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9.
別れの意味
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私には、形がない。
まだ固まる前のゼリーみたい。
昔、さくら園でゼリーを作ったことがある。
ジュースと砂糖を鍋に入れて加熱し、少し冷ましてゼラチンを入れる。それを型に流し込んで冷蔵庫で冷やしたらゼリーができる。
子供達は固まるまで待つことができず、たびたび冷蔵庫を開いてゼリーを眺めた。
私も、他の子供達に混じって、透明なゼリーの型に入ったそれらを眺めた。
「まだよ。まだ固まっていないわ」
施設のスタッフにそうたしなめられたが、それらは一見しただけでは、固まっていないのかどうか見分けられなかった。
私はそれらのうちの一つを手に取り、揺らしてみた。揺らさなければ型の中でゼリーの形をしていたそれは、左右に振られ、波立ち、あっという間に形を失った。
私は、そんな固まる前のゼリーに似ていた。
私は、すぐに心が波立つ。
すぐに自分を見失う。
作業療法で、
患者同士の会話の中で、
看護師さんとのやりとりの中で、
ささいな出来事に心が乱される。
担当の作業療法士さんが、今日は少し冷たく見えたとか、
患者さんが噂話をしていて、「なんの話?」と尋ねたら、「なんでもないよ」と言われ、まるで除け者にされたみたいに感じたとか、
看護師さんが忙しそうで、呼んでもすぐにきてくれなかったとか。
そういう小さなことーーその時はけっして小さなこととは思っていないーーに、いちいち心が敏感に反応してしまう。
意味を深く考えてしまって落ち込む。
何か人に嫌われるようなことを、知らず知らずのうちにしでかしたのではないかと不安になる。
それは、バカバカしいことなのかもしれない。
看護師さんから、〝不安からもっと自由になっていいよ〟と言われたことがある。
看護師さんいわく、私の心には、「不安オバケ」が住んでいるらしい。
そして、その「不安オバケ」は、私の不安をエサにしていて、私が不安について考えれば考えるほど、ぶくぶく太っていくらしい。
私は、「不安オバケ」を育てるのがうますぎるのかもしれない。
だけど、不安がらないということは簡単じゃない。
さっきも言ったように、私は自分というものが、まだ出来上がっていない。
自分というものが定まっていないので、私が眺める世界はとても不安定だ。
ある日の私には、世界は絶望の色をして見える。
ある日の私には、世界は意地悪く見える。
ある日の私には、世界は少し光が指して見える。
それが、自分の心もちしだいであることに気づいていても、自分の中に物差しがないので、何を基準に自分の幸福度を測ればいいのかわからない。
私にとって、生きるということは、霧の中を方向もわからずに歩くみたいなことだった。
私とレンは警察官から逃げ、繁華街の裏路地を十分ほど歩いた。すると、裏路地の片隅に一軒のクリーニング屋さんを見つけた。クリーニング屋さんは店じまいをしていて人の気配がなかった。店の脇にはクリーニング屋さんのものらしい車庫があって、シャッターが30センチほど開いていた。
レンは、かがみこんでシャッターの中をのぞきこんだ。私も真似をして、レンの隣でシャッターの内側をのぞきこんだ。
そこは真っ暗で、なんにも見えなかったが、とりあえず動くものの気配がないことだけはわかった。
レンはシャッターの下に手をかけ、グッと持ち上げた。ガラガラと音を立て、シャッターは持ち上がった。
「今日は、ここで寝よう」
レンは頭を低くしてシャッターをくぐりぬけ、中へ入っていく。
「ここで? 中に勝手に入って大丈夫?」
「大丈夫だよ」
レンはいつでも無鉄砲だ。
私はレンに手を引かれながら、おっかなびっくり中へ入った。
「これってアレじゃない? フホウシンニュウとかいうやつ」
「そんなこと、かまってられないよ」
そう言いながら、レンは壁に背を預け、大きなあくびをした。
確かに、そんなことにかまってられないくらい、私たちはクタクタだった。
車庫の中には一台のバンが停まっていた。
車庫の奥には、ラックが一つあった。ラックに何を置いてあるかまでは暗すぎて見えなかったが、ゴタゴタと物が並べられているのが薄ら見えていた。
