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54. 俊介さんの手
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被害届を出したその日の夜はビデオ通話をしようとしたけど出てもらえなくて、しばらくしてから通常の電話がかかってきた。
翌々日の月曜日も昼間に電話をし、夜はメッセージを少しだけやりとりした。
そして火曜日、電話が繋がらず、メッセージは既読にならない。
電話では元気そうだったけど、思い当たることはひとつしかなかった。
アレルギーによる体調不良。
9月、紫外線量はまだ高め。夕方以降に俊介さんが散歩に出るのは10月になってから。
それなのに、私の事故を聞いて駆けつけてくれた。車にもUVカットフィルムが貼ってあるとはいえ、駐車場から病院までは外を歩いた。
湿疹が出たのかもしれない。ひどくなるとみみず腫れや頭痛、めまいも出ると言っていた。
家にひとりで、大丈夫なのかな。
いくら電話をかけても繋がらない。
心配だけど、私もまだひとりでは動けない。
足の腫れは続いていて、家の中の移動ですら壁をつたってやっと。外を歩くのは厳しい。
体調が悪いと、スマホの通知が煩わしいかもと思い、木曜日の連絡は朝と晩だけにした。俊介さんからの連絡はなかった。
金曜日。腫れが引き、いつもよりはゆっくりだけど壁がなくても歩けるようになった。
居ても立ってもいられず、私はタクシーを呼んで、俊介さんの一人暮らしの家に向かった。途中で電話をかけたけれど、やっぱり繋がらない。
到着して、何度も玄関チャイムを鳴らす。応答がない。
ガレージの中に車があるのかもわからない。
合鍵はもらっていないので、どうすることもできない。
室内で倒れていないかと、心配になった。
どうしよう。気は焦るけど、連絡がつかないと、どうすることもできない。
その時、握りしめていたスマホが鳴った。
表示は俊介さんだった。
「俊介さん! 今、家の前にいます。体は大丈夫ですか!?」
通話に出たとたん、私は早口でまくしてていた。早く、扉をあけてほしくて。
『ご心配をおかけして、すみません。実家に戻っているんです』
反対に、俊介さんの声はいつものように落ち着いていた。でも少し元気がない気もした。
「ご実家? あ、そうだったんですね。ひとりじゃなくて良かった」
なんだ、ここにはいないんだ。拍子抜けしたけど、ひとりじゃないとわかって、安心した。
『月曜日から戻っていました。心配をかけたくなくて。言わなかった僕が悪かったですね』
「いいえ。これから伺ったら、ご迷惑ですか?」
俊介さんは少し黙った。迷っているような雰囲気を感じる。でもいいですよ、と答えてくれた。
『お手伝いさんに伝えておきますね』
「欲しい物はありますか」
『すみません。食欲はあまりなくて』
「わかりました。すみませんが手ぶらで伺います」
『もちろんです。気遣いは不要ですから』
「すぐに向かいます」
さっきのタクシーはもう出てしまっているので、またタクシーを呼び、俊介さんの実家に向かってもらった。
二度訪問した実家はいつも圧倒されるのだけど、今日は早く会いたい一心で、気後れしなかった。
お手伝いさんにどうぞと下の玄関を開けてもらい、階段を上がる間も、早く早くと気持ちが急いていた。俊介さんの顔を見ないと、落ち着かない。
でも急くのは気持ちだけ。階段を上がるのは、少し足が痛くて、ゆっくりになってしまう。
家屋の玄関を開けてもらい、揃えてくれたスリッパに履き替え、二階に案内される。螺旋階段を上がってすぐが、俊介さんの部屋だった。
「お連れしました」
「ありがとうございます。彩綺さん、入ってください」
お手伝いさんは一礼して、階段を降りていった。
「失礼します」
私はゆっくりと扉を開けた。
俊介さんは布団に入った状態で、上半身を起こしていた。
でも顔はいつもと違っていた。全体が赤くなって腫れている。
「俊介さん、ごめんなさい。私のせいですね」
