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53. 母の深い愛情

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「不審な手紙のこと、伺いました。見せてもらえませんか?」
 俊介さんから切り出されて、母は3通の手紙を手渡した。
 中をあらためている。私に見えないようにして。

「同じような内容ですね。僕のところにも1通だけ来ていました。ファンレターとして出版社に届いていました」
 今度は母が、俊介さんから封筒を渡されて、中を見る。

「事実無根よね」
 母に確認されて、私は絶対にないと頷いた。

「僕のほうも、身に覚えのない内容です。僕がフリーランスで、紫外線アレルギーがあって、とお母様は心配をなさっておいでですが、この内容だけはないと信じてください」

 俊介さんに真面目な顔で言われた母は、わかっていますと答えた。

「娘への心配が過剰だったのは認めます。でも、どうしてこんな手紙が届く事態になったのか。そこがわからないから心配しているんです。誰かから恨みでも買っているんじゃないかと。実際に娘はケガをしました。打ち所が悪ければどうなっていたか、考えただけで身を切られる思いです」

「手紙を出した人物と同一犯だとは限りませんが、どうしても、紐づけて考えてしまいますよね。僕もそう思ったからこそ、これを持って飛び出してきたんです。被害届を出すときに、これも渡してください」

「そうね。そうします」
 明日、母も休みを取っているので、警察署に出向くことにした。

 俊介さんは昼間なので、出歩けない。届を出したらメッセージを送ることにした。

「昨夜は、彩綺さんを自宅にお泊めしました。お母様に無断ですみません」

「行っただろうなと予想していたので、怒ってはいませんよ」

 母は穏やかな顔をしている。本当に怒ってないみたい。
 ケンカを思い返せば、声を荒らげていたのは私だけだった。

「お母様が彩綺さんを心配なさるのは、よくわかります。僕が親の立場なら、反対すると思います。それを承知で申し上げます。彩綺さんとの交際を認めてください。僕がフラれない限り、彼女を大切すると誓います」

 まるでプロポーズのような宣言。
 話をしましょうとは言っていたけど、こんな言葉を考えてくれていたなんて。
 やだなあ、恥ずかしい。と茶化したい気持ちになったけど、そんな空気じゃないと言葉を飲み込んだ。だって、母が泣き出したから。

「こんなに、彩綺を想ってくれるなんて、嬉しくて。ごめんなさいね」
 母は鼻をぐじゅっとならしながら、ティッシュで涙を拭う。

「私ががちゃがちゃした性格だから、娘にはあの人のようにのんびりした子に育って欲しくて。そうしたらのんびりし過ぎる子に育って、つい口を出してしまって。俊介さんとのことは認めているんですよ。ただ、この子にも世間の厳しさをわかってもらわないと、と思ってうるさく言ってしまいました。大事に育ててきた大切な娘です。やっぱり苦労はさせたくないんです。ずっと幸せで、生きて欲しいんです」

 母の思いに触れ、私の視界が涙で滲む。私を心配する気持ちは、愛情の深さだったんだとようやくわかった。

「親バカでごめんなさい。苦労は買ってでもしろっていう言葉もあるのに、苦労させたくないなんてね」

「いいえ。僕も両親からたくさんの愛情を注いでもらいましたから、よくわかります。僕も彩綺さんも、深い愛情で育ててもらったことをとても感謝しています」

「そうだよ、お母さん。とっても感謝してるし、尊敬してる。わかってくれないのが悲しくて、短気起こしちゃってごめんね。私、子どもだったね。もっと大人にならなきゃね」

「いいのよ、親の前で子どもは子どものままで。甘えてくれるのが、嬉しいんだから」
「大人になろうとしてるのに、甘やかしちゃダメだよ」

 俊介さんが誠実に母に話してくれたから、母の気持ちを知れた。彼にも感謝の気持ちでいっぱいになった。
 帰る俊介さんをリビングから見送った。本当は玄関外の廊下まで見送りに行きたいけど、ひとりで歩くのに時間がかかるから、今日は諦めた。

 翌日、母と警察署に行って被害届を提出し、不審な手紙を4通とも渡した。
 俊介さんに受理されたことを、メッセージを送って報告した。

 お店とも連絡を取り、私はひとまず一週間仕事を休むことになった。
 足の腫れは酷くなり、左肩もずきずきと痛む。

 母は長く仕事を休めないため、明日からは出勤してしまう。しばらく料理ができない私のために、作り置きおかずをたくさん作っておいてくれた。
 きんぴらごぼう、牛肉のしぐれ煮、ハンバーグ、もやしナムル、なすの煮びたし、切り干し大根、チキンライス、マカロニサラダ、かぼちゃサラダ。

 手伝うと言っても、「今日はお母さんに任せて、彩綺は体を休めなさい」と許してくれないので、野菜の皮むきだけやらせてもらった。

 製菓学校に通ってから、働き始めた今まで、毎日お菓子作りをしていた。
 先輩たちの技術は素晴らしく、趣味でやっていた程度では追いつけない。
 技術は練習しないと上がらない。道具の準備や洗い物、下ごしらえをしながら先輩たちのやり方を盗み見し、休みの日に練習する努力の毎日。お菓子のことを考えない日はなかった。

 だから、それがなくなった今は、とてつもなく暇だった。
 映画を観たり、読書をしたり、お菓子作りから離れた生活を送るのは久しぶり。

 余裕がなかったけど、たまにはエンタメに触れるのもいいなと思った、療養生活三日目。
 毎日連絡を取り合っていた俊介さんからの連絡が途絶えた。



   次回⇒54. 俊介さんの手
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