私たちは物陰に隠れるみたいに、バンとラックの間に横になった。
知らない場所に勝手に忍び込んで、勝手に泊まろうとしてるーー。
横たわる私の胸の中で、心臓が不安気にバクバク音をたてていた。
一度、日常から逃げ出すと、どんどんと日常からかけ離れていく。
なんだか、帰りのキップを持たないまま旅に出てしまったみたいな気分だった。
クリーニング屋の店の人に見つかったらどうなるんだろう……。
不安だったが、横になるとすぐに眠気がおそってきた。
私は泥船が沈むみたいに、ズブズブと眠りに落ちていった。
私とレンは双子の赤ちゃんみたいにぴったりくっついて眠った。
無防備な互いを守るみたいに。
胸と胸。
腹と腹。
くっつけるだけ互いの体をくっつけて、足を互いに交差させて眠った。
頬や腕や足に感じる、コンクリートの床のひんやりした感触、
汗ばんだレンの肌のにおい、
タイヤや排気ガスを混ぜたような車庫の中のにおい、
レンの体温。
それらを感じながら、私は眠りについた。
翌朝は、シャッターの隙間から差し込む光が清々しいくらいきれいだった。
固い床の上で寝たので体じゅう痛かったけれど、心の中は静かで、朝日のように澄んでいた。
日差しが入った車庫の中を、私たちは見渡した。車庫には水道があった。
飲み水用の水道だとは思えなかったが、私たちはその水道の水を飲んだ。
喉がカラカラで、このまま水分をとらずにいたら干物になってしまいそうだった。
喉を潤してから車庫の外に出ると、朝の静かな裏路地の景色が目に飛び込んできた。
狭い道の両脇にあるスナックやバーやレストランやラーメン屋は、静かに眠るみたいにシャッターを閉ざしていた。
パン屋や朝からやっている喫茶店だけがシャッターを開いていて、焼きたてのパンやコーヒーのいい香りが裏路地にただよっていた。
夜、この道を歩いていた酔っ払いは一人残らず姿を消していた。
まだ朝早いので、人の姿はほとんど見ない。喫茶店に入るサラリーマン風のおじさんを一人見たきりだ。
路地の端から端まで、視界を邪魔するものがない。そして、路地のそこかしこに朝日が降り注いでいた。
気持ちのいい景色だった。
まだ、誰にも吸い込まれていない新鮮な空気を私は吸い込んだ。
私たちは、二人で路地を歩いた。
行くあてがあるわけでもなかったが、とどまりたい場所があるわけでもなかった。
それこそ、川の水みたいだった。
流れるように、足が向かう先へ歩いていった。
二軒並んだスナックの間に細道があって、そこにゴミ箱が置かれていた。ゴミ箱のそばには、一羽のカラスの死骸が転がっていた。
私は、立ち止まってその死骸をじっと見つめた。
「悲しくないよ」
レンは私にそう言った。
何かにつけて悲しんだり傷ついたりする私を、負の感情から守ろうとしているみたいな言い方だった。
「八月の空は青くてきれいだから、きっと空に帰りたかったんだよ」
私はそんなレンの言葉をどこか上の空で聞いていた。
死は、私をいつも凍り付かせる。
絶対的なものだから。
取り返しのつかないものだから。
その死が、私にとって関わりのある人ーーもしくは生き物ーーに起こったかどうかはそれほど関係なく、どんな死でも、死は恐ろしい。
私は、それの前で無力だから。
私も、私の周りの人も、いつか死にとらえられるという事実を思い起こさせるから。
レンはそんな私の心情を図りかねるように、じっと私の表情を見ていた。そして、励ますように、なおも言葉を重ねた。
「夏の空は海に似た色をしているから、もしかしたら、海に行きたかったのかもしれない。
魚に生まれ変わりたかったのかもしれない」
そうだね、と私は言った。
きっと、そうだと思う。
私たちは、ゴミ箱のそばにしゃがんで、亡くなったカラスに手を合わせた。
そこは日陰でひんやりとしていた。
肌が温度差で泡立つ。
手を合わせながら、私はこんなことを思った。
私はちゃんと温度差を感じる肌があって、体がある。
私は生きているようだ。
生につながれているようだ。
そのことをふいに不思議に感じた。
細道から出ると、体の輪郭が朝の光を受け止めた。
体の輪郭の内側に、命一個分の重みを感じた。
路地をまだまだ歩く。
パン屋の前を通ると、いいにおいがしていた。
ショーウィンドウから中をのぞいていると、店の中にいた五十代くらいのおじさんと目が合った。
