【5分で読める短編SFファンタジー】ノアの方舟

あらき恵実

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ノアの方舟

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2050年、ある科学者が二つの大発明をした。タイムマシンと、地球上の9割の人間を殺してしまうことができる生物兵器だ。

生物兵器とは、ウイルスや菌を用いて、人や動物、植物に害を加える兵器のことだ。ウイルスや菌の感染力が強いほど、大量殺戮たいりょうさつりくを行うことができる。

しかし、その二つの発明には欠点があった。
まず、タイムマシンは過去に戻ることしかできなかった。
そして、生物兵器は、その効果を確認することができなかった。

しかしながら、過去に戻れるタイムマシンは歴史を調べることに大変役立った。ピラミッドやナスカの地上絵の制作方法など、今まで謎とされていたことがたくさん解明された。

ただ、タイムマシンを使う上で、一つ、ルールがあった。
〝過去に干渉すること〟が禁止されていた。過去を変えてしまうことによって、未来にどんな影響を及ぼすか分からないからだった。
そういった制約もあったが、タイムマシンは世界史に残るような類まれなる発明だった。

だがしかし、生物兵器には明らかに問題があった。生物兵器は使えば効果絶大だが、使うことのできないものだったからだ。
使えない理由は言うまでもない。
それを一度でも使えば、人類がほろんでしまうからだ。

ーーしかし、かつてないほど強力な生物兵器を作るかとができたというのに、まったく使わないのはおもしろくない。

そう考えた科学者は生物兵器にある細工をした。生物兵器をミサイルに入れ、100年後に上空へ打ち上がるようにタイマーを仕掛けたのだ。

ーーウイルスは適切に保管しなければ生きられない。100年も放置しておいたら、ウイルスはミサイルの中で死滅してしまっているだろう。
それでも、100年後の地球人たちをあわてさせることぐらいはできるかもしれない。

科学者は、「未知のウイルスが地球中にばらまかれる!」と思って慌てふためく未来人たちを想像し、研究室で人知れず笑みをこぼした。

ーー実際に効果を発揮できるわけではないが、発明品がこういう形で人類に影響を与えるのも面白いじゃないか。

科学者はそう考えて、自分の発明に満足していた。

そして、100年後ーー。

地球では、各国の首脳と世界有数の科学者が集まって会議をしていた。
100年後の時代の科学者たちが確認したところ、なんとウイルスはミサイルの中で生きていたのだった。

「とうとう、タイマーが0になる時が近づいてきたぞ!」

「もう、あと24時間後だ!」

「どうしたものか」  

「タイマーを止めるか、切り離すことはできないのか?」

頭を抱える首脳たちに、科学者の一人が答えた。

「タイマーを止めようとしたり、切り離したりすると即座に爆発する仕掛けになっています」

「なら、宇宙に運び出せないのか?」

「ミサイルはどんなに高く打ち上げても、放物線を描いて地上に落ちてきます。また、この大きさのミサイルを積むことができる無人ロケットはありません」

「なら、地中に埋めたらどうだ?」

科学者たちは、そろって苦悩に満ちた顔で首を横に振った。

「このウイルスは、土壌から植物に感染し、それを食べた生き物に感染するようになっています」

「なら、乗せられる限りの人間をロケットに乗せて宇宙に逃がそう! もうそれしかない!」

首脳の一人が、立ち上がってそう言った。

「しかしだ! ロケットに乗せる人間を、どうやって選抜するというのだ!」

「ロケットに乗る権利をめぐって、恐ろしい争いが起きるに決まっている!」

首脳たちは次々に立ち上がり、ワイワイと言い争いを始めた。
しかし、いくら言い争っても有効な解決策は見つかりそうになかった。
ただ、時間だけが過ぎていく。 
やがて、首脳たちはみな疲労と苛立ちをあらわにし始めた。

「ああ、なぜタイマーが切れる期限が、我々の生きる時代だったのだ!
200年後でも、300年後でも良かったじゃないか!」

一人の首脳が苦虫をみつぶしたような顔でつぶやき、その他の首脳たちも同調するような表情を浮かべた。

ーー死ぬのは、なぜ、私たちだったんだ!
私たちではなく、名前も顔も知らない未来人であれば良かったのに!

