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11.ほろ酔いサラリーマン
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そのお客様が来店したのは、水曜日の午後八時だった。
30代半ば頃だろうか。ネクタイを外したスーツ姿で、黒いリュックを背負っていた。全身から疲れた雰囲気を発しながら、カウンター席に座る。
一つ席を開けた右隣には、常連の明石が座っている。隣で買ってきた二合瓶の日本酒を飲んでいた。希望があれば温めるが、今日の明石は冷酒だ。
メニューをめくるサラリーマンの前に、お水を出す。
「いらっしゃいませ。当店は、アルコール飲料は瓶ビールのみの扱いとなります。ビール以外をお求めの場合は、隣のリカーショップへ足をお運び頂けますようにお願いしております。よろしいでしょうか」
「ビールだけ? わっかりました」
見覚えがない顔だったので、初めての来店だろうと検討をつけて、千里は最初に説明をしておいた。
メニューのドリンク欄にも書いてあるが、見落とす人もいる。
「とりあえずビールと、あじの南蛮漬けください」
「かしこまりました」
冷蔵庫から瓶ビールとガラスコップを取り出し、栓を抜いてお客様に提供する。
「お待たせしました」
男性客は、コップを持ち上げて、千里の顔を見てくる。注いでもらえると思っているようだった。
目顔ですみませんと謝り、千里は火にかけていた煮魚に向かった。
目の端で男性客をちらと見ると、手酌で注いでいた。サラリーマンはほろ酔いのように見受けられたので、絡まれるかごねるかされないか心配したのだが、杞憂だったようだ。
明石の注文したカレイの煮付けを提供し、サラリーマンの注文したアジの南蛮漬けを冷蔵庫から取り出して小分けにする。
昼休憩の間に作って漬け込んでいるので、しっかりと味が入って美味しくなっているはず。
アジを三枚におろし、骨を取り除き、一口サイズに切り分ける。小麦粉をはたき、揚げるよりも少ない油で揚げ焼きにする。
にんじん、玉ねぎを千切りにして、つけ汁に入れる。
つけ汁は水、酒、みりん、しょうゆ、砂糖を沸騰させてアルコールを飛ばし、火を止めて昆布と鰹節で出汁を取ったもの。酢と鷹の爪を加えて、揚げ焼きにした味を漬け込む。ラップで覆うときに空気に触れないようにすれば、むらがなくなる。
サラリーマンはアジを口に入れると、軽く目をみはった。
美味しい、と声を上げてもらえるととても嬉しい。でもサラリーマンのように何も言わなくても、表情を変えられただけで、やった! と嬉しい気持ちになる。
意外だった? 美味しいでしょう? と訊ねたくなってくる。
「串カツ五本セットお願いします」
「はい。かしこまりました」
酸味のお陰で食欲が刺激されたのか、サラリーマンからがっつりメニューの注文が入った。
串カツの五本セットは豚・うずら・レンコン・ナス・さつま芋。
八本セットはプラス白身魚・鶏もも肉・山芋。
晧月の串カツは五本セットと八本セットを用意している。単品から注文できるようにするのが親切なのだろうが、一人で切り盛りしているため、一串ずつ揚げる・伝票に書き込むといった作業が大変で、千里が組んだセットで注文をしてもらっている。
材料は串に刺してパン粉をまぶす下準備まではしてある。あとはアツアツを食べてもらうだけ。
薄力粉を卵と水で溶き、牛乳で少し緩めて塩を入れたバッター液に材料をくぐらせて、フライヤーへ投入。芳ばしい匂いが漂ってくる。
ソースはウスターソースに水・砂糖・ケチャップ・しょう油を混ぜたもの。
「お待たせしました。ソースは二度漬けOKです」
サラリーマンの前に揚がったばかりの串カツとソースを提供する。
アジの南蛮漬けは平らげていたので、小鉢を回収する。
「ビールください」
「はい。かしこまりました」
サラリーマンから瓶ビールの二本目の追加注文が入った。顔はすでに赤く、目がとろんとしていて、少し心配になる。
居酒屋ではないから、深酒をするお客は少ない。店主としてはどこかのタイミングで止めた方がいいのだろうが、なかなか難しい。