公園や車庫で横たわった時についたらしい汚れで、私たちは顔や服が黒ずんでいた。そんな私たちを見て、おじさんはあかさまに顔をしかめた。
それから、店の奥に振り返り、そこにいる誰かに話しかけていた。
店の奥は調理場になっているようだ。半開きになっている扉の向こうに、パンをこねる台が見える。
その調理場から、パン粉のついたエプロンをつけたおばさんがヒョコッと姿を現した。
おばさんの年齢はおじさんと同じくらいだった。二人は夫婦なのかもしれない。
おじさんは、そばにやってきたおばさんに何かを話している。そして、しゃべっている合間にちらちらと不快そうな顔をして私たちを見ていた。
おばさんも私たちを見た。
それから、同情するような顔をして、おじさんに何か言っていた。
かわいそうじゃないの。
口の動きから、そんなふうに言っているみたいに見えた。
それから、おばさんは売り場に並んだフランスパンの一つを手にして調理場に一度姿を消した。
おじさんが、調理場をのぞきながら大げさに肩をすくめて、首を横に振った。
そして、何かしゃべった。
勝手にしろ、と言っているみたいに見えた。
そのあと、おばさんが紙袋を手にして売り場に姿を現した。私たちの方へ一度視線を向け、真っ直ぐにドアの方へと歩いてくる。
そして、カランカランと音の鳴るドアを開いて、店の外へ出てきた。
私たちとおばさんの目が合った。
私たちはショーウィンドウについていた両手をサッと離した。
逃げ出すべきか、とどまるべきか。
不安半分、好奇心半分という心持ちで、身を固くしてそこにとどまっていた。
おばさんは、
「おはよう、いい朝ね」
と知り合いのように、とても自然に私たちに声をかけた。
それから、
「これ、焼きたてなの。良かったらどうぞ」
と、紙袋を手渡してきた。
私は紙袋を受け取った。レンが折りたたんだ紙袋の口を開いた。とたんに焼きたてのパンの香ばしいにおいがした。二人で中をのぞきこむ。そこには、二つに切られたフランスパンが入っていた。
外側はいい焼き色をしていて、パリッとしていそうだった。
中はまだ湯気が立っていて、しっとりとやわらかそうだった。
私はおばさんの顔を見られなかった。
見ず知らずの薄汚れた格好をした子供に優しくしようとするおばさんが、どこか怖かった。素直に、人の優しさに感謝できない自分を臆病ものだとも思った。
レンはまた、私と違う感情を感じていたようだった。
レンは傷ついたような、怒ったような顔をしていた。
同情されたことが悲しかったのかもしれない。
お金も食べるものもない自分が情けなくて腹立たしかったのかもしれない。
それでも、私たちは、そのパンをおばさんに返しはしなかった。
礼も言わず、私はその紙袋を抱いてうつむいていた。
レンも固い顔をしておばさんから目を逸らしていた。
やがて、おばさんは店の中へもどっていった。
私たちはパンをちぎって食べながら二人で路地を歩いた。
パンは幸福なほどに美味しかった。
美味しくて、美味しくて、そしてもの悲しくて、二人とも無言で路地を歩いた。
やがて二人は、路地が途絶えた場所に出た。
路地の向こうには広々とした道路があった。そしてその向こうには、幅が百五十メートルくらいありそうな川が見えていた。
街のそばに流れている川であるにも関わらず、水は田舎の小川のように澄んでいて、朝日を浴びてキラキラ輝いていた。
朝日を跳ね返しながら、とうとうと流れていく川を眺めていると、
「気持ちのいい場所だね」
という言葉が自然と口からついて出た。
さっきまでの悲しい気持ちが、雄大な景色に安らいでいく。
その頃には、パンもすっかり食べ終わっていた。
ペシャンと、私は手の中で空っぽの紙袋をつぶした。
そして、広々とした川の前で、二人で顔を見合わせた。
たぶん、二人とも同じことを考えていた。
空腹が満たされ、少し心の余裕ができた私たちは、互いの顔や髪を眺めて、
「汗や汚れでベタベタだね」
と言って笑った。
私たちは土手を降りて、川原の石を踏み、浅瀬まで歩いた。
水に足先をつけると驚くほど冷たく、たちまち体が涼しくなって、汗がすーっとひくのを感じた。
私たちは川の水で顔を洗った。
レンは頭にも水をかけていた。
「気持ちいいよ。リコもやってみなよ」
「私はいいよ」
顔をしかめると、レンはにんまりとして、水をすくって私にパシャパシャと水をかけてきた。
「やだってば!」
「気持ちいいから! 頭からかぶってみなって!」
