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30話 円花さんの真実
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僕が寝ている間に円花さんは気持ちと折り合いをつけたのか、朝になって家に戻ると言った。
僕は今日から一週間学校だから、付き添えない。
「ひとりで平気そう?」
「うん。平気。行ってくるね」
から元気、だと思う。いつもの笑顔だけど、無理をしているだろうとな、と思う。
一緒に家を出て、交差点を渡り、別れた。
それから、円花さんは金曜日になっても戻ってこなかった。
探しに行こうにも、円花さんの家を教えてもらっていない。
円花さんが戻ってくると思いこんでいたから、訊ねなかった。
僕はバカだ。
いなくなってしまう可能性に気づかなかった。
捜しにいくにしても、どこを捜せばいいんだろう。
一中の近くを歩き回り、円花さんの家か、姿を捜す。
黒い影が電柱から僕を見ている。普段は無視をするのに、円花さんじゃないかと、思わず目を向けてしまった。
目が合った黒い影は、円花さんに似てもいない、腹の突き出たランニングシャツのおっさんだった。
イラっとして、ついてこようとするおっさんに向けて、「来んな」と低い声で威圧した。
びくっとしたおっさんが、消える。
円花さんはどこに行ってしまったんだろう。成仏してしまったんだろうか。それなら最期に伝えにきてくれるような気がする。
あたりを適当に歩き回っていると、病院の前で以前と同じ車椅子の夫婦を見かけた。
円花さんが両親だと言っていたのを思い出し、声をかけようとした時――
「ユージくん!?」
病院の入り口の方から、幽霊の円花さんが姿を現した。
夫婦に声をかけるのはやめて、円花さんの元に向かう。
「心配したんだよ。何かあったの?」
「戻らなくてごめんね。心配かけたよね」
「成仏してないか、気にかかってた。良かったって言っていいのかわからないけど」
「家に、私の遺骨はなかったよ。だって私、生きてたもん」
「‥‥‥は?」
僕は今、とても間抜けな顔をしているだろう。わかっていても、表情を戻せない。
円花さんが、生きてる?
じゃ、目の前にいるこの円花さんは、誰だ?
円花さんの言葉に、頭が混乱した。
「意味わかんないこと言って、ごめんね。ユージくん、ついてきて」
くるっと振り返り、円花さんは病院に入っていく。僕も後に続いた。
連れて来られた個室で、円花さんは寝息を立てていた。
実体がある方の、円花さんが。
「どういう、こと?」
「私、死んでないの。命は取り留めていたの」
向こうが透けている円花さんが、眠っている円花さんを見下ろしている。
まるで双子がこの場にいるみたいで、僕はからかわれたのかなと、思った。
だけど、透けている理由の説明がつかない。マジックかCGか。しかし、そんな大掛かりなことをする必要がない。
しばらく一緒にいた円花さんが、CGだとはとても思えないし。
ベッドで横になっている円花さんは、青白く、生気が薄いように感じた。
透明の円花さんからは生気を感じるのに。
「見ててね」
円花さんが眠っている円花さんに体を重ねる。
すると、透けている円花さんが消えて、眠っている円花さんの体がほんのりとピンク色に染まっていく。今にも瞼を開きそうなほど、生気が満ちていくのがわかった。
「円花さん」
声をかけてみたけれど瞼は開かず、透明な円花さんがむくりと起き上がった。
「たぶん、今の私は魂だけの存在なんだと思う。体に戻ろうと思えば戻れるんだけど、目が覚めないの。ユージくんのところに戻れなかったのは、これが理由。親は毎日お見舞いにきて、私の様子を心配してくれてる。私も目覚めようとするんだけど、ダメなの」
円花さんは自分の肉体を見下ろす。
「お医者さんは、目覚めない理由がわからないって困惑してた。体は数か所骨折してたけど、脳や臓器にダメージはなくて。手術で使った麻酔はとっくに切れてて、通常なら目が覚めてるはずだって」
どうしたらいいんだろね。途方に暮れたように、ぽつりと呟いた。
円花さんは生きていた。魂と体が離れてしまっているのは、現実だと思えないけど。でも僕の目の前で、それは起きてる。受け入れるしかない。
こんな時どうしたらいいのか、僕もわからない。えらいお坊さんに祈祷でも上げてもらうとか。
いや。そうじゃない。
「僕なら戻せるかもしれない」
円花さんが、はっとして顔を上げた。
「生きてるんだから、生き返らせる必要はないんだ。それなら戻って過去をいじっても、僕が身内を喪うリスクは回避されるんじゃないか。喪ったものを蘇らせるんじゃないんだから」
光が見えてきた。大きな代償があるために躊躇っていたけど、円花さんが生きていたのなら、事故を回避しても生き返らせるわけじゃない。目を覚ますだけ。
喪う代償に比べると、小さなリスクですむはずだ。
「ユージくんがリスクを冒す必要はないよ。体と魂が離れちゃってる理由はわからないけど、そのうち戻れると思うの」
「そのうちって、いつだよ。もう一カ月以上この状態なんだろ。体、大丈夫なの?」
円花さんは唇を噛み締めたあと、首を横に振った。
「私が親と一緒にここにきた時、このままが続くと衰弱してしまうって。手術をして別の方法で栄養を摂り入れる手段があるとか説明してた。親は決断できないみたい」
