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女の決闘を前に……
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血のような真っ赤なドレス、
銃口をのぞく瞳、
放たれる弾丸、
ダーンという耳をつんざくような音。
かなりの反動があったはずだが、銃を支える華奢な腕は、まっすぐに的を狙った体勢のままだ。
冷たいほどに冷静な瞳と、放たれた弾丸が、四十メートル先にある的のど真ん中を射抜いた。
「どう? うまいもんでしょ?」
そう言って、ドレスの裾を風に揺らしながら、愛らしい顔が言った。
「意外だな。
少女じみた顔して、射撃が得意なんてね」
金髪のロングヘアのカツラを被ったエリスが、全長約一ニ〇センチの後装式ライフル銃を肩に担いで私にピースサインをする。
「エリスの射撃の腕は、シンドレア領地一だよ。俺も叶わない。
射撃ならエリスに習うのが一番だ」
「剣術の腕なら兄の方が上だけどね」
ここは、ロンドン郊外の森の中。
木を切り倒して作った開けた場所で、貴族の射撃の練習場として使っている場所だった。
私は一週間後にマーガレットとの決闘を控えている。
昨日、正式に果たし状がグレイフィル家の従者の手によって届けられた。
19世紀である現在のイギリスでは、決闘が法律的に認められている。
名誉の回復や、復讐のために、しばしば決闘という手段が用いられていた。
また、決闘に使用する武器は、中性時代は剣が主流だったが、現在は銃を使うことが多かった。
「決闘なんてしなくても、
こんな高飛車男、くれてやるがな」
「なんか言ったか?」
切り株に腰掛けて、従者が入れた紅茶を飲んでいたエルバートが私をにらんだ。
「いいや。なんにも」
嫌味たっぷりに言ってあげた。
エルバートが、ふん、と鼻を鳴らす。
「ちゃんと戦ってあげなよ」
とエリスが言う。
「マーガレットは真剣なんだから」
そして、赤いドレスをひるがえし、私にサッと銃口を向けると、
気ぐらいが高そうなマーガレットの喋りかたを真似して、
「私と、エルバートをかけて勝負なさい!」
と言った。
「面白がってるじゃないか。
冗談じゃないよ。こっちは命がかかってるんだ。それにさ……」
私はエリスの格好を上から下までジロジロ眺めた。
「決闘の特訓をするのに、女装する必要があったか?」
エリスとエルバートは、顔を見合わせて目をパチクリさせる。
「相手がイメージできていいじゃない?」
「ドレスは俺が選んだんだ」
「似合わない?」
エリスがドレスの裾を両手で持ち上げて見せた。
「似合うか似合わないかって言われたら、びっくりするくらい似合ってはいるんだけどさ……」
エリスは中性的な顔立ちをしている上、小柄で華奢なので、ドレスを着ていてもなんら違和感がなかった。
美少年にも美少女にも見える顔立ちとドレスが合わさることで、女性にはない魅力が醸し出されている。
今まで私は屈強な男にしか興味がなかったが、これはこれでそそられるものがある……。いやいや、私は女装男子にも、男性同士のあれやこれやにも興味はないからね。
全然そそられてなんかないよ!
