ご覧ください、この絶景! 本日、満開を迎えました!」
橋の上には、本格的な機材を構えて生中継に興じる一団がいた。〈Psychic〉を介した動画配信に生き残りをかけているテレビ局の連中だ。
大変迷惑なことに、最近の彼らは視聴率のためなら何でもする。ほら、今も幅があるとはいえ、歩道を大きく占拠する形で収録を行っているじゃないか。
「今や〝逢川千本桜〟の名で全国的、世界的にも広く知られるお花見スポットとなった逢桜町は、今年も大変な賑わいを見せています!」
おい、そこのよそ者ども。お前たちは馬鹿か? 馬鹿なのか?
まわりを見ろ。通行の邪魔になっていることぐらい、中学生の私でも気がつくぞ。
無性に腹が立った私は、通りすがりに彼らの背中を呪いながらペダルを漕いだ。
(そういえば、河川敷にピザ屋のキッチンカーがあったな。こいつら全員の顔に、風で飛んできた油まみれの包み紙がべったりへばりつきますように)
やがて、愛車は緩やかな坂になった橋の頂上に差し掛かる。人混みより少し高い位置からの景色は圧巻の一言だった。
隣町まで続く河川敷の両岸を、見事に咲き誇った桜の巨木が薄紅色に染め上げている。その枝が作るアーチの下で語らい、杯を交わし、河原を埋め尽くしているのは米粒ほどの大きさに見える無数の花見客。
今、一体どれだけの人数がこの小さな町に押し寄せているのだろう。めったに見ない人の多さにただただ圧倒される。
「うーん、絶景! 河津桜もいいけど、ここはここですごいな」
『花見団子はこの下の河川敷、桜まつり会場で売ってるらしいぞ』
明るい声のするほうに目を向けると、若い男が橋の欄干にもたれて誰かと話していた。
軽く左へ流した長めの髪――表面は軽く跳ねた毛先まで夕陽に輝く金色、耳から下の刈り上げが真っ黒という危険色のツーブロックが人目を惹く
背丈こそ人並みだが、威圧感さえ覚える引き締まった体躯に、整った顔を強調する金縁のサングラス。私がこの世で最も苦手とするタイプだ。
「食い気にシフトするの早すぎだろ。あと俺、団子よりたい焼き派だから」
色白なチャラ男の隣には、もっさりしたくせ毛の黒髪とウェリントンフレームの茶色いメガネが特徴的な地味めの男。連れとは雰囲気が対照的だな。
よく見ると、気だるげな顔で一眼レフを手に空中を漂う彼に限らず、似たようなものを連れている観光客がほかにもいる。
この小人たちの正体は、主人となる人間の〈Psychic〉に宿るAIパートナーだ。
アバターを生成し、第三者にも視認できる設定にすれば、理想の相棒が立体ホログラムとなって旅のお供をしてくれる。
(多くの場合)目視で身長三十センチにも満たないフィギュアサイズの身体は、主人を従順に補佐しつつ末永く愛されることを最上の喜びとするそうだ。
できれば、関わり合いになるのは避けたい。しかし、この奇妙な二人組になぜか興味をそそられてしまう。
初めて味わう二律背反の感情に、私はひどく戸惑った。
* * * * * * * * *
あの日、満開の桜を見に行ったのはほんの気まぐれだった。
ただ、この単調でつまらない毎日が変わるかもしれない――そんな気がして。
【この先 桜まつり会場 自転車は徐行してください 逢桜町】
目の前に横たわるのは、町を二分する一級河川・逢川。その両岸は今、一年で最も騒がしい時期を迎えていた。
S字に曲がりくねった川沿いを彩り、隣町まで続く桜並木こそ〝逢川千本桜〟の名で知られるこの町最大の観光地だ。
私――ただのしがない女子中学生は、この逢川にかかる四脚のうち、唯一自転車通行帯がある尾上橋のたもとにやってきた。
角の和菓子屋、逢桜名菓の琥珀糖を売る店の手前で、看板の注意書きに従い自転車のスピードを落とす。
「スタジオつなぎまーす! 三、二、……」
「おばんで~す! 私は今、逢桜町の桜まつり会場を臨む尾上橋にいます。ご覧ください、この絶景! 本日、満開を迎えました!」
橋の上には、本格的な機材を構えて生中継に興じる一団がいた。〈Psychic〉を介した動画配信に生き残りをかけているテレビ局の連中だ。
大変迷惑なことに、最近の彼らは視聴率のためなら何でもする。ほら、今も幅があるとはいえ、歩道を大きく占拠する形で収録を行っているじゃないか。
「今や〝逢川千本桜〟の名で全国的、世界的にも広く知られるお花見スポットとなった逢桜町は、今年も大変な賑わいを見せています!」
おい、そこのよそ者ども。お前たちは馬鹿か? 馬鹿なのか?
まわりを見ろ。通行の邪魔になっていることぐらい、中学生の私でも気がつくぞ。
無性に腹が立った私は、通りすがりに彼らの背中を呪いながらペダルを漕いだ。
(そういえば、河川敷にピザ屋のキッチンカーがあったな。こいつら全員の顔に、風で飛んできた油まみれの包み紙がべったりへばりつきますように)
やがて、愛車は緩やかな坂になった橋の頂上に差し掛かる。人混みより少し高い位置からの景色は圧巻の一言だった。
隣町まで続く河川敷の両岸を、見事に咲き誇った桜の巨木が薄紅色に染め上げている。その枝が作るアーチの下で語らい、杯を交わし、河原を埋め尽くしているのは米粒ほどの大きさに見える無数の花見客。
今、一体どれだけの人数がこの小さな町に押し寄せているのだろう。めったに見ない人の多さにただただ圧倒される。
「うーん、絶景! 河津桜もいいけど、ここはここですごいな」
『花見団子はこの下の河川敷、桜まつり会場で売ってるらしいぞ』
明るい声のするほうに目を向けると、若い男が橋の欄干にもたれて誰かと話していた。
軽く左へ流した長めの髪――表面は軽く跳ねた毛先まで夕陽に輝く金色、耳から下の刈り上げが真っ黒という危険色のツーブロックが人目を惹く
背丈こそ人並みだが、威圧感さえ覚える引き締まった体躯に、整った顔を強調する金縁のサングラス。私がこの世で最も苦手とするタイプだ。
「食い気にシフトするの早すぎだろ。あと俺、団子よりたい焼き派だから」
色白なチャラ男の隣には、もっさりしたくせ毛の黒髪とウェリントンフレームの茶色いメガネが特徴的な地味めの男。連れとは雰囲気が対照的だな。
よく見ると、気だるげな顔で一眼レフを手に空中を漂う彼に限らず、似たようなものを連れている観光客がほかにもいる。
この小人たちの正体は、主人となる人間の〈Psychic〉に宿るAIパートナーだ。
アバターを生成し、第三者にも視認できる設定にすれば、理想の相棒が立体ホログラムとなって旅のお供をしてくれる。
(多くの場合)目視で身長三十センチにも満たないフィギュアサイズの身体は、主人を従順に補佐しつつ末永く愛されることを最上の喜びとするそうだ。
できれば、関わり合いになるのは避けたい。しかし、この奇妙な二人組になぜか興味をそそられてしまう。
初めて味わう二律背反の感情に、私はひどく戸惑った。
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