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第一部 出立
4話 そして不要と言い渡されて
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「お養父様、おかえりなさいませ」
挨拶をした私に、執務椅子に座る養父は冷ややかな目を向けた。
養母も同席していて、ソファーで紅茶を飲んでいる。私に一切興味がないようで、見向きもされない。
どちらもお掛けなさいとは言ってくれないので、私は戸口で立ったまま。
「一体、どうなっているのだ」
養父が静かに訊ねてくる。怒りも呆れも、何の感情も込められていない。それなのに、ピリピリした空気が伝わってくる。
「私にもわかりかねます。突然でしたので」
「引き留める努力はしたのか」
「申し訳ございません。驚きのあまり帰ってしまいました。公爵家から何かお達しがございましたか」
「機嫌を損ねたジュスト様を宥めておられるようだが、一度、取りやめにすることになった。謝罪に向かえばなんとかなるかもしれぬが、おまえにその気はあるのか」
鋭い目が私を射貫く。私の決意を見抜いた上で、謝罪に向かえと言っている。
もう覚悟を決めたから。私はこの国を出て行くと。
「ございません」
「そうであろうな。公爵家との縁を持つためにおまえを引き取ったが、まったく使い物にならない娘であったな」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
私は形だけの謝罪を口にした。
養両親には男児しか生まれなかった。婚姻の道具のために私は引き取られ、欠片も愛情を向けられず、ジュストと仲良くするようにだけ言われてきた。それができなければここにいる価値がないと言われ‥‥‥。そんな親に子どもが懐くわけがない。
「平民並みの容姿のあなたに用意してあげた、最高の婚姻を自ら壊すなんて。愚かな娘ですこと」
破棄したのはあちらですよ。と養母に言いたいけれど、口答えはできない。またひっぱたかれるのは嫌だから。
「ジュスト様に気に入られ、公爵家に嫁ぐことだけを考えろと言い聞かせてきたわけだが。出来なかったな。どうなるのかわかっているな」
「承知しております」
「ならば、出て行きなさい。今夜一晩だけここに留まることを許す」
「温情に感謝申し上げます。お世話になりました」
頭を下げてから退室しようとして、養父が「ひとつ言い忘れていた」と呼び止めた。
「成人すれば領地を返す約束だったが、手違いがあってな。正式に次男クリストフの領地となった」
「そんな! 酷いです‥‥‥約束が違います!」
瞬間的に、大きな声を出してしまった。
養母が蠅でも見るかのような視線を送ってくる。
成人後、屋敷で今も働いてくれている使用たちと連絡を取って、領地での収入を送ってもらう予定を立てていたのに。
「手続きをした人間が間違えたのだが、もうおまえに戻すことはできないそうだ。すまないな」
すまないな? 思いもしていないくせに。
悔しすぎて言葉にすらできず、歯を食いしばっていると、養母が冷たい声を出した。
「あなたを育てるのにいくらかかっていると思っているのかしら? 厚かましい」
厚かましい? 私を引き取ったとき、遺産を受け取っていると聞いている。だから遺産で服をあつらえ、貴族学校の費用を出していると思っていた。
もしかすると、足りなくて出してくれたのかもしれないけれど。
今も領地から仕送りされていると思っていたけれど、従兄の領地になっているのなら、止まっていると思われる。
領地からの収入を当てにしていたけれど、ないならないで仕方がない。
もとより働かなければと思っていたから、変更なんてしない。
養父母は無一文になった私が泣きつけば、好きに使えると思っているに違いない。王族との繋がりを持つために、遠いとはいえ親戚を利用しようとする人たちだから。
こんな人たちの思いどおりになんて、なるものか。
「承知いたしました。8年間お世話になりました」
私は頭を下げずにそれだけをなんとか絞り出してから、執務室をあとにした。
次回⇒5話 出来る側近
挨拶をした私に、執務椅子に座る養父は冷ややかな目を向けた。
養母も同席していて、ソファーで紅茶を飲んでいる。私に一切興味がないようで、見向きもされない。
どちらもお掛けなさいとは言ってくれないので、私は戸口で立ったまま。
「一体、どうなっているのだ」
養父が静かに訊ねてくる。怒りも呆れも、何の感情も込められていない。それなのに、ピリピリした空気が伝わってくる。
「私にもわかりかねます。突然でしたので」
「引き留める努力はしたのか」
「申し訳ございません。驚きのあまり帰ってしまいました。公爵家から何かお達しがございましたか」
「機嫌を損ねたジュスト様を宥めておられるようだが、一度、取りやめにすることになった。謝罪に向かえばなんとかなるかもしれぬが、おまえにその気はあるのか」
鋭い目が私を射貫く。私の決意を見抜いた上で、謝罪に向かえと言っている。
もう覚悟を決めたから。私はこの国を出て行くと。
「ございません」
「そうであろうな。公爵家との縁を持つためにおまえを引き取ったが、まったく使い物にならない娘であったな」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
私は形だけの謝罪を口にした。
養両親には男児しか生まれなかった。婚姻の道具のために私は引き取られ、欠片も愛情を向けられず、ジュストと仲良くするようにだけ言われてきた。それができなければここにいる価値がないと言われ‥‥‥。そんな親に子どもが懐くわけがない。
「平民並みの容姿のあなたに用意してあげた、最高の婚姻を自ら壊すなんて。愚かな娘ですこと」
破棄したのはあちらですよ。と養母に言いたいけれど、口答えはできない。またひっぱたかれるのは嫌だから。
「ジュスト様に気に入られ、公爵家に嫁ぐことだけを考えろと言い聞かせてきたわけだが。出来なかったな。どうなるのかわかっているな」
「承知しております」
「ならば、出て行きなさい。今夜一晩だけここに留まることを許す」
「温情に感謝申し上げます。お世話になりました」
頭を下げてから退室しようとして、養父が「ひとつ言い忘れていた」と呼び止めた。
「成人すれば領地を返す約束だったが、手違いがあってな。正式に次男クリストフの領地となった」
「そんな! 酷いです‥‥‥約束が違います!」
瞬間的に、大きな声を出してしまった。
養母が蠅でも見るかのような視線を送ってくる。
成人後、屋敷で今も働いてくれている使用たちと連絡を取って、領地での収入を送ってもらう予定を立てていたのに。
「手続きをした人間が間違えたのだが、もうおまえに戻すことはできないそうだ。すまないな」
すまないな? 思いもしていないくせに。
悔しすぎて言葉にすらできず、歯を食いしばっていると、養母が冷たい声を出した。
「あなたを育てるのにいくらかかっていると思っているのかしら? 厚かましい」
厚かましい? 私を引き取ったとき、遺産を受け取っていると聞いている。だから遺産で服をあつらえ、貴族学校の費用を出していると思っていた。
もしかすると、足りなくて出してくれたのかもしれないけれど。
今も領地から仕送りされていると思っていたけれど、従兄の領地になっているのなら、止まっていると思われる。
領地からの収入を当てにしていたけれど、ないならないで仕方がない。
もとより働かなければと思っていたから、変更なんてしない。
養父母は無一文になった私が泣きつけば、好きに使えると思っているに違いない。王族との繋がりを持つために、遠いとはいえ親戚を利用しようとする人たちだから。
こんな人たちの思いどおりになんて、なるものか。
「承知いたしました。8年間お世話になりました」
私は頭を下げずにそれだけをなんとか絞り出してから、執務室をあとにした。
次回⇒5話 出来る側近
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