【完結】僕らの恋は青くない

衿乃 光希

文字の大きさ
上 下
1 / 41

1話 幽霊に助けられました

しおりを挟む
 終業のチャイムが鳴った途端、静かだった学校が喧騒に包まれる。

 部活用のスポーツバッグを片手に飛び出して行く生徒。

 友人同士で集まってきゃいきゃいはしゃいでいる女子。

 スカート丈の短い完璧なメイクの女子たちに話しかけた男子が、スマホを取り出した。連絡先の交換をしているんだろう。

 廊下やグラウンドからも、賑やかな声が聞こえてくる。
 授業という拘束から解放された生徒たちが、放課後の予定に心を躍らせている。

 高校二年の新学期が始まって二週間。教室ではある程度グループが出来上がっていて、クラス替え直後の緊張感は、ほぼない。みんな、人と関わるのが上手いらしい。

 浮かれた様子の生徒たちの間を縫って、僕は教室を出た。
 二年B組でぼっちは僕――瀬戸祐嗣せとゆうじだけ。一年から同じクラスの生徒が数人いるけど、誰も話しかけてこない。前後左右の席に座る生徒も。

 僕に友だちはいない。できないんじゃなくて、作らない主義だ。

 幼かった僕は、無条件で人を信頼していた。でも、ちょっとしたことで手のひらをひっくり返された。

 学習した僕は、ひとりでいることを選択した。
 部活にも入らず、まっすぐに自宅に帰る毎日。

『暗いアオハル(笑)』
 中学三年の時に馬鹿にされて、笑われたけど、気にしなかった。

 僕を馬鹿にした男子生徒は、親友と好きだった女子が付き合い始めたのを知って、親友とケンカになった。二人は卒業まで一切口をきかなかった。

 人は裏切る。傷つきたくなければ、深い付き合いをしなければいい。

 スクールバッグを肩にかけ、黙々と歩き、高校を後にした。

 自宅までは徒歩20分ほど。僕はイヤホンを耳に嵌め、スマホで音楽アプリ《ボカコレ》を立ち上げた。
 聞き慣れたボカロの軽快な音楽が流れる。テンポが速く、早口な曲が好みだ。

 母さんは人間が感情たっぷりに歌うから音楽はいいんだと言い、学生時代の思い出の曲をいまだに聴いている。

 ボカロは無感情な機械が歌うからこそ、僕には合っていた。

 制服のジャケットのボタンを外し、ネクタイを少し緩める。

 音楽に合わせて歩いていると、信号のない横断歩道にさしかかった。足を止めて左右を確認してから、横断歩道を渡る。ここの道は危ないから、必ず車を確認してから渡るようにと小さい頃から言い聞かされてきた。

 込み合う大通りを避ける抜け道になっている上、信号がなく、緩やかな坂道になっているせいで、アクセルを強く踏むドライバーがいるらしい。

 と、右耳から突如音が消えた。イヤホンの嵌りが甘かった。
「やべっ」
 道に落ちたイヤホンを拾うために屈んだ。

 直後、
「トラック!」
 女子の叫び声と、車の走行音が聞こえた。

 顔を上げると、スピードを緩める気配のないトラックが見えた。僕がしゃがんでいるから見えないのか、停まる気がもともとないのか。

 やばいと理解できていても、体が動かなかった。
 16年の人生がここで終わるのか。
 振り返るほど大した思い出のない、薄い人生だったな。
 走馬灯も見ないのかと思っていると、

「逃げて!」
 耳をつんざくその声に、反応したのは体の方だった。

 押し出されるように歩道に転がった直後、轟音を上げながら大型トラックが通り過ぎた。

 息をするのを忘れていたのか、はあはあと激しい息をはく。

 助かったのだと実感している僕に、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのは、年配の男性だった。

 僕を動かしてくれた声は、当然ながらその老人ではない。救急車を呼ぼうとしてくれているのを断って、僕は女子の姿を探した。

 あの声の持ち主は、絶対に同年代の女子だった。僕は人とほとんど話さない生活を送っているけど、毎日学校で聞こえてくるのだから、聞き間違えるはずがない。

 まだ震えの残った足で立ち上がり、あちこち見渡す。
 それらしい女子の姿はない。
 もう行ってしまったんだろうか。
 お礼を言いたかった。

「大丈夫そうだね。良かった!」
 弾むような声が、近くで聞こえた。

「ありがとう」
 お礼を言いながら振り返ると、にこにこしている女子と目が合った。

 その瞬間、僕はミスをしたことに気がついた。

「ねえ、痛いところはない?」

 そこにいるのは、たしかにほぼ同年代の女子だった。
 眉を寄せ、心配げな顔で僕を覗き込んでくる。

 青いスカーフのセーラー服は、どこの学校の制服だったっけ?
 彼女の動きに合わせて、ポニーテールにした黒髪が揺れる。
 運動をしていそうな、活発なタイプに見えた。
 出逢いのチャンスと喜ぶ男子がいそうなぐらい、彼女はかわいい顔をしていた。

 でも僕にはわかった。
 彼女が生きている人ではないということが。

 僕はそれ以上彼女に反応をするのはやめて、立ち上がった。
 転がったときに落としたスクールバッグを拾って肩にかけ、自宅に向かって歩く。

「警察に行かなくていいの? 私、ナンバー見たよ」

 心配してくれているけど、僕は返事をしなかった。
 助けてもらったけど、気づかないフリをしないといけない。じゃないと、おもしろがってついて来るから。彼女のように幽霊になった人は。

「大丈夫そうだね」

 イヤホンが落ちたことで注意力が散漫になってしまったから、気をつけないとな。
 明日からの通学、気を引き締めよう。

「ケガしてなくて、良かった」

 僕がひたすら無視をしているのに、彼女は明るい口調で話しかけてくる。
 これが、彼女――小清水こしみず円花まどかとの出会いだった。


   次回⇒2話 幽霊に憑かれて
しおりを挟む
読みに来てくださいまして、ありがとうございます。青春ボカロカップにエントリーしています。お気に入り登録、BET頂けますと嬉しいです。よろしくお願いします。                                                                                                                  別作品で、きずな文庫大賞にエントリーしています。良かったら、そちらもご一読いただけるとありがたいです。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...