レンは私に水をかけながら笑っていた。
パシャパシャと水飛沫が散った。
「やめてよ」
と言いながら私も笑っていた。
水飛沫と一緒に私たちの笑い声もはじけた。
レンは喜怒哀楽が激しい。よく笑うけど、泣き虫だし、すぐに怒る。
今は、水遊びをしている子犬みたいにはしゃいでいるが、この表情がいつまで続くだろう。
私は何度かレンを怒らせたことがある。
そのいずれの場合も、私としてはレンを怒らせようとしたつもりではなかった。レンが私の言葉を悪意があるように誤解して怒ったのだった。
しかし、私がいくら説明しても、レンは「リコが俺を怒らせたのだ」と言ってゆずらないので、そういうことにして私が謝る形で事態を収めた。
私は、水をすくっては笑うレンを、愛おしいような悲しいような気持ちで眺めた。
レンは傷つきやすい。
言葉の全体で意味をとらえず、言葉の端をとらえて勝手に誤解して、勝手に傷つく。
傷つくと、レンはいつも激昂する。
自分の心を守ろうと過剰反応するみたいに、激しい怒りをみせる。
そうなると、もう、どんな言葉も届かない。
怒りの温度が冷めるのを待つしかない。
怒りが冷めると、レンは一転して落ち込む。
食事も取らなくなるし、この世の終わりみたいな顔をして、部屋に閉じこもる。
哀れになるというより、しょうがない人だなと思う。
そんなふうで、この先、どうやって生きていくつもりなのだろう、と。
それで、結局私は、
「あんなこと言って悪かったわ」
と、謝罪する必要もないのに、謝罪して仲直りしてしまう。
でも、仲直りしたとしても、私の心はすっかり元には戻らない。
レンの感情に振り回されるたびに、私の心はエネルギーをすいとられていくみたいに感じる。
グラスの中の氷みたい。
私の心は、いつか、小さく小さくすり減って消えてしまうかもしれない。
「あ、魚」
川底を魚が泳いでいく。
「ほんとだ」
レンは魚を目で追いかけている。その様子は幼い子供みたいだった。つかまえようとそろりと近づき、川に手を突っ込む。
どうやら、魚を逃したらしく、「ダメだった」と言って笑い声をたてた。
そんなレンを眺め、〝好き〟という気持ちと、〝悲しい〟という気持ちを同時に感じた。
私たちは、いつまで一緒にいられるだろう。
私は、いつまで、この人を純粋に愛せるだろう。
レンはまだ川に手を突っ込んで魚を追いかけ回している。
「もうちょっとだったのに」
と、つぶやくレンに、
「つかまえてどうするの?」
と尋ねた。
「リコにあげる」
私は冗談だと思って笑った。
でも、レンは真面目な顔をしていた。
「なんでも、リコにあげたいんだ」
とレンは言った。
「俺はリコを振り回すばっかりで、
リコにあげられるものは少ないから、
あげられるものは、全部あげたいんだ。
俺はもう、なんにもいらないから」
「どういう意味?」
レンは急に黙り込んだ。
ニ、三秒、不自然な沈黙が二人の間におりた。
それから、ふとレンがなにか思いついたように、
「あ、そうだ」
とつぶやいた。
「何? どうしたの?」
「なんでもないよ。リコはここにいて」
レンはそう言って、ズンズンと川の深みに向かって歩いていく。
何をしているんだろうと思った。
私はレンの後ろ姿をずっと見ていた。
どんどんとレンの体が川に沈んでいく。
腰、胸、肩……。
「レン……?」
私はようやく様子がおかしいことに気がついた。
「レン! レン!? 帰ってきて!」
そう言う私に、レンは振り返った。
その時、レンはかなり水深が深い場所にいて、ようやく顔だけを水面から突き出していた。
「ごめんね」
レンが奇妙に落ち着いた声でそう言った時、私は自分の心臓が凍りついたみたいに感じた。
「レン!?」
ひときわ大きな声で呼びかけた。
レンは泣いているような、笑っているような不思議な顔をして、片手を水面の上にあげて、バイバイするみたいに、ひらひらと振った。
そしてーー。
とぷん。
そう音を立てて、レンの頭が水中に沈んだ。
私は悲鳴をあげた。
私は川の深みに向かってザバザバと走った。
水の抵抗を受け、体が思うように進まない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、
死なないで、死なないで!
気がついたら絶叫していた。
「勝手に振り回して、
勝手に死なないで!
許さないから!