「やっぱり、もうちょっとコルセットをしめた方が良かったかな」
と、ウェストに手を当てる。
「じゅうぶん細いだろ。リアを見てみろ。
おまえよりずっと寸胴だ」
ぶっとばすぞ。
銃を持っているのに、いい度胸だ。
だいたい、今、私が議論しているのは、ドレスが似合う似合わないの話ではなかった。
「わざわざドレスなんて着なくても、
射撃の指導だけしてくれたら良かっただろ。
かっこうなんて関係ないじゃないか」
「関係ないとは思わないがな」
エルバートはそう言いながら立ち上がり、紅茶のカップを従者の手にあるお盆においた。
そして、エリスの隣に立った。
身長差があるので、いっそうエリスが女性的に見えた。
兄と妹か、いっそ、恋人同士のように見える。
「僕もそう思うよ。
ドレスって動きにくいからね。
少なからず衣服のせいで、動きに隙ができる。
コンマ何秒が命取りだからね。
そこも計算に入れて戦いをイメージしておいた方がいいよ」
なんだか、戦い慣れているようなものの言い方だった。
私は、意外な気持ちがした。
「アンタら、実戦の経験があるのかい?」
「それは戦争に参加したことがあるかという意味か?」
「そうだよ」
「それだったら二人ともないさ」
「じゃあ、どうしてそんなに戦い慣れしているような話し方ができるんだ?」
エリスが重さ約四キロのズッシリとしたライフル銃に弾を込めながら、こう言った。
「僕らはイギリス貴族だからね。戦争があれば、戦わなくちゃならない」
エリスの肩に手を置いて、エルバートも言った。
「戦いは高貴なるも者の責務。
この国ではそう決まっているからな」
高貴なる者の責務、か。
貴族も大変なんだな。
庭のバラみたいにきれいな格好をして、優雅に遊び暮らしているわけではないんだな。
私は、泥棒はさんざんしてきたが、人の命を奪ったことはなかった。
だけど、コイツらは、好む好まざるにかかわらず、戦争に駆り出される日がくるかもしれないわけだ。
そう考えると、貴族ってだけでやけに重たい宿命を背負わされているもんだなと思った。
「さあ、次はリアが撃ってみて」
エリスに促され、私はライフル銃を的に向かってかまえた。
思った以上に重たくて、的に照準を合わすのが難しかった。
その重み、冷たく光る金属の銃身、ひんやりとした木製の銃床。
引き金にかける指が小刻みに震えていた。
「緊張するな。
マーガレットの銃の腕がどれくらいか知らないが、普段銃なんか扱わない娘の腕なんか、たかがしれてる。
一発目、二発目はまず当たらない。
だから、怖がらな。怖がったら銃身がぶれるからな」
「怖がるなっつったって……」
当たらないとしても、相手から銃を向けられるのを想像するだけで恐ろしい。
それに、相手に銃を向けることも怖くてたまらない。
なぜ、私が貴族の娘と決闘なんかしなくちゃならないんだ。
こんなことなら、コソ泥の生活の方がよっぽど平和だった。
エリスが隣に立って、一緒に銃を支えた。
細々とレクチャーしてくれているが、一向に私の放つ弾丸は的に当たらない。
一度は、的から大きく外れて、検討はずれの方向にある木の枝を撃ち落とし、森に住むカラスの大群をギャアギャアと騒がせた。森の上で、怒ったカラスがグルグルと旋回していた。
「もう、下手だなあ。悪党なんでしょ? 射撃くらいできてよ」
エリスがため息をつく。
「エリス、仕方ないさ。リアは悪党って言ったって、小悪党なんだ」
やかましいわ。
本当に失礼なやつらだ。
「貸してみて」
そう言って、エリスはライフルを手にすると、迷いもせずにスっと照準を合わせて、的を射抜いた。
すごい技術だが、赤いドレスと美少女じみた顔貌がなんともチグハグだった。
「さあ、どれくらい時間をかけたら上達するかな」
エルバートがため息混じりでつぶやく。すると、ずっとかたわらで寡黙に立っていた従者が、懐中時計を手にエルバートに近づいてきて、
「そろそろ、お帰りになられた方が……」
と言った。
「そうだな」
とエルバートが答える。
やっと、射撃の練習が終わるのか。
やれやれだ。
私は疲労を吐き出すように深いため息をついた。すると、エルバートが私の肩をポンとたたいた。
「さあ、急いで帰って、次の予定の支度をするぞ」
「え? 今日はまだ何か予定があるのかい?」
「あるよ」とエリスが答える。
「というか、今日のメインのイベントはまだ終わってないよ」
嘘だろう?
