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25話 一族の力

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「受験の一日前に戻って、眞紗美さんに声をかけたんだ。明日、予定している電車より早い時刻の電車に乗った方がいいと」

「叔母さんは、助言を実行したの?」

「してくれた。受験の時間に間に合って、無事に合格できた」

 やったあ、と円花さんと喜びあう。

「叔父さんすごい! もしかして、それきっかけで付き合い始めたとか」

「それはないよ」
 叔父さんは笑いながら、手を振った。

「後日お礼を言われたけど、それで終わり。携帯電話もあったけど、僕はまだ持ってなかったからね。持っていても、アドレスの交換はきっとしなかったよ。縁があるなんて、思ってもいなかったからね」

「じゃあ、どうやって結婚したんですか」

 円花さんからの質問を伝える。円花さんは恋バナが好きなんだろうか、目をキラキラさせている。

「五年ほど前に、再会したんだよ。眞紗美さんは海外で活躍していたけど、現役を引退して帰国したんだ。バレエ教室を開こうとしていた時に偶然会って、僕のことを覚えていてくれていてね。まあ、それで‥‥‥」

 叔父さんが顔を赤らめた。照れたように、頬を掻いている。
 憧れだった人と40歳を越えてから結婚するなんて。どう縁があるかなんて、わからないんだな。

「過去に戻って助言をしたからこそなんじゃないの。それがなかったら、記憶に残ってすらなかったかも」
 僕が言うと、叔父さんもうんと頷く。

「結果的にはこうなった。だけど、二人の未来を繋げるために、なんて考えもしなかったよ」
「眞紗美叔母さんを助けたい。純粋な気持ちからだったんですよね。すてき」

「改めてそう言われると、恥ずかしいな」
 円花さんの言葉をそのままを伝えた僕も、少し恥ずかしかった。

「これが、叔父さんが力を使って経験したこと。良い事しかないように思えるだろう?」
 叔父さんが続けた言葉で、ほんわかしていた空気が変わった。

「違うの?」
「代償が必要なんだよ」

「代償?」
「変えた物事に応じた代償が必要なんだ」
 僕は息を呑む。

「‥‥‥叔父さんに、何かあったの?」
「第一志望の高校に落ちた」

「は?」
 どんな深刻な代償があったのかとはらはらしたのに、拍子抜けした。

「合格間違いなしと言われてたし、試験の結果にも自信はあった。でも落ちた」
「どうして?」

「一教科だけ、名前を書き忘れていたんだ。バカだよな。そんなミス一度だってしたことがないのに」
 叔父さんが口をへの字に曲げた。

「魔が差した的な?」
「そんな感じだな。でも理には適ってる。眞紗美さんが進む未来は違っていた。それなのに、僕が変えた。だから、僕が本来進むはずだった道には進めなかった」

「そのままの代償を払ったってことか」
「物事が小さかったから、この程度で済んでいるということだよ。言いたいことはわかるよね」

 わかるけど、と言おうとして、喉がつっかえた。口の中がからからになっていた。

「もう一人の体験談を話すよ。僕の祖母から聞いた話で、祖母のお兄さん、祐嗣くんからは曾祖母の兄に当たる人の話だよ」




 曾祖母の兄京一郎けいいちろうは長男で、二人の妹がいた。
 祐嗣の曾祖母に当たる雪子は長女で、京一郎とは年子。
 妹の昭子は7歳で、体が少し弱かった。

 終戦から半年、戦争にとられた父の行方はわからず、16歳だった京一郎は一家を支えるため必死に働き、農家に頭を下げて、食料の確保に走った。

 京一郎は責任感が強く、曲がったことを嫌う性格だったため、闇市で食料を買うことを嫌がった。

 昭子は栄養不足からくる体調不良で寝込むようになり、兄はやむなく闇市で卵を手に入れた。しかし、昭子は口にする前に力尽きた。

 ひどく後悔した京一郎は、父から聞いたことのあった一族の力を使って過去に戻り、昭子の体が元気なうちに滋養のあるものを手に入れ食べさせた。

 未来に戻ると、昭子は命を繋いでいた。
 その後すぐに父親が復員を果たし、一家四人での生活が戻った。
 一年後、妊娠した母は出産したが、弟の誕生後、すぐに命を落とした。





「妹を生き返らせた代償ってこと?」

「ただの偶然かもしれない。出産は命懸けだからな。だが、京一郎さんはそうは捉えなかった。自分の浅はかな行動のせいで、一度は妹を死なせ、次に母を喪うことになったと、後に雪子ばあに話したそうだよ」

「雪子さんは、信じたの?」
 叔父さんは頷く。

「京一郎さんは嘘をつく人物ではなかったそうだから。母親のお葬式の後、京一郎さんは仏門に入った。理由を聞いて、納得したらしい。泣いて謝っていたと、雪子ばあはしっかりと覚えていた」

「力でお母さんを助けることができたんじゃないの?」
 のんきな僕の質問に、叔父さんは神妙な顔つきで、首を振って答えた。

「この力は一度しか使えないんだ」
 隣で円花さんが「一回きりの力‥‥‥」と小さく呟いた。

「‥‥‥一度だけ? 一回しか使えないの?」
 僕も確認のために訊ねる。

「生涯に一度きり。いつ使うか、生涯使わないかは本人次第。力を使える人間に共通しているのが、霊感体質であること。必ず受け継がれるとは限らなくて、京一郎さんたちの父親にはなかった。聞かされてはいても、使えるのは霊感のある人間だけ」

「叔父さんが使えたのは、そういう訳だったんだ。じゃあうちの母さんには使えないってことだ」

「そういうことだ。代償があると知った。さて、君たちはどうする?」


   次回⇒26話 喪う覚悟
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