ごめんねなんて言わなくていいから、
ちゃんと生きてよ!」
自分の喉から出ていると信じられないくらい大声で叫んでいた。
土手の上を散歩していた人や、通勤中の人が、私の声に気がついて、パラパラと川原へ集まってくる。携帯電話で救助隊だか、救急車だかを呼ぶ声も聞こえた。
気がついたら、私は頭までずぶ濡れになっていて、サラリーマン姿のおじさんに両脇を抱えられ、川原へ引き上げられていた。引き上げられながら、ワアワアと言葉にならないような声を発してわめいていた。
川原に消防車や救急車がサイレンを鳴らしながら近づいてくる。
川の中では、数人の一般人がずぶ濡れになってレンを探してくれていた。
だけど、依然、レンの姿は見つからなかった。
けたたましいサイレンが、胸の中をかきまわす。
ザワザワする胸に手を当てながら、今朝、カラスの死骸を見つけた時に発したレンの言葉を思い出していた。
悲しくないよーー。
続く~
まだ固まる前のゼリーみたい。
昔、さくら園でゼリーを作ったことがある。
ジュースと砂糖を鍋に入れて加熱し、少し冷ましてゼラチンを入れる。それを型に流し込んで冷蔵庫で冷やしたらゼリーができる。
子供達は固まるまで待つことができず、たびたび冷蔵庫を開いてゼリーを眺めた。
私も、他の子供達に混じって、透明なゼリーの型に入ったそれらを眺めた。
「まだよ。まだ固まっていないわ」
施設のスタッフにそうたしなめられたが、それらは一見しただけでは、固まっていないのかどうか見分けられなかった。
私はそれらのうちの一つを手に取り、揺らしてみた。揺らさなければ型の中でゼリーの形をしていたそれは、左右に振られ、波立ち、あっという間に形を失った。
私は、そんな固まる前のゼリーに似ていた。
私は、すぐに心が波立つ。
すぐに自分を見失う。
作業療法で、
患者同士の会話の中で、
看護師さんとのやりとりの中で、
ささいな出来事に心が乱される。
担当の作業療法士さんが、今日は少し冷たく見えたとか、
患者さんが噂話をしていて、「なんの話?」と尋ねたら、「なんでもないよ」と言われ、まるで除け者にされたみたいに感じたとか、
看護師さんが忙しそうで、呼んでもすぐにきてくれなかったとか。
そういう小さなことーーその時はけっして小さなこととは思っていないーーに、いちいち心が敏感に反応してしまう。
意味を深く考えてしまって落ち込む。
何か人に嫌われるようなことを、知らず知らずのうちにしでかしたのではないかと不安になる。
それは、バカバカしいことなのかもしれない。
看護師さんから、〝不安からもっと自由になっていいよ〟と言われたことがある。
看護師さんいわく、私の心には、「不安オバケ」が住んでいるらしい。
そして、その「不安オバケ」は、私の不安をエサにしていて、私が不安について考えれば考えるほど、ぶくぶく太っていくらしい。
私は、「不安オバケ」を育てるのがうますぎるのかもしれない。
だけど、不安がらないということは簡単じゃない。
さっきも言ったように、私は自分というものが、まだ出来上がっていない。
自分というものが定まっていないので、私が眺める世界はとても不安定だ。
ある日の私には、世界は絶望の色をして見える。
ある日の私には、世界は意地悪く見える。
ある日の私には、世界は少し光が指して見える。
それが、自分の心もちしだいであることに気づいていても、自分の中に物差しがないので、何を基準に自分の幸福度を測ればいいのかわからない。
私にとって、生きるということは、霧の中を方向もわからずに歩くみたいなことだった。
私とレンは警察官から逃げ、繁華街の裏路地を十分ほど歩いた。すると、裏路地の片隅に一軒のクリーニング屋さんを見つけた。クリーニング屋さんは店じまいをしていて人の気配がなかった。店の脇にはクリーニング屋さんのものらしい車庫があって、シャッターが30センチほど開いていた。
レンは、かがみこんでシャッターの中をのぞきこんだ。私も真似をして、レンの隣でシャッターの内側をのぞきこんだ。
そこは真っ暗で、なんにも見えなかったが、とりあえず動くものの気配がないことだけはわかった。
レンはシャッターの下に手をかけ、グッと持ち上げた。ガラガラと音を立て、シャッターは持ち上がった。
「今日は、ここで寝よう」
レンは頭を低くしてシャッターをくぐりぬけ、中へ入っていく。
「ここで? 中に勝手に入って大丈夫?」
「大丈夫だよ」
レンはいつでも無鉄砲だ。
私はレンに手を引かれながら、おっかなびっくり中へ入った。
「これってアレじゃない? フホウシンニュウとかいうやつ」
「そんなこと、かまってられないよ」
そう言いながら、レンは壁に背を預け、大きなあくびをした。
確かに、そんなことにかまってられないくらい、私たちはクタクタだった。
