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48. 彼の胸で泣いて
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玄関で座りこんで、泣き止むまで彼は抱きしめてくれた。
俊介さんの体温が心地良くて、安心する。
落ち着いた頃、背中にぽんぽんと優しく手を当ててくれる。
「ごめんなさい。服、濡れちゃいました」
「気にしなくて大丈夫ですよ。とりあえず上がりませんか」
促されて、私は彼から体を離し、靴を脱いだ。
「母とケンカして、家出してきました」
とぼとぼと俊介さんについて、リビングに入る。
「家出だなんて、意外と子どもっぽいですね」
俊介さんに言われると、たしかに稚拙な行動だったなと思う。
思うけど、反省も後悔もしてない。
「とりあえず座ってください。ココア飲みませんか?」
こんな遅い時間にココアは‥‥‥。別の飲み物を頼もうかと思ったけど、甘い物は気持ちが落ち着くかもしれない。
「はい。お願いします」
いただくことにした。
てっきり市販のココアをお湯か牛乳に混ぜるんだと思っていた。
俊介さんはミルクパンにココアの粉、上白糖、バター、牛乳を入れた。
弱火にかけて、マドラーで混ぜていく。
沸騰すると火からおろし、できあがったものは、とろりとしたペースト状のもの。
ペーストの半分を別の器に移し、ミルクパンに残した半分に牛乳を入れた。
沸騰させて、出来上がりらしい。
マグカップに移し替え、「どうぞ」とテーブルに置いてくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
マグカップは二人分。
ふーふーと息を吹きかけ、口をつける。チョコの甘さと香りが口と鼻に広がり、脳がとろけそうになる。バターのコクと塩味がとてもいい。
「はあ~、美味しい」
「そうでしょ。美味しいですよね」
向かいに座る俊介さんのどや顔。こんな顔は初めて見る。
「動画で見つけて作ってみたら、悪魔的に美味しいココアができてしまいました」
「あとでレシピ教えてください」
「いいですよ。僕のレシピじゃないですけど」
うふふと笑い合って、しばらく無言でココアを堪能する。お陰で少し落ち着いた。
「俊介さん」
「なんでしょうか」
「俊介さんは、子どもの頃に好きな人がいたって言ってましたよね。その後、誰かとお付き合いをしたことはありますか」
「ありません。彩綺さんが初めてです」
「じゃ、好きじゃないのに、体を重ねた方はいますか」
どういう言葉が返ってくるのか気になって、私は彼の目をじっと見つめた。
俊介さんは、少しはにかんだ。
「恥ずかしながら、ありません」
「嘘じゃないですよね」
確認がしつこいと思われたのか、俊介さんの顔が素に戻る。
「嘘はついていません」
私の目を見返してくれる。
「僕の過去が気になるんでしょうか? 彩綺さんが心配していることは一切ないですよ。女性と交際をしたことがなかったですし、女性遊びもしていません。恥ずかしい話ですが、僕は性欲の薄い人間のようです」
私はほっとして、テーブルの上の彼の手を取った。
「ごめんなさい。失礼な質問をして。俊介さんが過去に誰かとお付き合いしていてもかまわないんです。きちんとお別れができているのなら気にしないです。でも、好きでもない人と遊んでいたら、もし誰かを泣かせたりしていたら、嫌だなと思ったんです」
「お母様とケンカをしたのは、僕の過去が原因なんですか」
不審な手紙が3通、ポストに直接投函され、内容も話すと、
「彩綺さんのところにも来ていたんですね」
と呟いた。
「少し待っていてください」
二階に行った俊介さんが、1通の封書を持って戻ってきた。
次回⇒49. 信頼を得てから
俊介さんの体温が心地良くて、安心する。
落ち着いた頃、背中にぽんぽんと優しく手を当ててくれる。
「ごめんなさい。服、濡れちゃいました」
「気にしなくて大丈夫ですよ。とりあえず上がりませんか」
促されて、私は彼から体を離し、靴を脱いだ。
「母とケンカして、家出してきました」
とぼとぼと俊介さんについて、リビングに入る。
「家出だなんて、意外と子どもっぽいですね」
俊介さんに言われると、たしかに稚拙な行動だったなと思う。
思うけど、反省も後悔もしてない。
「とりあえず座ってください。ココア飲みませんか?」
こんな遅い時間にココアは‥‥‥。別の飲み物を頼もうかと思ったけど、甘い物は気持ちが落ち着くかもしれない。
「はい。お願いします」
いただくことにした。
てっきり市販のココアをお湯か牛乳に混ぜるんだと思っていた。
俊介さんはミルクパンにココアの粉、上白糖、バター、牛乳を入れた。
弱火にかけて、マドラーで混ぜていく。
沸騰すると火からおろし、できあがったものは、とろりとしたペースト状のもの。
ペーストの半分を別の器に移し、ミルクパンに残した半分に牛乳を入れた。
沸騰させて、出来上がりらしい。
マグカップに移し替え、「どうぞ」とテーブルに置いてくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
マグカップは二人分。
ふーふーと息を吹きかけ、口をつける。チョコの甘さと香りが口と鼻に広がり、脳がとろけそうになる。バターのコクと塩味がとてもいい。
「はあ~、美味しい」
「そうでしょ。美味しいですよね」
向かいに座る俊介さんのどや顔。こんな顔は初めて見る。
「動画で見つけて作ってみたら、悪魔的に美味しいココアができてしまいました」
「あとでレシピ教えてください」
「いいですよ。僕のレシピじゃないですけど」
うふふと笑い合って、しばらく無言でココアを堪能する。お陰で少し落ち着いた。
「俊介さん」
「なんでしょうか」
「俊介さんは、子どもの頃に好きな人がいたって言ってましたよね。その後、誰かとお付き合いをしたことはありますか」
「ありません。彩綺さんが初めてです」
「じゃ、好きじゃないのに、体を重ねた方はいますか」
どういう言葉が返ってくるのか気になって、私は彼の目をじっと見つめた。
俊介さんは、少しはにかんだ。
「恥ずかしながら、ありません」
「嘘じゃないですよね」
確認がしつこいと思われたのか、俊介さんの顔が素に戻る。
「嘘はついていません」
私の目を見返してくれる。
「僕の過去が気になるんでしょうか? 彩綺さんが心配していることは一切ないですよ。女性と交際をしたことがなかったですし、女性遊びもしていません。恥ずかしい話ですが、僕は性欲の薄い人間のようです」
私はほっとして、テーブルの上の彼の手を取った。
「ごめんなさい。失礼な質問をして。俊介さんが過去に誰かとお付き合いしていてもかまわないんです。きちんとお別れができているのなら気にしないです。でも、好きでもない人と遊んでいたら、もし誰かを泣かせたりしていたら、嫌だなと思ったんです」
「お母様とケンカをしたのは、僕の過去が原因なんですか」
不審な手紙が3通、ポストに直接投函され、内容も話すと、
「彩綺さんのところにも来ていたんですね」
と呟いた。
「少し待っていてください」
二階に行った俊介さんが、1通の封書を持って戻ってきた。
次回⇒49. 信頼を得てから
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