ショックを受けながらも、俊介さんのそばに行き、ベッドの横で膝をつく。
「見苦しいですよね。ビデオ通話ができなかった理由です」
「そんな。見苦しいだなんて思いません。でも、苦しかったですよね」
「頭痛とめまいがつらかったです。十年以上出ていなかったので、平気かと思っていたんですが、今回は長引いて、症状も重くなってしまいました」
手に触れたい。でも痛かったらどうしよう。
「手は、痛くないですか」
「指は幸い出ないんです。手の甲は治ってきているので、大丈夫ですよ」
手を繋ぐ。細いのに、男性らしい少しごつごつした固さがあって。でもとても温かくて、安心する大好きな人の手。
こっちに座ってと言われて、ベッドの端、俊介さんの隣に腰掛ける。右腕に、俊介さんの体温を感じる。
「彩綺さんは回復しているようで、安心しました」
「やっと壁がなくても歩けるようになりました。ほんとうはもっと早く、来たかったんです。連絡がつかない間、とっても不安でした」
「水曜日が一番体調が悪くて、スマホを触ることもできませんでした」
「私、だいぶ鳴らしました。うるさかったですよね」
「ぜんぜん。通知音が鳴る度に、彩綺さんかもと期待して、救いになっていました」
「ほんとですか?」
俊介さんが手の繋ぎ方を変えた。指と指を絡ませる。この繋ぎ方は初めて。
「木曜日にスマホの充電が切れて。深く眠っていたから、気づくのがさっきになってしまって。心配をかけてすみませんでした」
「私が階段から落ちなかったら、俊介さんが外に出ることもなかったですよね。無理をさせてごめんなさい」
「何があっても彩綺さんがピンチならかけつけますよ。大切な人ですから」
「それは嬉しいですけど、体が心配です」
「防護服があるのに、着ていかなかった僕が悪いんです」
ねえ、俊介さん。
私が呼ぶと、なんでしょう、と優しく返してくれる。
大切な人がすぐ隣にいる。呼びかけると、すぐに返事がある。
スマホ越しじゃない。それが嬉しくて、
「結婚しませんか?」
気負いもなにもなく、自然に、彼への溢れる想いとともに、プロポーズをした。
次回⇒55. 犯人の正体
翌々日の月曜日も昼間に電話をし、夜はメッセージを少しだけやりとりした。
そして火曜日、電話が繋がらず、メッセージは既読にならない。
電話では元気そうだったけど、思い当たることはひとつしかなかった。
アレルギーによる体調不良。
9月、紫外線量はまだ高め。夕方以降に俊介さんが散歩に出るのは10月になってから。
それなのに、私の事故を聞いて駆けつけてくれた。車にもUVカットフィルムが貼ってあるとはいえ、駐車場から病院までは外を歩いた。
湿疹が出たのかもしれない。ひどくなるとみみず腫れや頭痛、めまいも出ると言っていた。
家にひとりで、大丈夫なのかな。
いくら電話をかけても繋がらない。
心配だけど、私もまだひとりでは動けない。
足の腫れは続いていて、家の中の移動ですら壁をつたってやっと。外を歩くのは厳しい。
体調が悪いと、スマホの通知が煩わしいかもと思い、木曜日の連絡は朝と晩だけにした。俊介さんからの連絡はなかった。
金曜日。腫れが引き、いつもよりはゆっくりだけど壁がなくても歩けるようになった。
居ても立ってもいられず、私はタクシーを呼んで、俊介さんの一人暮らしの家に向かった。途中で電話をかけたけれど、やっぱり繋がらない。
到着して、何度も玄関チャイムを鳴らす。応答がない。
ガレージの中に車があるのかもわからない。
合鍵はもらっていないので、どうすることもできない。
室内で倒れていないかと、心配になった。
どうしよう。気は焦るけど、連絡がつかないと、どうすることもできない。
その時、握りしめていたスマホが鳴った。
表示は俊介さんだった。
「俊介さん! 今、家の前にいます。体は大丈夫ですか!?」
通話に出たとたん、私は早口でまくしてていた。早く、扉をあけてほしくて。
『ご心配をおかけして、すみません。実家に戻っているんです』
