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58. 同じ場所で
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絵美子さんが亡くなったあと、一家に次々と病魔が襲いかかる。
「義兄は実は肺がんに冒されていたのに、私たちには黙っていました。姉も知りません。余命宣告もされていると、葬儀が終わった夜に私たちに告白をしました」
絵美子さんが命をかけて産み落とした赤ちゃんは、家族で育てようと決めていたけれど、大吾さんには時間が残されていなかった。
「低体重で生まれた赤ちゃんと同じ病院に、義兄は一か月後に入院しました。赤ちゃんは保育器に入っていましたから、体が動くうちは会いに行っていました。義兄は創作を離れれば、穏やかで優しい人でした。目尻を下げて、赤ちゃんを見つめていました。けれど部屋に戻ると、泣いていました。命をかけた姉に申し訳ないと」
三ヶ月、大吾さんは亡くなった。叔母様に子どもを頼むと言い残して。
「その遺言とも取れる言葉を叶えてやる余裕は、私にはありませんでした。両親にも相次いで病が発覚して、心身が疲れ切っていました。赤ちゃんがまもなく保育器から出られる体重に達すると告げられて、困惑しました。成長が喜ばしいことなのに、私は退院後のことを考えてしまい、喜べなかった」
あなたを養子に出すと決めたのは私です。私は最低な人間なんです、と叔母様は頭を下げた。
胸が痛い。叔母様の当時の心痛を想像すると、お掛けできる言葉が見つからない。
頭を下げ続ける叔母様に向けて、俊介さんは僕こそすみませんでしたと言った。
叔母様は、顔を上げる。
「どうしてあなたが謝るんです?」
「僕がいたから母を死なせてしまいました。僕を身ごもっていなければ、母は積極的な治療ができたんですから」
「おやめください。家族の誰も、赤ちゃんのせいにしたことはありません。あなたの誕生を心待ちにしていました」
「それでは叔母様も、ご自身を責めるのはやめてください。僕は小野の両親に育ててもらって、つらいと思ったことは一度もありません」
「血の繋がりがないことを知った時は、ショックじゃありませんでしたか」
「もうひとり母がいると聞かされて育ちました。それにたくさんの本を読んできたお陰か、産みの両親がいることを察していました。小野の両親を選んでくださったのは、叔母様ですか」
いいえ、と叔母様は首を横に振った。けれど、と言葉を続ける。
「条件はつけました。低体重でしたから心配で、できるだけ医者のご夫婦か、すぐに医者にかかってもらえる裕福なご家庭を探してもらえるようにお願いしました」
「叔母様が条件をつけてくださったお陰で、僕の体質がすぐに判明したんです。対策もすぐにしてくれました。僕は恵まれました。とても感謝しています」
叔母様は顔をくしゃくしゃにした。
「とてもいい子に育ててくださって、小野さんには頭が上がりません。ありがとう、ありがとう」
静かに涙を流した。
しばらくして落ち着くと、叔母様からひとつの提案があった。
「姉夫婦を撮った場所は、そこの縁側なんです。よかったら同じ場所で写真を撮りませんか。スマホ、お持ちでしょう」
私と俊介さんは顔を合わせて、ぜひと頷いた。
和室の障子を開けると渡り廊下があり、廊下の扉を開けたところに縁側があった。
10月のひんやりした風が体を撫でる。
庭に下りた叔母様が、私のスマホを構えてくれた。
「そんな感じです。もっと笑って。なんてすてきなカップルかしら」
叔母様は気分を上げさせるのがお上手。乗せられてにこにこと笑う私たちを、何枚か撮影してくれた。
和室に戻ってくると、叔母様は俊介さんの名前の由来を教えてくれた。
「才能に恵まれますようにと、大吾さんがつけたんですよ」
「作家さんらしい、由来ですね。名前の通り、才能に恵まれてましたもんね。俊介さんが作家になれているのをお父様が知ったら、喜ばれますね」
私の言葉に、叔母様は首を傾けた。
「どうでしょうか。義兄なら、息子に嫉妬すると思います」
