死にたがりの少女 〜 夕空を見上げる

あらき恵実

文字の大きさ
上 下
5 / 12
5.

星がふる秘密の場所

しおりを挟む
レンは泣き虫だ。

今夜、私たちは、病院の屋上にいた。
こっそり、病室を抜け出して、
屋上から夜空を見ていた。

空には天の川が見えていた。
白鳥座や琴座も。
屋上にいると街の明かりに邪魔されないので、たくさんの星が夜空いっぱいに散らばって見えた。

レンは星を見て泣いた。

レンは悲しくても、嬉しくても、綺麗なものを見て感動しても泣くのだった。
感情がジェットコースターのように波打っていて、
いつも、自分の感情に振り回されていた。
エネルギーの大半を、感情に振り回されることに使ってしまうので、昼間もベッドの上で横になってすごすことが多かった。

この人と、恋をしても、
きっと幸せにはなれない。
きっと、一緒にいると、気持ちをかき乱される。
そして、人生そのものを乱される。

そう分かっているけれど、
私はレンが愛おしかった。
生きづらそうに、一日、一日、精一杯生きているレンがーー。

「今日は何してた?」
と、私はレンに尋ねる。

私は、今日、レンが昼間どのように過ごしたのか知らない。
レンの姿を病棟内で見かけたけれど、言葉を交わしてはいない。

私たちは、今、接近することを禁止されていたからだ。

病院内には、いろいろとルールがある。
患者間の人間関係についても、いろいろ決まり事がある。
恋愛は禁止だとか。
性的な行為を行うと、強制退院になるとか。

私とレンは、病院のルールからはみ出してしまった。
それに気がついた病院のスタッフは、私たちに二人っきりで会話しないようにと命じた。
二人が連絡を取り合わないように、携帯電話も没収されてしまった。

だから、私たちは、一日の終わりに屋上でこっそりと会っていた。
タイミングは、看護師さんの巡視と巡視の間。
時間を決めて、私たちは部屋を抜け出す。
屋上に出るには鍵がいるが、レンはその鍵をもっていた。

鍵を一体どうやって手に入れたのだろう。

私がそれについてレンに尋ねたとき、
「落ちていたのを拾った」とレンは答えた。
絶対に嘘だと思う。

ーー本当はどうやって手にいれたの?

レンはイタズラ好きの子供みたいに笑って、「秘密」と言った。

やれやれだ。

屋上の鍵をなくした守衛は、始末書を書かされたにちがいない。

でも、ともかく、レンが屋上の鍵を手に入れてくれたおかげで、私たちは〝二人の秘密の場所〟を手に入れることができた。

私たちは、毎夜、
ここで密かに会っていた。

親しくなったのが初夏で良かった。
夜の屋上は夏でもひんやりとしていた。

「今日も、昨日と同じ。
なんにもしてないよ」

レンは私の質問にそう答えた。

「食事と作業療法をする以外は、ベッドで横になってた。
リコのことばかり考えてた」

そう言って私を腕に抱きしめた。
ほっそりしているのに筋張っていて、力強いレンの腕。

「本当に私のことばかり考えてた?」

「うん」

私はレンの腕の中で、ほっとしていた。
私たちは、例え集団でも、病棟で会話をすることを避けていた。
だけど私は、病棟の廊下にレンの姿を見つけるたびに、レンを目で追っていた。
レンが笑っているのを見かけると、私も少し嬉しくなった。
でも、その隣に、私以外の女性患者の姿があると、胸をえぐられたみたいに感じた。

そこに姿が見えるのに、
会話ができない。
昼間、私たちは、近くにいるようで透明な壁で隔てられているみたいだった。
私とレンの時間は、別々に流れていく。

さみしい。
さみしい。
さみしい。

私の心は泣いていた。
中庭の花壇では朝顔が花をつけ、
畑には青々としたオクラや枝豆がなっているというのにーー。
病棟では、患者さんと作業療法士さんが、八月に中庭で行う夏祭りの準備を進めており、屋台の看板をつくったり、輪投げのまとをつくったりと、楽しげな雰囲気がただよっているというのにーー。

さみしい。
さみしい。
さみしい。

私は、昨日も今日も、他の患者さんに混じって看板に色を塗ったり、提灯を色画用紙で作ったりしながら、心の中で泣いていた。

でも、今はーー。

私は、星空の下で、
レンの腕に抱き包まれながら、
レンの胸に顔をうずめていた。

胸の中を満たしていたさみしさが溶けていく。

私はレンの背中に腕を回した。
レンの体の厚みや体温を、自分の肌で確かめる。

レンも、私の額や首や肩に唇をつけ、
私の肌の感触を確かめる。
唇をつけられた場所が、熱くなるみたいに感じた。

私は一つ吐息をついて、
星空を見上げた。
そして、今、自分たちがここにいることを不思議に思った。
違う町に生まれて、
病院という場所で出会い、
星空の下で互いの肌の感触を確かめ合っていることを。

私の鎖骨にレンが唇をつける。
唇の感触と一緒に、ひとしずくの涙が鎖骨に落ちるのを感じた。

「どうして泣くの?」
と、私は聞いた。

「分からない」

レンはまた、ひとしずく涙を流した。

「分からないけど、苦しい。
リコと離れていても、そばにいても苦しい」

私はレンを抱きしめた。
この人を幸せにしたいと思った。
泣いてばかりのこの人を。

でも、私にはそんな力がなかった。
私は自分の人生さえ、持て余していた。 

私たちは、恋をしても幸せにはなれない。
そう分かっていた。
レンもきっと分かっていた。
だけど、私たちは、明日もきっとこの場所で会うのだろう。

星が降る、二人だけの秘密の場所でーー。

続く~



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

その男、人の人生を狂わせるので注意が必要

いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」 「密室で二人きりになるのが禁止になった」 「関わった人みんな好きになる…」 こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。 見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで…… 関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。 無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。 そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか…… 地位や年齢、性別は関係ない。 抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。 色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。 嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言…… 現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。 彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。 ※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非! ※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...