私は疲労感がさらに増した気がした。
「そのメインイベントとやらは、明日じゃダメなのか?」
「ダメだよ。だって、今日が絶好のチャンスなんだ」
「いったいなんの?」
エリスとエルバートはニヤリとした。
「潜入調査だよ」
「決闘相手のな」
二人いわく、今日グレイフィル家で舞踏会が開かれるそうだった。
その騒ぎに乗じて、グレイフィル家に潜入しようというのだ。
「グレイフィル家はここ数年で急激に資本を増やしている。何か裏があるかもしれない。
決闘は心理戦でもあるから、弱みがあるなら、握っておいた方がいい」
タウンハウスまでの道のりを馬で走りながら、エルバートが言った。
私は乗馬の技術を身につけていないので、一人では馬に乗れない。なので、エルバートの馬に乗せてもらっていた。
なぜ、馬車を出さないのかと、私は聞きたいね。
これだと、私の意思に反して、エルバートと密着しないといけなくなる。
しかも、馬は後ろに座る方が揺れるらしく、私は手綱を握るエルバートの腕の間に包まれるような体勢になっていた。
馬の上じゃなかったら、「そんなに引っ付くな」と張り倒してやるところだ。
エリスがとなりを馬で走りながらにこやかに笑いかけてきた。
「グレイフィル家はね、シンドレア家の領地より田舎だし、土地も狭いんだよ。
なんか、怪しいでしょ?
そこで、潜入調査だよ。泥棒なら得意でしょ?」
「簡単に言うけどな、捕まった時のことを考えてないだろ? 命懸けだぞ。」
「そこはなんとかうまくやってよ」
「うまくいったら、キスぐらいはしてやる」
エルバートが私の背後で、ククク、と笑った。
私が彼を嫌っていると分かっていて、嫌がらせで言っているんだろう。
「してみろ、ぶん殴ってやる」
「殴られるのは嫌だから、馬から振り落としてやろうか」
エルバートが手綱をひいて、わざと馬を荒ぶらせる。
馬がいなないて、前足を大きく持ち上げた。
とっさのことに、私は悲鳴をあげてエルバートの胸に身を寄せた。
ハハハとエルバートがおかしそうに笑う。
「笑うなよ!」
「悪い、悪い」
そう言いながらも、エルバートはしばらく笑っていた。
「楽しそうだね」
とエリスがニコニコしている。
冗談じゃない。
いつか、倍にして返してやるからな。
森の木漏れ日の下、エルバートが駆る馬に揺られながら、私はずっと膨れっ面をしていた。
今晩は舞踏会。
さあ、今晩はどんな夜になることか。
続く~
銃口をのぞく瞳、
放たれる弾丸、
ダーンという耳をつんざくような音。
かなりの反動があったはずだが、銃を支える華奢な腕は、まっすぐに的を狙った体勢のままだ。
冷たいほどに冷静な瞳と、放たれた弾丸が、四十メートル先にある的のど真ん中を射抜いた。
「どう? うまいもんでしょ?」
そう言って、ドレスの裾を風に揺らしながら、愛らしい顔が言った。
「意外だな。
少女じみた顔して、射撃が得意なんてね」
金髪のロングヘアのカツラを被ったエリスが、全長約一ニ〇センチの後装式ライフル銃を肩に担いで私にピースサインをする。
「エリスの射撃の腕は、シンドレア領地一だよ。俺も叶わない。
射撃ならエリスに習うのが一番だ」
「剣術の腕なら兄の方が上だけどね」
ここは、ロンドン郊外の森の中。
木を切り倒して作った開けた場所で、貴族の射撃の練習場として使っている場所だった。
私は一週間後にマーガレットとの決闘を控えている。
昨日、正式に果たし状がグレイフィル家の従者の手によって届けられた。
19世紀である現在のイギリスでは、決闘が法律的に認められている。
名誉の回復や、復讐のために、しばしば決闘という手段が用いられていた。
また、決闘に使用する武器は、中性時代は剣が主流だったが、現在は銃を使うことが多かった。
「決闘なんてしなくても、
こんな高飛車男、くれてやるがな」
「なんか言ったか?」
切り株に腰掛けて、従者が入れた紅茶を飲んでいたエルバートが私をにらんだ。
「いいや。なんにも」
嫌味たっぷりに言ってあげた。
エルバートが、ふん、と鼻を鳴らす。
「ちゃんと戦ってあげなよ」
とエリスが言う。
「マーガレットは真剣なんだから」
そして、赤いドレスをひるがえし、私にサッと銃口を向けると、
気ぐらいが高そうなマーガレットの喋りかたを真似して、
「私と、エルバートをかけて勝負なさい!」
と言った。
「面白がってるじゃないか。
冗談じゃないよ。こっちは命がかかってるんだ。それにさ……」
私はエリスの格好を上から下までジロジロ眺めた。
「決闘の特訓をするのに、女装する必要があったか?」
エリスとエルバートは、顔を見合わせて目をパチクリさせる。
「相手がイメージできていいじゃない?」
「ドレスは俺が選んだんだ」
「似合わない?」
エリスがドレスの裾を両手で持ち上げて見せた。
「似合うか似合わないかって言われたら、びっくりするくらい似合ってはいるんだけどさ……」
エリスは中性的な顔立ちをしている上、小柄で華奢なので、ドレスを着ていてもなんら違和感がなかった。
美少年にも美少女にも見える顔立ちとドレスが合わさることで、女性にはない魅力が醸し出されている。
今まで私は屈強な男にしか興味がなかったが、これはこれでそそられるものがある……。いやいや、私は女装男子にも、男性同士のあれやこれやにも興味はないからね。
全然そそられてなんかないよ!
