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第三章 紅葉伝説
第030話 迷い道
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村入川に沿って山道を上がると、やがて辻に突き当たる。
そこを左に折れて、来た道を戻ったはずだった。
だが散々歩いても、いつもの見慣れた風景に辿り着かない。
「シロ、この道でよかったんかや?」
シロはクンクンと地べたの匂いを嗅いだ後、顔を上げて首を捻るばかりである。
こんな風の強い日では、匂いは流れてしまって、シロ自慢の鼻も利かないらしい。
山中は徐々に暗くなってくる。
鬼助は不安になって、宮藤家から借りてきた弓張提灯に火を入れた。
頭上を見上げると、木々の隙間からは月の形が見える。
幸いなことに今夜は満月だから、夜道でも少しは先が見える。
月の光があるのとないのでは、やはり気の持ちようが違う。
「さてこれからどうするか」
鬼助はその場にぼんやりと佇立して、ひとり思案顔をした。
こんな場合どうすればいいか、山育ちの鬼助は答えを知っている。
まずはその場を動かずに、翌朝明るくなるまで待つのが最善となる。
「こんなことなら喜左衛門様のところへ泊まっておけばよかったなあ」
と、今更後悔したところでもう遅い。
鬼助は覚悟を決めて、その場に座り込んだ。
傍らに並んで座ったシロの背中を撫でてから、
「大丈夫だよ、心配すんな」
自らの不安を鎮めるように言ってはみたものの、内心ではひとつ気にかかることがある。
往路で感じたあの不思議な気配である。
一夜山山中には大小様々な獣がいて、中でも夜に警戒すべきなのは山犬である。
昔、鬼助が久安から聞いた話で、次のようなものがあった。
薄暗い夕暮れ、ある一人の男が山道を歩いていると、何やら背後から気配がする。
だが振り返ってみても誰もいない。
付かず離れずの距離を誰かがついてきているようで、不気味に思って足を速めてみてもその気配が去ることはない。
その気配の正体は実は山犬で、一度走り出したら、どんなに恐ろしくとも決して振り返ってはいけない。
振り返れば、そこには碧い二つの眼が爛々と光っており、それに驚いて転んでしまうようなことがあれば、たちまち山犬の餌食になってしまうのだという。
そこを左に折れて、来た道を戻ったはずだった。
だが散々歩いても、いつもの見慣れた風景に辿り着かない。
「シロ、この道でよかったんかや?」
シロはクンクンと地べたの匂いを嗅いだ後、顔を上げて首を捻るばかりである。
こんな風の強い日では、匂いは流れてしまって、シロ自慢の鼻も利かないらしい。
山中は徐々に暗くなってくる。
鬼助は不安になって、宮藤家から借りてきた弓張提灯に火を入れた。
頭上を見上げると、木々の隙間からは月の形が見える。
幸いなことに今夜は満月だから、夜道でも少しは先が見える。
月の光があるのとないのでは、やはり気の持ちようが違う。
「さてこれからどうするか」
鬼助はその場にぼんやりと佇立して、ひとり思案顔をした。
こんな場合どうすればいいか、山育ちの鬼助は答えを知っている。
まずはその場を動かずに、翌朝明るくなるまで待つのが最善となる。
「こんなことなら喜左衛門様のところへ泊まっておけばよかったなあ」
と、今更後悔したところでもう遅い。
鬼助は覚悟を決めて、その場に座り込んだ。
傍らに並んで座ったシロの背中を撫でてから、
「大丈夫だよ、心配すんな」
自らの不安を鎮めるように言ってはみたものの、内心ではひとつ気にかかることがある。
往路で感じたあの不思議な気配である。
一夜山山中には大小様々な獣がいて、中でも夜に警戒すべきなのは山犬である。
昔、鬼助が久安から聞いた話で、次のようなものがあった。
薄暗い夕暮れ、ある一人の男が山道を歩いていると、何やら背後から気配がする。
だが振り返ってみても誰もいない。
付かず離れずの距離を誰かがついてきているようで、不気味に思って足を速めてみてもその気配が去ることはない。
その気配の正体は実は山犬で、一度走り出したら、どんなに恐ろしくとも決して振り返ってはいけない。
振り返れば、そこには碧い二つの眼が爛々と光っており、それに驚いて転んでしまうようなことがあれば、たちまち山犬の餌食になってしまうのだという。
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