車庫の中には一台のバンが停まっていた。
車庫の奥には、ラックが一つあった。ラックに何を置いてあるかまでは暗すぎて見えなかったが、ゴタゴタと物が並べられているのが薄ら見えていた。
私たちは物陰に隠れるみたいに、バンとラックの間に横になった。
知らない場所に勝手に忍び込んで、勝手に泊まろうとしてるーー。
横たわる私の胸の中で、心臓が不安気にバクバク音をたてていた。
一度、日常から逃げ出すと、どんどんと日常からかけ離れていく。
なんだか、帰りのキップを持たないまま旅に出てしまったみたいな気分だった。
クリーニング屋の店の人に見つかったらどうなるんだろう……。
不安だったが、横になるとすぐに眠気がおそってきた。
私は泥船が沈むみたいに、ズブズブと眠りに落ちていった。
私とレンは双子の赤ちゃんみたいにぴったりくっついて眠った。
無防備な互いを守るみたいに。
胸と胸。
腹と腹。
くっつけるだけ互いの体をくっつけて、足を互いに交差させて眠った。
頬や腕や足に感じる、コンクリートの床のひんやりした感触、
汗ばんだレンの肌のにおい、
タイヤや排気ガスを混ぜたような車庫の中のにおい、
レンの体温。
それらを感じながら、私は眠りについた。
翌朝は、シャッターの隙間から差し込む光が清々しいくらいきれいだった。
固い床の上で寝たので体じゅう痛かったけれど、心の中は静かで、朝日のように澄んでいた。
日差しが入った車庫の中を、私たちは見渡した。車庫には水道があった。
飲み水用の水道だとは思えなかったが、私たちはその水道の水を飲んだ。
喉がカラカラで、このまま水分をとらずにいたら干物になってしまいそうだった。
喉を潤してから車庫の外に出ると、朝の静かな裏路地の景色が目に飛び込んできた。
狭い道の両脇にあるスナックやバーやレストランやラーメン屋は、静かに眠るみたいにシャッターを閉ざしていた。
パン屋や朝からやっている喫茶店だけがシャッターを開いていて、焼きたてのパンやコーヒーのいい香りが裏路地にただよっていた。
夜、この道を歩いていた酔っ払いは一人残らず姿を消していた。
まだ朝早いので、人の姿はほとんど見ない。喫茶店に入るサラリーマン風のおじさんを一人見たきりだ。
路地の端から端まで、視界を邪魔するものがない。そして、路地のそこかしこに朝日が降り注いでいた。
気持ちのいい景色だった。
まだ、誰にも吸い込まれていない新鮮な空気を私は吸い込んだ。
私たちは、二人で路地を歩いた。
行くあてがあるわけでもなかったが、とどまりたい場所があるわけでもなかった。
それこそ、川の水みたいだった。
流れるように、足が向かう先へ歩いていった。
二軒並んだスナックの間に細道があって、そこにゴミ箱が置かれていた。ゴミ箱のそばには、一羽のカラスの死骸が転がっていた。
私は、立ち止まってその死骸をじっと見つめた。
「悲しくないよ」
レンは私にそう言った。
何かにつけて悲しんだり傷ついたりする私を、負の感情から守ろうとしているみたいな言い方だった。
「八月の空は青くてきれいだから、きっと空に帰りたかったんだよ」
私はそんなレンの言葉をどこか上の空で聞いていた。
死は、私をいつも凍り付かせる。
絶対的なものだから。
取り返しのつかないものだから。
その死が、私にとって関わりのある人ーーもしくは生き物ーーに起こったかどうかはそれほど関係なく、どんな死でも、死は恐ろしい。
私は、それの前で無力だから。
私も、私の周りの人も、いつか死にとらえられるという事実を思い起こさせるから。
レンはそんな私の心情を図りかねるように、じっと私の表情を見ていた。そして、励ますように、なおも言葉を重ねた。
「夏の空は海に似た色をしているから、もしかしたら、海に行きたかったのかもしれない。
魚に生まれ変わりたかったのかもしれない」
そうだね、と私は言った。
きっと、そうだと思う。
私たちは、ゴミ箱のそばにしゃがんで、亡くなったカラスに手を合わせた。
そこは日陰でひんやりとしていた。
肌が温度差で泡立つ。
手を合わせながら、私はこんなことを思った。
私はちゃんと温度差を感じる肌があって、体がある。
私は生きているようだ。
生につながれているようだ。
そのことをふいに不思議に感じた。
細道から出ると、体の輪郭が朝の光を受け止めた。
体の輪郭の内側に、命一個分の重みを感じた。
路地をまだまだ歩く。
パン屋の前を通ると、いいにおいがしていた。
ショーウィンドウから中をのぞいていると、店の中にいた五十代くらいのおじさんと目が合った。
公園や車庫で横たわった時についたらしい汚れで、私たちは顔や服が黒ずんでいた。そんな私たちを見て、おじさんはあかさまに顔をしかめた。
それから、店の奥に振り返り、そこにいる誰かに話しかけていた。