「やっぱり、もうちょっとコルセットをしめた方が良かったかな」
と、ウェストに手を当てる。
「じゅうぶん細いだろ。リアを見てみろ。
おまえよりずっと寸胴だ」
ぶっとばすぞ。
銃を持っているのに、いい度胸だ。
だいたい、今、私が議論しているのは、ドレスが似合う似合わないの話ではなかった。
「わざわざドレスなんて着なくても、
射撃の指導だけしてくれたら良かっただろ。
かっこうなんて関係ないじゃないか」
「関係ないとは思わないがな」
エルバートはそう言いながら立ち上がり、紅茶のカップを従者の手にあるお盆においた。
そして、エリスの隣に立った。
身長差があるので、いっそうエリスが女性的に見えた。
兄と妹か、いっそ、恋人同士のように見える。
「僕もそう思うよ。
ドレスって動きにくいからね。
少なからず衣服のせいで、動きに隙ができる。
コンマ何秒が命取りだからね。
そこも計算に入れて戦いをイメージしておいた方がいいよ」
なんだか、戦い慣れているようなものの言い方だった。
私は、意外な気持ちがした。
「アンタら、実戦の経験があるのかい?」
「それは戦争に参加したことがあるかという意味か?」
「そうだよ」
「それだったら二人ともないさ」
「じゃあ、どうしてそんなに戦い慣れしているような話し方ができるんだ?」
エリスが重さ約四キロのズッシリとしたライフル銃に弾を込めながら、こう言った。
「僕らはイギリス貴族だからね。戦争があれば、戦わなくちゃならない」
エリスの肩に手を置いて、エルバートも言った。
「戦いは高貴なるも者の責務。
この国ではそう決まっているからな」
高貴なる者の責務、か。
貴族も大変なんだな。
庭のバラみたいにきれいな格好をして、優雅に遊び暮らしているわけではないんだな。
私は、泥棒はさんざんしてきたが、人の命を奪ったことはなかった。
だけど、コイツらは、好む好まざるにかかわらず、戦争に駆り出される日がくるかもしれないわけだ。
そう考えると、貴族ってだけでやけに重たい宿命を背負わされているもんだなと思った。
「さあ、次はリアが撃ってみて」
エリスに促され、私はライフル銃を的に向かってかまえた。
思った以上に重たくて、的に照準を合わすのが難しかった。
その重み、冷たく光る金属の銃身、ひんやりとした木製の銃床。
引き金にかける指が小刻みに震えていた。
「緊張するな。
マーガレットの銃の腕がどれくらいか知らないが、普段銃なんか扱わない娘の腕なんか、たかがしれてる。
一発目、二発目はまず当たらない。
だから、怖がらな。怖がったら銃身がぶれるからな」
「怖がるなっつったって……」
当たらないとしても、相手から銃を向けられるのを想像するだけで恐ろしい。
それに、相手に銃を向けることも怖くてたまらない。
なぜ、私が貴族の娘と決闘なんかしなくちゃならないんだ。
こんなことなら、コソ泥の生活の方がよっぽど平和だった。
エリスが隣に立って、一緒に銃を支えた。
細々とレクチャーしてくれているが、一向に私の放つ弾丸は的に当たらない。
一度は、的から大きく外れて、検討はずれの方向にある木の枝を撃ち落とし、森に住むカラスの大群をギャアギャアと騒がせた。森の上で、怒ったカラスがグルグルと旋回していた。
「もう、下手だなあ。悪党なんでしょ? 射撃くらいできてよ」
エリスがため息をつく。
「エリス、仕方ないさ。リアは悪党って言ったって、小悪党なんだ」
やかましいわ。
本当に失礼なやつらだ。