会議室にいる首脳たちはみな、口には出さなかったがそう考えていたにちがいない。

ーー生きたい!
ーーまだやり残したことがある!
ーー我々の幸福をうばうな!
ーーどうか、奇跡が起こってタイマーが狂ってくれ! 我々の時代が終われば、いつ爆発してもかまわないから!

会議室にずらりと並ぶ首脳たちの顔に、怒りと欲望が浮かんでいた。人間の心の裏側を見せつけられているような、生々しく、いやらしい顔だった。
そんな首脳たちの様子を、一人の若い聡明な顔をした科学者が眺めていた。彼はスッと手を上げてこう発言した。

「提案があります。
タイムマシンを使って100年前に戻り、作った科学者のもとへ生物兵器を返したらどうでしょうか」

「なぜだ? そんなことをして何になる?」

「どのみち、この生物兵器が作動することは止められないのです。なら、これを作り、作動するようにタイマーをセットした人間に責任をとってもらいましょう。自分がを、体感してもらうのです」

「しかし、そんなことをしたら100年前に人類が滅んでしまう! そうなれば我々も存在しないことになるぞ」

若い科学者はゆっくりと立ち上がり、会議室に響き渡る声でこう言った。

「それもいいではありませんか。
この生物兵器を作った科学者もそうだが、人間はに対して無責任だと思います。
自分の死んだあとのことまで考えることができる、善良な人間があまりに少ない。
あなた方も身に覚えがあるのではないですか?」

首脳たちは、いっせいに恥いるような顔をした。

「そんなふうだから、環境汚染の問題も、地球温暖化も解決しないのです。
生物兵器がなくても、我々人類は自分たちの身勝手さによって滅んでしまうかもしれません。
〝今だけ良ければそれでよい〟と思って生きてきた人間には、この生物兵器はでしょう。
もしかしたら、わずかに生き残った人類が、過去の人類のおろかな歴史を教訓に、より良い未来を築いてくれるかもしれません」

会議室がシンと静まり返った。
首脳たちはみな青ざめた顔をしていた。

若い科学者は、会議室を見回してわずかに微笑した。

「ようやく、少し冷静になりましたね。
みなさん、聞いてください。
実はもう一つ方法があります。
その方法は、タイムマシンの禁忌を破る方法です。
この選択肢なら生物兵器の製作自体を止めることができます」

首脳たちはどよめいた。

「それは……、禁断の方法じゃないか」

ということだろう? そんなことをしたら、我々が生きる現代にどんな影響がでるのか分からないんだぞ!」

「現在の何もかもが変わってしまう可能性もある」

「ということは、我々は現在の地位や名誉を失ってしまう可能性もあるということだ!」

「仕事も、人脈も、金も……、たくさんのものを失うかもしれない」

「それどころか、私たちが存在していなかったことになるかもしれない」

首脳たちは口々に言った。各自の頭の中には、これまで苦労して得てきたたくさんのものが浮かんでいた。

若い科学者は欲のない、静かで穏やかな顔で首脳たちをさとすように言った。

「確かにその通りです。
この方法を選ぶということは、あなたがたにとって、つらい決断になるでしょう。
しかし、あなたがたが自らの幸福を捨てる覚悟があれば、人類は助かるのです」

その言葉に、首脳たちは顔を見合わせ、お互いの意思を確認するように視線を交わし合った。

このあと、首脳と科学者、全世界の人類たちは、どのような決断をしたのだろうか。 

時には間違いをおかすこともあるが、反省と学習を繰り返し、より良い未来を目指して歩み続けてきた人類に、幸あれーー。




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