店の奥は調理場になっているようだ。半開きになっている扉の向こうに、パンをこねる台が見える。
その調理場から、パン粉のついたエプロンをつけたおばさんがヒョコッと姿を現した。
おばさんの年齢はおじさんと同じくらいだった。二人は夫婦なのかもしれない。
おじさんは、そばにやってきたおばさんに何かを話している。そして、しゃべっている合間にちらちらと不快そうな顔をして私たちを見ていた。
おばさんも私たちを見た。
それから、同情するような顔をして、おじさんに何か言っていた。
かわいそうじゃないの。
口の動きから、そんなふうに言っているみたいに見えた。
それから、おばさんは売り場に並んだフランスパンの一つを手にして調理場に一度姿を消した。
おじさんが、調理場をのぞきながら大げさに肩をすくめて、首を横に振った。
そして、何かしゃべった。
勝手にしろ、と言っているみたいに見えた。
そのあと、おばさんが紙袋を手にして売り場に姿を現した。私たちの方へ一度視線を向け、真っ直ぐにドアの方へと歩いてくる。
そして、カランカランと音の鳴るドアを開いて、店の外へ出てきた。
私たちとおばさんの目が合った。
私たちはショーウィンドウについていた両手をサッと離した。
逃げ出すべきか、とどまるべきか。
不安半分、好奇心半分という心持ちで、身を固くしてそこにとどまっていた。
おばさんは、
「おはよう、いい朝ね」
と知り合いのように、とても自然に私たちに声をかけた。
それから、
「これ、焼きたてなの。良かったらどうぞ」
と、紙袋を手渡してきた。
私は紙袋を受け取った。レンが折りたたんだ紙袋の口を開いた。とたんに焼きたてのパンの香ばしいにおいがした。二人で中をのぞきこむ。そこには、二つに切られたフランスパンが入っていた。
外側はいい焼き色をしていて、パリッとしていそうだった。
中はまだ湯気が立っていて、しっとりとやわらかそうだった。
私はおばさんの顔を見られなかった。
見ず知らずの薄汚れた格好をした子供に優しくしようとするおばさんが、どこか怖かった。素直に、人の優しさに感謝できない自分を臆病ものだとも思った。
レンはまた、私と違う感情を感じていたようだった。
レンは傷ついたような、怒ったような顔をしていた。
同情されたことが悲しかったのかもしれない。
お金も食べるものもない自分が情けなくて腹立たしかったのかもしれない。
それでも、私たちは、そのパンをおばさんに返しはしなかった。
礼も言わず、私はその紙袋を抱いてうつむいていた。
レンも固い顔をしておばさんから目を逸らしていた。
やがて、おばさんは店の中へもどっていった。
私たちはパンをちぎって食べながら二人で路地を歩いた。
パンは幸福なほどに美味しかった。
美味しくて、美味しくて、そしてもの悲しくて、二人とも無言で路地を歩いた。
やがて二人は、路地が途絶えた場所に出た。
路地の向こうには広々とした道路があった。そしてその向こうには、幅が百五十メートルくらいありそうな川が見えていた。
街のそばに流れている川であるにも関わらず、水は田舎の小川のように澄んでいて、朝日を浴びてキラキラ輝いていた。
朝日を跳ね返しながら、とうとうと流れていく川を眺めていると、
「気持ちのいい場所だね」
という言葉が自然と口からついて出た。
さっきまでの悲しい気持ちが、雄大な景色に安らいでいく。
その頃には、パンもすっかり食べ終わっていた。
ペシャンと、私は手の中で空っぽの紙袋をつぶした。
そして、広々とした川の前で、二人で顔を見合わせた。
たぶん、二人とも同じことを考えていた。
空腹が満たされ、少し心の余裕ができた私たちは、互いの顔や髪を眺めて、
「汗や汚れでベタベタだね」
と言って笑った。
私たちは土手を降りて、川原の石を踏み、浅瀬まで歩いた。
水に足先をつけると驚くほど冷たく、たちまち体が涼しくなって、汗がすーっとひくのを感じた。
私たちは川の水で顔を洗った。
レンは頭にも水をかけていた。
「気持ちいいよ。リコもやってみなよ」
「私はいいよ」
顔をしかめると、レンはにんまりとして、水をすくって私にパシャパシャと水をかけてきた。
「やだってば!」
「気持ちいいから! 頭からかぶってみなって!」
レンは私に水をかけながら笑っていた。
パシャパシャと水飛沫が散った。
「やめてよ」
と言いながら私も笑っていた。
水飛沫と一緒に私たちの笑い声もはじけた。
レンは喜怒哀楽が激しい。よく笑うけど、泣き虫だし、すぐに怒る。
今は、水遊びをしている子犬みたいにはしゃいでいるが、この表情がいつまで続くだろう。
私は何度かレンを怒らせたことがある。
そのいずれの場合も、私としてはレンを怒らせようとしたつもりではなかった。レンが私の言葉を悪意があるように誤解して怒ったのだった。