「貸してみて」
そう言って、エリスはライフルを手にすると、迷いもせずにスっと照準を合わせて、的を射抜いた。
すごい技術だが、赤いドレスと美少女じみた顔貌がなんともチグハグだった。
「さあ、どれくらい時間をかけたら上達するかな」
エルバートがため息混じりでつぶやく。すると、ずっとかたわらで寡黙に立っていた従者が、懐中時計を手にエルバートに近づいてきて、
「そろそろ、お帰りになられた方が……」
と言った。
「そうだな」
とエルバートが答える。
やっと、射撃の練習が終わるのか。
やれやれだ。
私は疲労を吐き出すように深いため息をついた。すると、エルバートが私の肩をポンとたたいた。
「さあ、急いで帰って、次の予定の支度をするぞ」
「え? 今日はまだ何か予定があるのかい?」
「あるよ」とエリスが答える。
「というか、今日のメインのイベントはまだ終わってないよ」
嘘だろう?
私は疲労感がさらに増した気がした。
「そのメインイベントとやらは、明日じゃダメなのか?」
「ダメだよ。だって、今日が絶好のチャンスなんだ」
「いったいなんの?」
エリスとエルバートはニヤリとした。
「潜入調査だよ」
「決闘相手のな」
二人いわく、今日グレイフィル家で舞踏会が開かれるそうだった。
その騒ぎに乗じて、グレイフィル家に潜入しようというのだ。
「グレイフィル家はここ数年で急激に資本を増やしている。何か裏があるかもしれない。
決闘は心理戦でもあるから、弱みがあるなら、握っておいた方がいい」
タウンハウスまでの道のりを馬で走りながら、エルバートが言った。
私は乗馬の技術を身につけていないので、一人では馬に乗れない。なので、エルバートの馬に乗せてもらっていた。
なぜ、馬車を出さないのかと、私は聞きたいね。
これだと、私の意思に反して、エルバートと密着しないといけなくなる。
しかも、馬は後ろに座る方が揺れるらしく、私は手綱を握るエルバートの腕の間に包まれるような体勢になっていた。
馬の上じゃなかったら、「そんなに引っ付くな」と張り倒してやるところだ。
エリスがとなりを馬で走りながらにこやかに笑いかけてきた。
「グレイフィル家はね、シンドレア家の領地より田舎だし、土地も狭いんだよ。
なんか、怪しいでしょ?
そこで、潜入調査だよ。泥棒なら得意でしょ?」
「簡単に言うけどな、捕まった時のことを考えてないだろ? 命懸けだぞ。」
「そこはなんとかうまくやってよ」
「うまくいったら、キスぐらいはしてやる」
エルバートが私の背後で、ククク、と笑った。
私が彼を嫌っていると分かっていて、嫌がらせで言っているんだろう。
「してみろ、ぶん殴ってやる」
「殴られるのは嫌だから、馬から振り落としてやろうか」
エルバートが手綱をひいて、わざと馬を荒ぶらせる。
馬がいなないて、前足を大きく持ち上げた。
とっさのことに、私は悲鳴をあげてエルバートの胸に身を寄せた。
ハハハとエルバートがおかしそうに笑う。
「笑うなよ!」
「悪い、悪い」
そう言いながらも、エルバートはしばらく笑っていた。
「楽しそうだね」
とエリスがニコニコしている。
冗談じゃない。
いつか、倍にして返してやるからな。
森の木漏れ日の下、エルバートが駆る馬に揺られながら、私はずっと膨れっ面をしていた。
今晩は舞踏会。
さあ、今晩はどんな夜になることか。
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