創作活動に厳しい方だとおっしゃっていたのを思い出して、そうかもしれないと、遺影を見つめて思った。
叔母様が撮ってくださった写真を再生する。
お父様が座っていた場所に、俊介さんが。
お母様が座っていた場所に、私がいる。
私にお母様のような色っぽさはないけれど、仲の良さなら負けていないと胸を張れた。
「今日は来てくださってありがとう。こんな未来が待っているなんて、思いもしていませんでした。どうか幸せになってくださいね」
叔母様は私の手を握ったあと、俊介さんにも手を伸ばした。
「今日はありがとうございました。産みの両親のことを知ろうと思っていなかったのですが、伺えて良かったです」
俊介さんは叔母様の手を両手で握った。
「お礼を申し上げるのは、私のほうです。甥が婚約者を連れて訊ねて来てくださるなんて。こんなに嬉しいことはありません。姉夫婦も、両親も、今喜んでいますよ」
涙で濡れた顔が、とても嬉しそうに輝いていた。
「叔母様、お願いがあります。僕らの結婚式に両親の写真を頂けないでしょうか。六人の両親に見守ってもらいたいんです」
「もちろんですよ。ぜひ出席させてやってください」
「それと、叔母様に出席して頂きたいのですが。ご承知くださいますか」
「え? 私!?」
叔母様は驚きすぎたのか、しゃっくりのような声を上げた。
「もちろんです。唯一の肉親ですから。招待状を送らせてください」
「あらあらまあまあ。こんなことが、あっていいのかしら?」
またはらはらと涙を流しながら、叔母様はぜひ出席させて頂きます。と頷いた。
太田家を失礼して、車に戻る。
「俊介さん、良かったね。いろいろと」
「一気にいろんなことを知って、感情が追いつかない」
少し疲れているように見える。
「運転は大丈夫? 少し休憩する?」
俊介さんが私の手を取る。恋人つなぎをして、ぎゅーっと力がこもった。
「大丈夫。彩綺さんがいてくれて良かった。僕ひとりだと、整理ができなかったかもしれない」
「私は隣で座っていただけだけど、力になれたのなら、良かった。あのね、ひとつお願いがあるの」
「なんなりとどうぞ」
私は俊介さんに、結婚式でのあるお願いをした。
次回⇒59話 結婚式
「義兄は実は肺がんに冒されていたのに、私たちには黙っていました。姉も知りません。余命宣告もされていると、葬儀が終わった夜に私たちに告白をしました」
絵美子さんが命をかけて産み落とした赤ちゃんは、家族で育てようと決めていたけれど、大吾さんには時間が残されていなかった。
「低体重で生まれた赤ちゃんと同じ病院に、義兄は一か月後に入院しました。赤ちゃんは保育器に入っていましたから、体が動くうちは会いに行っていました。義兄は創作を離れれば、穏やかで優しい人でした。目尻を下げて、赤ちゃんを見つめていました。けれど部屋に戻ると、泣いていました。命をかけた姉に申し訳ないと」
三ヶ月、大吾さんは亡くなった。叔母様に子どもを頼むと言い残して。
「その遺言とも取れる言葉を叶えてやる余裕は、私にはありませんでした。両親にも相次いで病が発覚して、心身が疲れ切っていました。赤ちゃんがまもなく保育器から出られる体重に達すると告げられて、困惑しました。成長が喜ばしいことなのに、私は退院後のことを考えてしまい、喜べなかった」
あなたを養子に出すと決めたのは私です。私は最低な人間なんです、と叔母様は頭を下げた。
胸が痛い。叔母様の当時の心痛を想像すると、お掛けできる言葉が見つからない。
頭を下げ続ける叔母様に向けて、俊介さんは僕こそすみませんでしたと言った。
叔母様は、顔を上げる。
「どうしてあなたが謝るんです?」
「僕がいたから母を死なせてしまいました。僕を身ごもっていなければ、母は積極的な治療ができたんですから」
「おやめください。家族の誰も、赤ちゃんのせいにしたことはありません。あなたの誕生を心待ちにしていました」
「それでは叔母様も、ご自身を責めるのはやめてください。僕は小野の両親に育ててもらって、つらいと思ったことは一度もありません」
「血の繋がりがないことを知った時は、ショックじゃありませんでしたか」