しかし、私がいくら説明しても、レンは「リコが俺を怒らせたのだ」と言ってゆずらないので、そういうことにして私が謝る形で事態を収めた。
私は、水をすくっては笑うレンを、愛おしいような悲しいような気持ちで眺めた。
レンは傷つきやすい。
言葉の全体で意味をとらえず、言葉の端をとらえて勝手に誤解して、勝手に傷つく。
傷つくと、レンはいつも激昂する。
自分の心を守ろうと過剰反応するみたいに、激しい怒りをみせる。
そうなると、もう、どんな言葉も届かない。
怒りの温度が冷めるのを待つしかない。
怒りが冷めると、レンは一転して落ち込む。
食事も取らなくなるし、この世の終わりみたいな顔をして、部屋に閉じこもる。
哀れになるというより、しょうがない人だなと思う。
そんなふうで、この先、どうやって生きていくつもりなのだろう、と。
それで、結局私は、
「あんなこと言って悪かったわ」
と、謝罪する必要もないのに、謝罪して仲直りしてしまう。
でも、仲直りしたとしても、私の心はすっかり元には戻らない。
レンの感情に振り回されるたびに、私の心はエネルギーをすいとられていくみたいに感じる。
グラスの中の氷みたい。
私の心は、いつか、小さく小さくすり減って消えてしまうかもしれない。
「あ、魚」
川底を魚が泳いでいく。
「ほんとだ」
レンは魚を目で追いかけている。その様子は幼い子供みたいだった。つかまえようとそろりと近づき、川に手を突っ込む。
どうやら、魚を逃したらしく、「ダメだった」と言って笑い声をたてた。
そんなレンを眺め、〝好き〟という気持ちと、〝悲しい〟という気持ちを同時に感じた。
私たちは、いつまで一緒にいられるだろう。
私は、いつまで、この人を純粋に愛せるだろう。
レンはまだ川に手を突っ込んで魚を追いかけ回している。
「もうちょっとだったのに」
と、つぶやくレンに、
「つかまえてどうするの?」
と尋ねた。
「リコにあげる」
私は冗談だと思って笑った。
でも、レンは真面目な顔をしていた。
「なんでも、リコにあげたいんだ」
とレンは言った。
「俺はリコを振り回すばっかりで、
リコにあげられるものは少ないから、
あげられるものは、全部あげたいんだ。
俺はもう、なんにもいらないから」
「どういう意味?」
レンは急に黙り込んだ。
ニ、三秒、不自然な沈黙が二人の間におりた。
それから、ふとレンがなにか思いついたように、
「あ、そうだ」
とつぶやいた。
「何? どうしたの?」
「なんでもないよ。リコはここにいて」
レンはそう言って、ズンズンと川の深みに向かって歩いていく。
何をしているんだろうと思った。
私はレンの後ろ姿をずっと見ていた。
どんどんとレンの体が川に沈んでいく。
腰、胸、肩……。
「レン……?」
私はようやく様子がおかしいことに気がついた。
「レン! レン!? 帰ってきて!」
そう言う私に、レンは振り返った。
その時、レンはかなり水深が深い場所にいて、ようやく顔だけを水面から突き出していた。
「ごめんね」
レンが奇妙に落ち着いた声でそう言った時、私は自分の心臓が凍りついたみたいに感じた。
「レン!?」
ひときわ大きな声で呼びかけた。
レンは泣いているような、笑っているような不思議な顔をして、片手を水面の上にあげて、バイバイするみたいに、ひらひらと振った。
そしてーー。
とぷん。
そう音を立てて、レンの頭が水中に沈んだ。
私は悲鳴をあげた。
私は川の深みに向かってザバザバと走った。
水の抵抗を受け、体が思うように進まない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、
死なないで、死なないで!
気がついたら絶叫していた。
「勝手に振り回して、
勝手に死なないで!
許さないから!
ごめんねなんて言わなくていいから、
ちゃんと生きてよ!」
自分の喉から出ていると信じられないくらい大声で叫んでいた。
土手の上を散歩していた人や、通勤中の人が、私の声に気がついて、パラパラと川原へ集まってくる。携帯電話で救助隊だか、救急車だかを呼ぶ声も聞こえた。
気がついたら、私は頭までずぶ濡れになっていて、サラリーマン姿のおじさんに両脇を抱えられ、川原へ引き上げられていた。引き上げられながら、ワアワアと言葉にならないような声を発してわめいていた。
川原に消防車や救急車がサイレンを鳴らしながら近づいてくる。
川の中では、数人の一般人がずぶ濡れになってレンを探してくれていた。
だけど、依然、レンの姿は見つからなかった。
けたたましいサイレンが、胸の中をかきまわす。
ザワザワする胸に手を当てながら、今朝、カラスの死骸を見つけた時に発したレンの言葉を思い出していた。
悲しくないよーー。
続く~
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