サラリーマンの酔い方を気にしながら、料理をしたり、洗い物をしたりと忙しくしていた。
30代半ば頃だろうか。ネクタイを外したスーツ姿で、黒いリュックを背負っていた。全身から疲れた雰囲気を発しながら、カウンター席に座る。
一つ席を開けた右隣には、常連の明石が座っている。隣で買ってきた二合瓶の日本酒を飲んでいた。希望があれば温めるが、今日の明石は冷酒だ。
メニューをめくるサラリーマンの前に、お水を出す。
「いらっしゃいませ。当店は、アルコール飲料は瓶ビールのみの扱いとなります。ビール以外をお求めの場合は、隣のリカーショップへ足をお運び頂けますようにお願いしております。よろしいでしょうか」
「ビールだけ? わっかりました」
見覚えがない顔だったので、初めての来店だろうと検討をつけて、千里は最初に説明をしておいた。
メニューのドリンク欄にも書いてあるが、見落とす人もいる。
「とりあえずビールと、あじの南蛮漬けください」
「かしこまりました」
冷蔵庫から瓶ビールとガラスコップを取り出し、栓を抜いてお客様に提供する。
「お待たせしました」
男性客は、コップを持ち上げて、千里の顔を見てくる。注いでもらえると思っているようだった。
目顔ですみませんと謝り、千里は火にかけていた煮魚に向かった。
目の端で男性客をちらと見ると、手酌で注いでいた。サラリーマンはほろ酔いのように見受けられたので、絡まれるかごねるかされないか心配したのだが、杞憂だったようだ。
明石の注文したカレイの煮付けを提供し、サラリーマンの注文したアジの南蛮漬けを冷蔵庫から取り出して小分けにする。
昼休憩の間に作って漬け込んでいるので、しっかりと味が入って美味しくなっているはず。
アジを三枚におろし、骨を取り除き、一口サイズに切り分ける。小麦粉をはたき、揚げるよりも少ない油で揚げ焼きにする。
にんじん、玉ねぎを千切りにして、つけ汁に入れる。
つけ汁は水、酒、みりん、しょうゆ、砂糖を沸騰させてアルコールを飛ばし、火を止めて昆布と鰹節で出汁を取ったもの。酢と鷹の爪を加えて、揚げ焼きにした味を漬け込む。ラップで覆うときに空気に触れないようにすれば、むらがなくなる。
サラリーマンはアジを口に入れると、軽く目をみはった。
美味しい、と声を上げてもらえるととても嬉しい。でもサラリーマンのように何も言わなくても、表情を変えられただけで、やった! と嬉しい気持ちになる。
意外だった? 美味しいでしょう? と訊ねたくなってくる。
「串カツ五本セットお願いします」
「はい。かしこまりました」
酸味のお陰で食欲が刺激されたのか、サラリーマンからがっつりメニューの注文が入った。
串カツの五本セットは豚・うずら・レンコン・ナス・さつま芋。
八本セットはプラス白身魚・鶏もも肉・山芋。
晧月の串カツは五本セットと八本セットを用意している。単品から注文できるようにするのが親切なのだろうが、一人で切り盛りしているため、一串ずつ揚げる・伝票に書き込むといった作業が大変で、千里が組んだセットで注文をしてもらっている。
材料は串に刺してパン粉をまぶす下準備まではしてある。あとはアツアツを食べてもらうだけ。
薄力粉を卵と水で溶き、牛乳で少し緩めて塩を入れたバッター液に材料をくぐらせて、フライヤーへ投入。芳ばしい匂いが漂ってくる。
ソースはウスターソースに水・砂糖・ケチャップ・しょう油を混ぜたもの。
「お待たせしました。ソースは二度漬けOKです」
サラリーマンの前に揚がったばかりの串カツとソースを提供する。
アジの南蛮漬けは平らげていたので、小鉢を回収する。
「ビールください」
「はい。かしこまりました」
サラリーマンから瓶ビールの二本目の追加注文が入った。顔はすでに赤く、目がとろんとしていて、少し心配になる。
居酒屋ではないから、深酒をするお客は少ない。店主としてはどこかのタイミングで止めた方がいいのだろうが、なかなか難しい。
サラリーマンの酔い方を気にしながら、料理をしたり、洗い物をしたりと忙しくしていた。
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