「もうひとり母がいると聞かされて育ちました。それにたくさんの本を読んできたお陰か、産みの両親がいることを察していました。小野の両親を選んでくださったのは、叔母様ですか」
いいえ、と叔母様は首を横に振った。けれど、と言葉を続ける。
「条件はつけました。低体重でしたから心配で、できるだけ医者のご夫婦か、すぐに医者にかかってもらえる裕福なご家庭を探してもらえるようにお願いしました」
「叔母様が条件をつけてくださったお陰で、僕の体質がすぐに判明したんです。対策もすぐにしてくれました。僕は恵まれました。とても感謝しています」
叔母様は顔をくしゃくしゃにした。
「とてもいい子に育ててくださって、小野さんには頭が上がりません。ありがとう、ありがとう」
静かに涙を流した。
しばらくして落ち着くと、叔母様からひとつの提案があった。
「姉夫婦を撮った場所は、そこの縁側なんです。よかったら同じ場所で写真を撮りませんか。スマホ、お持ちでしょう」
私と俊介さんは顔を合わせて、ぜひと頷いた。
和室の障子を開けると渡り廊下があり、廊下の扉を開けたところに縁側があった。
10月のひんやりした風が体を撫でる。
庭に下りた叔母様が、私のスマホを構えてくれた。
「そんな感じです。もっと笑って。なんてすてきなカップルかしら」
叔母様は気分を上げさせるのがお上手。乗せられてにこにこと笑う私たちを、何枚か撮影してくれた。
和室に戻ってくると、叔母様は俊介さんの名前の由来を教えてくれた。
「才能に恵まれますようにと、大吾さんがつけたんですよ」
「作家さんらしい、由来ですね。名前の通り、才能に恵まれてましたもんね。俊介さんが作家になれているのをお父様が知ったら、喜ばれますね」
私の言葉に、叔母様は首を傾けた。
「どうでしょうか。義兄なら、息子に嫉妬すると思います」
創作活動に厳しい方だとおっしゃっていたのを思い出して、そうかもしれないと、遺影を見つめて思った。
叔母様が撮ってくださった写真を再生する。
お父様が座っていた場所に、俊介さんが。
お母様が座っていた場所に、私がいる。
私にお母様のような色っぽさはないけれど、仲の良さなら負けていないと胸を張れた。
「今日は来てくださってありがとう。こんな未来が待っているなんて、思いもしていませんでした。どうか幸せになってくださいね」
叔母様は私の手を握ったあと、俊介さんにも手を伸ばした。
「今日はありがとうございました。産みの両親のことを知ろうと思っていなかったのですが、伺えて良かったです」
俊介さんは叔母様の手を両手で握った。
「お礼を申し上げるのは、私のほうです。甥が婚約者を連れて訊ねて来てくださるなんて。こんなに嬉しいことはありません。姉夫婦も、両親も、今喜んでいますよ」
涙で濡れた顔が、とても嬉しそうに輝いていた。
「叔母様、お願いがあります。僕らの結婚式に両親の写真を頂けないでしょうか。六人の両親に見守ってもらいたいんです」
「もちろんですよ。ぜひ出席させてやってください」
「それと、叔母様に出席して頂きたいのですが。ご承知くださいますか」
「え? 私!?」
叔母様は驚きすぎたのか、しゃっくりのような声を上げた。
「もちろんです。唯一の肉親ですから。招待状を送らせてください」
「あらあらまあまあ。こんなことが、あっていいのかしら?」
またはらはらと涙を流しながら、叔母様はぜひ出席させて頂きます。と頷いた。
太田家を失礼して、車に戻る。
「俊介さん、良かったね。いろいろと」
「一気にいろんなことを知って、感情が追いつかない」
少し疲れているように見える。
「運転は大丈夫? 少し休憩する?」
俊介さんが私の手を取る。恋人つなぎをして、ぎゅーっと力がこもった。
「大丈夫。彩綺さんがいてくれて良かった。僕ひとりだと、整理ができなかったかもしれない」
「私は隣で座っていただけだけど、力になれたのなら、良かった。あのね、ひとつお願いがあるの」
「なんなりとどうぞ」
私は俊介さんに、結婚式でのあるお願いをした。
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