反対に、俊介さんの声はいつものように落ち着いていた。でも少し元気がない気もした。
「ご実家? あ、そうだったんですね。ひとりじゃなくて良かった」
なんだ、ここにはいないんだ。拍子抜けしたけど、ひとりじゃないとわかって、安心した。
『月曜日から戻っていました。心配をかけたくなくて。言わなかった僕が悪かったですね』
「いいえ。これから伺ったら、ご迷惑ですか?」
俊介さんは少し黙った。迷っているような雰囲気を感じる。でもいいですよ、と答えてくれた。
『お手伝いさんに伝えておきますね』
「欲しい物はありますか」
『すみません。食欲はあまりなくて』
「わかりました。すみませんが手ぶらで伺います」
『もちろんです。気遣いは不要ですから』
「すぐに向かいます」
さっきのタクシーはもう出てしまっているので、またタクシーを呼び、俊介さんの実家に向かってもらった。
二度訪問した実家はいつも圧倒されるのだけど、今日は早く会いたい一心で、気後れしなかった。
お手伝いさんにどうぞと下の玄関を開けてもらい、階段を上がる間も、早く早くと気持ちが急いていた。俊介さんの顔を見ないと、落ち着かない。
でも急くのは気持ちだけ。階段を上がるのは、少し足が痛くて、ゆっくりになってしまう。
家屋の玄関を開けてもらい、揃えてくれたスリッパに履き替え、二階に案内される。螺旋階段を上がってすぐが、俊介さんの部屋だった。
「お連れしました」
「ありがとうございます。彩綺さん、入ってください」
お手伝いさんは一礼して、階段を降りていった。
「失礼します」
私はゆっくりと扉を開けた。
俊介さんは布団に入った状態で、上半身を起こしていた。
でも顔はいつもと違っていた。全体が赤くなって腫れている。
「俊介さん、ごめんなさい。私のせいですね」
ショックを受けながらも、俊介さんのそばに行き、ベッドの横で膝をつく。
「見苦しいですよね。ビデオ通話ができなかった理由です」
「そんな。見苦しいだなんて思いません。でも、苦しかったですよね」
「頭痛とめまいがつらかったです。十年以上出ていなかったので、平気かと思っていたんですが、今回は長引いて、症状も重くなってしまいました」
手に触れたい。でも痛かったらどうしよう。
「手は、痛くないですか」
「指は幸い出ないんです。手の甲は治ってきているので、大丈夫ですよ」
手を繋ぐ。細いのに、男性らしい少しごつごつした固さがあって。でもとても温かくて、安心する大好きな人の手。
こっちに座ってと言われて、ベッドの端、俊介さんの隣に腰掛ける。右腕に、俊介さんの体温を感じる。
「彩綺さんは回復しているようで、安心しました」
「やっと壁がなくても歩けるようになりました。ほんとうはもっと早く、来たかったんです。連絡がつかない間、とっても不安でした」
「水曜日が一番体調が悪くて、スマホを触ることもできませんでした」
「私、だいぶ鳴らしました。うるさかったですよね」
「ぜんぜん。通知音が鳴る度に、彩綺さんかもと期待して、救いになっていました」
「ほんとですか?」
俊介さんが手の繋ぎ方を変えた。指と指を絡ませる。この繋ぎ方は初めて。
「木曜日にスマホの充電が切れて。深く眠っていたから、気づくのがさっきになってしまって。心配をかけてすみませんでした」
「私が階段から落ちなかったら、俊介さんが外に出ることもなかったですよね。無理をさせてごめんなさい」
「何があっても彩綺さんがピンチならかけつけますよ。大切な人ですから」
「それは嬉しいですけど、体が心配です」
「防護服があるのに、着ていかなかった僕が悪いんです」
ねえ、俊介さん。
私が呼ぶと、なんでしょう、と優しく返してくれる。
大切な人がすぐ隣にいる。呼びかけると、すぐに返事がある。
スマホ越しじゃない。それが嬉しくて、
「結婚しませんか?」
気負いもなにもなく、自然に、彼への溢れる想いとともに、プロポーズをした。
次回⇒55. 犯人の正体
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