「やろう! 円花さん。僕が過去に戻って、円花さんを助けてくる」
次回⇒31話 過去に戻る決心
僕は今日から一週間学校だから、付き添えない。
「ひとりで平気そう?」
「うん。平気。行ってくるね」
から元気、だと思う。いつもの笑顔だけど、無理をしているだろうとな、と思う。
一緒に家を出て、交差点を渡り、別れた。
それから、円花さんは金曜日になっても戻ってこなかった。
探しに行こうにも、円花さんの家を教えてもらっていない。
円花さんが戻ってくると思いこんでいたから、訊ねなかった。
僕はバカだ。
いなくなってしまう可能性に気づかなかった。
捜しにいくにしても、どこを捜せばいいんだろう。
一中の近くを歩き回り、円花さんの家か、姿を捜す。
黒い影が電柱から僕を見ている。普段は無視をするのに、円花さんじゃないかと、思わず目を向けてしまった。
目が合った黒い影は、円花さんに似てもいない、腹の突き出たランニングシャツのおっさんだった。
イラっとして、ついてこようとするおっさんに向けて、「来んな」と低い声で威圧した。
びくっとしたおっさんが、消える。
円花さんはどこに行ってしまったんだろう。成仏してしまったんだろうか。それなら最期に伝えにきてくれるような気がする。
あたりを適当に歩き回っていると、病院の前で以前と同じ車椅子の夫婦を見かけた。
円花さんが両親だと言っていたのを思い出し、声をかけようとした時――
「ユージくん!?」
病院の入り口の方から、幽霊の円花さんが姿を現した。
夫婦に声をかけるのはやめて、円花さんの元に向かう。
「心配したんだよ。何かあったの?」
「戻らなくてごめんね。心配かけたよね」
「成仏してないか、気にかかってた。良かったって言っていいのかわからないけど」
「家に、私の遺骨はなかったよ。だって私、生きてたもん」
「‥‥‥は?」
僕は今、とても間抜けな顔をしているだろう。わかっていても、表情を戻せない。
円花さんが、生きてる?
じゃ、目の前にいるこの円花さんは、誰だ?
円花さんの言葉に、頭が混乱した。
「意味わかんないこと言って、ごめんね。ユージくん、ついてきて」
くるっと振り返り、円花さんは病院に入っていく。僕も後に続いた。
連れて来られた個室で、円花さんは寝息を立てていた。
実体がある方の、円花さんが。
「どういう、こと?」
「私、死んでないの。命は取り留めていたの」
向こうが透けている円花さんが、眠っている円花さんを見下ろしている。
まるで双子がこの場にいるみたいで、僕はからかわれたのかなと、思った。
だけど、透けている理由の説明がつかない。マジックかCGか。しかし、そんな大掛かりなことをする必要がない。
しばらく一緒にいた円花さんが、CGだとはとても思えないし。
ベッドで横になっている円花さんは、青白く、生気が薄いように感じた。
透明の円花さんからは生気を感じるのに。
「見ててね」
円花さんが眠っている円花さんに体を重ねる。
すると、透けている円花さんが消えて、眠っている円花さんの体がほんのりとピンク色に染まっていく。今にも瞼を開きそうなほど、生気が満ちていくのがわかった。
「円花さん」
声をかけてみたけれど瞼は開かず、透明な円花さんがむくりと起き上がった。
「たぶん、今の私は魂だけの存在なんだと思う。体に戻ろうと思えば戻れるんだけど、目が覚めないの。ユージくんのところに戻れなかったのは、これが理由。親は毎日お見舞いにきて、私の様子を心配してくれてる。私も目覚めようとするんだけど、ダメなの」
円花さんは自分の肉体を見下ろす。
「お医者さんは、目覚めない理由がわからないって困惑してた。体は数か所骨折してたけど、脳や臓器にダメージはなくて。手術で使った麻酔はとっくに切れてて、通常なら目が覚めてるはずだって」
どうしたらいいんだろね。途方に暮れたように、ぽつりと呟いた。
円花さんは生きていた。魂と体が離れてしまっているのは、現実だと思えないけど。でも僕の目の前で、それは起きてる。受け入れるしかない。
こんな時どうしたらいいのか、僕もわからない。えらいお坊さんに祈祷でも上げてもらうとか。
いや。そうじゃない。
「僕なら戻せるかもしれない」
円花さんが、はっとして顔を上げた。
「生きてるんだから、生き返らせる必要はないんだ。それなら戻って過去をいじっても、僕が身内を喪うリスクは回避されるんじゃないか。喪ったものを蘇らせるんじゃないんだから」
光が見えてきた。大きな代償があるために躊躇っていたけど、円花さんが生きていたのなら、事故を回避しても生き返らせるわけじゃない。目を覚ますだけ。
喪う代償に比べると、小さなリスクですむはずだ。
「ユージくんがリスクを冒す必要はないよ。体と魂が離れちゃってる理由はわからないけど、そのうち戻れると思うの」
「そのうちって、いつだよ。もう一カ月以上この状態なんだろ。体、大丈夫なの?」
円花さんは唇を噛み締めたあと、首を横に振った。
「私が親と一緒にここにきた時、このままが続くと衰弱してしまうって。手術をして別の方法で栄養を摂り入れる手段があるとか説明してた。親は決断できないみたい」
「やろう! 円花さん。僕が過去に戻って、円花さんを助けてくる」
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